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君が奏でる部屋  作者: 槇 慎一


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20より高みへ



 本当なら、かおりはコンクールの出場者としてオーケストラと共演するためコンチェルトの最終仕上げとなる練習をしていなければならなかった。


 しかし、150分ものソロの予選プログラムが圧倒的な点数で一位、その中の上位10人が選出された2台ピアノでのコンチェルトでも審査員満場一致での一位だったので、一位は藤原かおりに決定。同時に、全部門でのグランプリも同じく藤原かおりに決定された。


 一位受賞者の指導者は、優秀指導者賞、グランプリ受賞者の指導者は、最優秀指導者賞となる。加えて、かおりは史上最年少での入賞ということで、まだ名前が正式に決まっていないが特別賞、僕も最優秀指導者賞の史上最年少ということで、何か副賞をいただけるらしい。


 今月のオーケストラとの共演審査は二位から五位の順位決定戦で、審査会議の時間にかおりのコンチェルトの演奏会という形になった。素晴らしい機会だ。伸び伸びと演奏してほしい。


 現在は、教授のレッスンにかおりを送り迎えだけして、僕は同じマンションの上のフロアである新居を生活できるように準備している。家賃も発生するが、鍵をもらい、家具とベッドとピアノが備え付けてあるので、僕も空き時間にここで練習ができるし、もちろん泊まることもできる。



 忘れそうになるけど僕も卒業試験がある。


 僕が大学三年生の時に、一位とグランプリとで200万の賞金を獲得できたのは大きな自信になった。経済的に自立して、かおりと結婚したかったからだ。かおりに婚約指輪をプレゼントできたし、かおりも同じ200万の賞金を頂けたことは、望外の結果だ。これでかおりと一緒に留学したいと望んでいる。


 かおりは僕のロシア語の通訳無しで、教授のレッスンを受けている。僕の代わりに、教授の奥様であるフランス人ピアニストが一緒にいて、フランス語でかおりを助けてくれている。


 かおりは幼稚部から私学の女子校で、小学一年生からフランス語は必修科目だった。僕にはフランス語はほとんどわからないけれど、かおりはフランス語なら問題なく事が進んでいるらしい。


 僕のロシア語も問題なく、と堂々と言えるくらいにはなりたいが、ロシア語を始めたのが小学校高学年と遅かったから仕方がない。教授の意地悪な、僕を焚き付けるような言葉くらいまでなら、聞き返さずに理解できる程度だ。


 2台ピアノのコンチェルト審査の後、教授は一緒にいたかおりにわからないようロシア語で、

「もっといい男になれ!」 

と僕に言った。


 酸いも甘いも見てきたであろう世界的ピアニストでもある教授に言われても、当然ながら、そう簡単にそこまでいけない。順当に年を重ねたとしても、いける気がしない。しかし、そんな相手にかおりのレッスンをお願いできるなら、僕の個人的な嫉妬など捨てようと思えた。



 かおりとの結婚が決まり、レッスンに復帰させた際、僕はかおりを連れて教授の元に正装で出向き、改めて真摯な気持ちで頭を下げた。


「藤原かおりを、よろしくお願い致します」


 かおりは制服でしっかりと立ち、教授の変わらないフランクな態度に、たじろぐ様子など一切見せることはなかった。


 普段は明るくて軽い態度の教授ではあるが、当然ながらレッスンの内容は厳しい。高いレベルの事柄を普通に要求してくる。僕に対してのレッスンと、かおりに対してのレッスンは、性別も年齢も頻度も違うが、だからといってかおりに甘いわけではない。


 かおりの学校が終わり次第、教授の元に連れて行き、レッスンが終わる約束の23時に迎えに行くと、いつも帰りの支度はできていた。教授と奥様と三人でお茶をしていることもあった。毎日、かおりに夕食も食べさせてくれていた。


 かおりは耳がいいし、近い将来ロシア語を習得できるのは間違いない。それに、かおりは大学で第二外国語としてロシア語を履修することも可能だ。僕もフランス語を学ばなければならないだろうか。まさか、かおりのおかげでこんなに勉強をすることになるとは思わなかった。嬉しい誤算だ。


 かおりはコンチェルトのレッスンとリサイタルプログラムのレッスンで相当疲れているらしく、車に乗るとすぐに眠ってしまい、到着したらベッドに運んで、洋服のまま朝まで寝かせているような状態だった。



 深夜に帰宅しても、すぐに休めるようにしてくれているのだろう。かおりは急激に痩せた感じもなく、奥様が作る栄養価の高い食事と毎日のレッスンの緊張感で体が強く引き締まってきたように感じる。教授と奥様の配慮に、本当に頭が下がる。


 それでもかおりは、まだ学校に毎日欠席も遅刻早退もなく通っているらしい。もともと成績優秀で、系列の女子大学への推薦は決まっていたが、先日の最終試験の結果、内部進学者の中で成績トップであることが正式に決まったと、お父さんから聞いた。


 お父さんは、

「あのかおりがこんなに頑張るなんて、慎一くんのおかげだ。何とお礼を言ったらいいか」

と、僕に感謝の言葉を伝えてくれた。


 だが、それはかおりが努力しただけのこと。小さい頃に勉強を見た事もあるが、問題なかった。僕はピアノしか協力していない。陰ながら見つめることしかしていない。


 卒業アルバムのクラス写真を撮ったり、来年度のホームページに掲載される写真を撮られたりもしたようだ。


 母親が教えてくれたのだが、かおりの学校のホームページを見れば、いつでも笑顔のかおりに会えた。幼稚部の頃は、体操服姿で走る様子やスモック姿で絵を描く様子。初等部からは制服姿で何人かのお友達と笑顔で校内を歩く様子、図書館で読書をする姿、冬服・夏服・盛夏服の制服を着たかおり、給食を頂く前の全員のお祈り風景……。それから、学校案内の冊子の裏表紙にいる、一人目を閉じて、襟元のリボンの前で十字を切る、かおりがお祈りする大きな写真が、美しくて、僕は一番好きだった。


 かおりのお父さんは、僕の父親の上司で仕事が忙しく、本番に来られる機会がない。ピアノのことも、かおりのピアノのすごさも、全くわかっていない。


 かおりのピアノの素晴らしさは、どのようにしたらお父さんに伝えられるのだろうか。


 かおりのソロリサイタルには是非足を運んでもらいたいと、僕は祈るような気持ちだった。

















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