第55話 追憶
始まりは些細な出来事だった。
遥か昔、彼方の地で起こった政争。
原因は、特に珍しくもない後継者争い。
毒殺から始まり、謀殺に至るまで。ありとあらゆる手が使われた。
報復に報復が重なる、まさに血で血を洗う戦い。
そこには、敗者がいた。
命からがら王都を追われ、逃げ延びた敗者たち。
ただの敗者ならば見逃されたかもしれない。だけどその中には王族の血を引く者がいた。
当然、勝者が見逃すはずはない。
王族の血というのはそれほどに厄介なモノだ。
逃れた地で体勢を立て直し、王族の血を旗頭に再起することもできる。
だからこそ、勝者は追手を放った。
再起の芽を完全に潰すために――。
敗者たちは逃げた。
逃げて、逃げて、逃げ続けた。
一人、また一人と数を減らしつつも。
そうして辿り着いたのは最果ての地。
守護地【黒闢淵穴】。
真龍種、黒龍が住まう深淵。
背後からは追手。前には最果ての地。
敗者たちに残された道は一つだった。目の前にあるのが、全てを呑み込む闇だと知りながら。
深く、深く、深淵に潜っていく。
ただ、生きる。それだけのために。
しかし最果ての地は過酷だった。
野生生物に襲われ、一人、また一人と命を落としていく。
そのことに黒龍は気付いていた。だけど同時に興味のないことだった。
所詮、人類種は定命の者。助けたところですぐに死ぬ。だから意味はない。
そうして黒龍はまた、眠りにつく。
しかしある時、事情が変わった。
人類種の中に【不老】の天恵を持つ者が生まれたのだ。
黒龍はほんの少しだけ興味を持った。
すこし、起きるぐらいには。だけど所詮【不老】。守護地という過酷な土地では生きていけない。
故に、黒龍の意識からはすぐに消えていった。
そうして時は経ち、約20年。
人類種たちは闇の中を進み、黒龍の元へと辿り着いた。
黒龍は驚いた。
民を率いていたのは【不老】の青年だったのだ。
「やあ。キミが黒龍だね。よければボクと友達になってくれないか?」
青年は黒龍を見るなり、そう言った。
「……何を言っているんだ」
訝しげに目を細める黒龍。しかし青年は意に介さなかった。
「だから友達になろう」
「……」
黒龍は無視した。
【不老】の人類種。そして最果ての最奥にまで辿り着いた英雄。
興味はあった。けれども友達になるつもりもまた、なかった。
黒龍はとぐろを巻き、目を瞑る。
そんな黒龍を見て、青年は苦笑を浮かべた。
「残念。また来るよ」
「……」
その日から、青年は毎日黒龍の元を訪れた。
青年の口から語られるは、なんてことのない話。だから黒龍は無視した。し続けた。
「……煩い」
しかしある時、あまりのしつこさに黒龍は鬱陶しくなった。ため息を吐きつつも、片目を開く。
「それは悪かった。でもようやくこっちを向いてくれたね」
悪びれもせず、恐れすらもなく、青年は戯けて笑った。
「……」
黒龍は呆れた。呆れてため息を吐いた。
「物好きな人類種だな。オレのことが恐ろしくないのか?」
「恐ろしい? どうしてだい?」
「……驚いた。本気でそう言っているのか」
黒龍は目を細めながら呟くように小さく言葉を漏らした。
恐れの感情。青年にはそれがない。まるで恐怖を感じる心が壊れてしまったかのように。
「……? 本気だけど?」
「どうやらそのようだな」
「……んぅ? まあいっか」
対する青年は不思議そうに首を傾げつつも、黒龍へと手を伸ばした。
「自己紹介がまだだったね。ボクの名前は⬜︎⬜︎だ。よろしく」
「……はぁ」
黒龍は盛大なため息を吐いた。だけど同時に、興味も湧いていた。
目の前にいる、【不老】の青年に。
「……負けたよ。友人になってやろう。それで? キミはオレに何を求めているんだ?」
今度は青年が沈黙する番だった。
「………………求めて?」
「……嘘だろう? 本当に友達になりたかっただけか?」
「そうだけど……おかしい?」
黒龍は大笑いした。青年が不満げに頬を膨らませる。
「そんなに笑わなくても……」
「だってなぁ? そりゃ笑いもする。真龍種を前にして……。普通、玉座を求めてとかじゃないのか?」
「両親はそれを求めてるけどね。でも、それは僕の願いじゃない……。それに、何か見返りを求めて友達になるって、違うだろ?」
「真龍種相手にそんなことが言えるのはキミだけだよ。……でも、気に入った」
「それはよかった」
「だからキミたちはオレが庇護してやろう」
「……え?」
まさかの言葉に、青年はぽかんと口をあけた。
真龍種の庇護。それは真龍種という強大な存在が後ろ盾になるということ。
たとえ王族だとしても、願って手に入れられるモノではない。
