表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鉄の城、黄金の土台(いしずえ)  作者: 水前寺鯉太郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/21

第十四話:絶対境界の龍、青函トンネル

第十四話:絶対境界の龍、青函トンネル

昭和四十六年。

黒田ダムの完成は、日本のエネルギー地図を塗り替えた。明智建設は、もはや単なる「解体屋」や「指名手配犯」ではなく、不可能を可能にする「土木の聖域」として、政財界の影でその名を畏怖されていた。

しかし、その名声を最も苦々しく思っていたのは、名古屋の王、織田信長である。

「面白い。山の次は、海の下を掘らせてやろう」

織田重工から、明智建設へ「いたずら」とも呼べる挑戦状が届く。それは、戦前から構想されながらも、あまりの困難さに誰もが「実現不可能」と投げ出した、本州と北海道を繋ぐ**『青函海底トンネル』**の建設依頼だった。

海底の絶望

「正気か、織田の野郎……」

辰造は、届けられた海図と地質調査書を叩きつけた。

「津軽海峡、水深百四十メートル。その下の海底を二十キロ以上掘り進む? それも、いつ噴き出すかわからない海水という名の『死神』に怯えながらか!」

今回の工事は、黒田ダムの時とは比較にならない。一度でも岩盤が抜ければ、数百万トンの海水が瞬時にトンネルを飲み込み、逃げる術はない。まさに「底なしの棺桶」を作るようなものだった。

進は、島田の意識を宿した『桔梗』のモニターを見つめた。島田の声には、かつてない危惧が含まれていた。

『進……海底の岩盤は……脆い……。織田は……君たちをこの暗い海の底に……沈めて殺すつもりだ……。だが、もしここを……繋ぐことができれば……日本の背骨は……織田の支配から……完全に解き放たれる……』

「やりましょう」

進は静かに言った。

「織田のいたずらを、歴史の奇跡に変えてやる」

龍の腹の中へ

昭和四十七年、冬。

青森県、三厩みんまや。吹き荒ぶ雪の中、明智建設による「青函トンネル・明智工区」が着工された。

進が持ち込んだのは、黒田ダムでの経験を活かした新型重機。だが、相手はこれまでとは次元が違った。海底下の地層は「クチャ」と呼ばれるマヨネーズ状の軟弱地盤と、高圧の湧水が入り混じる迷宮だった。

「……出たぞ! 湧水だ!」

正一の声が響く。

作業坑の先端から、海水がものすごい圧力で噴き出した。一瞬で足元が水に浸かる。塩水の匂いは、死の匂いだった。

「健太、薬液注入のタイミングを合わせろ! 辰さん、支保工を二重に組め!」

進は『桔梗』の操縦席で、指先から伝わる水の振動に集中した。海圧は常に数メガパスカル。それは、巨大な龍の顎に指を突っ込んでいるような圧迫感だった。

織田の罠:人工地震

工事が中間地点に達した頃、織田重工による「いたずら」は、明確な「殺意」へと変わった。

織田重工は、海峡を航行する調査船を装い、海底で超大型の「音響粉砕爆弾」を炸裂させた。これは自然の地震を装い、明智が掘り進めているトンネルの岩盤を意図的に破壊し、海水を呼び込むための罠だった。

ドォォォォォォォォン!!

海底を揺らす激震。

「代表! 隔壁が持たない! 海が……海が降ってくるぞ!」

トンネルの天井から、滝のような海水が溢れ出した。照明が消え、暗闇の中で濁流がうねる。

「正一さん、作業員を避難させろ! 辰さん、俺が前線で食い止める!」

進は『桔梗』を激流の中へと突進させた。

目の前の岩盤は今にも崩れ去り、巨大な「水穴」が開こうとしていた。一度開けば、三厩の街まで水没しかねない。

構造の真理:氷の鎖

「壊すんじゃない……固めるんだ!」

進は『桔梗』の腕を崩落寸前の岩盤に突き立てた。

黒田ダムで使った冷却技術をさらに進化させた、島田の秘策「液体ヘリウム超低温注入」。

『進……出力の……九割を……冷却に回せ……。機体が……凍りつくが……それしかない……』

「わかってる!」

『桔梗』の指先から、絶対零度に近い冷却材が噴射される。

襲いかかる海水の飛沫が、空中で氷の礫となり、岩盤の割れ目と共に凍りついていく。進の視界は白く染まり、操縦席の温度はマイナス数十度まで急降下した。

進の意識が遠のく中、脳裏に父・源造の声が聞こえた。

『進、土木はなぁ、自然を倒すことじゃねぇ。自然の力を借りて、新しい道を通すことなんだ。』

「……父ちゃん……見てろよ!」

進は、海水の「圧力」そのものを利用して、氷のプラグを岩盤に食い込ませる構造計算を瞬時に解いた。力で押し返すのではなく、海に自らの力で「蓋」をさせたのだ。

暁の貫通

数時間後。

静まり返ったトンネル内に、カチ、カチという氷の軋む音だけが響いていた。

海水の侵入は止まった。奇跡的な「氷の壁」によって、青函の龍は封じ込められたのだ。

「……助かったのか?」

健太が恐る恐る目を上げる。

そこには、全身を真っ白に凍りつかせ、彫像のように岩盤を支え続ける『桔梗』の姿があった。

「代表……あんた、本当に馬鹿な解体屋だぜ」

辰造が震える声で笑った。

昭和四十七年、早春。

ついに本州と北海道を繋ぐ先進導坑が、明智建設の手によって貫通した。

織田重工の「いたずら」は、皮肉にも明智建設の技術が「自然の猛威すら手懐ける」段階に達したことを証明してしまった。

進は、氷の溶け始めた『桔梗』のハッチから這い出した。

「織田……。山も、海も、俺たちの味方をした。……次は、お前の城だ」

北の冷たい海の下で、反逆の物語は最終章へと向かう。

残るは、名古屋にそびえ立つ、あの黄金の巨塔の解体のみだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