第50話 想い
「レン様!」
……はぁ!? そんなバカな!?
内心で大声を上げる。
空間の歪みから姿を現したのは、なんとルシアだった。
転移魔術。ルシアが転移魔術を使った。
……あれ? 転移魔術ってこんな簡単に使えるもんだっけ?
いや、そんなはずはない。
転移魔術には、自分の座標を世界座標に変換し、星の軌道を加味した相対距離を――。
いやいや理屈はどうでもいい。
とにかく頭が混乱する。一朝一夕でできるようなモノではない。
ボクは今、ありえない現象を目にした。
「ダメです! レン様!」
ルシアが混乱から立ち直っていないボクの胸に飛び込んできた。というよりも身体全体を使って、ボクを抑え込んでいる。
「それをしたら、どちらも止まれなくなります……!」
強化されているとは言え、女の子の膂力だ。真龍種の力を受け継いだボクならば簡単に引き剥がせる。
だけど身体に力が入らなかった。
ジョシュアの首を掴んでいた手から握力が抜ける。
「がっ! けほっけほっ!」
咳き込みながらも後退するジョシュア。千載一遇のチャンスを逃した。
「ルシア! そのまま動きを止めてお――」
「――全員! 動かないでください!」
レーナの言葉を遮り、ルシアが叫ぶ。
レーナは一度アルストンに視線を向けると、その動きを止めた。
どうやらアルストンは静観するらしい。
「……ルシア。転移魔術なんて使えたの?」
「使えませんよ……。ですが、座標の演算はレン様がやってくれたので」
「あー。そういうことか」
つまりはボクの座標の強制変更を利用したということだ。
……確かにそれならば……可能なのか?
正直、自信はない。だけど現にできてしまっている。
ルシアの機転に拍手だ。そしてこれは対処していなかったボクの落ち度でもある。
「……離してくれないか? ヤツらを殺せない」
「絶対に離しません。私は南方神将です。誰一人殺させません」
「……はぁ」
話は平行線だ。
こういう時のルシアは絶対に譲らない。以外と頑固なのだ。
……どうしたものか……。
ボクは天を仰いだ。
空は清々しいほどの晴天。ボクの気持ちを笑い飛ばすかのようだ。
……いや、ボクの龍ノ息吹が雲を吹き飛ばしたんだな。
つまりはこれもボクの責任だ。
「……?」
するとそこへふと、足音が聞こえてきた。誰もいないはずの方角から二人、誰かが近付いてくる。しかしその歩みは遅い。
まるで足を引き摺っているかのようだ。
ボクは音の方へ視線を向ける。
するとそこには、騎士に肩を支えられながら歩いてくる人物が――。
「――ッ!」
ボクは大きく目を見開いた。
あの時の光景がフラッシュバックする。
「……ルシア。離して。アイツは……アイツだけは絶対に殺さなきゃいけない」
胸に灯った昏い炎が荒れ狂う。
今すぐにアイツを殺せ、と――。
「……ぇ?」
ルシアが弾かれたようにボクの視線を追った。そして叫ぶ。
「どうして来たのですか!? レオニール様!」
そこには、ヴェルナードを殺した張本人。北方神将レオニール・ディアノスがいた。
「やはり貴方でしたか……」
「よくボクの前に来れたな」
「来なければならなかったんですよ。……ありがとうございます。アルス」
「……いえ」
騎士が一礼して下がる。
レオニールは少しふらついたがその足でしっかりと立っていた。
……酷い有様だな。
左腕は欠損し、身体中の火傷は完治しているとは言い難い。おそらくは立っているのもやっとの状態。
戦いに来たわけではなさそうだ。
「わざわざ殺されに来たのか?」
「その通りです」
「……ぇ」
声を漏らしたのは、いつのまにか近くに来ていた女だった。仮定の預言者だ。
「な、なぜですか!? レオニールさま!」
レオニールは仮定の預言者の問いには答えずにボクを見た。
「あの後、私は黒龍……いえ、ヴェルナード殿と会話をしました」
驚いた。かなりの勢いで吹っ飛んでいたが、まだ意識はあったらしい。
