第37話 生と死
「ゔぇるなぁぁぁぁぁあああどおおおおおおお!!!」
叫ぶ。叫んで叫んで叫びまくる。
しかし飛び去ったヴェルナードは戻ってこない。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
叫び過ぎて疲れた。喉が痛い。
「すぅーはぁー」
一度、深呼吸をして息を整える。
状況を客観的に分析しよう。
身体は影に巻きつかれて簀巻き状態。ぐねぐねと芋虫のようにしか動けない。自由なのは口ぐらいだ。
「くそぉ……帰って来たら文句言ってや――」
その時、僕の言葉を遮るように、何か大きな音が聞こえて来た。見れば南の空が黒く染まっている。
「ヴェル……ナード……?」
次いで、地震かと思うほどに凄まじい地響きがした。
ヴェルナードが何かと戦っている。
いや、何かではない。ヴェルナードの言葉を信じるのならば、敵は四方神将。
ゼスマティア神王国の最高戦力だ。
……助けに……。
そんな思いとは裏腹に、僕の動きは止まった。
――行ったところでなにができる。
頭の冷静な部分がそう囁きかけてくる。
全くもってその通りだ。僕には戦う力がないのだから。
剣を振るったこともなければ、魔術の才能もない。
戦いという場面で僕ほど役立たずはいないだろう。
できることはないどころか、邪魔になる可能性すらある。
それがわかっているからこそ、ヴェルナードは僕を置いていったのだろう。
……そんなことは百も承知だ。
だけど何もせずにはいられない。
親友が戦っているというのに、こんなところで寝ているなんてことは絶対に許されない。
もしヴェルナードが許したとしても僕が自分を許せなくなる。
……何かできるはずだ。
何もできないなんてのは言い訳にならない。
できないならできることを探せ。なにせ僕は【不老不死】だ。何もできないなんてことはありえない。
最悪、囮にでもなればいい。どうせ死なないのだから。
……まずはこの拘束だ。
縛られたままでは本当に何もできなくなる。
「んぅぅぅうううおおおおおおおお!!!」
全身に力を込める。筋肉からイヤな音が鳴っている気がするが気にしない。どうせ死ねば治る。
とはいえクソ硬い。
「なんでこんなぁぁぁあああああ!!! 硬いんだよぉぉぉおおおおお!!!」
いくら暴れても拘束は解けない。
当然だ。なにせ僕を拘束しているのは真龍種の魔術。そう簡単に解けるはずがない。
……いや、死ねばいける……か?。
ふと、頭に過った考え。
しかしすぐに却下する。相手はヴェルナード。僕のことをよく知っているドラゴンだ。
こういう時、僕が平気で死を選ぶことを彼は知っている。だから対策をしていないとは考えられない。
きっと蘇生したところで簀巻き状態は継続されるだろう。
となると魔術的に解決するしかないわけで……。
……僕は魔術が使えないと。
きっと全て見越してのこの拘束魔術だろう。本当にやめてほしい。
「……魔力か」
僕は目を瞑る。瞑って己の中にある力を感じ取ろうとがんばる。
ヴェルナードによると僕の魔力は極めて少ない。だけど全くないわけではないらしい。
ならば感じ取れるはずだ。
「………………ファイアァァァアアアボォォォオオオオル!!!」
魔術の中でも定番な火の玉。しかし当然というべきか火の玉は出ず。
「……まあ……だよね。当然か。魔術式を書かなきゃなんだもんな」
僕が知っている……気がする魔術。
それは詠唱やら魔法陣やらを活用して発動するモノだ。しかしこの世界は魔術式なんてモノを使う。
まるで数学みたいだ。
なんて思っていたら変化が起きた。
周囲が暗くなる。空が、黒に侵食されていく。
「いや……。うそでしょ……?」
ヴェルナードは真龍種。この世界の頂天に君臨する存在だ。
冷厳山嶺に住む凶悪な野生生物でもほとんどワンパン。苦労しているところなんて見たことがない。
そんな最強の存在がここまでしなきゃ勝てないなんてなんの冗談か。
……まさか、負けるなんてことはないよね?
心の中で呟き、その可能性に気付いた。
もしかしたら事態は深刻なのかもしれない。
ヴェルナードは真龍種。だから僕はこの期に及んでも「きっと大丈夫」なんて安易に思っていた。
ヴェルナードが負ける可能性。そんなものは一ミリたりとも考えていなかった。
心臓の鼓動が早くなる。
それだけはダメだ。
絶対にあってはならない。
ヴェルナードが死ぬなんてことは。
「うぉぉぉおおおおおおおお!!!」
叫び、暴れる。しかし拘束はビクともしない。
「ふざけんなぁぁぁあああああ!!!」
どれだけ叫んでも無駄。時間が無為に過ぎていく。
……くそっ! くそっ! くそっ!!!
