第8章~竜たちの見る夢(J8θ12ゾーン領域)~
<竜渓谷>(ドラゴン・ヴァリー)では、この世界最古の人種である、竜人種がドラゴンと共存して生きているという。もっとも、竜人たちに出会ったとしても、多くの人々が彼らを自分たちとさして変わらぬ人間として認めたことだろう。もっとも、ドラゴニュート一族には彼らに固有の掟があり、彼らは時に<世界の崖て>とさえ呼ばれることのある峡谷から人間の住む場所まで来ることは滅多にないゆえに――その違いについて詳細に知ることは、今後ともニンゲンにはありえぬことだと考えられていた。
とはいえ、いることにはいるわけである。レベルを上げ、ドラゴン及び竜人族と接触を持ち、竜を召喚獣として飼育できないかと考えるプレイヤーというのは……また、仮にドラゴン・ヴァリーまでやって来なかったとしても、世界に点在するいくつかのイベントで竜と遭遇することはあるし、その際に契約を結び、仲間とすることは可能なようである。だが、竜人族のようには人間は決してドラゴンと魂をひとつとすることは出来ないと言われている。また、そのような秘密について知っている者というのも――人間界では絶えて久しいと言われて随分長い時が流れてもいるようであった。
ドラゴニュートのアリュウラは、自分に与えられた竜の卵の孵化に務め、成功するとエルガドと名づけた竜の飼育に熱中した。ところが、そのことに嫉妬した仲間のルドラが、あろうことか竜のもっとも嫌う行為である不浄の血――ゴブリンやトロールなど、竜から見て下等なモンスターの血や腐肉などを浴びせること――を鱗にこすりつけたため、興奮したエルガドはルドラの従兄弟のキンダリーに大怪我をさせてしまった。キンダリーの所属する竜氏族はアリュウラの所属する竜氏族よりも位が高かったため、アリュウラは掟に従い、エルガドを殺さねばならなくなった。すなわち、噴煙上げる活火山であるユーグラド山まで小竜であるエルガドを連れてゆき、飛行能力を奪ってのち、燃えるマグマの中へ突き落とすのである。
アリュウラは一度は泣きながらそのことを承知したのであるが、何分ユーグラド山までは遠い……途中、エルガドを逃がすことも出来るだろうと算段し、見張りの大きな成竜を駆る長老一族のひとり、ザンヴァルドをうまく欺ければ――と、そう考えていた。ザンヴァルドはルドラの兄で、一番下の妹ルドラを可愛がってはいたが、私情を挟むことなく今回の任務をただ淡々とこなそうとするだろうことは、アリュウラにはよくわかっていた。彼は筋骨逞しい竜戦士のひとりで、長老の信任も厚く、規律に反することのない真面目で無口なタイプの人間だった。
「おまえのようなガキに手をだす趣味はない。だから、そう用心せず、火の近くへきて休め」
竜戦士となるための試練は過酷なものだという。まだドラゴンに選ばれるかどうかもわからぬ小さな頃から格闘技の鍛錬をはじめ、もしドラゴンに選ばれなかった際には、それならばそれで部族を守る戦士となることが出来る。もっともザンヴァルドがルビーレッドのドラゴン、マドゥライのことを孵化させたのは、すでに四歳の頃だったと聞いてはいるのだが。
この時、ザンヴァルドはさっさと焚火に適した木を集めると、火打石によって火を点け、簡単な竈を作りそこに鍋をかけていた。そもそも彼はすでに結婚しているのだし、その真面目な性格から見ても――仮にふたりきりでも、自分のことなど相手にすることはないとアリュウラのほうでもよくわかっている。
「……美味しい。あなたって、ほんとになんでも出来るんだね」
持ってきたムギやヒエやアワなどを乾燥肉によって味付けしたスープをずずっと飲み、アリュウラは笑った。彼であれば、この旅が終わったあとも、ルドラから色々詮索されたとて、大したことは何も話さないだろうと信頼できる。
「いや、なんでもは無理だろう。ルドラもそうだが、おまえくらいの年ごろの娘というのは何を考えているやらわからない。それに、そもそも俺は女というやつが苦手だからな。だから、なんでもはしてやれない」
