第35話 違和感
地形が変わるほどの一撃。天蓋を覆う無数の魔術式。
嵐のような攻撃の乱舞がレオニールを襲う。
中でも覇黒剣を介した龍ノ息吹が厄介だった。
攻撃範囲が広過ぎる。文字通り、天変地異だ。既に美しかった山嶺は見る影もない。融解し、真っ赤に染まってしまっている。
加えてレオニールは満身創痍。
いくら剣の理に至ったからとはいえ、傷が癒えるわけではない。もはや腕の感覚は無くなりつつある。
そう何度も剣技は放てない。
しかしそんな劣勢の中でもレオニールは活路を探す。一つのミスが死に繋がる極限の綱渡。それでもなお、レオニールは持ち堪えていた。
……なんでしょう?
ある時、レオニールは違和感を抱いた。
攻められたら厳しい場面が幾度か。そこで黒龍が動かなかった。初めは気のせいかとも思ったが、二度三度と続けば、それが気のせいでないとわかる。
敵は黒龍。隙を見逃したとも考え辛い。
……試してみる価値は……ありそうですね。
危ない橋だ。自分から窮地に追い込まれる一手。おそらく試せるのは一度。しかし打開策がない以上はリスクを取るしかない。
レオニールは即断した。
――剣ノ理、光
距離を詰め、至近距離から斬撃を放つ。
「くっ……」
直後、レオニールは膝を突いた。
敢えて晒した本物の隙。突かれたら状況は一気に悪化する。
結果として、黒龍は隙を突いた。
レオニールの足元に無数の魔術式が記述される。
――剣ノ理、霞。
足元から突き出した黒槍、そして頭上から飛来くる黒剣。レオニールはその全てを受け流した。
しかし、いかんせん数が多過ぎる。次々と飛来する黒剣。その全てを受け流すのは不可能。
それを見越した波状攻撃。
……多い――!
レオニールは後退しつつ、受け流しきれない黒剣は体捌きで回避する。それができない場面は己の剣を使って打ち砕く。
防戦一方。ここを見逃す黒龍ではない。一気に攻勢に出る。
レオニールの遥か頭上、超超高度に魔力の塊が現れた。視線を向ければいつの間にか覇黒剣の一振りが出現している。
……転移魔術!
天空から飛来する巨大な剣。それだけで質量攻撃だ。
覇黒剣が赤熱し、凄まじい速度で降ってくる。
「……くっ!」
だが敵は真龍種、黒龍。当然それだけな筈がない。
新たな魔力の高まりを感じ、レオニールは黒龍に視線を向ける。
すると黒龍が咥える覇黒剣からは、絶大な魔力が迸っていた。
今までの比ではない。
……ここで決めるつもりですか……!
一閃。
降ってくる覇黒剣、そして黒き極光。着弾はほぼ同時。
「……仕方ありません」
レオニールはかつてないほどの魔力を剣に込めた。
――剣ノ理、界。
レオニールを中心として広がっていく半球状の黄金領域。それは覇黒剣と極光を呑み込み、跡形もなく斬り飛ばした。
――ピシィッと、剣に罅が入る。
「はぁ……はぁ……」
肩で息をするレオニール。
その表情に安堵はなく、苦痛を堪えるように歪んでいた。
……あまり時間はありませんね。
レオニールの剣技に剣が追いついていない。
おそらく次に界を使えば折れる。そんな確信があった。
……しかし、条件があるのはわかりました。
隙を突くときと突かないときがある。レオニールはそこに勝ち筋があると確信した。
黒龍の背後に覇黒剣が戻る。斬り飛ばしても意味がない。覇黒剣は何度でも復活する。
レオニールは目を細めた。
「……厄介ですね」
「……厄介なのはそっちだろう? まさかこれでも仕留めきれないとはね」
黒龍の苛立ちが伝わってくる。その態度にレオニールは焦りのようなものを感じた。
「何を焦っているのです?」
「……焦ってなんていないよ」
「嘘が下手ですね」
本来、黒龍が焦る必要はない。
守護地から無尽蔵に魔力を組み上げている黒龍に限界はないのだから。
しかし焦っている。ということは早く決めなければならない理由があるということだ。
……やはり何かありますね。
レオニールはそれを確かめるべく静かに剣を構えた。
なるべく剣技は使わない。剣にかかる負荷を最小限に――。
「来ないなら、ボクから行かせてもらうよ……!」
再び記述される無数の魔術式。レオニールは防戦一方となった。罅の入った剣では攻勢に転じることができない。
……いえ、違いますね。
形に囚われてはいけない。
魔力が【剣】である以上、もはや剣は必要ない。
――剣ノ理、界。
その瞬間、レオニールの剣は持ち手を残して砕け散った。だが、黄金領域が飛来する全ての魔術を切り刻む。
「……くっ! まったく! どれだけ……!」
顔を顰める黒龍に肉薄し、【剣】を振るう。
――剣ノ理、雨。
無手から放たれる連続の突きが黒龍を襲う。
「させるか……!」
一閃。黒龍の振るった覇黒剣と黄金が衝突し、消し飛ばす。
未だ劣勢なことに変わりはない。
しかしその中でレオニールは冷静に見極め続ける。黒龍の隠しているものを。――そして、気付いた。
……なにかを守っている……?
黒龍の攻撃はその一つ一つが広範囲に渡る。
数多の魔術、覇黒剣による一撃。
あれほどあった冷厳山嶺の緑は既に消え失せた。残るは、融解し、真っ赤に染まった大地のみ。
まさに天変地異。しかしある方角で黒龍の攻撃が止まる。
レオニールの記憶ではそちらに熱線は放たれていない。空白地帯だ。
なら――。
――剣ノ理、流。
丁度、黒龍が空白地帯と反対側に来た時、レオニールは【剣】を振るった。
黒龍にではなく、空白地帯に。
……さて。どう出ますか?
黄金の波に呑まれていく空白地帯。黒龍の変化は劇的だった。
「ッ……! このっ……!」
覇黒剣の二振りを飛翔させ、黄金の波を食い止める。
そしてレオニールはその隙を逃さない。
「――ガラ空きです」
黒龍の懐に入り込み、剣技を放つ。
――剣の理、月。
上段から振り下ろされる黄金。
黒龍の意識は空白地帯へと向いている。だから避けきれない。
「グッ……!」
切断され、地に落ちる右翼。しかし黒龍は怯まずに魔術式を記述した。一瞬にして姿が消え、レオニールの背後、つまり、空白地帯の前に現れる。
まるで守護るかのように。
「……貴方は何を守っているのですか?」
「……なにも?」
「やはり……嘘が下手ですね」
レオニールはようやく、突破口を見つけた。
「騎士道には反しますが、利用しない手はありませんね」
敵は世界を滅ぼしうる厄災。騎士道を守っていて、自分の大切なものを守れないならばそれは本末転倒だ。
だからレオニールは利用する。黒龍の弱点を。
――剣ノ理、流。
反転攻勢。
ここで決めるべく、レオニールは広範囲の剣技を多用する。なるべく空白地帯を巻き込むように。身体が限界を迎えるまで。
戦況が今、ひっくり返った。
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