第28話 厄災
「全員揃ったな」
ゼスマティア神王国、神王アルストン=ルザーク=ゼスマティアは切れ長の目で集った面々を鋭く睥睨した。
会議室に集められたのは四人。
神王国の王、神王アルストン。
神王国の北を守護する北方神将レオニール。
次代の預言の巫女と目される預言者アーシア。
そして預言の巫女の孫であり、預言を報告したルシア=ノヴァリスだ。
「まず初めに、すまないなルシア。祖母が亡くなったばかりだというのに」
「謝らないでください神王様。悲しむのは預言を清算してからでも遅くはありません」
「頼もしいな。任命式も延期するが、今日から南方神将として扱わせてもらう。国を任せたぞ」
「はい。全身全霊を持って民を守る盾となりましょう」
立ち上がり、胸に手を当て貴族式の礼を執るルシア。その姿は堂に入っていた。
対するアルストンは鷹揚に頷く。
「期待している。それと、本題に入る前にアーシア」
「は、はい!」
名前を呼ばれたアーシアは緊張の面持ちで背筋を伸ばした。
というのもまさか自分も会議に参加するとは思っていなかったのだ。
なにせ実力はあれどアーシアは一預言者でしかない。今まで預言を使う時は仮定する内容を伝えられただけ。
実際に神王アルストンと話すのは初めてだった。
加えて25歳という若さで四方神将入りしたルシアまでいる。
貴族学院では同じ首席として常に比べられてきた。だからこそ、ルシアの異常さはよくわかっている。
テストは常に満点。一年生の時に最上級生との試合で勝ったなんて逸話すらあった。
それに学院を卒業したばかりの騎士見習いという身分でありながら、あの悪名高き冷厳山嶺から無事に生還している。
アーシア自身、噂の数々には半信半疑であったが、史上最年少で四方神将入りを決めたと聞いた時から、それらが真実なのだと悟った。
そんな雲の上の人物に囲まれながらの会議だ。緊張しない方がおかしい。
「お前の実力は俺も高く勝っている。正式な任命は後だが、次代の預言の巫女はお前だ。国のために尽力を期待している」
「……ぇ?」
予想していたことではある。
だけどまさかこの場で任命されるとは思っていなかったアーシアは反応が遅れてしまった。
一瞬の硬直後、アーシアは慌てて立ち上がる。
「……あ、ありがとうございます! 謹んで拝命いたします!」
アーシアはルシアの見様見真似で胸に手を当て、頭を下げた。
不恰好な自覚はある。だけどアルストンがルシアの時と同じように頷いたため、アーシアはホッと胸を撫で下ろした。
「おめでとうございます。アーシア。いえ、もう預言の巫女でしたね」
「ありがとうございます。レオニールさま。その……少し気恥ずかしいですね」
「私からも祝福を。おめでとうございます」
「ありがとうございます。ルシアさま。先代の名に恥じない立派な預言の巫女になれるよう、精一杯がんばります」
「頼んだぞ預言の巫女。では早速だが、先代の預言が真であり、北に現れるのは厄災だと仮定を頼む。その場合の被害を教えてくれ」
「わかりました」
アーシアは預言の巫女としての初仕事に気を引き締めた。
一度深呼吸をしてから胸の前で手を組む。そして祈るように目を閉じた。
「仮定します――」
そう宣言し、心の中で条件を研ぎ澄ませていく。
仮定には凄まじい集中力が必要だ。なにせ余計な雑念が混じれば仮定に齟齬が生じてしまう。そうなれば預言は歪む。
歪んだ預言に価値は無い。
それがわかっているからこそ、二人の四方神将と神王は沈黙を貫いている。ただ、新たに預言の巫女となった少女を見守っていた。
やがて預言の巫女はゆっくりと目を開く。
瞳には十字の紋様が浮かび、黄金の輝きを放っていた。
「……」
その瞳が視据えるは仮定された未来。
預言の巫女はジッと虚空を見つめる。
