第51話 強い違和感
「レン殿。二人で話がしたい」
アルストンが持っていた剣を地面に突き刺し、そのまま歩いてくる。
「陛下! 危険です!」
「神王様!」
ジョシュアとレーナが焦ったように声を上げる。だがそれでもアルストンは歩みを止めない。
やがてボクの前までやってきた。
「……」
無防備だ。
魔術はなにも使っていない。今ならば楽に殺せる。
……本当か?
僕は目を細める。
アルストンは王だ。それも大国を統べる王。
ボクが思い描く王のイメージはこんな軽率な行動を取る存在ではない。大国の王ともなれば尚更だ。
無防備な姿を晒すのは、対処できる自信があるから。
……天恵か?
先ほどから使っていると思われる天恵。
おそらくは回避特化のナニカ。
しかしそうならば、考えても意味はない。
ボクにはヴェルナードのように、人の天恵を視るなんてことはできないのだから。
少なくとも今は。
だからボクは覇黒剣を振るい、アルストンの首に突きつける。
「……」
しかしアルストンは動かない。何の反応もしない。
「はっ。無防備な姿を見せればボクが止まるとでも?」
嘲笑ってみせるが、アルストンの瞳は真っ直ぐだった。
「ルシアに信用されている貴殿ならば止まるだろう」
「……」
ボクは眉を顰める。不快だ。不愉快だ。
「話し合いになんて意味はないよ。聞いていただろ? お前たちが奪ったのはそれだけ大切な存在だったんだ。だからボクはこの国を滅ぼすまで止まらない」
「では貴殿の滅ぼすとはなんだ? 我が神王国全土を更地にすることか?」
「それもいいかもしれないね」
「……ということは決めているわけではないのだな。であれば話し合いの余地はあると思うが?」
「いや、ないね。ボクはキミたちを皆殺……」
違和感。
魚の小骨が喉に突っかかったような感覚がした。
……皆殺し? いやそれでいい。ボクは神王国の人間を皆殺しにする。何がおかしい?
自問自答。
しかしやはり、違和感が拭えない。
「レン……様?」
「いや、なんでもない。ともかくボクの意思は変わらない。キミたち神王国の人間を皆殺しにする。それで終いだ」
違和感はあれど、ボクの意思は変わらない。
ヴェルナードを殺したゼスマティア神王国を滅ぼす。それがボクの正義だ。
覇黒剣に力を込める。
アルストンが何を考えていようと力で捩じ伏せてしまえばそれでいい。
ボクにはその力がある。
「龍ノ――」
――次に生まれる黒龍を頼んだよ。こんな結末を迎えさせないでくれ。
その時、ヴェルナードの言葉が脳裏を過った。
ヴェルナードの最期の願い。ボクが果たすべき約束。なによりも優先されるべきモノ。
……は? なん……で?
吐き気がする。頭痛がする。わけがわからない。
こんな大切な約束をボクは何故、忘れていた?
ボクは銃口をこめかみに押し付け、引き金を引いた。
「レン様!?」
ズドン――と重低音が響き、頭が爆ぜる。すぐに蘇生するが、違和感は拭えない。
しかし吐き気と頭痛は消えている。先ほどよりも思考がクリアになった。
約束は絶対に守る。
そう考えるのならば、皆殺しなんて手段は取れない。黒龍の力を受け継いだボクがそれをしたらどうなるかなんて容易に想像がつく。
それは黒龍という存在のイメージをひどく悪化させてしまう行為だ。
もしかしたらボクが原因で、次に生まれてくる黒龍もヴェルナードのようなひどい結末を迎えてしまうかもしれない。
それではダメだ。ヴェルナードの願いを踏み躙ってしまう。
「ルシア。教えてくれ」
復讐すべき相手は選ばなくてはならない。
「預言を行ったのは、キミの祖母か?」
「……はい。北の地に厄災が現れると預言したのはお祖母様です」
「……」
預言の巫女の預言がなければボクたちの平穏は脅かされなかった。
当然、許すことはできない。
……いや、待て。だけどルシアの家族だ。
大切な人の家族。殺したいほどに憎い敵。
どちらも事実だ。だけど殺したくないと思うボクがいる。
相反する心。この心を抱えたまま、果たしてボクは大切な人の家族を殺せるのか。
「……やはりレン様はお優しいですね。でも安心してください。お祖母様はあの日、預言を行ってから亡くなっております。老衰でした」
