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第34話 剣理

 ……これは……死にましたね。


 レオニールは熱線に呑み込まれた時、客観的にそう悟った。


 魔力放出では純粋な力負け。

 剣技でどうにかなる範疇も超えている。

 そしてそもそも魔術は才がなく、使えない。


 打つ手なし。

 

 全身に纏った黄金の魔力が焼かれ、全身に激痛が走る。守りが破られ、命が尽きるのも時間の問題だ。


 ――敗北。


 その二文字とともに走馬灯が脳裏を、過ぎる。

 思い出すのは孤児院の子供たちの無邪気な笑顔ばかり。自分が負けたらこの笑顔は永遠に失われてしまう。

 そう思った瞬間、身体が動いていた。


 ……負けられません……ね!


 諦めたらその分、手のひらから大切なものがこぼれ落ちていく。


 かつて全てを諦めていた自分の手のひらからは全てがこぼれ落ちた。

 だからレオニールは諦めない。

 どのような窮地に陥っても、負けが確定していても、諦めずに突破口を探す。それができなければそもそも四方神将になんてなれていない。

 全ては愛する人々を守るため――。


「……」


 全身の魔力を剣へ。そして研ぎ澄ませていく。

 錆びた剣を研ぐように、歪んだ剣を打つように。

 より鋭く、より鋭利に。


 意識が、時間が、引き延ばされていく。

 黄金が焼き切られるまではもう一瞬の猶予もない。だがその一瞬が果てしなく長く感じる。

 しかしそれでも足りない。()()まではまだかかる。

 

 だからレオニールは左腕を捨てた。

 利き腕だけ残ればそれでいい。一瞬でも時間が稼げるのならば許容する。

 レオニールは歪な魔力を手刀に乗せ、振るった。振り下ろされた左腕が瞬時に炭化し、焼失する。

 痛みはもはや感じない。痛覚すら消えている。


 結果として、左腕を代償に放った一撃はほんの僅かに炎を押し返した。

 稼げたのは刹那。

 しかしそれで十分。――掴んだ。

 

 レオニールの身に宿る魔力はそこに在るだけで剣と成った。


 ……なにが【剣理】ですか。


 レオニールは内心で自嘲する。

 自ら名乗ったわけではない。いつしかそう呼ばれていた二つ名だ。意味は、剣の理に至った者。

 

 レオニール自身、この二つ名は気に入っていた。

 魔術が使えず、人一倍剣を振り続け、至った境地。これ以上自分に相応しい二つ名はないと思っていた。


 しかし今ならばわかる。【剣理】なんて大それた二つ名、自分には相応しくなかった。なにせその境地には至っていなかったのだから。


 至った今だからこそわかる。


 そう名乗るのならば、今、この瞬間からだ。

 今、ここに、レオニールの剣技は完成した。

 

 ――剣ノ理、霞。


 黄金の防御を突破し、今まさにレオニールを焼き尽くそうとしていた熱線。その全てをレオニールは受け流した。

 視界が晴れる。するとそこには全てが終わったとばかりに飛び去ろうと、大きく翼を広げた黒龍。

 レオニールは静かに剣を振り上げた。刃が黄金に包まれる。


 ――剣ノ理、月。


 黄金の斬撃が飛翔し、黒龍に襲いかかる。

 すんでのところで気付いた黒龍は大きく飛び退った。黄金は掠めることもなく、遥か彼方へ飛んでいく。

 しかし落胆はない。


「……キミ。本当に同一人物かい?」


 黒龍が呟く。

 そう問われれば答えは「はい」だ。しかし自分自身でもその答えには違和感があった。

 それほどまでに自分は変わっている。そう自覚している。

 

 先程までは劣勢だった。しかし今は違う。

 この剣ならば、真龍種にも届きうる。レオニールはそう確信していた。


「……感謝します。貴方のおかげで掴めました」


 敵は敵。

 相手は打ち倒すべき厄災、黒龍。しかし自分がこの境地に至れたのは紛れもなく黒龍という強敵がいたからだ。

 だからレオニールは最大限の敬意を払う。

 

「まったく。英雄というのはこれだからッ……!」


 忌々しそうに呟いた黒龍が魔力の載った言葉を唱えた。空が割れ、顕現するは三振りの巨大な漆黒の剣。


「……まさか。……それは!」


 レオニールは驚愕に目を見開いた。動揺が抑えきれない。

 黒龍が使用する漆黒の剣、覇黒剣(ミゼル=ヴェルクーガ)。それは世界一有名な剣といっても過言ではない。なにせ黒闢の厄災が使用したとされる伝説の剣なのだから。

 

 覇黒剣(ミゼル=ヴェルクーガ)から放たれる一撃は空を割り、山を穿つ。まさに天変地異の具現。


 ……まさか使えるとは……!

 

 覇黒剣(ミゼル=ヴェルクーガ)は既に失われた剣。白龍アルセリオン、そして龍帝セリア=ルクシアによって破壊されているはずだ。

 少なくとも伝承ではそう伝えられている。

 

 レオニールの頬に冷たい汗が伝う。


 ……なるほど。今の今まで、本気ではなかったと。

 

 真龍種という存在の理不尽さを改めて認識した。しかし理不尽は終わらない。

 またも黒龍が何かを口にした。

 すると突如として遥か彼方から漆黒の柱が立ち上る。黒が現実を侵食していく。


 ……なんですか! これは!

 

 こんな力は伝承になかった。


「この剣を使うには、世界は狭すぎるからね。封鎖させてもらったよ」


 封鎖。

 つまりは冷厳山嶺という守護地をまるまる結界で覆ったようなもの。まさに規格外。

 しかしこれはレオニールにとって朗報だった。

 

「……神王国に被害は出ないということですね。それはありがたい」


 それは、この力を全力で振るっても神王国に被害が出ることはないということ。

 得たばかりの力を存分に振るえる。

 その状況に、レオニールは感謝した。

 

「そう言っていられるのも今のうちだよ。――いくよ!」


 熱線に覆われた覇黒剣(ミゼル=ヴェルクーガ)が振るわれる。

 覇黒剣(ミゼル=ヴェルクーガ)が司るのは滅却。黒き極光に触れたものはその悉くが消滅する。


 だがレオニールが立っているのも同じ次元。ならば斬れぬ道理はない。


 ――剣ノ理、光。


 黒き極光が黄金に二分され、消えていく。


「……」

「……」


 剣の理へと至った英雄、そして真龍種、黒龍。二者の視線が交差する。――戦いはまだ、始まったばかりだ。

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