第61話 大切な人の元へ
ルシアはゆっくりと目を覚ました。
見慣れぬ天井。それはかつて戦場で目にした天井だった。
その瞬間、脳裏にフラッシュバックしたのは先ほどまでの光景。
「……っ! レン様っ!」
バッと音を立てて身体を起こす。
先程までは外にいたのに、今は天幕の中だ。
……そうだ。……私は。
毛布をめくり、服をめくり、斬られた傷を見る。
しかしそこに傷痕はなかった。綺麗さっぱり消えている。
まるで初めから斬られていなかったかのように。
するとその時、天幕の入り口に掛けられていた布が揺れ、一人の女性が入ってきた。
「ルシア様……? ルシア様! あぁ……よかった」
看病を続けていたノヴァリス家の従者、レナン・ニッカールは目覚めたルシアを見て安堵の息を吐いた。
「レナン? なぜここに……? いいえ! 今はそんなこと……状況を教えていただけますか? それとレン様は……?」
「それは私から説明しましょう」
次に姿を現したのは全身に火傷痕の残る北方神将レオニール=ディアノスだった。
「レオニール様?」
「しかしその前に、どこまで覚えていますか?」
「斬られて……レン様が……」
「ええ。その通りです。まずは結論から。レン殿は黒闢の厄災と成りました」
「ぇ……」
ルシアの口から掠れた言葉が信じられないという思いと共にこぼれ落ちた。
「詳細はわかりません。結界の中での出来事だったので。しかしレン殿は龍帝セリア様、白龍アルセリオン様との戦いの結果、厄災に……」
「そんな……」
ルシアの心に冷たい雫が落ちた。
わけがわからない。何が起きているのかもわからない。
レンがヴェルナードの力を受け継いだことは知っている。
しかし厄災ではなかった。
だけど今や彼の伝説、黒闢の厄災。
あまりに予想を超えた出来事の連続で思考がまとまらない。
だけど一つだけわかっていることがある。
それはこのまま、ここで寝ているわけにはいかないということ。
「……出ます」
ベッド脇に立てかけられていた愛剣に手を伸ばして立ち上がる。
身体は万全だ。痛むところはない。
それ以上に力が湧き出ていた。
しかしそこへ立ち塞がるのは一人の従者。
「退いてください。レナン」
「できません! 相手は厄災です! あれは……到底人の力が及ぶモノでは……!」
見ればレナンの身体は恐怖で震えていた。
「何を見たのですか?」
「それは実際に見る方が早いでしょう。こちらに……」
「……?」
レオニールに促され、困惑しながらも天幕の外へ出る。するとそこには信じられない光景が広がっていた。
「これは……!」
あまりの光景にルシアは息を呑む。
場所は王都クロミアス、城壁前。
そこには神国騎士たちが勢揃いしており、ソレを愕然とした表情で見つめていた。
視線の先に、空に浮かぶは球体。
おそらく場所は先ほどまでいた平原。なのにも関わらず、城壁前から見てもこの大きさ。
おそらく、王都よりも遥かに巨大な白と黒の球体だ。
しかしその比率は黒が大部分を占めている。
比率は約八割が黒。そして刻一刻と白を呑み込みつつある。
その光景は、まるで力の均衡を示しているかのようだった。
「……中には白龍様、赫龍様、蒼龍様、そして龍帝セリア様、神王様、ジョシュア翁がおられます」
レオニールの言葉にルシアは目を見開いた。
三体の真龍種に最古の英雄。そして神王国が誇る最高戦力が二人。
今の人類種にそれ以上の戦力はないという状況。なのにも関わらず、押されている。
もはや世界の命運は尽きつつあった。
「……ならば尚更です」
しかし、ルシアの瞳に灯っていたのは燦然たる光。そこに絶望の影はない。
「ひとつ聞かせてください。レオニール様」
「……? なんですか?」
「黒闢の厄災はレン様なのですよね?」
「それは……はい。ですが……もはやアレは――」
「――ならば大丈夫です」
ルシアはレオニールの言葉を遮って断言する。
「レン様なのであれば大丈夫です。私が救ってもらったように、この命を懸けてでも救います」
ルシアの決意は揺らがない。そこにあるのは強い想いただ一つ。それ以外は何も必要なかった。
「止めても無駄ですよ。レナン」
「そう……でしょうね」
強烈な決意に当てられて、レナンは絶望を通り越して苦笑した。
こうなったルシアは止まらない。それは誰よりもよくわかっていた。
なぜならば、その瞳をずっとそばで見続けてきたから。
「フィレ……先代フィレイン様に似てきましたね。ルシア様」
「それは……誇らしいですね」
フッと目を瞑って苦笑を漏らす。
