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第39話 不滅の厄災

「……ここは」


 僕は暗闇の中で静かに目を覚ました。

 地面が硬く、背中が痛い。


「なんで……僕は……こんなところで……寝て……。――くっ!」


 鋭い頭痛と共に、言葉と光景がフラッシュバックする。


 ――ボクは、キミにだけは生きていてほしいんだ。


「……ぁ」


 思い出した。


「ぁぁぁ……あああ!!! 違う! 違う 違う!」


 僕は否定する。

 そんな現実は認められない。断じてあってはならない。


「……そうだ。……アレは夢だ。だって()()じゃなかった……」


 ()()()、僕は外にいた。

 でも今は暗闇の中。だから辻褄が合わない。アレは決して現実なんかじゃない。絶対に違う。


「……そうだ。夢……。悪い夢だったんだ。……にしてもここは」


 辺りを見渡しても真っ暗闇。だけど空気感に覚えがある。

 洞窟だ。

 ひんやりとした清涼感漂う空気がヴェルナードの洞窟とよく似ている。

 だけどここはあの場所ではない。僕とヴェルナードが作ってきた数々の魔導具がないから。

 きっと別の洞窟だ。


 ……まずは出ないと。


 痛む身体を引きずるように足を動かし、外を目指す。

 すると少し進んだところで、先の方に光が見えてきた。どうやら方向は合っていたようだ。

 

 しかし、それにしても身体が重い。まるで鎖で縛り付けられているかのよう。前へ前へと歩くが、遅々として進まない。

 だけどそれでも僕は一歩一歩、出口を目指す。何度も転びながら。擦り傷を作りながら。

 そうして長い時間をかけて、ようやく辿り着いた。


「……ッ」


 陽の光に目を細める。

 そこにはいつも通りの森が広がっていた。


 ……やっぱり。


 あれほどの惨状が元通りになるには、きっと凄まじい時間が必要だ。すぐに元通りなんてことはない。

 それは自然の摂理に反する。だからあの光景はやっぱり夢だ。


 ……そうだよ。ヴェルナードがやられるなんてありえない。


 なにせドラゴン、真龍種だ。

 倒せるわけがない。不可能だ。


 ……帰ろう。


 帰ったらきっと何食わぬ顔でヴェルナードが「どこに行ってたんだい?」なんて言ってくるんだ。

 そうに違いない。だから僕はひたすらに歩みを進める。


 しかしいつまで経っても家が見えてこない。


 ……おかしい。


 20年、何度も歩いた森だ。

 迷うはずがない。だというのに、家に辿り着けない。だから僕は歩き続ける。

 辿り着くまで。ひたすらに。


 歩いて、歩いて、歩いて。


 日が暮れても、暗くなっても、明るくなっても。ひたすらに歩いた。不思議と疲れはなく、身体は軽い。いつまでも歩き続けられる。


 そうして幾度か夜を繰り返した後の朝、視界の端に何か黒いモノが映った。僕の視線は吸い寄せられるようにそちらへと向けられる。


「……ヴェル……ナード?」


 そこには木の蔓に囚われたヴェルナードがいた。


「……ははっ。やっぱり夢だったんだ。ほらヴェルナード。早く起きてよ」


 ヴェルナードは目を瞑り、眠るようにして木に囚われている。

 だけどその胸には……。


「……はや……く。冗談は……やめてくれよ」


 視界が滲む。よく前が見えない。

 だけど僕はヴェルナードの名前を呼び続ける。

 

 呼んで呼んで呼んで――。


 だけどヴェルナードからの言葉はない。現実がその鋭い刃を首元へと突き付けてくる。


「あぁ……」


 足の力が抜ける。もう立っていられない。

 まるで疲れていないのに、もう無理だ。僕は立てない。


「……あ、ぁぁぁあああああ!!!」


 慟哭が木霊する。

 わかっていた。夢ではないことぐらい。

 なにせ僕の身体は()()している。


 背からは黒き翼が。腰からはしなやかな尾が。肌の一部には龍燐が。そして死んだのにも関わらず、身に黒衣を纏っている。


 それはヴェルナードから受け取った龍核炉心の影響だ。

 ヴェルナードの要素、真龍種という種の因子が全て、僕に適したカタチで魂に刻まれている。

 

 何日も疲れず、歩き続けられたのは、もはや僕が人間ではないから。ただ、目を逸らし続けていただけだ。


「ふざけんなよ。……ふざ……けんなぁぁぁあああああ!!! なんで……なんで僕から……奪うんだ!!!」


 拳を大地に叩きつける。

 

 ()()()嫌いなんだ。戦いというのは。

 なんの罪もない命が無為に奪われていく。あんなものは命の浪費でしかない。

 死んでいった人たちには大切な人がいたはずだ。もしかしたら大切な人が家で待ってくれていたのかもしれない。

 

 なのにも関わらず、戦というのは命を浪費する。

 無慈悲に、無差別に、冷酷に、冷徹に。


 そこに個人の事情なんぞ介在しない。お構いなしだ。

 最低で最悪の唾棄すべき行い。それが戦いだ。

 全くもってくだらない。


 なにが正義だ。

 なにが大義だ。

 なにが信念だ。


 その刃を振り翳される側にとっては、押し並べて悪でしかない。

 全くもって反吐が出る。


 ――そんなヤツらはみんな死ねばいい。


 心の中で僕とは違うナニカが囁く。

 だけどその通りだ。正義を押し付けてくるヤツらはみんな死ねばいい。

 だから僕は敢えて口にする。


「……みんな死ねばいい」


 それが正しいことだと、正義だと認識するために。

 だけど僕は間違いに気付いた。


「いや違う。死ねばいいなんて……他人事すぎる」


 僕がやるんだ。だから正確には――。


「――殺してやる」


 僕から大切なモノを奪う存在は、正義を振り翳す悪は、全て僕が殺す。殺してみせる。

 それが僕の正義だ。


 覚悟しておけゼスマティア神王国。

 僕から親友を奪った罪は必ず償わせてやる。


 ――皆殺しだ。誰一人として生きては帰さぬ。


 復讐という名の昏き炎が胸に灯る。

 僕は歯を食いしばりながらゆっくりと立ち上がった。

 この炎があれば、僕はまだ立っていられる。


 ……キミの無念は僕が晴らすよ。ヴェルナード。だから見ていてくれ。


 こうして、北の最果てで厄災は産声を上げた。

 

 人でありながら人に仇なす者。

 この世全ての正義を滅ぼす者。

 かつて人であった者。


 ――不滅の厄災。

 

 奇しくもゼスマティア神王国は、自分たちの手によって厄災を生み出してしまった。

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