第33話 特異属性
「ふぅ……」
ヴェルナードは大きく息を吐いた。
敵は紛れもない英雄。強敵だった。だからこそ切札を切らずに勝てたのは幸いだ。
……やっぱり、レンには人類種の世界で生きてもらった方がいいのかもしれないね……。
ズキリと胸が痛む。
何度も考えたことだ。
今後、このようなことは何度も起こり得る。この20年が奇跡だっただけだ。
……それに。
そもそも人類種と真龍種では生きている世界が違う。人類種には人類種の世界がある。
――キミは人類種の世界で生きるべきだ。
何度も口に出かけた言葉。しかしこれまで一度も口にできなかった言葉でもある。
レンは優しい。初めて自分を受け入れてくれた人間。大切な親友だ。
願わくば平和な、レンの言うスローライフとやらを続けていたかった。それ以外は何もいらない。それだけでよかった。
だけど見つかってしまった以上、そんな生活はできない。
……そろそろ潮時なのかもしれないね。
レンの顔がバレていない今、そしてルシアというレンに理解のある人類種が生きている今。
今ならばレンは人類種の世界に行ける。
いずれ寿命の問題は出るだろう。だけど黒龍である自分といるよりは遥かに幸せな人生になるはずだ。
……だから。
ヴェルナードはもう一度ため息を吐き、大きな翼をはためか――。
「……ッ!?」
直後、濃密な殺気を感じ、ヴェルナードは飛び退いた。そこへ迫るは黄金。
……英雄じゃないなんて……どの口がッ――!
内心で毒を吐きながらヴェルナードは英雄と相対する。
そこにいたのは左腕を失い、身体中火傷だらけになった英雄だった。どこからどうみても満身創痍。
なのにも関わらず、その眼光は一才衰えていない。
それどころか輝きを増している。
「……キミ。本当に同一人物かい?」
もはや別人だ。
纏う存在圧が全くの別物。人類種だとは到底思えない。何か別の存在に生まれ変わったと言われても信じられるほどの変化だ。
そもそも魔力の質からして異なっている。より鋭利に、より斬ることに特化した形――。
「……感謝します。貴方のおかげでようやく掴めました」
「まったく。英雄というのはこれだからッ……!」
英雄は絶体絶命の瞬間こそ、もっとも輝く。
何度危機に瀕しても死なず、立ち上がる。
まるで世界そのものに守護されているかのような存在。敵対する側からしたらたまったものじゃない。
……レンのことを考えるのはあと。まずはこの英雄を確実に殺さないと。
ヴェルナードは覚悟を決めた。
「……接続、黒闢淵穴。起動、真龍武装」
切札を切る。
もはや温存なんてしている場合ではない。
「――顕現、覇黒剣ミゼル=ヴェルクーガ」
空に亀裂が走り、砕ける。
空間を割り、姿を現したのはヴェルナードよりも巨大な三振りの漆黒大剣。ヴェルナードはその一振りを咥え、残りの二本を背後に侍らせた。
……ふむ。アルセリオンの言っていたことは杞憂だったみたいだね。
白龍アルセリオン。
かつて龍帝セリア=ルクシアとともに世界を救った真龍種。
今は龍王国の守護龍となっている存在だが、ヴェルナードは地上に現出した際、一度だけ会ったことがある。
その時に言われた。
――覇黒剣は抜くな。黒闢の思念に汚染されている可能性がある。
そう言ったアルセリオンの表情はヴェルナードの記憶に深く刻み込まれている。
疲れ切っていた。
白龍は無色の龍を除き唯一、一度も死んだことのない真龍種だ。古き時から生き続け、知識と魔力を吸収し続けている。
謂わば、地上最強の生命体。
そんな白龍が見せた表情。
――もう殺させてくれるな。
白龍が去り際に呟いた言葉にヴェルナードは言いようのない感情を抱いた。
今の今まで抜かなかったのはそれが理由だ。
しかしいざ抜いてみても汚染は感じない。白龍の不安は杞憂だった。
……次に会えたら伝えないと。
それが白龍アルセリオンを救う言葉になるとヴェルナードは確信していた。
……だけどそれにはここを切り抜けないと、だね。
ヴェルナードは眼下の英雄を睥睨する。
「……まさか。……それは!」
「これを知っているのかい?」
「……当然でしょう。やはり貴方は……!」
英雄の表情が引き締まる。
「あぁ。先代か。……まったく厄介なことをしてくれたものだよ」
こんなことになっているのも、全て先代が世界を滅ぼしかけたせいだ。そのせいで黒龍は邪悪という認識が世界中に蔓延っている。
ヴェルナード自身は何もしていないというのに。
「……はぁ」
ため息を吐きつつ、ヴェルナードは力ある言葉を口にした。
「――接続、冷厳山嶺。実行、『隔絶封鎖』」
冷厳山嶺の四隅から黒き柱が立ち昇った。
柱から黒が広がり、世界を侵食する。
やがて冷厳山嶺は黒に覆われ、世界から隔絶された。
「この剣を使うには、世界は狭すぎるからね。封鎖させてもらったよ」
「……神王国に被害は出ないということですね。それはありがたい」
「そう言っていられるのも今のうちだよ」
ヴェルナードの口に黒炎が灯る。それは熱線となり、覇黒剣を包み込んだ。
「いくよ――!」
一閃。
ヴェルナードが覇黒剣を振るう。放たれたのは黒き光。
黒が極光となり、全てを無に帰す。
人類種には抵抗することなど許されない圧倒的な力。しかし相対するは人の理を外れた英雄。
黒を斬り裂くは黄金の斬撃。
……なるほど。
ヴェルナードはこの一撃で理解した。
英雄の身に起こった現象を――。
ヴェルナードは不思議だった。
この英雄が魔術を使わないことが。
あれほど膨大な魔力を持っているというのに、やることはただの魔力放出のみ。
確かにそれだけでも龍ノ息吹を撃ち破る威力。今まではそれで事足りたのだろう。
だから魔術なんて必要なかった。
しかしあの土壇場でさえ使わなかったのには、やはり違和感が残る。
ならばこう考えるべきだ。
使わなかったのではなく、使えなかった――と。
そしてその理由が先ほど英雄の身に起こった魔力の変質だ。
……いや、変質というのは正しくない。正確には元に戻ったが、正しいかな。
原因は定かではないが、元の魔力が歪んでいたのだ。それをヴェルナードという格上との戦いで取り戻した。
特異属性【剣】。それがこの英雄が持つ魔力属性だ。
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