「そういう意味じゃないよ。あの意地悪なルドラの兄貴にしとくのがもったいないくらい、ザンヴァルド、あなたはいい人だよねっていうような意味」
「そうか」
ザンヴァルドは首を傾げて頷き、その後はパンを焼いた上に溶けたチーズを塗ったものを「食え」と言って渡してくれた。とても美味しい。
竜はザンヴァルドのマドゥライにしても、アリュウラのエルガドにしても、鎖で繫ぐでもなく、そこら中を自由に歩き回っている。仮に飛んでどこかへ行ってしまったとしても――<竜笛>(ドラゴン・フルート)で呼び戻せば、遠くからでも必ず戻ってくるのだ。
「おまえ、本当にエルガドとはまだ魂が通じていないのか?」
焚火を間に挟んで横になると、アリュウラが目を閉じて数分もしないうちに、ザンヴァルドがそう聞いた。そこで彼女は一度閉ざした左右違う色の瞳をもう一度開ける。オッドアイはドラゴニュートにとってさして珍しい特徴ではない。ちなみに、アリュウラの目は左がトパーズ色、右がエメラルドだった。
「それ、父さんや長老たちにも聞かれたけど、どういう意味なの?」
「つまり、そういうことだよな」と、ザンヴァルドは深い溜息を着いている。「魂が通じているのなら、そう聞かれただけでどういう意味なのかがわかる……ところでおまえ、初潮のほうはすでに来ているのか?」
「……へ、変態っ!!」アリュウラは長い時間竜の背に乗っていたことで疲れ、この時うとうとしかけていたが、ザンヴァルドの今の一言で鳥肌が立ち、ガバリと身を起こしていた。「あなたにはルドラがいるでしょ!?妹のルドラにもし同じこと聞いたら、あの気の強いあなたの妹がどれだか怒り狂うか想像できないわけ?」
「落ち着けよ。ルドラと同い年ってことは、今十六だろ?竜の卵を孵化させて、子竜の頃から育てたってことは……女の場合はな、大体初潮を迎えた前後で竜と魂を通いあわせることが多いという話なんだ。おまえも知ってのとおり、ルドラは小さな頃から竜への執着が凄かった。まあ、一族の人間であれば誰しもそうだという話ではあるが、なかなかもらい受けた卵が孵らなかったりして、結局それで今の年にまでなってしまえば――この先ありえぬことではないが、竜から選ばれる可能性は低い人生を送ることになる。それを、竜一族の中でも位のあまり高くない氏族のおまえが、数少ない竜に選ばれた存在としてある……プライドの高いルドラが許せなかった気持ちも俺にはわからんではない。だが、せっかくここまで立派に育てた竜だ。これで今からでもおまえがエルガドと魂を通じあわせることが出来れば……」
「し、初潮のほうは、ついこの間来たばっかりなのっ!!こんな恥かしいこと、もう二度と女のわたしの口から言わせないでっ」
焚火の照り返しのせいではなく真っ赤になると、アリュウラはザンヴァルドに背を向け、ふて寝する振りをした。ルドラの兄というのがなんだが、ザンヴァルドは男として格好いい。結婚していて美人の飼育士の奥方がいるとわかっていても、自分より九つも年上だとわかっていても――なんとなく意識してしまうほど。しかも、そんな異性相手に何ゆえ初潮の話などせねばならぬのか。
「悪いが、これは大切なことなんだ。長老たちだって、是か非でもエルガドを殺したいというわけではない。むしろ、その命を救いたいと思えばこそ、俺をお目付け役として選んだんだぞ?初潮が来たのがついこの間って、それはいつ頃のことだ?俺だって子竜殺しなんかに本来であれば一切手など貸したくはない……また、竜は賢い生き物だ。くだらぬ人間どもや、我々ドラゴニュートが持つ知性など問題にならぬほど遥かにな。だからアリュウラ、おまえと番いの関係にならなければ死ぬ運命にあるとわかれば――時期として早かったにせよ、夢の中でおまえと接触し、それから……」