しばしの沈黙。その後、フッと預言の巫女の身体から力が抜けた。
よろけた身体を即座にレオニールが支える。
「……大丈夫ですか?」
「……ぇ? ……そん……な……」
しかしレオニールの言葉は届かない。虚ろになった瞳は床へと向けられている。
「アーシア……? アーシア! しっかりしてください!」
肩を揺すり、名を呼ぶレオニール。
すると預言の巫女の視線は宙を彷徨い、レオニールを見た。
「……ぁ。レオニール……さま?」
「はい。私です。座れますか?」
「……はい。申し訳ございません」
憔悴し切った表情で椅子に座り直す預言の巫女。その姿をアルストンは冷静な瞳で見つめていた。
「……何を視た?」
問われた預言の巫女は一呼吸つくと、アルストンを見た。
「その……」
しかしその瞳は誰が見てもわかるほどに揺れていた。今まで見守っていた三人にも緊張が走る。
初めに口を開いたのはアルストンだった。
「……いいか預言の巫女。俺は預言の巫女が神王に臆することはあってはならないと思っている。だから遠慮はいらない。どのような未来を見たとしても事実だけを伝えろ。それが預言の巫女としての役目だ」
「はい……。……その……。国が……滅びます」
端的に告げられた預言の巫女の言葉にアルストンは眉根を寄せる。
「国が滅ぶ? 神王国が、か?」
「……私が視た景色は更地と化した王都です。遠くに冷厳山嶺が見えたので間違いありません」
「その様子だと本当らしいな。厄災の姿は見たか?」
「いいえ……。ですがこれほどの破壊を行うなんて……」
「それが厄災と呼ばれる者共だ。どうやら我が神王国は滅亡の危機にあるらしいな」
「神王様。よろしいですか?」
「なんだ。ルシア」
「私は厄災という存在を物語の中でしか知りません。実際はどのような存在なのですか?」
「……【黒闢の厄災】を知っているな?」
「はい。一番有名な厄災ですね。黒龍が転じた存在だと記憶しています」
【黒闢の厄災】の正体は真龍種、黒龍だ。黒白大戦を引き起こし、世界を滅亡の一歩手前まで追い込んだ絶対悪。
「転じた存在というのは正しくない。黒龍は真龍種として厄災になった」
「……どういうことですか?」
「なぜ黒白大戦が起こったのかを知っているか?」
問われたルシアは首を振る。
気になって調べたことはあったが、どこにも記録が無かった。だから知らない。
「黒龍が庇護していた一人の人類種を殺したことが発端だ」
「……え?」
ルシアは言葉を失った。
「本当ですか……? それは……」
「全生命体を滅ぼす理由としてはあまりにも軽い動機……だろう? 俺も初めて聞いた時はそう思った。だけど龍帝セリアに直接聞いた話だから間違いない」
龍帝セリア=ルクシア。
別名、白龍の友。実際に【黒闢の厄災】を倒したとされる人物だ。
彼女は生ける伝説とも呼ばれている。
その理由は真龍種を除き、唯一黒白大戦の時代から生きている人類種だからだ。
「そもそも厄災という存在の定義が曖昧なんだ。なにせ特殊な生物などではない。彼らは絶大なる力を持った個でしかないのだからな」
「絶大なる力を持った個……」
「……なるほど。では問題は先代預言の巫女は何を持って厄災と定義したのか、ですね」
「その通りだ。俺もそこがわからない」
レオニールの言葉にルシアは祖母との最期の会話を思い出した。
「……『世界の未来は貴女にかかっています』。お祖母様は最期にそう言いました。それに『神王国の未来は』と言いかけて訂正しています」
「世界の未来……。世界を滅ぼしうる存在……か。確かにそれならば厄災と定義しても不足はない。しかしそうなると、まるで黒闢の再来だな」
「ですが、先代の預言は『厄災の影あり』です。まだ厄災になっていない可能性はありませんか?」
