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第30話 不和

「いせ……? なんだって?」


 急に叫び出した僕に、ヴェルナードは迷惑そうに顔をしかめた。何言ってんだコイツと言わんばかりの表情である。


「異世界転生だよ異世界転生!」

「……なにそれ?」

「前の世界で死んで生まれ変わったんだよ!」

「え? でもレンって【不老不死】だよね?」


 冷静に突っ込まれた。

 

「………………たしかに」


 ぐうの音も出ない。正論だ。

 確かに僕は【不老不死】だ。死にようがない。ということは転生もしないというわけで……。


「あっ! 転移だ転移! 転移魔術ってヴェルナードも言ってたでしょ!? 異世界転移だよ!」

「うーん。まぁ。ありえる……のかな? でもそもそも他の世界なんてどうやって観測すれば……」

「そこは神様とか?」

「神……ねぇ?」


 この世界にも神という概念はあるらしい。

 戦争の前には戦の神に祈るし、農作業をする人は豊穣の神に祈る。

 だけどヴェルナードにはいまいちピンとこないらしい。

 

「というか何のために転移させたの? 理由はあるはずだよね?」

「………………わかんない」

「………………」


 思いっきり呆れた目で見られた。だけど僕は被害者だ。そんなことを言われても困る。


「……勇者にしようとしたとか?」

「……」


 大きなため息をつかれた。可哀想なものを見る目をしている。

 

「そんな目で見ないで?」

「だってレン、弱いじゃん。それに争いごと、嫌いなんでしょ? 勇者なんて向いてないよ」

「ぐぬぬ」


 これまた正論だ。痛い。容赦なく心を抉ってくる。


「まあでも異世界転生ねぇ……」

「転移ね! 転移!」

「うーん。でも冷静に考えると納得できる部分は多い……かな?」

「やっぱそうでしょ!?」

「うん。だってレンの考え方は常軌を逸してるからね」

「……ん?」


 なんだか馬鹿にされたような気がする。

 

「悪口? 悪口だよね?」

「褒めてる褒めてる。だって冷蔵庫とか風呂とか車椅子とか、どう考えても技術力がおかしいんだよ。だけど元の世界に由来する技術って言われたら……否定はできない」

「でしょ? ……まあでも、だからなんだという話ではあるんだけど」

「……それ言っちゃったら終わりじゃない?」


 ヴェルナードが大きなため息と共に苦笑する。

 だけどいいんだ。だってこれはただの雑談。別に答えを得ようとして話したわけでもない。

 まあ答えは出ちゃったわけだけど。


「ねぇ。レン」


 するとヴェルナードが妙に真剣な顔つきで僕を見た。


「なに?」

「レンはもし方法があったら、元の世界に戻りたい?」

「んや。全然」


 僕は即答した。

 たしかに異世界転生や転移では帰ることを目的とすることが多い……ような気がする。

 だけど僕はそう思わない。


 なにせ僕は空っぽだった。


 知識はあれど、記憶がない。

 別の世界と言われてもいまいちピンと来ていないのが実情だ。だから帰りたいなんて微塵も思っていない。

 

「それに、ここの生活は楽しいからね」


 不確定な世界より、今幸せなこの世界を生きたい。

 それが僕の願いだ。

 

「そっか……」

「あれ? ホッとしてる? もしかして帰っちゃったらとか心配した?」

「うるさいなぁ。なんでそんな嬉しそうなんだよ……」


 どうやら図星だったようだ。嬉しいに決まってる。


「まあ安心してよ。僕はここにいるからさ」

「……そうしてくれよ。ボクもそのほうが楽……ん?」


 言葉の途中でヴェルナードは首を上げた。

 顔は森の方を向いており、厳しい視線でジッと遠くを見据えている。


「ヴェルナード?」

「……なんだろう。魔力反応が次々に消えてる」


 言うや否や、ヴェルナードは両目の前に魔術式を記述した。その瞬間、表情が強張る。


「……レン。マズイことになったかもしれない」

「なに?」

「四方神将が来る」

「……ルシア、じゃないんだよね?」


 一瞬、約束通りルシアが来たのかと思った。

 だけどそれならヴェルナードはこんな顔をしない。

 

「うん。男。それに完全武装だ。戦争でもするのかってぐらい。……凄まじい速さで向かってきてる。……もしかしてバレた?」

「そんなことある? ずっと引き篭ってたのに」


 一瞬、ルシアから情報が漏れたのかと思った。

 だけどそれはまず無いと考えていい。なにせ十年だ。十年間何もなく、唐突にバレるとは考え辛いだろう。

 そしてなにより、ルシアはヴェルナードの存在を知らない。だからそれ以前の話なのだ。


「……一つだけ可能性はある」

「可能性?」

「前に話したでしょ? 神王国は預言を信仰してるって」

「まさか預言でヴェルナードのことを言い当てたって? そんなピンポイントで?」

「だから可能性」


 俄には信じ難い。だけどヴェルナードの言う通り、可能性ならば十分に考えられる。


「……なら僕が行くよ。同じ人類種同時の方が説得できるでしょ?」

「………………ダメだ」


 ヴェルナードはじっくりと考えた後、そう口にした。


「どうして?」

「預言の内容によってはレンに危害が及ぶ可能性がある」


 そんな馬鹿な。なんて一蹴はできない。

 信仰とはそういうものだ。たとえ間違っていようが、当人にとっては真となるなんてことはザラ。狂信者なんて言葉があるくらいなのだから。


「でも僕は【不老不死】だ。間違っても死ぬことはないよ?」

「レン。考えが甘いよ。世の中には死よりも恐ろしいことなんてたくさんあるんだ」

「それはヴェルナードにも言えることでしょ?」


 なにせ実際に龍殺しがいる世界だ。たとえ真龍種だろうと安全ではない。

 お互いがお互いを案じているからこそ話が平行線になる。だけど僕たちには時間がなかった。


「レン。ごめん」

「……え? はぁ!?」


 ヴェルナードが魔術式を記述。その瞬間、僕の身体に影のようなものが纏わりつき、一瞬にして拘束された。簀巻き状態だ。


「ちょっとヴェルナード! 力に訴えるのはなし! ズルだ! ズル!」

「恨み言なら後でいくらでも聞くよ。だから今は大人しくしていて」


 ヴェルナードが漆黒の翼を大きく広げ、羽ばたく。そして一瞬にして飛び去ってしまった。

 

「はぁ!? ヴェルナード! ちょっとどこ行くんだよ! 待っ! このっ!!! わからず屋ぁあああああ!」


 どれだけ叫んでも、ヴェルナードが戻ってくることはなかった。

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