第八話:深淵の設計図
第八話:深淵の設計図
昭和四十四年。
名古屋の街は、翌年に控えた日本万国博覧会(大阪万博)の熱気に浮かれていた。
しかし、その光り輝く未来の裏側で、明智建設が三年の歳月をかけて完成させた「明智第一ビル」は、栄の一等地に異様な存在感を放って立っていた。
織田重工のビルが派手なネオンとガラスで飾られる中、明智のビルは無骨なコンクリートと鈍く光る鋼鉄の塊。だが、そのビルは完成以来、一度として軋まず、震災級の揺れにも耐え抜く「難攻不落の城」として、裏社会と建築業界の両方にその名を轟かせていた。
「代表、次の客だ。……今度は、普通じゃねえぞ」
現場監督の辰造が、事務所の重い扉を開けた。
入ってきたのは、仕立てのいい背広を着ているが、その歩き方から「戦場」の匂いを隠しきれない中年男だった。
二つ目の依頼:地下の亡霊
男は、進の前に一枚の古ぼけた羊皮紙と、最新の磁気記録テープを置いた。
「明智進代表。君たちの『基礎』に対する執念は聞き及んでいる。……我々は、織田重工の影に隠された、この国の『真の背骨』を取り戻したいと考えている」
男の正体は、政府内部で織田重工の独走を危惧する、旧陸軍技術将校の流れを汲む反主流派組織の密使だった。
「依頼内容は、熱田神宮の地下深層に建設されている、織田重工の秘密軍事プラットフォームへの『潜入経路』の構築だ」
進の目が鋭く光る。熱田。そこは九年前、父・源造が殺された場所だ。
「織田は今、万博の地下インフラ建設を隠れ蓑に、巨大な地下要塞を築いている。そこには、あの日奪われた『黄金の亡霊』……すなわち、動力甲冑を永久に動かし続けるための未知のエネルギー源が隠されている。君たちには、その要塞の『真下』に、誰にも気づかれずにトンネルを掘り抜いてもらいたい」
狂気の工法
「地下五十メートル。そこは硬い岩盤と、熱田特有の複雑な地下水脈が入り混じる地獄だ。通常の掘削機では、一週間も持たずに壊れる」
進は、男が持ってきた地質データを見つめながら呟いた。
だが、その口元は微かに笑っていた。
「正一さん、健太、辰さん。……いよいよ、あいつの出番だ」
進が案内したのは、事務所の地下に広がる広大なドックだった。
そこには、三年前から島田の理論に基づき、明智建設の技術の粋を集めて開発されてきた「建設用特務動力甲冑」が鎮座していた。
その名は、動力甲冑『桔梗』。
織田重工の機体が「力と威圧」を象徴するなら、この桔梗は「精密と調和」を象徴していた。全身に張り巡らされた感圧センサーは、土壌のわずかな変化を感知し、パイロットの神経に直接伝える。
「建物を建てるのが明智建設の表の顔なら、地下を征するのが裏の顔だ。……やってやりましょう。織田の喉元に、泥にまみれた風穴を開けてやる」
闇の中の着工
深夜、熱田の廃工場跡地。
「明智建設」の作業服を着た四人が、深い竪穴の前に集まった。
「健太、地上の監視はどうだ」
「織田の治安維持隊が五分おきに回ってる。だが、電気系統をいじって、この一帯の監視カメラには三年前の静止画を流し続けてるよ」
「正一さん、排土の準備は」
「ダンプ十台、いつでも出せる。土は再開発現場の埋め立て用に見せかけて運び出す。誰にも疑わせやしねえ」
進は、桔梗のコックピットに乗り込んだ。
神経接続のプラグが、進の項に接続される。
「……システム、同調。……父ちゃん、見ててくれ。俺たちの工事は、ここからが本番だ」
桔梗の巨大なドリルが、静かに、しかし凄まじいトルクで回転を始めた。
振動を外に漏らさない「消音掘削理論」。島田が唱え、進が形にした、物理法則に挑む工法だ。
明智建設、二つ目の依頼。
それは、地上百メートルのタワーを誇る織田重工に対し、地下五十メートルから放たれる、逆襲の「杭」だった。
暗黒の土の中で、桔梗のセンサーが、かつて父を殺した銃声が響いた「あの倉庫」の真下を捉えた。




