第9章~空飛ぶ螺旋迷宮図書館(K9ι13ゾーン領域)~
その図書館は、世界中の空のどこかをいつも飛んでいた。とはいえ、通常の人の視力では見えなかったので、実際には何億万冊もの蔵書を持つその図書館の姿を目にしたことのある者は誰もいなかったことだろう。
空飛ぶ図書館には、いつでも1~数十名、または数百名、あるいは数千名かそれ以上もの司書たちがいた。全員、プログラムされたNPCにも等しい存在なため、同じ顔や髪型をしており、まったく同一のタータンチェックの制服を着て作業している。彼ら……いや、彼女たちに特に性別といったものはなかったが、中性的でありつつ、どちらかといえば女性的な顔立ちをしているため、おそらくは<彼女>と呼んだほうが良かったに違いない。
空飛ぶ螺旋迷宮図書館では、この広大なVR世界――エルガンティア世界――を管理・統制している。創世神話によれば、超空神エリアーデが宇宙を創造し、当初この世界には完全な善と美しか存在しなかったという。だが、完全な善であるエルサディアが完全な美であるエリシュナとひとつになると、無数の輝く星々が次々と生まれ、超空神エリアーデはそれを「よし」と見られた。すると、宇宙の彼方(あるいは超次元とも呼ばれる別次元)へと姿を消し、エルサディアとエリシュナもまた、完全な合一状態のまま、その後永遠の時空の環へと姿を変えた。その永遠の環の本質とは、光であると同時に闇であり、表であると同時に裏であり、中心であると同時に外縁の一切でもある……といったものであるらしい。
実はエルガンティア世界において大切なのは、一般的に創造神とされるエリアーデでもなければ、完善神エルサディアや完全美神エリシュナでもなく、このふたりの間から生まれた最初の星の神であるエアとエウとエオであるという。この三神の働きかけによってさらにこの宇宙には新しい物質が誕生し、そしてとうとう惑星エルガンティアにはひとつの生命が誕生し、それはさらに進化・発展すると(それは長い時間をかけた超進化と呼ばれるものだった)、<意識あるヒト>にまで成長していった。エアとエウとエオはそれぞれ、物事の『はじまり(誕生と再生)』と『維持(保存)』、そして『終わり(死)』を司っていたが、この三神は不思議とニンゲンたちにも、あるいは他のどの種族にも信仰の対象とされることがない。彼らはエアとエウとエオが物質の存在の根幹をなす秩序を司っていることは認めたが、自分たちの運命を司るのは別の神々であると考え、こうして運命神エスタロスや偶然神エシトミア、混沌神エディオットなどが生まれた。エアとエウとエオは彼らという生命が誕生するまで長く見守ってきたにも関わらず、ニンゲンやこの惑星エルガンティアに誕生した他の多様な生命の種が、自分たちをそのことで褒め称えたり栄光を帰すことがなくとも特段気にしなかったという。むしろ、ニンゲンや他の多種多様な生命体が、自分たちにとって必要な神々を次から次へと誕生させ、無限に名をつけるのを見て――そのことを非常に貴重で興味深いことと考えたらしい。
こうして、エアとエウとエオは、ニンゲンや他の種族たちが誕生させた神々を祝福し、その名と祀られた神殿とに力を与えた。自分たちが誕生させた惑星エルガンティアに生きる者たちには、そのような心の拠り所とできる存在、肉体や精神が危機に見舞われた際に縋ることの出来る存在が必要だと認めていたからである。また、その名については色々あるとはいえ、ニンゲンにせよ他の種族にせよ、死後に天国やあの世と呼ばれるような世界が必要であることがわかると、そのような世界をも創造した。また、その逆の地獄というものも造らざるを得なかったと言える。彼らはそのすべてというわけではなかったが、生きている間に罪を犯し、悪を行なった者は死後に苦しむべきだという考えに取り憑かれていたそのせいである……。
「この創世神話っぽいやつ、なんか微妙じゃない?」
司書Aがその日もまた、プログラムを1から順にチェックしながら、隣で同じようにしている司書Bにそう聞いた。ふたりとも、双子のようにそっくりな顔をしており、お互い、数億万冊以上もある本を一冊、また一冊と手に取っては、自身の持つ端末と繋ぎ、プログラムにバグなどがなく、正常に機能しているかどうかを素早くチェックしていく。
「べつに、プレイヤーは誰もそう問題にはしてないんじゃない?『ま、そんなもんかな~』くらいに思ったり、あんたみたいに『なんかビミョ~』と思った場合でも、大切なのはゲームの中身だもん。創世神話なんて設定のただの外郭なんだし、その世界の中でどの程度リアルさを面白く追求できるか……そっちのが重要だってことなんじゃない?」
「ま、そりゃそーなんだけどさ……」
その後はふたりとも、ただ黙々と仕事を続けた。図書館内では各本棚ごと、大体同じようにプログラムのチェックをしている司書たちが視界に入るだけでも何十人となくいる。皮肉なことだったかもしれないが、彼女たち司書にとっても『この世界の成り立ち』などといったことはさして関わりのないことだった。何故なら、司書アルファも司書イータもシータもベータもゼータもイプシロンも……その全員が同じプログラムを組み込まれた巨大AIのほんの一部にしか過ぎなかったのだから。つまり、ある日突然プログラムを書き換えられ、彼女たちの数人が消され、新しい者が入れ替えられても――誰もそのことで『いつかわたしもそんなふうに存在を消されるのだろうか』などと恐怖するどころか不安を覚えることさえなかったからである。
ところで、この空飛ぶ螺旋迷宮図書館には、この図書館自体と司書プログラムを守るためのガーディアンがふたり――あるいはふたつ――存在する。それがボンズとゴンズであり、そのような自分たちを守る守護神がいると司書たちもよく知っていた。ボンズとゴンズは双子神であるとされていたが、ボンズは黒い肌をしたアラビアンナイト風の魔人であり、ゴンズは青い肌をした中国の故事にでも出て来そうな雰囲気の魔人であった。彼らふたりはこの図書館と通じるあらゆる出入口を守っており、彼らの働きの邪魔をする者は腰に下げたヒョウタンに吸い込まれてしまうという。どこかで聞いたような話だが、このVR世界全体がそもそも、AIに古今東西のあらゆる神話やファンタジー小説などを読み込ませ、その後AI自身にそれらの組み合わせの中から独創性のある物語を造るようにさせたのだから――「あれ?その話、どっかで聞いたような?」といった類似性が見いだされるのは、ある意味仕方のないことなのだろう。
なんにせよ、ボンズ・ポリゴアヌスとゴンズ・ポリゴディヌスがその名を呼び、返事をした者はひょうたんに吸い込まれ、一時的にこの世界から姿を消し、再び誰かに呼ばれるその時までは――VRゲーム『エルガンティア物語』の中に再びアバターをまとった存在として現れることは出来ないようになっているようである。
>>続く。