「確かにレオニールの言葉には一理あるな。ならば俺たちにできるのは厄災の原因を探し出し、滅することか……」
「……神王様。調査ならば私に行かせてください」
ルシアは静かに立ち上がった。
本来ならば北、つまり冷厳山嶺の調査は北方を守護するレオニールの役目だ。だからこそこの場にも呼ばれている。
しかしレンのことを考えるとルシアは居ても立っても居られなかった。
無論、ただ会いたいからと言うわけではない。
北に厄災が出現するのならば、一番危険なのは冷厳山嶺に住むレンだ。
戦う力を持たないレンは無力。襲われればその命を落としてしまう。たとえ結界に守られていたとしても、だ。
だからなんとしても伝えなければならない。
「私ならば安全に冷厳山嶺の調査を行えます!」
ルシアには冷厳山嶺の知識がある。
これは他の者にはない、冷厳山嶺で七ヶ月の時を過ごしたルシアだけの武器だ。
野生生物の特徴や対処法は今でも記憶に刻み込まれている。
加えて以前にはなかった実力もついた。
もし対処できなくても力で突破できる自信が今のルシアにはある。
だけどアルストンは首を縦には振らなかった。
「……その前に一つ聞かせろルシア。先代との取り決めで今まで聞いていなかったが、冷厳山嶺には何がある?」
「言えません」
ルシアはキッパリと言い切った。
いくら四方神将になったからといえ、四方神将は王に仕える者。忠言ならまだしもルシアの行いは褒められたものではない。
しかしこれは祖母との約束だった。預言が絡む以上、違えるわけにはいかない。
アルストンは眉間に皺を刻みつつもため息をついた。
「……まあそうだろうな。あの先代が自ら俺に言ってきたのだ。俺もはなから期待してはいない」
「神王様。よろしいのですか? 国の危機ですよ?」
レオニールの忠言にアルストンは首を振る。
「ごもっともだな。しかし先代が国のことを第一に考えていたのは事実。それが言うなと言ったんだ。俺はそれを信じる。それに、下手に暴けば最悪の事態になりかねんからな」
実際に過去の事例にもある。
時の皇帝が秘された預言を暴き、国に戦火を齎した。
それは預言が暴かれたという事実が預言そのものに影響を与えた結果だと言われている。
だからこそ預言の巫女によって秘された預言は決して暴いてはならない。
アルストンの言葉はどれだけ秘さねばならない預言なのかを確認しただけだ。
「そうですか……。ならば私は何も言いません。ですが、ルシアに任せるのは時期尚早では?」
「それは俺も思っている」
ルシアは二人の言葉に歯噛みした。
ルシアとレオニールは同格の四方神将だ。しかし年季が違う。成り立てのルシアとは違い、レオニールには四方神将としての経験がある。
相手が厄災となれば尚更。失敗が許されない以上、新任のルシアに任せるわけにいかないのは道理だ。
「まずは私が調査に向かいます。それでよろしいですか?」
「そうだな。それが――」
「――神王様! お願いします!」
言葉を遮り、ルシアが頭を下げた。
アルストンは冷ややかさを帯びた紅い瞳でルシアを見据える。
「ルシア。お前らしくもないな。何を焦っている?」
「……」
言えない以上、ルシアはただ頭を下げ続けるしかない。
だが相手は神王国を統べる王。
言葉を持たぬ者に動かせる人物ではない。
「……事情があるのはわかる。だから俺の言葉を遮ったことは不問とする。しばし頭を冷やせ。では北方神将レオニール。お前に冷厳山嶺の調査を命じる。裁量は全て任せる。なんとしても厄災を食い止めろ」
「はっ! お任せください!」
レオニールが胸に手を当てて礼を執る。ルシアはその様子を見ていることしか出来なかった。
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