第31話 邂逅
神国騎士団、北方区域管轄【白獅子】。
北方神将レオニール・ディアノスを筆頭に、精強な騎士が集う騎士団だ。
守護すべき北の最果てに冷厳山嶺という人外魔境があるため、人間以外との戦いに精通している。その対応力の高さから神王国最強の騎士団だと噂されることもしばしば。
そんな騎士団の将、レオニールは冷厳山嶺の入り口で佇んでいた。その視線はジッと森の中へと向けられている。
「どうしました? レオニール様」
声を掛けたのはレオニールの元で副将を務めている騎士、アルス=ヴェリウス。灰色の髪を短く整えた青年だ。鋭い碧眼には知性の輝きが宿っており、見る者に理知的な印象を与える。
「……居ますね」
「厄災ですか……?」
「それはわかりません。ですが先代預言の巫女様の言葉は事実だったようです」
「……」
アルスもレオニールの視線を追って森の中を見る。しかし普段との違いはわからなかった。
だがアルスは疑わない。副将としてレオニールには全幅の信頼を置いているからだ。
だからただ、伝えるべきことを伝える。
「……私含め四名、全員準備は整っています。いつでも出られます」
アルスの後ろに三人の騎士が整列する。
今回の任務にあたり、レオニールは部下を四人しか連れてこなかった。
理由は冷厳山嶺という土地において、数は足枷にしかならないと判断したからだ。
レオニールは自ら選んだ猛き獅子たちに向き直る。
「ここから先は死地です。覚悟は出来ていますね?」
いつもと同じ、静かで丁寧な言葉。
しかし長年共に戦ってきた部下たちはレオニールの内から湧き出る闘志をしかと感じ取っていた。
だから自らもありったけの闘志を漲らせ、頷く。
「「「「はいっ!」」」」
そんな部下たちにレオニールは小さく微笑むと、冷厳山嶺へと向き直った。
「では行きましょう。遅れないように」
レオニールは腰から無骨な剣を抜き放つ。
その瞬間、レオニールの纏う気配が変わった。凪いだ湖面のように穏やかだった雰囲気が、抜き身の刃のように鋭く、冷徹に。
そしてその姿は一瞬にして掻き消えた。直後、踏み込みの余波だけで大地が割れ、周囲の木々が根こそぎ吹き飛ぶ。
そうして神国騎士団、北方神将【剣理】レオニール・ディアノスは冷厳山嶺に足を踏み入れた。
レオニールを先頭に【白獅子】の面々は冷厳山嶺の中を突き進む。道を阻む野生生物は障害にならず。
各々が一太刀で捩じ伏せる。
そこには例外などない。たとえ石化怪鳥だろうと視線が向く前にその首は落とされている。
当然のように遅れる者は一人もいない。
やがて、しばらく進んだ後、レオニールは唐突に足を止めた。
その視線は北の空へと向けられている。
「お出ましですね」
肉眼では木々に阻まれて何も見えない。
しかしレオニールの目には天を穿たんばかりに高められた黒き魔力の塊が見えていた。
レオニールを持ってしても、冷や汗が流れるほどに圧倒的な魔力量。それが尋常ではない速度で向かって来ている。
「……」
レオニールは無言で剣を構え、一閃。
瞬き一つの間に数十の剣撃が放たれ、周囲の木々が粉々に吹き飛ぶ。
出来上がったのは半径百メートルほどの空間。
そしてもう一度瞬きをした後、ソレはもう目の前にいた。
「……!」
その正体に衝撃を受け、レオニールは大きく目を見開いた。
現れたのは漆黒の化身。
黒き巨大な体躯。強靭でしなやかな翼。そして見る者に畏怖すら与える赤き瞳孔。
……これは……完全に想定外ですね。
冷や汗が頬を伝い、地面に落ちる。
レオニールは北方神将として今まで幾度となく強敵と対峙してきた。しかし目の前の存在に比べるとそのどれもが霞んでしまう。
伝説に語られる災禍――黒龍。
かつて世界を滅ぼしかけた厄災と同じ存在が舞い降りた。
その紅き双眸が獅子たちを冷ややかに睥睨する。
だがレオニールは動揺を見せない。心の底から湧いてくる恐怖をその胆力で捩じ伏せる。
