第41話 再会
暗く、昏く、黒く――だけど暖かく。
ルシアは目を覚ますと、そんな不思議な空間にいた。
……ここは?
わからない。だけど不安はない。
この空間がとても暖かかったから。
「――よかった。ようやく繋がった」
声が聞こえた。
どこか聞き覚えのある声。だけど聞いたことはない声。
ルシアはその正体に、すぐに思い当たった。
「貴方は、もしかしてレン様……?」
「……驚いたな。気付いていたとは。でも、それなら話は早い」
闇が収束し、形を成す。
そして現れたのは真龍種、黒龍だった。
「……ぇ」
ルシアは掠れた声を漏らす。
しかしそれは黒龍という存在に恐怖したからではない。
預言、北の果て、冷厳山嶺、厄災、――黒龍。
点と点が繋がってしまったからだ。
「そんな……。まさか厄災って……」
「厄災ではないんだけどね」
「そんなことは知っています……! だって貴方はレン様の……!」
ルシアは大きく声を荒げる。
知っていた。近くに友人がいたことは。
ルシアが追求しなかったのは、レンが隠したがっていたからだ。
それがまさか黒龍だとは。
「本当に驚いたな。キミはボクが恐ろしくないのかい?」
「当然です」
ルシアは言い切った。
恐怖心は全くない。だけどそれは至極当然のこと。
なにせルシアは黒龍が居なければ死んでいた。だから恐怖する理由なんてない。
「……ふふっ」
黒龍は小さく笑みを浮かべた。
「……そうか。レンには人を見る目があったようだね。なら改めて。ボクの名前はヴェルナード。見ての通り真龍種、黒龍だ。そして、レンの親友でもある」
「ルシア=ノヴァリスです。きっと、私は貴方様にも救われていたのでしょう。感謝しています。ヴェルナード様」
「成り行きだったんだけどね。だけど恩を感じてくれているのなら都合がいい」
「? 都合がいい……ですか?」
「うん。今のボクは残滓のようなものなんだ」
「それって……」
ルシアは息を呑んだ。
ヴェルナードの言葉が意味することに思い至ってしまったから。
「想像の通りだと思うよ」
「それは……」
「ああ。キミが責任を感じる必要はない」
「……ですが、私が行けていれば」
結末は変わっていたはずだ。
ルシアはそう思わずにはいられなかった。
「うん。やっぱりレンは良い友を持ったようだね。だからこそ、そんなキミに頼みたい」
「……頼み……ですか?」
「うん。レンの友であるキミにしか頼めないことだ」
そう言われては断れない。
というよりも元より断る理由がない。
ルシアは恭しく頭を下げた。
「そういうことならばわかりました。なんなりと……」
「ありがとう。じゃあ早速だけど……レンのことを頼んだよ」
「レン様を……ですか?」
ルシアは首を傾げた。
ヴェルナードの言わんとしていることがわからなかったのだ。
「ボクの死で、レンがどう動くかがわからないんだ。知っているだろう? レンが争いごとを嫌っているのは」
「はい。存じています」
争いごとは嫌い。
レンの口から何度も聞いた言葉だ。
その言葉を体現するように、共に暮らした七ヶ月、レンは一切戦っていない。
冷厳山嶺を越えた時もそうだ。
一度も戦わずにやり過ごしていた。
「正直、あの忌避の仕方には少し違和感がある。きっと記憶を失う前の出来事が関係しているはずなんだ。そしてボクが死ぬことによって、あの感情がどこに向かうかがわからない」
「それは……自死を選んでしまう可能性があるということですか?」
「……」
一瞬の沈黙。しかしヴェルナードはすぐに口を開いた。
「……ああ。そうだったね。その可能性は心配しなくていい」
「……では?」
「そうだな……。無気力になるか、復讐に囚われるか。すぐに思い至るのはこの二つかな」
「……復讐は、危険ですね」
「そうだね。レンの知識は異常だから。あの知識が『人を殺すこと』に向けられたら、悲劇が起きる。それはボクも望んでいない」
「そう……ですね……。あり得る話です」
レンの知識は異常。
その言葉は重い。ルシアはレンの知識を使ってノヴァリス公爵家を発展させてきた。だからこそレンの特異性はよくわかっている。
ヴェルナードの言葉が決して誇張ではないことも。
世界が滅んでもおかしくない。ルシアはそこまでの大事だと正しく認識していた。
「レンを救えるのは、彼のことをよく知っているキミだけだ。だからルシア。レンのことを頼んだよ」
「そういうことならばわかりました。お約束します。レン様が道を違えるのならば、私が責任を持って元の道にお戻しします。この命に代えても」
「ありがとうルシア。……これで安心して逝けるよ」
満足そうに微笑んだヴェルナード。
その身体は闇に溶けるようにして消えていく。
「……申し訳ございません」
噛み締めるように呟いたルシア。
ヴェルナードはもう何も言わず、ただ目を瞑った。
闇が、黒が、解けていく。
そうしてルシアは目を覚ました。
「――っ!」
飛び起きたルシアはすぐに着替えを済ませ、部屋を後にした。ノヴァリス家の自室から魔術を駆使し、全速力で王城へ。
時間がない。ヴェルナードは「ようやく繋がった」と言っていた。
となるとヴェルナードの死からは短くない時間が経過している。既にレンが動き出していてもおかしくない。
『ルシア。陛下がお呼びじゃ。至急謁見の間へ来るように』
王城に入るなり、ジョシュア翁からの魔術通信が届いた。タイミングが良い。
……あの時は行けませんでしたが、今度こそは。
何としても冷厳山嶺に赴く。
たとえ王命に背こうとも。
『かしこまりました。すぐに向かいます』
魔術通信を切り、謁見の間へと急ぐ。
そして勢いよく扉を開けた。
「――ッ!」
そこで感じた懐かしい気配。ルシアは咄嗟に周囲を見回す。
だけど目当ての人物はいない。
そこにはゼスマティア神王国の重鎮がいるだけだった。
……勘違い? いえ、違います。私が間違えるはずがない。
ルシアは自分の直感を信じた。
信じて、そのまま踵を返した。
「すみません! 失礼します! 説明は後ほど!」
「ルシア? 何があ――」
ジョシュアが何かを言っていたのをら聞いたが、無視して意識の外へと追い出す。
もはや気配は感じない。だけど行きそうな場所はわかる。
するとすぐ近くの部屋の扉が開いていた。
ルシアは直感でそこだと感じた。だから扉を抜けてテラスへ。
外に出てしまえばジョシュアの監視は届かない。
だけど、外に出てもそこには誰もいなかった。
影も形もない。しかしルシアは確信していた。
「……レン様。そこに……いますよね?」
虚空が色を取り戻していく。
現れたレンの姿を見て、ルシアは驚いた。
あの時、あの場所で別れた時の姿のまま。
一つだけ変わっているのはその瞳。瞳孔がまるで龍のように、縦に裂けていた――。
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