胸に募る焦燥感。しかし事態は好転しない。どころか悪化していく。
音や振動で戦闘が激化していくのがわかる。
すると周囲の森が一瞬にして消失した。
視界が開ける。そこには遥か彼方で戦うヴェルナードがいた。
「……」
言葉が出てこなかった。
あのドラゴンと対等に戦っているのは人間だ。
わけがわからない。同じ人間とは思えない。
だけどこれは現実だ。現実ならば早く行かないといけない。
「すぅー……はぁー……」
僕は深呼吸をして精神を落ち着ける。焦っても事態は好転しない。力任せではダメだ。
だから僕は目を瞑った。周りの情報をシャットアウトしていく。
――瞑想。
禅は組めないけれど、組んでいるつもりで。
脱力。身体に力は入れない。
重要なのは魔力だ。感じ取ったことはないけれど、この世界には必ずある存在。実在はヴェルナードが証明してくれている。
だからある。僕の中にもある。絶対にある。
逸る心は無視。ひたすら自分の呼吸に意識を向ける。次々と雑念が浮かんでくるが、意識を向けるのは己の呼吸のみ。
時間の感覚が曖昧になっていく。自分と外界の境界があやふやになる。
だけどまだ足りない。もっと深く。深く深く深く――。
やがて……。
……見つけた。
ヴェルナードに雑草レベルと評されるだけはある。
本当に小さくて、吹けば消えてしまいそうな灯り。
……これを……。
掴む。しかし手の隙間からこぼれ落ちていく。
……これじゃダメだ。
雑念だ。考えてはいけない。
僕は魔力で、魔力は僕だ。だから手足のように動かせて当然。何も考えず、動かそうとも思わず。
そうすれば自然に扱える。
そこで僕は目を開けた。
結界の外、辺り一面は焦土と化している。だけど気にしない。
外界には意識を向けず、自分の内側にのみ意識を向ける。
魔力を取り出し、目の前で弾く。すると本当に小さな爆発が起こった。
……よし。
魔術は使えない。だけど似たような現象は起こせた。
ならば次だ。
力任せではこの拘束は絶対に解けない。魔力を感じ取ったのと同時に、この魔術の構造を理解した。
それこそ手に取るように。
言いようのない全能感が身体全体を満たしていく。
だからこそ、脆弱性を突ける。
この拘束魔術にはほんの小さな穴がいくつもある。
ダミーもあるのが非常にいやらしい。だけど無駄だ。
僕は百八分割した魔力を潜り込ませていく。
そして小さな爆発を一斉に引き起こした。
拘束が緩み、弾ける。
「よっし」
拘束は解けた。ようやくヴェルナードの元に行ける。
だが次の瞬間、僕は死んだ。
……は? なん――。
思考の途中でまた死んだ。
わけがわからない。蘇生した瞬間に死ぬ。死に続けている。
……これは。
意識を目に集中させる。
するとコマ送りのように映像が見えた。
燃えていた。
世界が黒く燃えている。
これでは死に続けるのも当然だ。呼吸すらできない。
なにせ酸素すらも燃えているのだから。
……これ、ヴェルナードの?
全くもってわけがわからない。
規模が馬鹿げている。だけどそれ以上に、こんな手段をとらなければ倒せない四方神将とやらがイカれている。
……まさか、追い詰められてる?
ヴェルナードが僕を巻き込む手段を取った。
この事実は重い。親友の僕だからこそ解る。こんな手段、普通なら絶対に取らない。
ヴェルナードはそういう心優しいドラゴンだ。
ならばこそ、それだけ追い詰められているということ。
……早く……行かないと。
拘束は既に解かれた。僕はどこへでも行ける。
しかし一歩が果てしなく重い。地面から足を離し、次に足がつくまでに数千回は死んでいる。
逸る心とは裏腹に全然距離が稼げない。
……焦るな! 焦るな!!!
ひたすらに心を落ち着ける。
瞑想だ。さっきの延長線上。
呼吸はできていない。だけどさっきまで瞑想をしていたおかげで掴めている。だから続けられる。
繰り返される死。もはや痛みは感じない。どうでもいい。
――身体はいらない。
血も肉も、今は邪魔でしかない。
歩く行為自体が不要だ。
死を制御する。蘇生を制御する。魂を制御する。
自分が生きているのか、死んでいるのかすらわからない。そこには境界がない。
だからできる。
……進め! 進め! 進め!
その一心で身体を、魂を動かす。
どれぐらいの時間が経ったのかはわからない。
だけど唐突に視界が開けた――。
「ヴェル……ナード……?」
そこにいたのは黄金に身体を貫かれたヴェルナードだった。
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