「不思議か?」
「そりゃあね。真龍種の庇護を得るなんて、物語の英雄が成すことだから。それをボクなんかが……」
「オレの見る目がないと?」
「ああ。いや……そういう意味じゃ……」
「そういう意味だ。庇護を得たキミが自分を卑下するのなら、そういう意味になってしまう。だから気をつけることだな」
「……確かに、そうだね。今のはボクが悪かったよ」
「わかればいい。それじゃあ他の人類種たちを呼んでこい。転移する」
「え? 今!? というか転移!?」
「人類種には難しい魔術だけどな。オレには造作もない」
「いや、それはいいんだけど、どこに行くの?」
「どこ? ……不思議なことを……あぁ、いや。そうか。キミは外に出たことがないのか」
敗者である彼ら、彼女らは生き延びるために【黒闢淵穴】へと潜った。
その過程で生まれたのがこの青年だ。青年は【黒闢淵穴】で生まれ育った特殊な人類種。
だからこそ、一度も陽の光を浴びたことがない。
故に、黒龍は問う。
「怖いか?」
「怖い?」
「ああ。キミにとって外は未知の世界だ。ならば恐怖を感じるのも、別に不思議なことじゃない」
「んー。怖いは違うかな。実感が湧かないって言った方が正しい。だってボクはずっと、この暗闇の中で生きていくと思っていたから」
「オレと出会わなければそうなっていただろう。自分の幸運を誇ることだな」
「そうするよ。ボクは幸運だ」
青年は胸を張った。卑下するのは失礼に当たる。そう教わったから。
「わかったら他の人類種たちを呼んでこい」
「ありがとう! ……っと、そういえば名前はなんて言うんだ?」
「そんなものはない。好きな呼び方で呼べ」
「そう? ならそうだな……アルトワールで!」
「アルト……? なんだって?」
黒龍はパチパチと目を瞬いた。
好きな呼び方をしろとは言ったが、名前を考えろと言ったわけではない。
「アルトワール! 良い名前でしょ?」
「……好きにしろ」
黒龍はめんどくさくなった。
名前を得ようが、特に興味はない。なんでもよかった。
「早く呼んでこい」
「ああ! 少し待っててくれ!」
去っていく青年を見送り、黒龍は再びため息を吐いた。
「アイツの相手は疲れるな……」
そうは言いつつも、悪い気はしなかった。
そうして黒龍の守護地【黒闢淵穴】の入り口に村ができた。
始まりは小さな村だった。村人は二十人と少し。
だけどようやく得た安住の地だ。
村人と青年は黒龍と親交を深めながら、平和に、穏やかに暮らした。
そうしてやがて、村は町となり、街となった。
だが、王族の血を引く者が力を付ける。
それがどういうことかを青年は真に理解できていなかった。故に、悲劇は起きた。
かつての政争はまだ終わっていなかったのだ。
数百年に一度、真龍種たちが集い、行う【征伐】。
それは星を維持するために必要なこと。龍脈の管理者たる真龍種の義務。
黒龍はその征伐に参加するために、守護地を留守にしていた。
まさか真龍種の庇護する街を襲う者などいるはずがない。そう思っていたからこそ、民たちは快く送り出した。
そこを狙ったのはかつて勝者となった国。
王族の血を継ぐ青年が力を付けることを良しとしなかったために、街に火を放った。
それも誰一人逃げられないように、街を包囲して。
黒龍が戻ってきた時にはすでに手遅れだった。
生き残りは誰一人おらず。青年と共に築いてきた街は全て、灰と化していた。
そこからは伝説の通り。
黒龍は厄災と成り、国を滅ぼした。
文字通り、跡形も残さず。
しかしそれでも尚、黒龍の怒りはおさまらなかった。
その敵意は知性ある生命体、全てに向けられた。
そうして勃発したのが黒白大戦。
黒闢の厄災、黒龍アルトワールと英雄たちの、生存を賭けた大戦争。
結果も、誰もが知る通りだ。
黒龍は大陸一つを滅ぼした末に、龍帝と白龍によって討たれた。
しかし、それで終わりではない。
黒龍の思念は脈々と受け継がれ、まるで煮詰まっていくように色を濃くしていった。
全ての生命体を根絶するために――。
だけど白龍もただ見ていたわけではない。
思念が宿っていると気付くや否や、即座に殺した。
次代の黒龍も、そのまた次代の黒龍も。
だから黒龍だった存在の思念はやり方を変えた。
殺されつつも次代に魔術を遺す。それだけに注力した。
そうして生と死を繰り返すこと数千年。一つの魔術式が完成した――。
――【世界輪廻の秘術】。
そうして……。
オレは世界を越え、また戻ってきたんだ。
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