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鉄の城、黄金の土台(いしずえ)  作者: 水前寺鯉太郎


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第一話:黄金の呼び声

第一話:黄金の呼び声

昭和三十年、初夏。

私たちの知る歴史とは少し異なる道を歩んだ日本。戦後十年が経過してもなお、帝都の空には巨大な蒸気飛空挺が悠然と浮かび、街角では重油の匂いと泥にまみれた人々の熱気が混ざり合っていた。

愛知県、尾張。そこは「織田重工」という巨大資本が支配する、鉄と煙の城下町である。

尾張の長屋、夕餉の煙

「父ちゃん、お帰り!」

次男の**すすむ**は、路地の角から泥だらけの地下足袋が見えるなり、声を上げた。

父、**源造げんぞうは尾張建設の土木作業員だ。筋骨逞しいその体は、連日の過酷な労働で常に湿布と汗の匂いが染み付いている。背後には、同じく現場で働く長男の鉄男てつお**が、無口に土嚢袋を担いで続いていた。

「おぅ、進。腹は減ってないか」

源造はぶっきらぼうに笑い、進の頭を大きな手で撫でた。

家に入れば、長女のハナが、乏しい食材をやりくりして作った大根の煮物と、麦の混ざった飯を並べて待っていた。

「今日はね、お隣さんから鰯を二匹分けてもらったの。みんなで分けましょう」

四人は、傾きかけた木造長屋のちゃぶ台を囲む。

電球は薄暗く、時折チカチカと瞬く。それはこの地域の電力が、すべて丘の上の「織田重工」の工場へ優先的に回されている証拠だった。

「なあ父ちゃん、織田重工の工場に、また新しい機械が入ったんだって?」

進が目を輝かせて聞く。

源造は飯を口に運びながら、少しだけ表情を曇らせた。

「ああ。あれは『動力甲冑パワード・スーツ』の新型だ。軍が直々に発注したらしい。……だがな、進。あんな鉄の塊がいくら増えても、俺たちの給金が増えるわけじゃねぇ。世の中は不公平にできてるんだ」

鉄男が箸を止め、低い声で言った。

「尾張建設の社長も、織田重工に頭が上がらない。この間の現場代も、あっちの都合で半分に削られたって話だ」

貧しい。けれど、この家には確かな温もりがあった。

明日もまた、泥にまみれて働く。それが当たり前の幸せだと、進は信じていた。

密談:影の軍務

同じ頃、名古屋城の遺構を望む軍司令部の一室。

重厚なカーテンが閉め切られた部屋で、一人の男が書類を机に叩きつけた。

陸軍省軍需局の幹部、荒木中将である。

「……間違いないのだな?」

影の中から、黒い軍服を着た将校が頷く。

「はっ。旧幕府時代から隠匿され、終戦の混乱に乗じて軍が接収したはずの『黄金』……。その総量、およそ三千貫。現在、秘密裏に熱田の地下倉庫へ移送する準備が進められています」

三千貫の金塊。

今の日本を、いや、織田重工をも丸ごと買い取れるほどの莫大な富だ。

「現在の政府は腰抜けだ。このままでは賠償金として連合国に差し出されるか、腐った政治家の懐に消える。……ならば、我が『真の日本再生』のために使うべきではないか?」

荒木は不敵に笑った。

しかし、軍が公式に動けば即座に憲兵隊や連合国軍(GHQに相当する監視組織)に露見する。この略奪を完遂するには、軍ではない「民間の腕」と「隠れ蓑」が必要だった。

「織田重工の……織田信長おだ のぶなが社長を呼べ。あの男は今、喉から手が出るほど金が欲しいはずだ」

織田重工の窮地

丘の上にそびえ立つ織田重工の社長室。

そこには、三段に重ねられた督促状を前に、葉巻を燻らす一人の男がいた。

織田信長。

若くして織田重工を継いだ彼は、革新的な技術投入で会社を急成長させたが、その強引な手法と過剰な設備投資が祟り、現在、倒産の危機に瀕していた。

「……ふん、銀行の連中め。手のひらを返しおって」

信長は窓の外を見下ろす。眼下には、彼が作った「鉄の町」が広がっている。

新型動力甲冑の開発は最終段階だ。これさえ完成し、軍への納品が始まれば一発逆転できる。だが、そのプロトタイプを動かすための「燃料」と「素材」を買う資金が、今日明日にも底をつく。

そこへ、秘書が声をかけた。

「社長、軍の荒木中将がお見えです。極秘の案件がある、と」

信長は不敵な笑みを浮かべ、葉巻を灰皿に押し付けた。

「……死神か、それとも仏か。通せ」

運命の取引

部屋に入ってきた荒木は、前置きもなしに一枚の地図を広げた。

そこには、尾張建設が管理する廃坑道と、軍の秘密倉庫を結ぶルートが記されていた。

「織田社長。貴殿の会社を救い、かつ日本を再び列強の頂点へと押し上げる……そんな話に興味はないか?」

荒木が語ったのは、金塊輸送計画の「強奪」だった。

軍の輸送部隊を、織田重工が開発中の動力甲冑で襲撃する。犯行は反政府組織の仕業に見せかける。金塊は織田重工の地下金庫に隠し、洗浄した後に開発資金と軍の極秘資金に充てる。

「……なるほど。私に泥棒をしろと言うわけか」

信長は目を細めた。

「だが、動力甲冑を動かすには熟練の操縦士がいる。我が社のテストパイロットでは、軍の正規兵を相手にするには心許ない」

荒木は冷たく笑った。

「現場の人間を使えばいい。尾張建設には、死ぬ物狂いで働く『使い捨て』の駒がいくらでもいるだろう? 失敗すれば、彼らにすべての罪を着せて消せばいいだけのことだ」

信長はしばし沈黙した。

窓の下、遠くの方で、土木作業員たちが蟻のように働いているのが見える。

その中には、泥にまみれて笑う源造や鉄男、そして進の姿もあったかもしれない。

「……面白い」

信長は立ち上がった。

「その金、私が預かろう。この尾張の地で、天下を統一するために」

忍び寄る影

その夜。

進は、父と兄がひそひそと話しているのを耳にした。

「……鉄男、明後日の夜だ。社長から直々に指名があった。特別な荷運びだそうだ。これが上手くいけば、お前を学校に行かせてやれる。進にも、新しい教科書を買ってやれるんだ」

父、源造の声は期待に震えていた。

だが、その声の裏にある「何か」を、進は子供ながらに感じ取っていた。

窓の外では、織田重工の巨大な煙突から、真っ黒な煙が夜空を汚していた。

平和だった家族の日常が、黄金という名の濁流に飲み込まれようとしていることに、まだ誰も気づいていなかった。

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