「……アルス」
黒龍から視線を逸らさずに、左手で素早くハンドサインを送る。
「はっ!」
最後尾にいたアルスが応え、脱兎の如く離脱した。
これはあらかじめ決めてあった合図だ。
命令はただ一つ、厄災の情報を持ち帰れ。
情報を伝えられさえすれば次に繋がる。たとえ自分が死んだとしても。
――まるで黒闢の再来だな。
期せずして、神王アルストンの口にした言葉が現実となった。
……見たところまだ生まれたばかり。それだけが救いですね。
だが時間をかければその限りではない。
真龍種は不滅の存在だ。寿命という概念は無く、老いることもない。
故に、時間は真龍種に味方する。
このまま放っておけば、近い将来、預言通りに厄災と化すだろう。
……預言がなければどうなっていたことか。
考えるだけで空恐ろしい。
しかし成長し切る前に遭遇できたのは僥倖だ。
だからレオニールは意識を研ぎ澄ます。何が起こっても対処できるように。
「出来ればこのまま帰ってほしいんだけど」
黒龍の言葉に再びレオニールは衝撃を受けた。
……もう話せるのですか。それほど時間はありませんね。
自身の考えが甘かったと認識した。
ここまで知能が発達しているのならば、次に繋ぐなんて言っている場合ではない。
自分が負ければ、王都にいる子供たちは厄災となった黒龍に殺される。そうなれば「また遊ぶ」なんていう小さな約束すら守れない。
待っているのはかつて行われた黒白大戦の再来。下手をすれば世界が滅ぶ。
だからレオニールは覚悟を決めた。
守るべき民を守るため。
愛する子供たちを守るため。
そして世界を守るため。
――今、この場で殺す。
一閃。
予備動作なしで放たれた数十の剣撃が黒龍へと迫る。
しかし黒龍も予備動作なしで魔術式を記述した。
一瞬にして構築された結界がレオニールの斬撃を阻む。
「……物騒だね。攻撃されるようなことをした覚えはないんだけど?」
「白々しい! 貴様が黒龍というだけで理由は十分だろう!」
騎士の一人が吼え、魔術式を記述する。
選択したのは相手の魔術に干渉し無効化する魔術。しかし黒龍は冷ややかな目を向けるのみ。
「下っ端には聞いていないよ」
「なっ!? 私の魔術が!?」
干渉する魔術が逆に干渉され無効化、雲散霧消する。
「ボクが聞いているのはキミだ。剣を向けている人類種」
「もはや言葉は不要だ」
預言がなされた以上、厄災は必ず現れる。
黒龍という邪悪が巣食うのならば、それがいずれ厄災となる存在だ。だからもう語るべき言葉はない。
しかし黒龍はこれ見よがしにため息をついた。
「不要じゃないんだよね。きちんと答えてくれよ。ボクがキミたちに何をしたと言うんだい?」
「……」
「沈黙か。なら当ててあげるよ。どうせ預言だろう?」
「……」
レオニールは語らない。しかし黒龍は確信しているようだった。
「ボクは何もしないよ。人類種には興味がないからね。平穏に暮らせればそれでいいんだ。それでもキミたちはボクの生活を壊すのかい?」
「騙されないでください! レオニール様!」
「わかっています。預言は絶対です。言葉ではどう言おうと厄災になるのは間違いない。だからここで殺します」
「厄災……ねぇ」
黒龍はまたもため息をついた。
もはや問答に意味はない。そう悟った。
「どうやら退く気はないようだね」
「愚問ですね」
「ならボクも手加減はできないよ。キミたちがボクを殺すというのなら、ボクもキミたちを殺す」
黒龍の纏う雰囲気が変わる。
より鋭く。より威圧的に。
対するレオニールも身に秘める膨大な魔力を練り上げていく。
黄金と漆黒。可視化できるほどに濃密な魔力が吹き荒れる。
今ここに、神話の戦いが始まろうとしていた。
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