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君が奏でる部屋  作者: 槇 慎一


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117 僕の両親9


 子供の誕生日は四月二日となった。


 俺は呼ばれて部屋に入ると、るり子が胸に赤ちゃんを抱いていた。赤ちゃんを見つめたるり子の表情が優しくて綺麗で、俺は心から幸せだった。


 「マキくん、見て。男の子。マキくんに似てるの……」


 るり子が無邪気に笑った。


「そりゃそうだろ」


 俺の子だ。本当に似ていた。美しい物を見た時以上に胸がいっぱいになった。


「名前、マキくんが決めて?」


 考えてあった。美しく、慎ましいるり子……。男の子だったら……。


「しんいち、慎一。槇、慎一。格好いい男に育ててくれ」


「はい。あなたみたいな男の子に……ふふっ、楽しみ」


 るり子は慈しむように優しく抱いていた。




 夜、藤原さんと悦子さんが来てくれた。個室だったからいつでも会える。藤原さんが、僕達に「おめでとう」と言ってくれた。悦子さんが、ふわぁっとした表情になった。もともと可愛らしい人だが、繊細で怖がりな彼女のそんな表情を初めて見た。


「……私も……赤ちゃんがほしい……」


 るり子に言ったように見えた。大人しくてほとんど喋らない彼女がそんなことを言ったので、俺は驚いた。


 るり子が、

「悦子、ご主人様にお願いするのよ?」

と言うと、悦子さんは「うん」と言ってにこっとした。


 藤原さんは完全に照れて向こうを向いていた。




 後日。

 仕事に復帰して、忙しい日常が戻ってきた。 


 昼休みに藤原さんと一緒になった。悦子さんが、鉛筆で描いた絵に絵の具を乗せられるようになったと嬉しそうに話してくれた。綺麗な赤だったらしい。それで、初めてキスをしたそうだ。その先は他の人が来たので話はしなかったが、よかったなと思った。来年あたりは藤原さんの子供が見られるかなと期待することにしよう。



 るり子は子育てが上手だった。きっと、るり子もそうやって育てられたのだろう。俺は仕事が忙しくてあまり関わってやれなかった。それでも俺に「パパ、パパ」と甘えてくる慎一を見て、るり子が常に俺のことを慎一に言い聞かせていることが判った。


 情緒の安定した子供の様子、素直で伸び伸びした様子を見れば、るり子がどんなに愛情をかけて丁寧に育てているかわかる。

 季節の花を飾り、本を読み、一緒に遊んでやり、家事をして、自分の練習をしながら慎一にピアノを教えていた。小さな慎一を連れて大学時代の師匠のレッスンに行くようにもなった。るり子がレッスンを受けている間、慎一は同じ部屋で本を読んだりパズルをしたりして静かに待っているという。

 小さな子供に何かを習わせるより、まず親が習う姿勢を子供に見せること、子供に合わせて親が無理なく教えることの尊さを感じた。

 実際には、そのどれもが楽しくてしていたのだろう。慎一はどんどん吸収して、俺が舌を巻く程たくさんの教本を進めていった。慎一もすごいと思ったが、更にレベルを上げていくるり子の手腕も見事だった。親子だと厳しすぎるとか甘えるとかの匙加減が難しいと聞くが、「親子こそ最高」と言った知人の言葉を思い出した。



 慎一は、るり子に似て利発で賢い子供だった。このあたりは公立の幼稚園というものはない。受験して国立大学附属幼稚園に入った。


 るり子は、師匠から音楽大学の受験生を教える話があると言った。俺は日曜日なら休みだから、日曜日に受験生のレッスンをすることにした。たとえ俺に仕事ができて不在になっても、慎一もるり子も家庭内だ。るり子は子育てしながら仕事をしていくことを考えたらしい。

 リビングの隣の広い部屋を仕事部屋にしたいと俺に言った。俺はもちろん賛成した。リビングのピアノはそのままに、隣の部屋を防音し、グランドピアノを二台入れた。

 俺はそれを用意できる男になっていた。

 るり子がいてくれたからだ。



 るり子が教えた受験生は音楽大学に合格し、師匠の推薦もあり、るり子は大学の講師になった。講師と言っても時間給らしい。慎一の幼稚園の保育時間以内で済み、数人から始め、少しずつ学生を増やしていった。受験目的の生徒はそれからも何人かずつ受け持つことになり、るり子は発表会をするようになった。小さな慎一もピアノを弾いた。



 慎一が『エリーゼのために』を弾くようになった頃、藤原夫妻に待望の赤ちゃんが産まれた。女の子だった。慎一は、るり子と一緒に産まれた日から見に行き、それはそれは可愛がっているらしい。子供が他人に優しくできるのは、優しくされた経験があるからだ。俺は慎一をそんな風に育ててくれたるり子を、ますます大切に思うようになった。



 俺は慎一にあまりベタベタと可愛がったりはしなかったが、一緒にいる時は後ろから見てやり、要所要所で褒めた。



 慎一は、活発な男の子でよく走った。るり子もスニーカーで近所の公園を一緒になって走って、よく遊んでいた。


 そう、それは俺があの日に買ったスニーカーだった。ドレスのまま、身一つで俺についてきたるり子。

 お嬢様だったるり子に買った普段着やスニーカーを「着心地がいい」と受け入れ、汚れても、洗って干して乾かして、物を大切にする。そしてまた慎一と一緒に走って走って……。



 るり子は最高の妻で、慎一の良い母で、俺の中ではいつまでも我儘を聞いてくれる可愛い女だった。











 俺が今抱いている孫は、るり子の孫でもある。あまり泣かなくておとなしい。息をしているのか、時々確かめる。慎一にはそんなこと、一度もしたことはない。顔形は間違いなく慎一に似ている。

 俺達の一人息子が結婚したのは、俺達も成長を見守ってきた藤原さんの娘だ。


 彼女がいたからこそ、慎一はいい男になったのだ。我々も娘のように大切に育てた彼女が、自然と慎一の良きパートナーになったことを、俺達は嬉しく思わずにはいられない。



 













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