「ついこの間はついこの間よっ!!」と、アリュウラはもう一度ガバリと跳ね起き、叫ぶように言った。「トルーガの月の中頃のことよ。せっかく一年に一度の竜の火祭りの季節だったのに、風邪ひいちゃって寝込んでたの。ふらふらになりながら厠へいって、用を足そうと思ったら下着が血で汚れてて……お母さんに言ったら、姉のユリシアと一緒になって『おめでとう。これであなたも一人前の竜氏族の女ね』って。こっちは風邪で熱がでてふらふらになってるから、母さんも姉さんも何言ってるのって感じだったの。その後一週間、高熱に浮かされて起きられなかったんだけど、その頃ちょうど血が止まって、それと同時に熱も引いて風邪のほうもすっかり良くなったのよ。だけど、そんなこととわたしがエルガドと魂を通わせることとなんの関係があるっていうの!?心なら今だって十分通いあってると思うし……」
「そうか。トルーガの月ということは、ついほんの二か月前のことだな。どうやらエルガドは獰猛な竜としては相当奥手なのか、それともよほどおまえのことを大切に思っているのか……」
ザンヴァルドはこの時、何故か優しく微笑んでいた。それから、胸元からドラゴン・フルートを取りだすと、この上もなく美しい音色を奏でてみせた。途端、近くにいた牝の赤竜が大きな首をもたげたかと思うと、金色の瞳でこちらを振り返る。だが、自分には関係ないと賢い彼女は理解したのだろう。もう一度首を同じ位置へ戻すと眠りについていた。
「そうだ。俺が用のあるのはおまえだ、エルガド。もう明日には活火山の火竜湖の縁へ辿り着く……今のおまえではマドゥライと戦っても到底勝てないことはわかっていよう?それに、この俺にもそんな気の進まぬことをさせるな。おまえが死なぬためには何より、今晩にでも主人であるアリュウラと魂を通いあわせることが一番なんだ。わかったら……いいな?俺は俺で、マドゥライとともに永遠の夢の中にいる。おまえはおまえで女主人とうまく結ばれるといい」
エルガドは水竜であり、火属性の赤竜であるマドゥライとはそもそも相性が悪い。そのせいかどうか、美しい水晶のような鱗を持つ彼は、マドゥライとは距離を置いて体を丸めていた。マドゥライは成竜であり、体長のほうは二十メートル以上にもなる。だが、まだ子竜のエルガドはその半分の十メートルもなく、まだ七メートルほどだった。
アリュウラは恥かしさのあまり、掛け布を頭の上まで引き上げていたが、心の琴線を切なくかき乱すようなザンヴァルドの竜笛の歌を聴きながら……やがて静かに眠りに落ちていった。アリュウラにはザンヴァルドの言っていた言葉の意味が本当にはわからなかった。たとえば、ザンヴァルドの妻ミューラは、代々竜使いの家系だが、竜の飼育について詳しく、竜のほうでも懐いているとはいえ――彼女自身は竜に選ばれたわけではない。ふたりの間にまだ子はないが、それでも竜の飼育という共通の仕事があるためだろうか。ふたりは仲睦まじい美男美女夫婦として、ドラゴニュート一族の間で知られている。
『ルドラっ!やめてったら……あんたが竜に選ばれてないのがあんたのせいじゃないみたいに、エルガドがわたしの竜なのもわたしのせいじゃないわっ。わかったら、こんな嫌がらせ、もう二度とやめてっ!!』
ルドラは燃えるような赤い髪に氷のように青い瞳の、見るからに気の強そうな顔つきの少女だった。その日、村の学校では竜と触れあう授業があり、アリュウラはコヴェント先生に頼まれ、エルガドのことを連れていくことにしたのだ。エルガドは大人しい竜であり、他に村にいる子竜のように悪戯好きでもなければ、じゃれついてうっかり怪我をさせてしまうようなこともなかったため――コヴェント先生もおそらく安心していたのだろう。
ところが、窓の外で静かに寝そべるエルガドに対し、ルドラはまず最初に生卵を投げつけはじめた。それは古代語の授業中のことで、エルガドのほうでも体に張りついた卵を殻ごとぺろりとなめていたものである。けれど、休み時間になると今度は外へ出て石つぶてを水色の竜に向かって投げだしたため、アリュウラは我慢できなくなり、自分の竜とルドラの間に割って入ったわけだった。
『はん!あんたの腰抜けドラゴンは大人しすぎて、将来は大して一族の役にも立たないんじゃないかって父さんがそう言ってたわ。もうちょっと火を吐くかなんかして竜らしいところを見せてくれたら、あたしもこんなふうにちょっかい出したりしないんだけどね』
