第38話 死
目の前の現実が頭に入ってこない。
脳が理解することを拒んでいる。
まるで遠い世界の出来事。
だけど無情にも悲劇が心に浸透していく。
「……ヴェルナード!!!」
片翼を失い、黄金の魔力に身体を貫かれたヴェルナード。
貫いているのは血塗れの人間だ。左腕はなく、全身に火傷を負っている。
そしてその背中は巨大な黒剣に貫かれていた。
――相打ち。
そんな言葉が浮かぶほどに両者は満身創痍。
だけどそんなものは関係ない。自分の内側から自分のものとは思えないほどに、ドス黒い激情が湧き上がってくる。
「何してんだテメェ!!!」
僕は激情のままに叫んだ。
黄金を掴み、握り潰す。そこで人間が僕の存在に気付いた。
「なっ!? 一体どこから――!?」
「――退け!」
気付いたら人間が目の前にいた。
いや、僕が移動したんだ。けど今はそんなこと、どうでもいい。
魔力を掴み、邪魔者を彼方へと吹き飛ばす。
「ヴェルナード!」
「……キミは……レン?」
「……は? 何言って……」
「あぁ……。そうか。レン……。キミも英雄なんだね」
「だから何を言って――」
ヴェルナードに手を伸ばし、気付いた。
腕が、身体が半透明になっている。その事実を認識した途端、腕が解けるようにして消えていく。
……まずい。
身体が解けていく。いや、正確には魂が解けていくと言った方が正しいか。
おそらくは身体は不要だと願ったせい。魂が剥き出しになり、崩壊が始まっていく。
だけど今はそんなこと、どうでもいい。
どうせ、魂が崩壊しても蘇生する。
僕の【不老不死】はそういうものだ。
「まずは傷を見せ――」
言葉が途中で止まる。
黄金に貫かれた胴体には大穴が空いていた。
穴からは憎いほどの青空が見えており、今もなお滝のような血が溢れ出している。人間ならば確実に致命傷だ。
「止血しないと……いや、そうだ」
僕にはアレがある。
一国の王でも気軽に入手できないというとんでも回復薬が。あれならば救えるはずだ。
そうでないと困る。
「神の雫――」
「――レン」
僕の言葉をヴェルナードが遮った。
その声音には何故か、諭すような色がある。
「もういい。手遅れ……だよ」
「……ぇ」
死神の手が心臓に触れる。そんな感覚がした。
体温が下がり、身体が一気に冷えていく。今は呼吸すら必要ないのに、とてつもなく息苦しい。
「い、いや! そんなはず……だって僕たちには神の雫が……!」
「ダメなんだよ……。前に言ったろ。ボクたち真龍種は自然現象のような存在だって。人類種が使う回復薬の類は一才効かないんだ」
「……そんな」
いや、だからと言って諦めるのは違う。
神の雫がダメならば他の方法を探すまで。
……考えろ。思考を止めるな。
かつてないほどに思考を回す。
回して回して回しまくる。ここで使えない頭なら潰れてしまえ。今ここが、一番重要な時だ。
しかしいくら思考を回そうと良案が浮かばない。
「それに、もし効いたとしても全て燃えてしまったよ。ごめんね。レン。キミがこの20年、築いてきたモノを……」
「そんなのはいい! また二人で築いていけばいいだろ……!」
ヴェルナードがいれば僕はそれでいい。それだねでいい。たとえ0になっても何度でもやり直せる。
他のものなんて些事に過ぎない。
「ふふっ」
「なんで……笑ってんだよ! 自分がどういう状況か――」
「――ありがとうレン。この20年楽しかったよ」
呟くように口にした言葉。
それはまるで別れの言葉のようで――。
「ふざけんな! まだ終わりじゃない! 僕たちにはこれからまだまだ――」
「――もう時間がない。だからレンに頼みたいことがあるんだ。聞いてくれるかい?」
全てを悟ったような表情に心臓が締め付けられる。
身体はなく、今は魂だけだというのに、涙が溢れて止まらない。
「……本当に……ダメなのか? 何も……。打つ手はないのか?」
「さすがのボクでもこれは治せない。概念ごと斬られてるからね。だから最期に聞いてほしい」
その声音に、もう打つ手はないんだということがわかった。
力が抜け、地面に膝を突く。
「…………わかっ……た」
最期なら、しっかりと聞き届けたい。
それが親友である僕の責務だ。
「ありがとう。レン。手短に言うね」
僕は黙って頷いた。
「まず、次に生まれる黒龍を頼んだよ。こんな結末を迎えさせないでくれ」
「……わかった。約束する」
「じゃあ次は……」
ヴェルナードは言葉を止めると、鋭い爪を胸の中心に突き立てた。
「なにを――」
直後、爪が身体を抉り、何かを取り出す。
それは拳大の宝石だった。月夜を彷彿とさせる漆黒の宝石。
ヴェルナードの龍鱗とよく似た色合いで、とても綺麗だ。
「これを食べてくれ」
「食べ……。何言ってんだよ。こんな時に冗談なんて……」
「冗談じゃないよ。これを食べればボクの力をキミにあげられる。普通は力に耐えきれなくて死ぬけど、レンなら大丈夫」
理屈はわかる。でもやはり忌避感が強い。
「……親友を食べるなんて……僕にはできない」
「魔術も使えるようになるよ」
「そんなのいらないよ。僕はキミがいるだけで……」
「お願いだよレン。受け入れてくれ。きっとこれからレンには力が必要になる。ボクは、キミにだけは生きていてほしいんだ」
だけどそれがヴェルナードの最期の願いならば。
「…………わかった」
僕は受け入れる。
「じゃあ早速……。魂が剥き出しだからちょうどいい。このままいくね。痛いと思うけど我慢して」
「……え?」
言った瞬間、胸に衝撃が走った。
ヴェルナードの爪が僕を貫いている。そして次の瞬間、それ以上の激痛が襲ってきた。
「がぁ――!」
立っていられずに膝を突く。
身体が、魂が熱い。まるで全身の血液が沸騰したような感覚がする。
「あと⬜︎保⬜︎か。ルシ⬜︎にも――」
ヴェルナードの言葉がやけに遠く聞こえる。
もはや何を言っているのかわからない。目の前で火花が散り、意識が朦朧とする。
しかし最後の最後に聞こえた言葉はハッキリと伝わってきた。
「じゃあねレン。キミと出会えてよかった。楽しかったよ――」
……ヴェル……ナード……! 僕の方こそ……!
叫んだ言葉は音にならず。
しかしヴェルナードが微笑んだので伝わったのだと確信した。
そして僕は安堵し――死んだ。
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