第43話 確認
路地を歩く。暗い方へ、暗い方へと。
もう吐き気はない。だけど違和感は強く残っている。
自分の中は既に魔術で調査済み。
しかし記憶に作用する魔術や、思考を誘導する類の魔術は掛けられていなかった。異変はなにもない。
ということは、だ。
……多分、ただの記憶障害。
おそらくは龍核炉心を取り込んだ影響だろう。
とは思うものの、違和感は残る。なぜ、ルシアのことだけをピンポイントで忘れていたのか。
それがわからない。
もしかしたら別の記憶も欠如しているかもしれないが、自分で気付けないのが厄介なところだ。
しかし、もしも消えていたのがルシアの記憶だけだった場合、それはなにかしらの意思を感じる。
なにせあそこでルシアのことを思い出さなければ、僕はあのままぶっ放していた。
そうなればきっと僕はこの手で……。
「うっ……」
強烈な吐き気がした。
ふらふらと壁に手を付き、呼吸を整える。
「おいおいおい。こんなところにカゥモがいるぜ」
「どこぞのお坊ちゃんかぁ!?」
野蛮な声がした。
「……あぁ?」
霞む視界を声の方へと向ける。すると路地の陰から二人組が姿を現した。
スキンヘッドのデブとロン毛のガリ。対照的な二人だ。
……後にしてくれ。
今は気分が悪い。
チンピラに構っている余裕はない。
しかし僕の気持ちなんてお構いなし。チンピラが大股で近付いてくる。
……にしてもカモかぁ。この世界にもいるのかなぁ。
うまく思考がまとまらない。だからそんな余計なことも考えてしまう。ともあれ、知らないうちにあまり良くないところに入り込んでしまったようだ。
すると、ロン毛が懐からナイフを取り出し、僕の首筋に突き付けてくる。
「とりあえず金目のもの置いてけや」
ドスの効いた声。だけど恐怖は感じない。
なにせ突き付けられているのはただのナイフ。
今の僕にとってナイフ如きは、命に届くようなものじゃない。それ以前に、肌にさえ刺さらないだろう。
……にしてもこいつらも僕のこと……あぁ。切れてる。
光学迷彩が完全に解けている。
……でも、まあいいか。
なんだかめんどくさくなってきた。転移で逃げてしまおうか。
冷厳山嶺じゃないから魔力消費はバカにならないが。
……ああいや。いい機会か。
だけど考え方を変えれば、確認ができるということだ。つまりは都合がいい。
僕はロン毛に視線を向けた。
「何見てんだ。あぁ?」
絵に描いたようなチンピラだ。まるで物語の中から飛び出してきたかのようだ。
すぐに確認に入ってもいい。だけど僕も鬼じゃない。
「警告だ。しっぱ巻いて逃げるなら見逃してやる」
「カゥモが何言ってんだぁ?」
「というかこれ。見えないの? カモじゃなくてドラゴンだよ」
顎で自分の黒翼を指し示す。するとチンピラは目をぱちぱちと瞬かせていた。
「ドラ……? 何言って――」
どうやら見えてはいるが、ことの重大さはわかっていないらしい。貴族の道楽とでも思っているのだろうか。致命的に知能が足りていない。
「まあいいや」
どうやら退く気はないらしい。
ならば確認に入らせてもらおう。
ボトリと、ナイフが地面に落ちた。手首ごと。
「――は? ぁ゙ぁ゙ぁ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!」
血を噴き出しながら地面をのたうち回るチンピラ。
ロン毛に小石が絡まっている。
するとそこで、ようやくデブが動いた。見た目通りトロい。
「テメェ! なにをしやが――!」
殴りかかってきたデブの拳を受け止め、手刀で首を落とす。
「――え?」
何をされたのかすらわかっていない表情。
そんなアホずらを顔に刻みつけたまま、頭部は地面を転がった。血が噴き出し、身体が崩れ落ちていく。
……こんなもんか。大したことないな。
僕の心には漣すら立っていない。
凪いだ湖面のように静かだ。
――人を殺したというのに。
躊躇わず、人を殺せるか。
これが僕の確認しておきたかったことだ。
もし強者を前に殺すことを躊躇えば、それは明確な隙となる。
殺されるのならばいい。しかしその隙が原因で封印なんてされようものなら目も当てられない。
だけど僕の懸念は杞憂だったようだ。
全くもって問題なし。それが結論だ。
「ひぃ!」
ロン毛が手首を抑えながら逃げていく。
……どうしようか。
別に逃げられても構わない。
確認は既に終わっている。だからこの先、ロン毛がどうなろうが僕には関係のないことだ。
生き延びようが死のうが、心底どうでもいい。
……でも三日もあるんだよな。
本来なら冷厳山嶺に戻る予定だった。だけどこの国を見て回るのもいいかもしれない。ふと、そんなことを思った。
なにせ僕は、この国のことをほとんど知らない。
ただの気まぐれだ。
……まあ三日後に滅ぼす国だけどね。
言ってしまえば無駄な行い。
でもいい。だからこその気まぐれだ。
そうして僕はチンピラの後を追うことにした。
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