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第52話 龍帝

 龍帝セリア=ルクシア。

 かつて黒白大戦で世界を滅ぼしかけた【黒闢の厄災】を打ち破った英雄の一人。人類種の寿命を越え、生き続ける伝説だ。

 

 だけどそんなことはどうでも良い。

 胸の内に灯った炎が激しく燃え盛る。今すぐにでも駆け出して……。


 ……いや、違う。抑えろ。


 そんなことをしている場合ではない。

 ボクは荒れ狂う激情を無理矢理抑え込み、英雄を視界から外した。

 そしてルシアの容態を確認する。


 ……くっ。


 ボクは顔を顰めた。

 思ったよりもかなり傷が深い。内臓にまで達している。

 どこからどう見ても致命傷だ。


 ……だけど。

 

 ボクがいる。ヴェルナードから力を受け継いだボクならば救える。救ってみせる。


 ボクは複数の魔術式を同時に記述、回復魔術を使った。

 ヴェルナードと同じく僕の属性は闇。光属性である回復魔術は得意ではない。


 ……だからなんだ。

 

 関係ない。現代医学の知識を組み合わせれば弱い回復魔術でも致命傷の治療は可能だ。

 心拍数、血圧、酸素飽和度等を観測。万が一が起こらないように身体の修復を試みる。

 イメージするのは再生だ。

 ルシアの自然治癒力を活性化させつつ、身体の組織を細胞レベルで再生させる。


 ……大丈夫だ。ボクならできる。絶対に! だから……。


「……そこから動くなよ龍帝! 神王国勢はボクを守れ! ルシアを死なせたくなかったらな!!!」


 視線を向けずに叫んだ。その瞬間、アルストンがボクと龍帝の間に立ち塞がったのが気配でわかった。


「何をしている!? 全力でレン殿とルシアを守れ!」


 他の四方神将もすぐさま動く。

 先程まで殺し合っていたというのに。

 純粋にありがたい。これでルシアに全神経を注げる。


「……貴様。本当に……」


 セリアが何か言っていたが、気にしている余裕はない。

 今も尚、ルシアからは命がこぼれ落ちている。


「レン……様。すみ……ません……。身体が……勝手に……」


 言葉と共に、命がこぼれ落ちていく。

 もう幾許かの猶予もない。

 

「いい! もう喋るな! 絶対に助けるからな!」


 失ってたまるか。その一心で魔術を使う。

 するとその時、周囲に巨大な影が落ちた。


 ……なんだ?


 疑問に思ったが、意識の外へと追い出す。

 今もルシアの命は溢れ続けている。意識を逸らしている余裕なんてない。


「レン……様。私は……貴方を……」

 

 ルシアの身体が弛緩し、瞳から輝きが失われていく。


「ルシア……? しっかりしろルシア! ボクを止めるんだろ!?」

「……」


 しかしボクの言葉は届かず。ルシアは気を失った。


 ……なんだ!? なにがいけない!?


 魔術式は完璧だ。当然、魔術も正常に機能している。

 だけど一向に傷が塞がらない。

 出血も勢いを増すばかりだ。

 このままではどう考えても間に合わない。


 ……なんだ……この傷は。


 わけがわからない。

 わかるのは普通の傷ではないということだけだ。


 ――さすがのボクでもこれは治せない。概念ごと斬られてるからね。


 ふと、ヴェルナードの言葉が過った。

 概念ごと斬られる。それがどういった状態かはわからない。

 だけどヴェルナードでも諦めたあの時と今の状態は酷似しているように思える。


 ……まさか。ルシアは()()からボクを……?


 ボクは【不老不死】だ。

 斬られたところですぐに蘇生する。

 だけどこれを食らって無事でいられるかは、正直わからない。

 

 もしかしたらルシアは本能的にそれがわかっていたのかもしれない。危険だからこそ、その身を挺してボクを守ってくれた。


 ……なら、尚更だ。


 尚更、このまま死なせられない。

 ルシアが守ってくれたというのに、ボクが守れないなんてのは情けなさすぎる。

 どこかに活路はあるはずだ。ないなんて言わせない。

 

「――血を使うといい。黒龍の血ならば、人類種の運命を覆せる」


 ふと響いた言葉。

 その言葉に僕は従った。

 ボクは即座に左腕を切断。噴き出す血をルシアの傷口に流し込んでいく。


 ……お願いだ! ボクからルシアまで奪わないでくれ……!


 願い、祈り、ひたすらに魔術を使う。

 すると唐突に傷口が塞がり始めた。

 おそらくはボクの血が効いたのだろう。だけど安堵はできない。

 ボクは一切油断せずに回復魔術を使い続ける。

 

 やがて、傷は完全に閉じ切った。

 あとは目覚めるのを待つだけ。


「……助かった。礼を言う」


 ボクとルシアを守っていた神王国勢に頭を下げてから前に出る。

 するとそこには、いつの間にかドラゴンがいた。


 汚れ一つ知らない純白の龍鱗。見上げるほどの巨躯。姿形はヴェルナードとよく似ている。

 実際に見るのは初めてだ。だけどボクはこいつのことを知っている。

 白龍アルセリオン。龍王国の守護龍にして最古の真龍種。

 伝説の存在が、佇んでいた。


「助言をくれたのはお前か。助かったよ」

「礼には及ばん。そもそもがこちらの責任だ」

「それもそうだな。……お前が龍帝セリアか」


 純白の騎士に視線を向ける。

 しかしフルフェイスの兜に隠れた表情は読み取れない。


「何故斬った? お前ならば止められたはずだろう」


 目を細める。

 龍帝セリア。この世界で語り継がれる生きた伝説。

 強さは規格外の一言。ただそこにいるだけで空気が震えている。

 

 おそらく、龍帝セリアという人物はボクに近い存在だ。それは黒白大戦時より生き続けていることからも明らか。

 つまりは人類種の枠組みから外れた存在だ。

 

 神王国でも頭ひとつ抜けていたアルストンが赤子に見えるほどに。

 だからこそ、ルシアが割り込んだとしても剣を止められたはずだ。なのにも関わらず、こいつは止めなかった。

 

「それは謝罪しよう。しかし確認のために必要だったことだ」

「確認……?」

「それは私から伝えよう」


 白龍が会話に割り込んできた。そして全てを見透かすような瞳でボクを見る。


「……お前は誰だ? 黒龍の力を受け継ぎし者よ」

「ボクはレン。レン・ヴェルナードだ」

「……」


 白龍(アルセリオン)が目を細める。

 しかし、質問をしたいのはボクも同じ。


「ボクからも確認したいことがある」

「答えられる問いならば答えよう」

「ヴェルナード……黒龍を殺すように仕向けたのはお前らか?」


 黒龍(ヴェルナード)が死んで得をするかはわからない。

 ボクが厄災となって得をするかもわからない。

 だけど同じ大国である以上、龍王国は神王国が滅んで得をするだろう。


 それに英雄と白龍だ。

 預言に介入することなど造作もないはず。こいつらはそれほどの力を持っている。

 ならば十分に容疑者たり得る存在だ。


「……」

「……」


 視線が交差する。

 そうしてたっぷり十秒ほど睨み合った末、白龍は口を開いた。


「………………そうだ、と言ったら?」

「――死ね」


 ボクは一人と一頭に向けて、覇黒剣(ミゼル=ヴェルクーガ)を振るった。

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