第45話 反命題<アンチテーゼ>
三日後、僕は空から王都を眺めていた。
大通りは人で賑わい、活気に満ち溢れている。人々の顔には笑顔ばかり。
三日間。僕は王都クロミアスを巡った。
時間の許す限り。そして王都に渦巻く暗い部分も明るい部分も見て来た。
だけど僕の心は一才動いていない。
僕は今日、この都市を滅ぼす。
恨むなら僕からヴェルナードを奪った国を恨め。
……ルシアは逃げてくれたかな。
ただ、それだけが気掛かりだ。
僕はルシアを殺したくない。
それが本心。
この思いも、三日間変わらなかった。だからきっと、この先も変わることはない。
だけどヴェルナードを奪ったゼスマティア神王国を許すこともまた、できない。
相反する思い。
どちらかを捨て、どちらかを取る。
取捨選択だ。それしか道はない。
だから僕は覚悟を決めた。
あとはやるだけだ。
「ふぅー」
目を瞑り、深く、長く、深呼吸をする。
それを三回ほど繰り返し、僕は目を開けた。
時間だ。
ルシアに宣言してからきっちり3日、72時間が経過した。
僕は王城に向け、降下を開始する。
ルシアに伝えてしまった以上、もはや奇襲は不可能。だから正面から行く。
……あそこらへんかな。
一つの窓に狙いをつけ、そのまま突っ込んだ。
数多のセキュリティが一斉に起動する。しかし何も起こることはない。
きっと無駄だとわかっているのだろう。だからか、人の気配も希薄だ。
……戦えない人たちは避難させたのか。
巻き添えにしないための配慮だろう。
あまり意味はないが。
……ともかく、当たりだったな。
顔を上げればそこには巨大な扉があった。
謁見の間だ。その扉は僕を拒絶するようにしっかりと閉じられている。
魔術防壁も完璧。だけど僕には何の意味もない。
手を触れ、ハッキング。すぐに解錠し、扉に手を突……こうとしてやめた。
僕は僕の正義を貫くためにここにいる。
だけど神王国からすれば僕は悪だ。ならばお行儀良くする意味もない。
手刀を振るい、扉を粉々に斬り裂く。
土煙が舞う中、僕は謁見の間へと足を踏み入れた。
「貴殿がレン殿か?」
玉座から声がする。
切れ長の目で僕を睥睨するのはこの国の王、神王アルストン。
そしてその前方に、神王を守護するように立っているのは一人の青年と、大槍を携えた女性。
ひとりはこの前見た東方神将ジョシュア。
だけどもう一人に見覚えはない。
きっと四方神将の一人だろう。ルシアが南方神将だったから、おそらくは西方神将か。
……それにしても。
僕は辺りを見回し、気配を探る。しかしこの三人以外はいないようだった。
……よかった。
ルシアがいないことに安堵の息を吐く。
これで心置きなくぶっ放せる。
僕は抑え込んでいた魔力を解放しながらアルストンに目を向けた。
「そうだよ。僕がレンだ」
――威圧。
真龍種が持つ存在圧。それを遺憾無く発揮し、圧力を掛ける。
三人の反応は劇的だった。
初めに動いたのはジョシュアだ。一瞬で立体魔術式を記述する。
次は西方神将。槍に赤色の魔力を纏わせ、一歩踏み込んだ。
「――待て!」
しかしそれを止めたのはアルストンだった。
「陛下! この者は危険じゃ!」
「その通りです! 一刻も早く――!」
「――待てと言っている!」
腹の底に響くような声が二人の行動を止める。
「我らゼスマティア神王国は貴殿との争いを望んでいない」
何を言うかと思ったら、予想の斜め上の言葉が来た。
どの口が言っているのだろうか。
全くもって腹立たしい。
「――ハッ。先に手を出したのはお前らだろう?」
「そうだ。黒龍のことは謝罪する」
「……それも預言か?」
「……」
アルストンが沈黙する。それが答えだ。
「どうやら不都合な未来が見えたらしいね。それはなによりだ」
敵対するすれば大きな被害が出る。
だからアルストンは謝った。なにもかもが預言だ。
全くもって反吐が出る。
「まあ先に結論を言っておくよ。キミたちがどれほど譲歩したところで許す気はない。僕は、僕の正義を貫くためにこの国を滅ぼす」
「……正義? 国を滅ぼすことが……か?」
西方神将が疑問を呈する。僕はそれに頷いた。
「反命題だよ。キミたちは正義だと思っているだろうが、僕にとって親友を殺したお前たちは悪だ。僕は悪を皆殺しにする。それは正義の行いだろう?」
「そんなものは正義ではない!」
西方神将が吼えた。
髪が逆立ち、毛先が燃え盛っている。
今にも襲いかかってきそうな勢いだ。
「どうでもいい。元より他人の理解は求めてないしね」
そもそもとして正義を押し付けてきたのはコイツらだ。そんなヤツらの言葉なんて響かない。
故に、僕の答えは変わらない。
「ということで決裂だ。キミたちに争う気はなくても、僕にはある。抵抗するならしてくれて構わない」
「……」
僕の言葉に、アルストンは腰に帯びている剣へと手を伸ばした。
「……キミたちが望むのなら、なってあげるよ」
静かに告げる。
「僕……いや、ボクの名前はレン。レン・ヴェルナード。お前たちを滅ぼす厄災だ――!」
「――やれ!」
アルストンの命でジョシュアの手に記述されていた立体魔術式が輝きを放つ。その瞬間、目の前には既に西方神将がいた。
だけど遅い。ボクの準備はすでに整っている。
――接続、龍核炉心。――暴走。
これは真龍種が持つ、最大最強の自滅技。
終ノ秘技、――龍新星。
全身に刻まれた魔術式が漆黒の輝きを放つ。
そして罅割れ、闇が――。
「――レン様!」
そこに姿を現したのは、ルシアだった。
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