第59話 厄災の力
燃える。燃える。世界が燃える。
物質も魔力も大気も空間も。何もかも。全てはただ黒に呑まれて焼失するのみ。
「ぐぁっ――!」
神王アルストンは自身の肉体が炭化し、崩れていくのを俯瞰的に視ていた。視えすぎてしまうが故に、自身が助からないことももうわかっている。
なにせ、刹那の間に肉体の八割が焼け落ちた。あと数瞬の内にそれは全身に及ぶだろう。
だけど神王アルストンは諦めない。そもそもそんな選択肢は与えられていない。
王とはそういうものだ。
なにせその双肩に乗っているのは民の命。ここで諦めたら大切な国が、世界が滅びる。そんなことになれば歴代の王たちに、始祖フィレインに顔向けができない。
「……っ!」
炭化した腕で炭化した剣を強く、強く握り、黒炎に抗う。
魔力の流れは視えている。無論、そこにあるわずかな空隙も。
「うぉぉぉぉぉおおおおおおおお!!!」
雄叫びを上げ、剣を振るう。
振るって振るって振るい続ける。
炭化した身体を、潰れ続ける肺を、視て最適化した回復魔術で治し続ける。
しかし、――終わりがない。
永い長い、刹那。果てのない永劫地獄。
そんな中で、黒龍が動いた。黒き剣から黒炎が噴出する。
それが三振り。それぞれ頭上に掲げられた。
――龍ノ息吹。
放たれるは黒き極闇。
……くっ!
抗うので精一杯なアルストンに防御する余裕はない。
極闇に呑み込まれるアルストン。
しかし、その刹那、視えている景色が切り変わった。
何が起きたのかは一目瞭然。
……フッ。まったく。しぶといな。
長年の付き合いである好々爺の憎らしい顔が脳裏に浮かんだ。
第一の臣下がまだ抗っている。
……ならば私は……!
アルストンは決然と眼を見開く。
己の身に刻まれた【天眼】で全てを見通す。
限界を超えた、その先へ。
至るべき時は来た。
北方神将が黒龍との戦いで至った領域へ。
「ぉぉぉおおおおおおおお!!!」
雄叫びを上げ、剣を振るう。全てを見通し、己の動きを最適化する。
身体を満たすは心地の良い全能感。もはや遅れは取らない。
【天眼】アルストンは今ここに完成した。
「ホッホッホッ。遅かったですな。陛下」
「何を言う。お前も至ったばかりだろう。ジョシュア翁」
双方が回復魔術を使い、身体を癒す。
炭化していた身体がみるみる内に再生していく。
先程まででは考えられないほどの魔力操作に魔術行使。
【天眼】アルストンは炭化する以上の回復速度で。
【虚境】ジョシュアは周囲の空間を完全に支配し、黒炎を無力化する。
今ここに、真の英雄が二人、誕生した。
「自惚れるなよ【律識翁】、神王。そこに至ってもまだ我らの方が格下だ」
「水を差すなよ蒼龍。気持ちの持ちようは大切だぜ?」
「事実だろう赫龍」
「言い争いはやめろ。時間がない」
龍帝の言葉に面々は表情を引き締める。世界の侵食は既に八割に到達しつつあった。
残り時間は少ない。だから方針を変える。
「確認だ。アルセリオン。時間内に黒龍を倒すことは不可能だな?」
蒼龍の言葉に白龍は顔を顰めながらも頷く。
現在の黒龍は過去、大戦で戦った時よりも弱体化している。それは間違いない。
だから今までは本体を狙っていた。しかし想定外は異界の理。
弱体化していて尚、現在の黒龍は過去の黒龍に比肩し得る力を持っている。
「ならば、まずはアレを叩く。でいいな?」
蒼龍が見据えるは、黒龍の背後で夜を吐き出し続ける漆黒の穴。
侵蝕が完成したら何が起きるかわからない。
ならばまずはアレをなんとかする。それ以外に道はない。
「異論はないぜ。……っと。どうやら作戦会議はここまでみたいだな」
黒龍が右腕を掲げる。
その先へ集まるのは三振りの覇黒剣。それらが集まり、重なり、溶け合うようにして一振りの大剣へと形を変え――。