「それで?」
「貴方と二人で平和に暮らしたかったと」
「そうだ。それを奪ったのはお前だ」
「黒龍は戦いの中でも自分は厄災ではないと言っていました。それを私は信じられなかった」
「くどいよ。何が言いたいんだお前は」
こいつがどう思ったとかはもはや興味はない。
ヴェルナードを殺した。その事実だけで十分だ。
「そう……ですね。では単刀直入に。私はどうなっても構いません。ですが、神王国は見逃して頂けませんか?」
「……お前らはわかってない。【不老不死】のボクにとって、不滅のヴェルナードは同じ時を歩める数少ない存在だったんだ」
ルシアも人類種である以上はボクより先に死ぬ。
もしこの先、ボクに友人ができたとしても同じだ。例外は不滅である真龍種だけ。
「それがどれだけかけがえのない存在か、お前にわかるか? 人類種一人の命で釣り合うと思うなよ?」
「……」
レオニールは顔を歪め、沈黙した。
ようやくボクにとって、ヴェルナードがどういう存在だったのかがわかったのだろう。
「だからボクは、お前たちゼスマティア神王国を滅ぼす。まずはお前からだ。北方神将レオニール」
「……」
レオニールはただ頭を下げる。下げ続ける。
「……ルシア。聞いていただろ? 離れてくれ」
「イヤです……」
「……そうか。ごめん」
手荒な真似はしたくない。でも退かないというのならば仕方ない。
ボクは無理矢理ルシアを振り解いた。
尻餅をつくルシアに向かって魔術式を記述。影で拘束を行う。
「離してください! ダメです! レン様!」
ルシアの声を無視し、ボクはゆっくりとレオニールの元へと歩いていく。
しかしそこへ仮定の預言者が、両手を広げて立ち塞がった。
「させません。レオニールさまは私が守ります」
「たかが預言者になにができる。邪魔をするなら殺すぞ」
「アーシア。これは私の問題です。退いてください」
しかし仮定の預言者、アーシアは退かない。震える身体で必死に両手を広げ続ける。
「アーシア! 退きなさい! 貴女まで死ぬ必要はない!」
「イヤです! 貴方が死ぬのならば私も死にます!」
「……なるほど。ならこいつから殺そうか」
このアーシアがレオニールにとって大切な存在なのであれば都合がいい。
ボクと同じ気持ちを味わってから死ね。
覇黒剣を振り上げる。
そんな中、アーシアは気丈にもボクの目を見続けていた。
「正直、その覚悟には好感が持てる。だから残念――チッ」
つい舌打ちが溢れた。
乱入者が多い。また足音が聞こえてきた。しかも数が多い。
「今度は誰だ?」
「……レオにぃ!」
「アーシアねぇ!」
子供だ。子供がたくさん駆け寄ってくる。
「なんで……こんなところに子供が来るんだよ……」
「なぜ……」
ボクと同様にレオニールは困惑していた。どうやら仕込みではないらしい。
「……あれ?」
すると子供の一人がボクを見て声を上げた。
見覚えがある。たしか三日前に助けた子の中にあんな子がいたような……。
「……」
そしてその子供もボクには見覚えがあるようだった。
「ここは子供の来る場所じゃない。早く帰え」
「でもレオにぃが……」
「彼を……知っているのですか?」
「うん。……さっきはなしたたすけてくれたひと」
レオニールが目を見開き、ボクを見た。
しかしすぐに穏やかな視線を向けてくる。不愉快だ。
「なんだよ。その目は」
「やはり……間違っていたのは私のようですね。……アーシア。みんなを頼みます」
「いやです! 私は絶対に退きません!」
場が混沌としてきた。イライラする。
「もういいよ。みんな殺すから」
助けた子供だろうと関係ない。そもそも戦場に来る方がおかしいのだ。殺されても文句は言わせない。
「レン殿」
しかしそこで進み出たのはアルストンだった。
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