第44話 悪党
地面に残った赤い目印を追って、奥へ奥へと進んでいく。
まだ太陽が顔を出している時間帯。だというのに周囲は薄暗く、空気も澱んでいる気がする。
……スラムってやつかな。
魔の巣窟、犯罪の温床。
僕が抱くのはそんな負のイメージ。
それを証明するかのように、人の気配もほとんどない。物陰からこちらを観察している気配はあるが、僕が視線を向けるとすぐに引っ込んだ。
そんな薄暗い路地を進むこと数分、一軒の廃屋に辿り着いた。
一応扉をノックしてみる。だけど少し待っても応答はない。
……まぁ、そりゃそうか。
建付けの悪い扉を開けて、中に入る。
一応黒翼は隠しておいた。部分的な光学迷彩だ。
……ふむ。
いきなり攻撃されてもおかしくないと思っていたが、そんなことにはならなかった。
というよりも、誰もいない。もぬけの殻だ。
しかしそれは見かけだけ。赤い目印はしっかりとロン毛の行き先を示している。
……隠し通路かな。
赤い目印は一直線に壁へとぶつかり、不自然に消えていた。
廃屋に隠し通路。いかにもといった雰囲気だ。
……開ける方法は……っと、魔術だね。
ヴェルナードから受け継いだ龍眼は魔力の流れを視る。巧妙に隠されているけれど僕の龍眼を誤魔化せるほどではない。
壁に掛けられているのはそこそこ上質な魔術だ。
土属性と隠蔽の複合魔術。だけどやはり僕には関係ない。
埋め込まれた魔術式に魔力を流し込み、ハッキング。そしてちょちょいっと解除する。
すると壁は崩れてなくなった。
姿を現したのは地下へと続く階段だ。
……なんかこういうのいいな。
ちょっとした冒険をしている気分だ。
さっきまで憂鬱な気分だったが、これには少しテンションが上がる。
僕は軽い足取りで階段を降りていった。
辿り着いた先は結構広い空間だった。
左右に三つずつ扉があり、奥には立派な円卓が置かれている。
そこに座っていたのは筋骨隆々の男だった。
浅黒い肌に禿頭。加えて眼帯だ。いかにも悪党ですといった風貌をしている。
そしてその足元には見覚えのあるロン毛が、縋り付くように跪いていた。
「回復薬を……! お願いしますカシラ!!!」
血を滴らせている腕を押さえ、懇願するロン毛。
その姿を悪党は冷ややかに見ていた。
「チッ。つけられやがって。抜かったなテメェ?」
「……え?」
ロン毛と悪党の視線が僕は向く。すると悪党は大きく目を見開いた。
「おいおいおい。テメェ……なんてバケモンに手ェ出してやがる」
額には珠のような汗が浮かんでいる。
その顔面に貼り付けられている感情は緊張、そして恐怖。
不思議だ。彼は僕の実力を見抜いている。
……なんでだろう。
気になる。今後の参考にしたい。
「どうしてそう思ったのか聞いてもいいかな?」
「……その前に謝罪させてくれ。このバカは好きなようにしてもらって良い。だから見逃してもらえるとありがたい」
「カシラ!?」
初手で見捨てられたロン毛が目を白黒させて狼狽した。
同情はしない。悪いのは明らかにロン毛だ。
「うるせぇ。自分で蒔いたタネだろうが」
「ひっ!」
殺気を向けられたロン毛は腰を抜かす。
なんというか無様だ。あれだけ粋がってたというのに。まるで……というより、正真正銘の小悪党なのだろう。
それと比べてあの悪党はいい。まさに悪党といった感じだ。
「いいね。根っからの悪党って感じで」
「……」
悪党が油断なく僕を見る。
何を考えているのか探るような瞳だ。
「まあ正直、初めからそんなのはどうでもいいんだよね。だから謝罪は受け取るよ」
――ん?