「それは……大変だったね」
目元に力が入る。
ボクの胸に去来した感情。それは、安堵だった。
最低だ。
大切な人の家族を、自らの手で殺す必要がなくなったことに、ボクは安堵している。
「……預言の巫女でも、間違えるんだな」
だからか、そんな軽口を口にしてしまった。
「あくまで預言を受け取るのは私たち人類種です。ですから……」
ルシアの言葉がだんだんと尻すぼみになっていく。そして、沈黙した。
「……ルシア?」
「あの……レン様。おかしくないですか?」
「……? おかしいって、なにが?」
「ヴェルナード様は厄災ではありません。そしてレン様も、です。ならばなぜ、お祖母様は厄災が現れるなんて預言をしたんでしょう?」
「……」
確かに。言われてみればそうだ。
ボクもヴェルナードも厄災ではない。預言がなければボクたちは今でも平和に暮らしていただろう。
だからそもそも、預言が出ること自体がおかしい。
因果関係が逆転している。
「預言が間違いだと?」
アルストンが眉を顰めた。
預言を信仰する国の王ならばこそ、安易に認めるわけにはいかないのだろう。
だけど、事実だ。
「ルシア。こういうことってあるのか?」
「……ありません。少なくとも私は知りません」
「そもそも預言ではなかった可能性は?」
「お祖母様が夢を預言と間違えた可能性ですか?」
「……夢?」
なぜここで夢が出てくるのだろうか。
「あっ。すみません。お祖母様は予知夢の預言者です。夢を通して予知を行っていました」
「……予知夢」
そういうことならば尚更ありえるのではないか。
予知夢ではない夢を予知夢と勘違いした。老衰で亡くなったということはかなりの高齢だったはずだ。
そういう間違いが絶対起こらないとも言えない。
しかし、ルシアは納得できないような顔をしていた。
「お祖母様は預言の巫女です。預言を間違えるなんてことは考えられません」
言い切った。
これがルシアの言葉でなかったら信じられなかったかもしれない。
だけど家族であるルシアの言葉だ。ならばそうであると仮定しよう。
「……なら、預言が介入された可能性は?」
ボクは魔術に介入できる。
天恵と魔術。違いはあれど、魔力が干渉している点は同じだ。
だから決して預言に介入することは不可能ではない。そう思う。
するとボクの言葉にルシアとアルストンは大きく目を見開いた。
「そんなことは……。神王様。私たちが知らない情報はありますか?」
「ない……とは言い切れない。だが……」
アルストンが言い淀む。
「隠し事はなしだ。神王アルストン。今が国の危機だということを忘れるな」
「そう……だな。……王族と預言の巫女には代々伝わる、フィレインの手記がある。確かにそこにはそういった事例はあると書かれていた」
「それは?」
「黒闢の厄災だ。彼の厄災はフィレインの預言に介入することができたという。……フィレインは全て打ち破っていたというが……」
「ともあれ、可能だってことか」
初代フィレインがどれほどの強さを持っていたのかはわからない。
だけど英雄として名を残している以上、規格外だと考えるべきだ。
ならばルシアの祖母が介入を防げなかった可能性は十分考えられる。
「……だけど誰が何のために?」
それがわからない。
この預言をして誰に得があるのか。
黒龍が死んで得をする者。
ゼスマティア神王国が滅んで得をする者。
ボクが厄災となって得をする者。
わからない。わからないが、この事態が仕組まれたものである可能性が出てきた。
もしかしたらボクが復讐すべき相手はゼスマティア神王国ではないのかもしれない――。
「――ッ!?」
……なんだ!?
ボクは弾かれたように西の空を見た。なにかがくる。
なにか強大な気配が――。
いつの間にか、純白の鎧を纏った騎士が目の前に立っていた。
「レン様っ!」
ルシアが拘束を打ち破り、ボクと騎士の間に割り込む。そこへ純白の凶刃が振り下ろされた。
赤が散る――。
「なぜ貴殿がここにいる!? 龍帝セリア=ルクシア――!」
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