この時は鐘が鳴り、それ以上どうということはなかった。けれど、その後昼休みとなり、学校の年長の子から一番小さい子までが、エルガドを囲って撫でたり、鱗を間近でまじまじと観察したり、少し泥のついているところを棒でかき出してあげたりしていると――ルドラは突然、バケツに入った何かの汚物をエルガドの顔に向かってぶちまけたのだ。
『うわっ!きったねえ。ルドラ、一体なんだよ、それ』
そう言ったのはルドラの従兄弟のキンダリーだった。ルドラ同様ドラゴン・クランの中でも長老の家系に属するため、普段から威張ったところのある少年で、悪ガキたちのリーダーでもあった。
『ゴブリンとトロールの肉と血を混ぜたものよ。これでこの役立たずの腰抜け竜も、少しは竜らしくなるんじゃない!?』
キャハハッ!!と、子供とも思えぬ気狂いじみた声でルドラは笑った。アリュウラはあまりのことに怒るより先に呆然としてしまった。それから、瞳の端に涙が滲んだ。自分にもしそんな汚らわしいものをぶちまけられても、アリュウラは我慢できただろう。けれど、あんなにも神聖で美しい生き物にしていい行為ではなかった。いや、竜族の掟にこの憎たらしい娘はたった今違反したのだ。
(こんな意地悪などうしようもない子、死んじゃえばいいんだわっ!!)
アリュウラが心からの憎悪をこめてそう願った瞬間のことだった。エルガドの深いサファイアの瞳が光を放ち、ルドラではなく彼女より手前側にいたキンダリーの肩にガブリと噛みつくと、樹木の密生する森へ向かい、その体を宙高く十メートル以上も放り投げたのだ。
学校へ通ってきているのは、上は十八歳から下は六歳まで、五十数名ほどである。珍しい水竜のそばにいたわけではなく、ボール遊びや縄遊びなどに興じている子もいたが、それ以外の四十名くらいの子供がエルガドの回りに集まっていた。けれど、大人しい子竜が怒り狂うようなことをルドラがしたのだとわかるなり、彼らは全員パニック状態となり、叫びながらあちらこちらへ逃げていった。
ルドラはキンダリーが死んだと思ったのだろう、『人殺しっ!この竜、人を殺したわよっ!!』と、自分がそう仕向けたにも関わらず、エルガドに向かい何故か勝ち誇って指を差していた。この時にはもうアリュウラも正気へ戻り、ルドラが死ねばいいとまでは思っていなかった。
『バカっ!!次はあんたの番かもしれないわよ。速く逃げなさいっ』
アリュウラはルドラが本当は震えているとわかり、彼女のことを突き飛ばすと、赤い髪の少女と自分の水竜の間に挟まるような姿勢を取った。アリュウラの体にはエルガドの世話をしていて出来た傷がすでにいくつもあったが――それもまた、ほんの戯れにすぎないものだった。少なくとも竜の側にしてみれば、という話だ。けれど、今正気を失い、狂暴化しているエルガドが相手では……自分もキンダリーの二の舞になるかもわからない。
(そ、そうだわ。竜笛……)
アリュウラは胸元のポケットからドラゴン・フルートを取りだすと、美しい音色を奏でるその楽器を吹いた。けれど、エルガドの興奮は鎮まらず、むしろさらに混乱したように、あちらの大地を踏みしめ、森がはじまるあたりまで突進してゆくと、そこの太い幹からなる丈高い樹木を尻尾を振り回してなぎ倒しはじめた。
「そうよ。こっちよ、エルガド……森の中にいつも行く湖があるでしょ?そこで一緒に体を洗いましょう。そしたら、その汚物だってすっかり綺麗になるわ。ね、こっちへ一緒にいらっしゃい……」
この時、アリュウラは気絶して倒れているキンダリーのそばを通ったが、この同級生に構っているような余裕はなかった。そこで、彼のことはコヴェント先生にでも任せようと考え――そのまま竜笛を吹きつつ、湖のあるほうまでエルガドのことを導いていった。
大怪我を負ったにせよ、キンダリーが生きていたこと、この事件に関してはアリュウラにはそれが一番の吉報だった。また、ルドラに対して(死ねばいいんだっ!!)と本気で願ったこともその後深く反省していた。いや、もしあの時エルガドがキンダリーではなくルドラを同じ目に遭わせるか、さらに死へ至らしめていたとすれば……自分は今ごろすっかり打ちのめされていたことだろう。