また違和感だ。
自分の言葉に小さな違和感を抱く。
だけどそれは本当に小さなモノで、違和感というよりも小さな引っ掛かりといった方が正しいのかもしれない。
だけど僕にはその正体がわからなかった。
「……」
そんなことを考えていると、僕の沈黙をどう受けったのか、悪党が動いた。
「じゃあ……これはオレの誠意と受け取ってくれ」
悪党の拳がロン毛の顔面にメリ込み、吹き飛ばす。
そのまま、文字通りの意味だ。頭部を失った身体は力無く崩れ落ちた。
だけどそんな光景を見ても僕の心は動かない。
「すごいね。完全に悪党だ。それで……?」
別にロン毛がどうなろうと知ったことではない。僕が聞きたいのはどうして実力が見破られたのかだ。
「ああ。理由だったな。魔力だよ。そこまで完全に隠せるのは東方神将ぐらいじゃねぇか?」
「東方神将……ジョシュアって人?」
「その通り。そしてオレの勘だが、アンタ、色々魔術を使ってるだろ? そしてその魔力も感じない。ってことは東方神将以上のバケモノってワケだ」
「なるほど……すこしは出しておいた方がいいのか」
僕は魔術を調整し、少しだけ魔力を溢れさせる。
イメージとしては蛇口をほんの少し捻るような感じだ。出し過ぎないように調整し、以前の僕よりも少し多いぐらいの魔力を放出する。
「これでどう?」
「……やっぱりバケモノだな。アンタ」
「まあ、あんまり威張れないけどね」
なにせ元は僕の力じゃない。
全てヴェルナードの力だ。これで威張るのは恥ずかしい。
……ん?
するとその時、物音が聞こえた。
本当に小さな音だ。僕がヴェルナードの力を受け取っていなかったら気付かなかっただろう。
視線を向けると、そこには扉が一つ。気になって歩みを進める。
「お、おい!」
悪党が焦ったような声を出し、駆け寄ってきた。
なにか見られてまずいモノでもあるのだろうか。
僕は悪党を無視し、魔術をハッキング。解錠した。扉が開いていく。
……あぁ。これはダメだ。
そこにあったのは大きな檻だった。
十七人の子供たちが怯え切った瞳で僕を見ている。
人身売買か、奴隷売買か。どちらにしても碌でも無いことだ。
正直、僕はこの悪党を見逃すつもりだった。
特に殺す理由もなければ生かす理由もない。つまりはどうでも良かったんだ。
だけど子供を食い物にするのは頂けない。
「て、手を引く! ちゃんと元いた場所に帰すし、今後奴隷売買には手を出さないと誓う!」
即断即決。流石は裏を生きてきた人間だ。
判断が早い。だけど僕に見つかった時点でもう遅いんだ。
腕を振るい、悪党の首を落とす。ついでに天井裏に潜む気配も根こそぎ刈りとっておいた。
「……は?」
悪党の口から間の抜けた声が漏れる。
それが最後の言葉となった。地面に赤い花が咲く。
そして天井からは血のカーテン。
「ああ。見るもんじゃないよ」
身体を割り込ませて、子供の視線を遮る。
汚いモノは見ない方がいい。
「もう大丈夫だよ。他に囚われてる子はいない?」
しゃがみ込み、目線を合わせる。
すると子供たちは頷いた。
どうやらこれで全員らしい。
なので僕は檻を破壊し、囚われていた子供たちを解放した。
「自分たちで帰れる?」
子供たちはふるふると首を振った。
……まあ当然か。
見たところ一番上の子でも十歳かそこらだ。
こんなところに連れてこられて、自力で帰れるはずがない。それに、もしかすると他国から連れてこられた可能性もある。
……いや、ここからは僕の仕事じゃないな。
あとは衛兵に任せる。それが最善手だ。
「付いてきて。ああ、そっちは見ないようにね」
注意を促してから、来た道を引き返す。
……いや、僕は何をやってるんだろうな。
階段を登りながら、僕は内心で自嘲した。
ここで助けても意味はない。どうせ三日後に僕がこの手で殺すことになる。数日、命が伸びるだけだ。
だけど何故か見捨てられなかった。
……まったく。全員があの悪党みたいだったら良かったのに。
そうなら躊躇いなく殺せる。
だけど現実はそう単純な作りをしていない。
本当に厄介なことだ。
僕はそんなことを考えながら、歩き出した。
衛兵の詰所へと向けて――。
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