第64話 真相
黄金に輝く粒子が胸の中心に集まっていく。
ボクの黒を晴らすかのように煌々と輝く光。
それは次第に大きくなり、僕の身体全体を巡っていった。
暖かい光が全身を包み込む。
それだけでこの人物がどういう人間だったのかがよくわかる。
もしかしたら僕よりも、ルシアに似ているのかもしれない。
――ドクンッ。
黄金の輝きは一度大きく脈動すると、人の形を成した。そして僕から分離し、離れていく。
やがて姿を現したのは僕とそっくりの青年だった。
「……レ……オ?」
アルトワールが震える声を漏らす。
彼は黒白大戦の引き金となった亡国の王子。
そしてボクと同じ黒龍の友。
レオ=ラグナス=アルカトラム。
その魂だ。
「遅くなったね。アルトワール」
「……どういう……ことだ。……なぜ……」
激しく狼狽するアルトワール。
その驚愕は察して余りある。なにせ、レオは遥か昔に亡くなった人間なのだから。
「やるべきことを果たしに……ね」
レオは目元を歪めながらも笑みを浮かべ、アルトワールに深く深く頭を下げた。
「ありがとうアルトワール。ボクたちのために怒ってくれて。アルカトラムを滅ぼしてくれて。ボクはそれがとても嬉しかった。きっと、みんなも同じ想いだよ」
頭を上げるレオ。交差する視線。
レオの瞳にあったのはただ悲しみの感情。
「……だけど、もういいんだ。キミがこれ以上ワルモノになるのは見ていられ――」
「――黙れ!!!」
アルトワールが咆哮した。
レオの言葉を大音量で掻き消す。そして怒りの矛先は僕へと向いた。
「小癪な! このような幻で――」
「――幻じゃない!!!」
僕は強く否定する。それ以上を言葉にさせるわけにはいかない。
アルトワール自身のためにも。
「それはお前が一番よくわかっているだろ? アルトワール」
「……」
その沈黙が答えだ。
僕がヴェルナードを見間違えるはずがないのと同じ。
アルトワールがレオを、そしてレオがアルトワールを見間違えるはずがない。
彼らは強い絆で結ばれている。
「……なぜだ。なぜ今なんだ。……レオ」
アルトワールの口から零れた言葉。
その言葉にはさまざまな想いが込められていた。
憎悪が溶けていく。
「ボクの【不老】は身体の時間を止めることで実現している。ここまでは一緒に検証したから覚えてるよね?」
「……忘れるはずがないだろう」
「だよね。……だからボクが死んだとき、魂が霧散する前に、魂の外殻を身体と定義して時間を止めたんだ。正直賭けだったけどね」
なんてレオは曖昧に笑っていたが、それがどれだけ高度な技術かは言うまでもない。
天恵は神からの贈り物と称されるほどにはブラックボックスだ。
レオが行った芸当はブラックボックスへのハッキングだ。無論、魔術をハッキングするのとはワケが違う。
「ボクは死んではいないけど、生きてはいない。そんな状態だったんだ」
「いや、それならばオレの龍眼が捉えているはずだ。そばに……居たんだろ?」
「うん。いたよ。ずっとそばに」
悲痛に顔を歪めるアルトワール。その感情の向く先は気付けなかった己自身か。
「だけどあの時のボクは希薄すぎたんだ。キミでも気付けないほどに、ね」
「……」
無言になったアルトワールにレオは目を伏せつつも続ける。
「【不老】を解除しようかとも迷ったよ。でもね、キミを一人にしちゃいけない。たとえボクの姿が見えていなくても、そう思ったんだ。そして、ボクの勘は当たっていた」
「……世界輪廻か」
「うん。キミは、世界輪廻の秘術を完成させた。させてしまった」
「……そう言うことか。レンの【不老不死】は……」
「そうだよ。ボクの【不老】とキミの不滅が【不死】に転じて混ざり合ったモノだ」
ヴェルナードが不思議がっていた僕の強力な天恵、【不老不死】。
そこにもちゃんと理由があったのだ。
最古の黒龍にして世界を滅ぼしかけた厄災。
その力が入っていたのだから、あの強さも頷ける。
黒龍としては若いヴェルナードが、その原理に気付けなかったのも当然だ。
「だけど誤算があった」
「世界輪廻に魔力を使いすぎたことだな。オレにもあれは想定外だった。まさかこのオレの力のほぼ全てを使い切……。……いや、待て」
アルトワールが弾かれたように顔を上げ、レオを見る。その瞳は大きく見開かれていた。
「まさかあの時……」
「迷ったよ。あのまま失敗させるかどうか。だけどボクは、ボクだけはキミの味方でいたかった。たとえその選択が世界を滅ぼすことになったとしても」
本来ならば、魔力が足りずに失敗していた世界輪廻の秘術。しかしそこに助力したのがレオだ。
結果として、世界輪廻の秘術は成功した。
だけどそれはギリギリの成功。レオもアルトワールも消耗した。
本来ならばそこで肉体の主導権を得るはずだったのが器となった僕だ。だけど僕も表層に出ることはできなかった。
世界輪廻の秘術は魂を器として思念を刻み込む。