ゆえに、父や母の説教が長く不当なものであっても、口答えも弁解もせず、ただじっと黙って聞くことが出来た。唯一、いつものように姉のユリシアだけがアリュウラの全面的な味方だった。彼女は事件が起きた時、学校の玄関先で仲のいい友達と縄跳び遊びをしているところだったが、ルドラが絡みはじめると『またはじまった』と思い、用心して妹のほうをじっと見ていたのだった。
『アリュウラ、あんたは何も悪くないよ。父さんも母さんもほんとはわかってるけど、ルドラやキンダリーの氏族は最上位の長老一族だからね……仕方ないんだと思う。前にも言ったかもしれないけど、むしろルドラって可哀想な子なんじゃない?ようするにアリュウラ、あんたに嫉妬してんのよ。竜の卵をもらってももらっても、どれひとつとして孵化しなかったってことは、ルドラがそういう運命にないってことじゃない。それなのに、あんたが偶然運良く湖で泳いでいた時に、エルガドの卵を見つけたもんだから……』
『わたしだって、まさか湖深くに沈んでいた大きな卵みたいのが、その後数日して孵るとは思ってなかったもの』
――果たしてあれは本当に運命だったのだろうか。わからない、とアリュウラは思う。なんにせよ、キンダリーが生死の境を彷徨い、その後再び意識を取り戻すまでは……アリュウラたちにとっては暗い試練のひと時が続いた。もっとも、キンダリーは一度元気になると、悪ガキの友人たちが『不死身の男だな!』とか、『竜の一撃を喰らって生きてるなんざ、将来間違いなく最強の戦士になるな』などと褒めそやしたせいだろう。すっかり気分が良くなったらしく、アリュウラが両親に伴われて謝罪しにいくと、腕に力こぶを作って大笑いしていたものだった。『いやあ、気にすんなよ。むしろ、すっかり男を上げたみたいになっちまってるから、変な罪悪感なんか感じるこたあねえ。元はといえばルドラが悪いんだし、今回のことは俺もおまえも悪くねえとして、すべて水に流そうぜ』などと、頭を打ったかのようにキンダリーは突然いい人間へ生まれ変わったようだった。
以前はルドラとキンダリーが顔を揃えていると、(どうせまたふたりで悪だくみでもしてるんだろう)と、クラスの誰もが用心し、あまり近寄りたくなかったものだ。ところがこの事件ののち、キンダリーはルドラとはあまりつるまないようになり、むしろいじめられている子を守ってやったりと、いい方向へ変わってしまったようなのだ。とはいえ、アリュウラとしては時折何か彼が誤解しているように感じないでもない。あくまでも自分が所有している竜が怪我をさせてしまった罪悪感から、『大丈夫?』とか『ごめんなさい』と話すためにキンダリーに嫌々ながらも話しかけてきたのであって……アリュウラとしてはそれを恋か何かだとキンダリーが誤解しているらしき節があることに対し、時折背筋がゾッとするものを感じるのだった。
そしてこの時、アリュウラはそうした自分の過去を夢のように見ていた。結局ルドラは自分にあやまらなかったし、そう強制することも誰にも出来ないことだったろう。もちろん、アリュウラにしてもそれが真実本心から出たものでなかったのであれば、ルドラにあやまって欲しくもなかったのだから、べつにそれはそれで良かった。けれどあの事件以来、キンダリーが変わったように彼女も変わった。もうアリュウラに嫉妬から意地悪してくることもなく、同じクラスで授業を受けている時でも部族同士の集まりでもなんでも――ルドラはその場にアリュウラがまったく存在しないかのように振るまうようになったのだ。
(これで良かったのよ、これで……)
絡まれなくなってほっとしたのは本当だった。けれど、アリュウラはやっぱりルドラが苦手だったし、彼女に意地悪されなくなってからも、ルドラが『そこにいる』というだけで、ピリッと緊張することに変わりはなかった。そして、そういう自分に嫌悪と落ち込みがセットになった感情を味わうというループが完成していることに、アリュウラはがっかりするばかりなのだった。
「ルドラのことが、今もまだそんなに気になる?……もしそうならあの時、あの子のことは殺してしまったほうが良かったんだろうね」
(……え?)