「――ッ! 避けろ! 赫龍!」
振り下ろされる大剣。放たれるは斬撃。
それは距離を無視して、赫龍の片翼を断ち斬った。
「がっ!」
「赫龍様!?」
血を噴き出し、落下する赫龍。そこへ迫るは二の太刀。
落下する赫龍の背で、神王アルストンは両眼を見開き、斬撃に備える。しかしそこへ割り込んだのは龍帝。
片腕を振るい、光の壁を作り出す。直後、一撃で光の壁が粉々に砕け散った。
「ボサっとするな! 次が来るぞ!」
龍帝の言葉通り、闇に侵食された空一面に魔術式が記述される。
加えて、黒龍の口の端からは黒が溢れていた。
「釘付けにする気か! ……蒼龍!」
「ああ。防御は任せるぞ! 【律識翁】!」
「お任せください!」
蒼龍と白龍の口端から同じように光が溢れ出る。
直後、放たれるは三色の極光。
――龍ノ息吹。
――龍ノ息吹。
――龍ノ息吹。
極光が衝突する。そして同時に天から飛来する無数の黒剣。
対するは【律識翁】ジョシュア。
ジョシュアも無数の魔術式を記述し、転移魔術を次々に発動。仲間の身に降りかかる黒を転移させていく。
「「【律識翁】!」」
三色の極光が消滅する。その瞬間、蒼龍と白龍が咆哮した。
「ハッ!」
呼びかけに応え、ジョシュアが転移魔術を発動。黒龍を挟み込むように転移する。
そこへ駆けつけるは赫い影。すでに翼の再生は終えている。
「クソがぁ!!! イテェじゃねぇか!!!」
――龍ノ息吹。
――龍ノ息吹。
――龍ノ息吹。
三方向からの極光。狙うは夜を吐き出し続ける、穴。
しかし黒龍も狙いはわかっている。
黒龍の頭上に記述されるは立体魔術式。一瞬で記述されたそれは、穴を黒で覆い尽くした。
衝突する黒と極光。しかしそれは普通の防御魔術ではなかった。空間が湾曲し、極光が逸れていく。
「続けろアルセリオン! 私が斬る!」
光を纏い、龍ノ息吹の中へと突撃する龍帝。
ジョシュアも周囲の空間を歪ませながら追従する。
乱れる時空の中を進む二人。そこへ迫るは黒龍の龍ノ息吹。
「くっ!」
回避か突撃か。喰らえば無傷では済まないだろう。
だが回避すればおそらく次はない。時間切れになる。それは何としても避けなければならない。
一瞬の逡巡。
そこへ響くは声。
「行ってくだされセリア様! ここは儂が!」
龍帝は信じることに決めた。
そして頷いたジョシュア翁が記述したのは巨大な立体魔術式。それは黒龍の魔術を再現する。
「ぐっ……おおおおおおおお!!!」
今まさに二人を呑み込もうとしていた極闇が歪み、彼方へと飛んで行く。
「礼を言う! ジョシュア=アーレンシュバンク!」
龍帝はジョシュアを一瞥すらせずに加速。黒へと到達した。
剣を振り上げる龍帝。そこへ殺到するは無数の黒剣。
しかし龍帝は止まらない。まだ神王アルストンがいる。
「……」
【天眼】の瞳は黒剣全てを捉えていた。
記述するは全く同数の魔術式。光が爆ぜ、黒剣が弾かれる。
道は拓かれた。もはや障害はない。
「ハァァァアアア!!!」
龍帝が純白の剣を振るう。
それは概念を斬る斬撃。たとえ空間が歪んでいようが関係ない。
歪んだ空間ごと黒が斬り裂かれ、穴が露出する。
「任せたぞ! アルセリオン!」
「……」
応える声はない。しかし極光の勢いが増した。
三色の極光が穴を呑み込む。
そして、黒龍の口角が上がる。
それに気付いたのはただ一人。
「まさか……!」
神王アルストンの脳裏に一つの言葉が浮かぶ。
――ブラフ。
侵蝕が、完了する。
「――|閉じた世界、もはや陽は昇らぬ《ワールド・エンド》」
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