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第47話 仮定の預言者

預言の巫女(フィレイン)。仮定せよ」


 神王アルストンは戦場を遠くに見ながら静かに告げた。


「はい。なにを仮定しますか?」


 当代預言の巫女(フィレイン)が行える仮定は三回。一度たりとも無駄にはできない。

 アルストンは頭の中にあった命令をぐっと呑み込み、ジョシュアに視線を向ける。


「……ジョシュア翁! 先ほどのアレは龍新星(ドラグニック・ノヴァ)だな?」


 龍新星(ドラグニック・ノヴァ)

 それは真龍種が持つ最終手段。

 かつて黒白大戦で龍帝セリア=ルクシアが黒闢の厄災の心臓を穿った時、最期を悟った厄災が使用したとされる自滅技だ。

 記録によると、黒闢の厄災が放った龍新星(ドラグニック・ノヴァ)は大陸を一つ消し飛ばしたとされている。

 俄には信じがたい話だが、龍帝によると紛れもない事実だとか。


「暫しお待ちくだされ」


 東方神将ジョシュア=アーレルシュバンクは絶え間なく飛来する銃弾を転移させつつ、アルストンを一瞥。直後、転移ですぐ側まで駆けつけた。


「……これで少しは時間を稼げます。そして質問には『如何にも』と答えましょう。あの破壊力はそうでしょうな」


 ジョシュアは会話しながらも銃弾を転移させ続けている。その上、左手で新たに魔術式を記述した。

 式がパッと輝き、消える。

 そうしてジョシュアはアルストンに向き直った。

 戦場では自動で魔術式が記述され、銃弾を次々と転移させ続けている。

 魔術の自動化。それが【律識翁(りつしきおう)】ジョシュア=アーレルシュバンクの至った真髄だ。

 

「ルシア嬢がいなければ王都諸共吹き飛んでいましたな。アレだけで済んだのは幸運です」


 ジョシュアが向ける視線の先。そこには上部が丸々吹き飛んだ王城があった。


「ただ疑問は残ります」


 ジョシュアは再びアルストンに向き直る。

 

龍新星(ドラグニック・ノヴァ)は自滅技。()の厄災が健在な理由がわかりませぬ」

「ジョシュア翁でもか……」

「儂にもあの現象は説明できません」


 命を引き換えにするからこその自滅技。

 しかし使用後でも厄災には傷一つ付いていない。

 本来ならばあり得ない事象だ。これでは自滅ではない。


「もう一度()()()わかるやもしれませぬが……」

「勘弁願いたいな。次も手を抜いてくれる保証はない」

「ですな」


 アルストンが苦い表情を浮かべ、ジョシュアもそれに同意した。


 ……先代預言の巫女(フィレイン)には感謝しなければな。


 アルストンは思う。

 十年前の()()一手が無ければ、既に神王国は滅ぼされていた、と。

 今、持ち堪えられているのも全て、厄災と縁を繋いだルシアがいるからだ。

 

「ならば確かめるべきは、殺したあと、再び龍新星(アレ)が来るかどうか……だな」


 アルストンたちの目的は神王国の存続だ。

 見事厄災の討伐を果たしても、国がなくなっていたら意味がない。

 龍新星(ドラゴニック・ノヴァ)が来るのか来ないのか、もし来るのであれば被害が知りたかった。

 

「異論はありませぬ」

「ならば預言の巫女(フィレイン)、命令だ。仮定は……『我らが()の厄災を殺したら』で頼む」

「わかりました。――仮定します」


 預言の巫女(フィレイン)は一度目を瞑り、条件を研ぎ澄ませていく。雑念を排除し、事象を仮定。そしてゆっくりと目を開く。

 その瞳には十字の紋様が浮かび、黄金の輝きを放っていた。


「……」


 その瞳が視据えるは仮定された未来。

 だが……。


「……ぇ?」


 その瞳から急速に黄金の輝きが失われていく。

 預言の巫女(フィレイン)自身、このような経験は初めてだった。


「……ぁ。申し訳ございません」

「まさか……。失敗か?」


 アルストンが眉を顰める。

 失敗できない場面の失敗。預言の巫女(フィレイン)は背に冷たい汗が流れるのを感じた。

 

「あの……! もう一度!」


 預言の巫女(フィレイン)は優秀な預言者だ。

 今まで預言に失敗したことはない。

 意図しない未来が見えることはあったが、何も見えないなんてことは初めてだった。

 だけど仮定の預言者はただ一人。やるしかない。

 

 一度大きく深呼吸をした預言の巫女(フィレイン)は再び目を瞑る。しかしその前にアルストンが手で制した。

 

「いや、責めているわけではない。その現象には覚えがある」

「……ぇ?」

「預言の巫女フィレインの手記だ」

「……ぁ」


 預言の巫女(フィレイン)はアルストンの言葉で思い至った。

 ゼスマティア神王国には、神王と歴代預言の巫女(フィレイン)に代々伝わる手記がある。それは英雄フィレインが遺した手記だ。

 預言の巫女(フィレイン)も目を通していたが、まだ襲名して日が浅いため、すぐには出てこなかった。

 フィレインの手記にはこう記されている。


 曰く――。


 仮定の終端。

 つまり、仮定の失敗は至ることのできない未来を示している。


「もしや彼の厄災は不死……か?」

「それも蘇生限界がない。やっかい……ですな」


 ジョシュアの頬に冷や汗が伝う。

 殺したらという仮定ができないのならば、その理由は一つ。殺せない、だ。それは蘇生に限界がないことを意味する。

 

