第27話 重圧
「さてアーシア。何が起きているのかを教えて頂けますか?」
馬車に乗り込んだレオニールは懐から取り出した箱型の魔導具を使い、結界を張った。
情報が不確かな今、万が一にでも外部に漏れるわけにはいかない。
問われたアーシアは、いつもはあまり動かない表情を歪ませながらも口を開いた。
「……まずは……預言の巫女様が逝去されました」
唐突な訃報にレオニールは大きく目を見開いた。
レオニールは預言の巫女に大恩がある。なにせスラムの最下層で泥を啜っていたレオニールを見出したのが預言の巫女だからだ。
他の神国騎士団の実力者たちも自分と近い状況から救われたと聞いている。
預言によって数多くの才能を発掘し、長年国を守護してきた英雄。それが当代預言の巫女という人物だ。
「そう……ですか。……また一人、英雄が亡くなったのですね」
レオニールは一度目を閉じ、黙祷を捧げた。アーシアも倣い、目を閉じる。
それからしばらくして二人は目を開けた。
「……私も……様々なことを学ばせていただきました。これからもまだまだ……教えていただきたいことがたくさん……」
アーシアは嗚咽を堪えながらもポツポツと思いをこぼした。溢れた涙は頬を伝い、流れ落ちていく。
アーシアも預言者として様々なことを預言の巫女から学んできた。
明確な師弟関係は無かったが、誰が師かと問われれば間違いなく預言の巫女の名を出すだろう。
そしてそれは他の預言者も同じ。
当代預言の巫女は神王国に暮らす預言者全ての師でもある。
「そうですね。でも私たちに悔やんでいる時間はない。……預言が遺されたのですね?」
「……はい」
アーシアは涙を拭い、レオニールの目を真正面から見た。
「『北方に厄災の影あり』です」
レオニールの眉間に深い溝が刻まれる。
「……なるほど。それで私……北方神将が呼ばれたというわけですか」
レオニールは口元に手を当てて思考を巡らせる。
「アーシア。仮定は行いましたか?」
「いえ。まだ許可が出ていないのでなにも行っていません」
アーシアの力はその強大さ故に消耗が激しい。
使い過ぎると命に関わるような天恵だ。だから日に何度も使えるような代物ではない。
そのため神王の命令がない限り、仮定することは禁じられている。
「それも含めての会議というわけですね。他の預言者は?」
「……その、伝えられたのは私だけのようでした」
「ふむ……」
レオニールはさらに思考する。
厄災なんていう国家存亡の危機を一人の預言者にのみ伝えた。この事実は重い。
「……つまり次代の預言の巫女は貴女ですね。アーシア」
「まだ決まったわけではありませんが、私もその可能性が高いと思っています」
アーシアの言葉は自惚れでも傲慢でもない。
数多くの預言者を擁するゼスマティア神王国でも、アーシアの実力は頭ひとつ抜けている。
唯一欠点があるとすれば年齢だ。だけどそれも圧倒的な実力の前では霞んでしまう。
それほどアーシアの実力は現在の預言者の中では突出していた。
「英雄の死は悲しいことです。しかし新たな英雄の誕生は喜ばしいことですね」
「私が英雄……ですか?」
「はい。敵は厄災です。きっと近いうちに貴女の力が必要になります」
アーシアは無意識の内に手を力強く握っていた。頬を冷たい汗が伝う。
「重圧を感じますか?」
「…………はい」
アーシアは俯きがちに頷いた。レオニールの言う通りだ。
アーシアは言われて初めて預言の巫女になるということの意味を知った。
「それが国を守るということです」
「……レオニール様もずっとこの重圧を?」
四方神将は国を守る最後の砦だ。
戦場に出る以上は負けられない。敗北は神王国の敗北を意味する。その重圧は常人には計り知れない。
レオニールは小さく息を吐き、窓の外を見上げた。視線の先には雲ひとつない快晴の空がある。
「……懐かしいですね。私も四方神将になったばかりの頃は、何度も押し潰されそうになったものです」
「……レオニールさまはどうやって乗り越えたのですか?」
「では、アーシアに一つ助言を授けましょう」
「……? はい」
アーシアは疑問に思いながらも背筋を伸ばした。その様子に微笑みながらレオニールは口を開く。
「『周りを見なさい』」
「……ぇ?」
「それだけ? と、思いましたか?」
ギクっと肩を振るわせるアーシア。だけどその通りだった。
てっきりもっと具体的な助言を貰えると思っていたからだ。そんなアーシアにレオニールは笑みをこぼす。
「私も同じことを思いましたよ」
「レオニールさまもどなたかに同じことを言われたのですか?」
「ええ。かつて預言の巫女様に、ね。ですが思えば単純なことでした」
レオニールはアーシアの瞳をまっすぐに見る。
「なにも国を守護する役目を負っているのは私だけではありません。他の四方神将もいます。もちろん部下たちも。それこそ神王様だっています。だから『周りを見なさい』。助けてくれる人はどこにでもいます。もちろん私も、ね?」
アーシアはハッと目を見開いた。
レオニールの言う通り、単純なことだ。だけど忘れ、視野狭窄に陥っていた。
アーシアは改めて背筋を伸ばす。
「その通りですね」
「ですから困った時は身近な人を頼ってください。必ず力になってくれます」
「はい。ありがとうございます。レオニールさま」
「いえいえ。しかし、まさかあれほど小さかったアーシアが預言の巫女とは……。感慨深いものが――」
「――や、やめてください! あの頃を思い出すのは……! それにまだなったわけでは……!」
慌てたアーシアがレオニールの言葉を遮る。
アーシアにとって自分の過去は目を背けたくなるほどに思い出したくないものだった。
「ふふっ。肩の力は抜けたようですね」
「……ぁ。……はい。すみません。ありがとうございます」
レオニールは緊張を解そうとしてくれたのだと気付き、アーシアは頭を下げた。
昔からこうだ。レオニールという人物は、さりげなく周りを手助けする。助けられた本人が気付かないこともしばしあるほどに。
だからこそ数多くの人物から尊敬されている。
無論、アーシアも例外ではない。
救われたあの日からアーシアはレオニールを敬愛していた。
「よろしい。では行きましょうか」
馬車が止まり、扉が開く。
差し出されたレオニールの手をアーシアはしっかりと掴んだ。
「はい!」
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