アリュウラは学校の教室で、窓から遠くルドラが自分の取り巻きと一緒に笑っている姿を見ているところだった。それなのに、突然背後に誰かの気配を感じて驚いた。と、同時にそこは学校の丸太小屋校舎ではなく、どこともわからぬ不思議な空間に切り換わっていた。しかも、振り返ってみるとそこには自分と同じくらいの年ごろの美しい少年が佇んでいたのだった。
水色の髪に、深いサファイアの瞳をした少年は、ドラゴニュート一族の間ではあまり見慣れない、浅葱色のチュニックに、同系色のズボンを身に纏っていた。胸元に瞳の色と揃いのようなサファイア色の刺繍が施されている……アリュウラは一瞬、ここがどこともわからず、すっかり混乱してしまった。
「僕だよ、アリュウラ。君のことをこの世界で誰よりも一番愛している者、水竜のエルガドだよ。僕たち竜は、自分に名を与えた者に従い、生涯に渡ってその契約を守る……いついかなる時であれね」
「エルガドって……あの子は、竜だわ。それも、まだ生まれてから十年にもならない子竜よ」
「竜には幼年期なんてものはないんだよ、アリュウラ」エルガドは優しく微笑み、アリュウラの両手を取って言った。途端、淡い光しか存在しなかった世界が、湖のほとりの森の景色へと変わる。だがここはアリュウラがエルガドの卵を見つけた村の湖ではない。もっと神々しいばかりの美に満ちた世界だった。「ルドラがもし、あんな汚らわしいものを僕にぶつけてこなければ……僕は本当はもう少し待つつもりだった。それも、出来ることなら時間が許す限り長くね。けれどザンヴァルドが言っていたとおり、これがタイムリミットなようだ」
「エルガド……あなた、人間の言葉がわかるの!?」
以前から薄々そうと感じていたことが、これではっきりしたかもしれない。今のエルガドこそが竜の中にいる……彼の本当の人格、意識といったものであるとするならば。
「わかる、というのは正解ではないだろうね。竜は夢みる種族だから、その間、物質界にいる獣としての本性も合わせ持つ外の竜がどう振るまうかまでは――夢見ている間は完全には責任を持つことが出来ない」
「それは、どういう意味なの?」
「いずれわかるよ、アリュウラ。君にもね……」
――湖のほとりの森の奥には石造りの城館があり、エルガドはそちらへ彼女のことを導いた。まるで夢の中でのように、遠くに見えていた城は突然目の前に迫り、次の瞬間にはその二階にある寝室の、豪華な天蓋付きベッドの上にアリュウラは座っていた。しかも、何故かお姫さまが着るようなドレスまで身に纏っている。
(これは夢の中であると同時に、決して夢なんかじゃないんだわ。奇妙に現実感があって……ううん。わたしにはこれが現実としか思えないんだけれど、それはわたしがより大きな存在に意識を食べられて……違うわ。取り込まれてるって言ったほうが正しいのかしら。精神だけ、自分よりもより大きな精神体に取り込まれてるっていう感覚というか……)
エルガドは次に姿を現した時、先ほど着ていた衣装の上に濃紺のローブを身に纏っていた。そしてそれを脱ぎ捨てると、アリュウラの隣に腰かけ、おもむろにキスをした。あとのことはもう――アリュウラは彼の言うなりだった。まるで魅惑の魔法にかけられたように逆らえなかったし、うまく体も動かせなかった。最初に蜜のように甘いキスされた時に、頭の奥が痺れたようになり、それでいて妙に体の感覚だけが鋭敏になった。その後はエルガドが指でどこかへ触れるたび、キスをするたびに、襲いくる激しい官能の波に身を任せることだけしか出来ないようになる。
「初めてでも、痛くなかっただろう?」
「え、ええ……」