 厄災討伐の難易度が跳ね上がった。

 真龍種の力を受け継いでいる上に不死。

 ただ殺すだけでは殺せない。最悪の厄災だ。

 

「さしずめ不滅の厄災と言ったところか。方針を変えねばなるまいな。ジョシュア翁。魔術通信を」

「御意」


 ジョシュアが頷き、魔術式を記述する。

 それは戦場にいる騎士全員の思考をリンクさせる高等魔術。


「――繋げましたぞ」

『助かる。――全員聞け。彼の厄災は不死の可能性がある。封――』

『――へー。通話みたいなこともできるのか。便利だな』


 ジョシュアは弾かれたように厄災へと視線を向けた。


「馬鹿……な! こんなことが!」


 干渉された。

 無論、ジョシュアも対策は講じている。

 対妨害術式は基本として、抵抗術式も組み込んである。

 だからもし干渉されたとしても、抵抗はできるはずだった。

 

 しかし()の厄災は妨害なんてものともせず。瞬時に干渉を行った。

 ジョシュアを持ってしても舌を巻く技量だ。

 

『それが預言か。バレたなら、もう隠す必要はないかな』

「――切断しろ!」


 アルストンの声で我に返ったジョシュアは自ら魔術を切断した。


「申し訳ございませぬ……」

「落ち込んでいる場合ではないようだぞ。ジョシュア翁」

 

 戦場ではレーナの槍が厄災の頭部を跡形もなく吹き飛ばした。崩れ落ちていく厄災の身体。しかし一瞬後には何事もなかったかのように厄災が出現した。

 不死。

 死なない厄災。


 これが龍新星(ドラゴニック・ノヴァ)を放っても死ななかった理由。――なんという悪夢か。


「……ジョシュア翁。時間を稼いでくれ」

「御意」


 空間が歪み、ジョシュアが前線へ転移する。

 

預言の巫女(フィレイン)。仮定を頼む。次は『時停封印が成功したら』だ」


 不死者には封印を。それがこの世界での定石。

 その中でもっとも強力なのが時停封印だ。

 効果はその名の通り、対象の時を停止させる。

 時が停止する以上、対象となった者は何もできない。故に内部から封印が破られることもない。

 問題なのはジョシュア翁をもってしても、使用するのにはかなりの時間と多大な魔力を消費する点だ。

 しかし手段を選んでいる場合ではない。厄災が不死ならば打てる手は封印しかないのだから。

 

「はい! ――仮定します!」


 預言の巫女(フィレイン)は再び目を瞑った。

 そして先ほど以上に条件を研ぎ澄ませていく。


 やがて、預言の巫女(フィレイン)は目を開いた。

 瞳に黄金が宿る。

 そして今度はその輝きが失われることはなかった。


 アルストンは安堵の息を吐く。しかしそんなアルストンとは対照的に預言の巫女(フィレイン)の目は揺れていた。


「……ダメです。対策されています。封印した場合、無制限の龍新星(ドラゴニック・ノヴァ)が来ます」


 無制限の龍新星(ドラゴニック・ノヴァ)

 先ほどはルシアがいたからこそ生き延びられた。しかし無制限ということはあれ以上。

 下手をしたらまた、大陸が消し飛ぶ。


 死なず、さりとて封印も通じず。


 ――打つ手なし。


 そんな言葉がアルストンの脳裏を掠めた。


「……神王さま。一つ仮定しても……よろしいでしょうか?」


 震える声音でそう言葉を溢した預言の巫女(フィレイン)。アルストンは一瞥した後、再び前を向いた。


「任せる」

「……ありがとう……ございます。……仮定します」


 震える身体を抱きながら預言の巫女(フィレイン)は目を瞑る。

 条件は一つ。最悪の仮定。

 万が一にでもそうならないように、なってしまった未来を視る。

 やがて預言の巫女(フィレイン)は目を開けた。 

 瞳に黄金が灯る。しかしその眼光はかつてないほどに弱々しいものだった。


「……う……そ」


 そうして視た未来はやはり最悪で、なんとしても回避しなければならない未来だった。

 

「なにを仮定した?」

「……神王さま! ルシアさまを守ってください! 絶対に死なせてはなりません! ルシアさまが命を落としたら、世界が滅びます!」

「なん……だと?」


 流石のアルストンも目を見開いた。

 

「厄災の本来の力はこんなものでは……! ルシアさまがいるから本気を出せていないだけです! どうか……! どうか……ルシアさまを!」

「わかった。良い預言だ。預言の巫女(フィレイン)

「……ぇ?」


 アルストンは毅然と前を向く。

 預言の巫女(フィレイン)のおかげで一つだけ手が残されていることを知れた。


「俺も出る」


 それに、活路は死中にこそある。

 今は見えていなくとも、残された手は一つではないかもしれない。

 だからアルストンは前へ出る。白銀の剣を携えて。

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