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鉄の城、黄金の土台(いしずえ)  作者: 水前寺鯉太郎


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第三話:泥中の火、教室の影

第三話:泥中の火、教室の影

昭和三十二年。

尾張の空は、二年前よりもさらに黒い煙に覆われていた。

「織田重工」の躍進は止まる所を知らず、町には巨大な蒸気クレーンが林立し、新型の動力甲冑が地響きを立てて闊歩する。復興という名の軍需景気に沸く一方で、路地裏の窮乏は深刻さを増していた。

あの日、父・源造を理不尽な銃弾で失った**すすむ**は、十四歳になっていた。

煤けた教室

尾張市立第三中学校。

校舎は戦時中の傷跡を隠すように安っぽいペンキで塗り直されているが、雨が降れば雨漏りがし、冬になれば隙間風が容赦なく吹き込む。

進の席は、教室の一番後ろだった。

教科書は、かつて父が「買ってやる」と約束した新品ではない。兄・鉄男が日雇い仕事で工面した金で買った、煤けた古本だ。

「おい、進。また上の空か?」

級友の声にも反応せず、進はノートの端に図面を描き殴っていた。

それは、あの夜に見た漆黒の動力甲冑の残像。そして、父の胸を貫いた弾丸の軌道。

進の心は二年前のあの雨の夜から一歩も動いていなかった。父を殺したのは誰か。あの夜、倉庫で何が起きたのか。警察は「共産ゲリラによる強奪事件に巻き込まれた不慮の事故」として処理したが、進は信じていない。

「……あれは、軍の靴音だった」

進が独り言を漏らしたその時、教室の引き戸がけたたましく開いた。

教師・島田の登場

「席に着け、野郎ども。授業を始めるぞ」

入ってきたのは、この春に赴任してきたばかりの理科教師、**島田しまだ**だった。

ヨレヨレの国民服に、度の強い丸眼鏡。無精髭を蓄え、いつもどこか油臭い。他の教師たちが「軍国主義の再来」か「事なかれ主義」のどちらかに染まる中、島田だけは異質だった。

島田は教卓に重い工具箱をドサリと置いた。

「今日は教科書は使わん。このガラクタを直せる奴はいるか?」

島田が取り出したのは、織田重工製の古い通信機の一部だった。

教室がざわつく中、進の目が鋭く光る。父の死後、進は鉄くず拾いをして家計を助ける傍ら、拾った機械を分解してはその構造を独学で学んでいた。

「先生、それは増幅回路の真空管が死んでる。あと、ハンダが浮いてる」

進の声に、島田は眼鏡の奥の瞳を細めた。

「ほう。やってみるか、少年」

進は無言で立ち上がり、教卓へ向かった。震える手でコテを握り、淀みない動作で接合部を修復していく。数分後、通信機からザーッという砂嵐の音が響き、かすかにラジオの音声が流れ始めた。

クラスメイトから歓声が上がる中、島田は進の肩を叩いた。

「いい腕だ。だが、機械を直すだけじゃ足りんぞ、進。機械が『なぜ』作られ、『誰のために』動いているのかを知らなきゃあな」

放課後の密談

放課後、進は島田に呼び出され、理科準備室を訪れた。

そこは学校の施設とは思えないほど、分解された機械部品や、海外の技術雑誌、そして複雑な数式が書かれた黒板で埋め尽くされていた。

「先生、あんた何者なんだ」

進が切り出すと、島田は安物の煙草に火をつけた。

「ただのしがない教師さ。……元、陸軍技術研究所のな」

進の身体が強張った。陸軍――父を殺した連中の組織だ。

島田はその様子を見て、静かに続けた。

「二年前、熱田の倉庫で起きたことを調べているんだろう? お前の親父さんのことは、風の噂で聞いている。……あれは事故じゃない。国家と巨大資本が結託した、巨大な掠奪だ」

島田は机の引き出しから、古い写真を取り出した。そこには、若き日の島田と、まだ野心に燃える前の織田信長が並んで写っていた。

「織田重工は今、軍の秘密資金……通称『黄金の亡霊』を使って、この国を裏から作り変えようとしている。お前の親父さんは、その歯車に噛み込まれて殺されたんだ」

進の拳が震える。

「……教えてくれ。どうすれば、あいつらに報いを受けさせられる」

島田は煙草を灰皿にもみ消し、進を真っ直ぐに見据えた。

「力には力を。鉄には鉄をだ。あいつらが誇る動力甲冑を、俺たちの手で超える。進、お前にはその『眼』がある。機械の急所を見抜き、構造を理解する天性の才能だ」

復讐の設計図

島田は黒板の裏に隠されていた一枚の図面を広げた。

そこには、既存の動力甲冑とは全く異なる、異形とも言える設計図が描かれていた。

「織田重工の技術は、力押しだ。だが、俺が考えているのは『神経』を持つ機械だ。操縦者の意思をダイレクトに反映し、鋼鉄の巨体を己の肉体のように操るシステム……」

進は吸い寄せられるように図面に見入った。

父を殺したあの巨大な影。それに対抗するための、唯一の希望がそこにあった。

「俺が教えられることは全部教える。だが、これは地獄への道だぞ。平凡な幸せは二度と手に入らん。それでもやるか?」

進は、窓の外にそびえ立つ織田重工の工場群を睨みつけた。

煙突から吐き出される煙が、あの夜の雨雲に見えた。

その下で、今もなお、汗と泥にまみれて働く兄や妹、そして死んでいった父の無念が、進の背中を押した。

「……やる。あいつらに、俺たちの泥の味を教えてやる」

十四歳の少年の瞳に、青白い復讐の炎が宿った。

昭和三十二年、初夏。

放課後の理科準備室で、のちに歴史を揺るがすことになる「反逆の技術者コンビ」が誕生した瞬間だった。

動き出す運命

その帰り道。

進は、駅前で配られていた号外を手にする。

『織田重工、新型動力甲冑「信長」の量産化を決定。国防の要として帝都へ配備開始。』

紙面には、誇らしげに笑う織田信長の姿があった。

その足元に、名もなき作業員の血が流れていることなど、世間は誰も知らない。

「待ってろ、織田……」

進は号外を握りつぶし、夕闇の中を駆け抜けた。

家では、ハナが夕飯の支度をして待っている。鉄男は今日も現場で泥まみれだ。

そのささやかな風景を守るために、進は自ら修羅の道へと足を踏み入れた。

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