(これが夢のはずはない)という思いと、(もしこれが夢なら決して覚めないで!)との矛盾する思いを抱えつつ、アリュウラはエルガドの激しく動悸している胸に、自分の頬を寄せていた。それと同時に(幸せすぎて、頭がおかしくなりそう……)とも感じる。そして(こんな幸せなことは決して長続きしないだろう)といったようにも直感的に感じるのだった。
「これが、竜との契り、契約と呼ばれるものなんだ。これでアリュウラと僕は番いとなり、ザンヴァルドの言っていた魂の通いあう関係となった。火竜のマドゥライとザンヴァルドとの間には、彼らには彼らの夢の世界がある……これはね、竜と契約を交わした人間にしかわからぬことだ。明日、目が覚めたら、僕は元のとおり水竜にしか見えず、物質界にいる間は人間の言葉をしゃべることも出来ない。ただ、心の中では会話を交わすことが出来る。でも、それは周囲の他の人にはわからないことだから、時々君はそのことをもどかしいと感じるかもしれない。でも、そういうものなんだと思って慣れてくれ」
「でもわたし……これから一体どうしたらいいの!?ここでどんな素晴らしい経験をしても、お母さんにも姉のユリシアに話したって本当の意味ではわかってもらえっこないわ。それに、もし縁談のようなものがあって、それが断り切れないようなものだったとしたら……」
「そうだね」エルガドはアリュウラの手を握りしめると、その手の甲にキスをする。「まあ、心配はいらないよ。僕たちの間には時間なら永遠にも等しいくらいたっぷりとある……正直、僕は物質界において――いや、アリュウラにとっては肉体的世界において、といったほうがよりしっくりくるのかな?とにかくそちらにおいて、君には出来れば誰とも結婚して欲しくはない。とはいえ、僕が物質界における竜としての姿や獣としての本性をどうにも出来ないように、竜人族には竜人族の掟、しきたりというものがあって、避けられない出来事というのは起きてしまうものだ。その場合は仕方ないこととして、面白くはないが諦めるしかない。どちらにせよ、君たちはそう長い時間生きはしないのだし、そんなこともほんの束の間のことだからね……少なくとも、僕たちドラゴンにとっては」
「嫌だわ、そんなの。わたしはそんな――浮気な女じゃないの。向こうでは嫌々ながらでも、結婚して誰かの奥さんというのになって子供を生んで……なんて、絶対いやよ。出来ることならこのままずっと、エルガド、あなたとこの夢のような素晴らしい世界にいたい」
「僕もだ……」
エルガドは心から愛する恋人に、もう一度全身全霊の力を込めて忠誠を誓うかのように彼女の体中にキスをし、激しく愛した。そして彼は最後、疲れて夢の中で眠ってしまったアリュウラの耳許に、こう優しく囁いたのだった。
「物質界のほうで目が覚めた時、君は『あれはただの生々しい夢だったのかもしれない』と思うかもしれない。でも、ただの夢ではなかった証拠をあげよう。目が覚めたら、水晶の竜の鱗に包まれたような水晶の宝石を君は胸に抱いている……そしてそのことに気づいたら、ザンヴァルドにそれを見せるんだ。『これが、わたしとしもべの竜が契りを交わし、魂を通いあわせた証拠です』ってね」
「そんな……まさか、本当に?じゃあ、ザンヴァルドはザンヴァルドで、マドゥライとこれと似たような夢の中にいるっていうの?それに他の、竜と魂を通わせた竜使い(ドラゴン・マスター)のみんなも?」
(ああ、そうだよ……)と、アリュウラが耳許に熱い吐息を感じた瞬間のことだった。彼女はハッと目を覚まし、咄嗟に左右をきょろきょろ見回していた。まだ寝ぼけていたせいか、自分が裸なのではないかと錯覚し、急いで胸元のあたりを隠す仕種をしてしまう。このことでアリュウラにとって唯一救いだったのは、ちょうど夜が明け染めるかという頃合であり、ザンヴァルドがまだ眠っていたことだったろうか。
(まさかザンヴァルドも、夢の中でマドゥライとあんなことを……?)