そして思念を刻み込むためには器は空でないといけない。
僕は一度、漂白されている。
おそらくは生まれてからずっと自我もなく、ただ死を待つだけの存在だったのだろう。
僕がからっぽだった理由はこれだ。
醒めることのない眠りについた僕。そして僕の奥底で休眠状態に入ったレオとアルトワール。
一つの器に三つの魂が混在した。
やがて、目を覚ましたのはアルトワールだ。
それからアルトワールは異世界の知識を吸収し始めた。
異世界の魔術体系から技術まで。
最大の障害である白龍アルセリオンと龍帝セリア=ルクシアを殺すために。
やがて異世界の技術をモノにしたアルトワールは転移魔術を使い、この世界に帰還した。
あとは世界を滅ぼすだけ。
しかし初めの想定外が尾を引いていた。
弱体化、そして僕という個の確立。
想定外に想定外が重なり、アルトワールは計画の変更を余儀なくされた。
それが預言の巫女への介入。
すべては器である僕を、自分と同じ方向に染めるために。
それが全ての真相だ。
「だがレオ。わからないことがある。希薄だったのになぜ今は形を保てている?」
「それはキミのおかげだよ。アルトワール。キミがレンを魂の奥底に沈めたから。そこにいたボクと混ざり合ったんだ」
そして、僕の境界がはっきりしたことにより、レオの存在が写し出された。
「辻褄は合う……か」
アルトワールが殊更に顔を歪めた。
身体に纏っていた黒炎が小さくなり、消えていく。
もはや殺気はなく、憎悪もない。そこにいるのは厄災ではなく、一体の真龍種だった。
アルトワールは項垂れるように頭を下げる。
「……すまなかった。オレが……オレが油断さえしなければ……! 先にアルカトラムを滅ぼしてさえいれば……!」
レオは死なず、一体の龍と一人の人間は平和に暮らせたはずだ。
それこそ、僕とヴェルナードが望んだ未来のように。
だけど時は戻らない。
「それ以上はなしだよアルトワール。それを言ったらボクも警戒心が足りなかったんだ。アイツがボクを狙っているのなんてわかっていたはずだったのにね……」
「だが……!」
「もういいんだ」
レオが一歩前に出る。
そしてゆっくりと歩を進め、項垂れるアルトワールの顔を両腕で包み込んだ。
「いいんだよアルトワール。こうしてまた会えただけで十分だ」
「……そう……だな」
連綿と受け継がれてきた憎悪が、アルトワールの心が、氷解していく。
いつだって、人を救うのは大切な人の言葉だ。
ルシアが僕を救ったように。それはたとえ真龍種であっても変わらない。
「……アルトワール。どうやら時間のようだ」
次第に、レオの身体が解けるようにして消えていく。
【不老】は既に僕の中。だからレオを繋ぎ止めるものはもう何もない。
「ボクたちの物語はここまでだ」
「……そのようだな。キミが言うのなら終わりにしよう」
世界に罅が入る。
次第に亀裂が大きくなり、世界を満たした。
終焉という概念が破壊される。完膚なきまでに。
そして、一つの世界が砕け散った。
創造された世界の終わり。
僕たちは全員で元の世界に戻ってきた。
地面に降り立つレオとアルトワール。
一人の人類種と一体の真龍種が僕たちに向き直る。
「おかげでアルトワールと再会できた。ありがとうレン。そしてルシア。全てはキミたちのおかげだ。心より感謝を――」
レオが惚れ惚れするほど美しい所作で礼を執った。流石は王族の血を引く者だ。
「ほら。アルトワールも」
「そう……だな。どうやらオレが進んで来た道は過ちだったらしい。ヴェルナードのことはすまなかった。レン」
「許すとはいえない。だけど、よかったね」
僕は素直にそう口にする。
取り繕いはいらない。許すことが救いになるとは限らないのだから。
するとアルトワールは一度目を伏せてから、僕の後ろへと目を向けた。
そこにいたのはアルトワールの宿敵たち。
「アルセリオン」
「謝罪は不要だアルトワール。我らがそれを受け入れるわけにはいかない。あの戦いで散っていった友たちのためにもな」
「そうだな……それが道理だ」
「だけど一つだけ。友として言わせてもらう。よかったな……アルトワール」
「……フッ。貴様……いや、キミから再びそう呼ばれるとはな。ありがとうアルセリオン。そして、さらばだ」
もはや未練はない。そう言わんばかりに目を瞑る最古の黒龍。
それにアルセリオンも目を伏せるだけで応えた。
その姿を見て、レオが再び僕を見る。
「ボクから言うことでもないけど、次の黒龍を頼んだよレン」
「それは既にヴェルナードから頼まれてる。だから安心して」
「ありがとう。じゃあ行こうか。アルトワール」
「……ああ」
踵を返す、人と龍。
身体が解けるようにして消えていく。
だけどその歩みは止まらない。今まで停滞していた歩みを再開させるように、一歩一歩、大地を踏みしめ、去っていく。
その後ろ姿を、僕たちはただ静かに見送った。
次回、最終話「キミに捧ぐ鎮魂歌」――。




