第32話 激突
先に動いたのは黒龍だった。口の端に漆黒の炎がチラつく。
「……ッ! 避け――!」
「――遅いよ」
刹那にして、臨界に達した黒炎が放たれた。
――龍ノ息吹。
真龍種が誇る、最大最強の一撃。
極太の黒き熱線が周囲を呑み込み、蹂躙する。
「くっ!」
受けるのは不可能。そう悟ったレオニールは即座にその場を離脱する。しかしそれが出来たのはレオニールのみ。
「レオニ――」
視界の端に手を伸ばす騎士の姿が映った。
しかしその姿は黒炎に呑み込まれ、消える。
熱線が過ぎ去った後には融解した大地だけが残されていた。
騎士がいた痕跡は、もはやなにもない。
「そんな……」
戦闘開始から一秒と経たずに三人が消えた。文字通り、跡形も残さずに。
油断していたわけではない。全員が歴戦の猛者だ。それはあり得ない。
だが敵は真龍種。いくら歴戦の猛者だろうが、その基準が人の物差しでしかない以上、意味がない。
そもそも存在自体の格が違う。
同じ土俵に立てるのは人の理を逸脱した者のみ。
即ち、――英雄と呼ばれる者たちだ。
レオニールは部下たちが消えた場所を一瞥し、意識を切り替える。
敵の脅威を正しく認識し、いずれ厄災となる存在だと確信した。
だから悲しんでいる場合ではない。
黒龍が解き放たれれば、神王国は滅ぶ。
民を守るため、子供たちを守るため、厄災となる前になんとしても討たなければならない。
仲間の死を無駄にしないためにも。
「……」
レオニールはその身に秘める膨大な魔力を編み上げていく。それは可視化できるほどに濃密で、レオニールの身体を黄金の魔力が包み込んだ。
そして一歩踏み込む。
魔力によって強化された肉体は刹那の間に、黒龍の懐へと潜り込んだ。
「ハァッ!!!」
裂帛の気勢と共に放たれるは、数百の剣閃。黄金の軌跡が縦横無尽に荒れ狂う。
対する黒龍は一瞬にして同数の魔術式を記述した。
虚空から現れるは無数の黒き剣。それらがレオニールの斬撃、その全てを受け止めた。
そして再び、黒龍の口に黒炎がチラつく。
……この短時間で連発ですかッ!
レオニールはその場から即座に離脱。一歩で大幅に距離を取る。
しかしその判断は間違いだったとすぐに悟った。
放たれたのは先ほどと同じ龍ノ息吹。だが形態が異なっていた。
先ほどは一直線に進む熱線。しかし今回は広範囲を焼くことに特化した扇状の範囲攻撃。
大地が溶け、融解していく。
……これは避けられませんね。
このままでは黒炎に呑み込まれる。
即座にそう判断した。ならばやることは一つ。
レオニールは自身の剣に魔力を注ぎ込む。
密度の濃い熱線は受けれない。しかし今回は範囲攻撃。熱線よりは遥かにマシだ。
ならば正面から食い破る。
一閃。
刀身から放たれるは黄金の波。
黄金が漆黒を呑み込み、押し流し、黒龍へと迫る。
「……ッ!」
黒龍はその巨大な翼をはためかせ、空へと逃れる。
そこへレオニールは追撃を仕掛けた。大気を踏み抜き、空中で加速する。
一瞬で肉薄したレオニールは凄まじい速度で剣を振るった。
振り抜かれた刃が龍爪と激しく衝突する。
轟音が響き、大気が揺れた。
一瞬の拮抗。弾き飛ばされたのは両者。
「くっ! 厄介な! キミは英雄に類する者か!」
「……私は英雄ではありませんよ」
レオニールは知っている。
かつて龍王国を訪れた時に見た英雄を――。
「世迷言を! 龍ノ息吹を真正面から破っておいて、説得力がないよ!」
黒龍が魔術式を記述する。
虚空から現れるは漆黒の大槍。それも黒龍と同じ大きさにも及ぶ物が五本。
対するレオニールは地面に着地し、再び剣に黄金を纏わせた。
射出される大槍。一瞬で亜音速を越え、灼熱する。
レオニールはその速度に大きく目を見開いた。しかしそれも一瞬。目を細めると、時間差をつけて放たれた大槍を無言で見極める。
一振りで二本の大槍を撃ち落とし、大きく後退。
直後、一本が大地に衝突。地が揺れ、大穴が開く。だがレオニールは既に後退済み。爆心地からは逃れている。
問題なのは残りの二本。同じように大地に落ちるかと思われたそれらは地面スレスレで直角に曲がった。
……問題ありませんね。
自身を追尾してくる二本の大槍をレオニールは真正面から斬り伏せた。
そして上空へと視線を向ける。すると既に黒龍はいなかった。あるのは今まで黒龍だと認識していた魔力の残滓のみ。
……どこに!?
直後、レオニールは背後で空間が揺らぐのを感知した。
……転移魔術!
東方神将が得意とする超高難度魔術。
身近に使い手が居たからこそ、その前兆を捉えられた。でなければ抵抗すら許されずに詰んでいただろう。
レオニールは振り向きざまに黄金を放つ。直後、黒龍は熱線を放った。
拮抗。
しかしそれはほんの一瞬。
熱線は火力が違う。抵抗できたからといってどうにかなるようなものではない。
「くぅっ!」
黄金とともにレオニールは黒炎に呑み込まれた。
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