「……どうするつもりですか? 決意は結構ですが、方法がない」
しかしレオニールは冷静だった。
決意だけで現実を変えることはできない。そのことをよく知っていた。
だけどそれは同じ四方神将であるルシアも同じ。
「方法ならばあります」
ルシアは己の胸に、正確にはそこにあったはずの傷痕へと手を当てる。
「私にはレン様との繋がりがあります。今ならば私は辿れる。問題は穴を開けられるかですが、やるしかない以上は仕方ありません」
ルシアは前に進みながら、剣を引き抜いた。
球体に向けて歩を進める。身体を引きずるようにして追従するはレオニールとレナン。
「あれは一つの世界です」
この世界に影響を及ぼさないよう、強固に閉じられている世界だ。
繋がりを辿るには入り口を作る必要がある。
「……貴女はそこまで頑固でしたか?」
「ルシア様は昔から頑固です。レオニール様」
「どうやらそのようですね」
「……怒りますよレナン」
レナンは「失礼しました」と一礼して後ろに下がる。従者のあんまりな言葉に、ルシアは再び苦笑した。
そんな従者と同じ四方神将を見て、レオニールも覚悟を決めた。
「……ならば道は私が切り拓きましょう。後一度ならば振るえるはず……いえ、振るって見せます」
剣属性の魔力を具現化し、ルシアの前に出るレオニール。その姿は満身創痍ながらも、誰よりも頼もしかった。
「ならば私も力を貸そう」
そこへ姿を現したのは槍を携えた一人の女性。西方神将レーナ=アルカートンだ。
「ただしルシア。肝に銘じておけ」
「なんでしょう?」
「無理ならば殺せ。でないと世界が滅びるぞ」
ごもっともな言葉。だけどルシアは決然と首を振る。
「殺しません。私はレン様を救いに行くのですから」
「甘いな。お前のせいで世界が滅びるんだぞ? わかっているのか?」
「滅ぼさせません。この私が、なんとしても」
「……ったく。その自信はどこから来るのやら。まあいい。そこまで言うのなら救ってみせろ。世界ごと、な?」
ニヤリと笑みを浮かべたレーナにルシアは決然と頷く。
「望むところです」
「では私はここで。ご武運を。ルシア様」
「ええ。屋敷で待っていてください。レン様を連れて必ず戻ります」
「ならばお食事を作っておきますね」
ニコッと珍しく柔和な笑みを浮かべたレナンは一礼して戦場を後にした。
「では、始めましょうか。ルシアは転移に集中してください」
剣属性の魔力を凝縮し、研ぎ澄ますレオニール。
しかしその前に出たのはレーナだった。
「癪だが本命はお前だ。レオニール。アタシは出来るだけ削る」
「貴女にしては殊勝ですね。レーナ」
「言ってろ。……任せたぞ」
「はい」
頷き合い、レーナが己の槍に炎を纏わせる。
そして一度深呼吸をして投擲の構えを取った。
「行くぞ……!」
瞬間、爆発的に増大する魔力、そして炎。
それは自身すらも焼きながら、尚も膨れ上がる。
西方神将のまごうことなき本気。熱波が周囲を焼き、地面が融解する。
しかしそれでもまだ止まらない。
「レーナ様!」
「黙れ!」
一喝。
「お前はお前のやるべきことをやれ! ルシア!!!」
「……ッ! はいっ!」
レーナの言葉に目を瞑るルシア。レオニールはそれを満足げに見つめた後、己も自身の魔力を研ぎ澄ませていく。
四方神将三人の本気がぶつかり合い、火花を散らす。
やがて臨界が訪れた。
「貫けぇぇぇえええええ!!!」
怒号と共に打ち出されるは一条の流星。
それは世界を捉え、穿たんと拮抗する。
「あとは任せたぞ……」
レーナの身体が揺らぎ、崩れ落ちる。
後に続くは頂きへ至った者の斬撃。
「ええ。任されました」
満身創痍の身体に鞭打って剣を振るう。
今後剣が振るえなくなろうとも構わない。それが贖罪になるのなら。
レオニールは己の内に存在する力全てをかき集め、命を焚べる。
そして放つは概念を断つ斬撃。
一人の騎士が生涯最後に放つ一撃は、レーナが付けた僅かな傷跡へ――。
「行ってください。ルシア=ノヴァリス。世界の命運は貴女に――」
創られた世界に走る一条の罅。
世界は穿たれた。隔てられていた繋がりが線を成す。
位置は関係ない。
繋がりさえあれば辿れる。
そうしてルシアは転移魔術を行使した。
――大切な人の元へと。
ご覧いただきありがとうございます!
「続き読みたい!」「面白い!」と思ってくれた方は
下にある☆☆☆☆☆を押して、作品の応援をよろしくお願いします!
ブックマークも頂けたら嬉しいです!
何卒よろしくお願いいたします。