マドゥライは気性の激しい竜として知られていたが、主人であるザンヴァルドにはよく懐いている。そしてその秘密に当たるものが夢の中にあるだなどということは――確かに、口で説明されただけでは誰も理解など出来なかったことだろう。唯一、同じ経験をしたことのある者だけにしかわからぬ秘密だといっていい。
この時アリュウラは、胸元から地面へ転げ落ちた、美しい水色がかった光沢を放つ水晶の球を拾いあげた。「綺麗……」と思い、両方の手のひらにのせたそれをまじまじと見つめる。けれど、ザンヴァルドが目を覚ましそうな気配を見せたので、アリュウラはそれを咄嗟に隠していた。
「なんだ、おまえ……もう起きてたのか」
「え、ええ……」
すでに燠となっている焚火に木材を足し、アリュウラはこの時、何をどう説明していいかもわからなかった。まだ頭があの夢の余韻に浸っており、現実のほうに戻ってきていない。そしてそれはザンヴァルドのほうでも同じような気配を漂わせているのだった。
それでもザンヴァルドは近くの川まで行って、顔を洗いがてら水を汲んで戻ってくると――アリュウラの様子の変化にはっきり気づいたようだった。そこで、鍋の中のきのうの残りに、持ってきた豆類や道々拾ってきたキノコを混ぜ、そこに塩抜きした肉も放り込み、「どうやら一人前の竜使いの女になったようだな」と、どこか不敵に笑って言った。
「そ、そうなの。エルガドはすべてよくわかってたのよ。きのう、あなたが言った言葉の意味も何もかも……ザンヴァルド、あなたは平気なの?わたし、もしあんなことばかりしてたら――そのうち、夢と現実の違いがわからなくなりそうなくらいだわ。それに、あなたがミューラと結婚してるみたいに、わたしだっていずれ誰かと……だけど、絶対まともな恋愛なんて無理よ。そんな結婚、うまくいくとも思えない。そりゃあ、もしわたしが男なら話は別よ。奥さんのことは奥さんのことで大切にしてって、何かそんな感じかもしれない。ねえ、他のみんなはそこらへん、一体どうやって線引きしてるものなの?」
「そうだな。そのうち他の、おまえと同じ女のドラゴン・マスターにでも相談してみるといいかもな。なんにしても、これでほっとしたよ。あとはただ、自分たちの村までトンボ帰りすればいいだけってことになるものな」
アリュウラはこの時、きのうは決して感じなかったザンヴァルドに対する強い親近感を覚えていた。それは、夢の中でアリュウラはエルガドと言葉を介して話すのだったが、心の根底では実はそんなものは必要なく通じあえているのにも似た感覚だった。
「もしかしてこれが……竜族の血の結束と、長老たちが呼んでいるものなの?」
「そうだ。言葉でだけ『竜族の血の結束』などと聞くと、「へえ。そんなものかな」とか、「まあ、これだけたくさん一族の人間がいたら、そんなふうに掟が必要なのは当然だろう」みたいに、俺は子供の頃からぼんやり感じてきたが――大陸に住むニンゲンどもが<世界の崖て>と呼ぶ辺境地域では、醜い争いが好きなあいつらとは違い、戦争のようなものは一度も起きたことがない。ドラゴニュート一族は広いドラゴン渓谷にいくつもの部族として散らばっているが、互いに優劣を競いあったり、竜の頭数がより多い部族が少ない部族を治めるといったようなことさえ起きたことはないからな。何故か?そんな必要もなければ意味もないと悟っているからさ。竜というのは、そんなくだらぬことのために存在するわけでは決してない」
「…………………」
アリュウラはこの時、小さな頃から教えられてきた語り部たちの話す言い伝えや伝説、それに竜の血族の掟についてなど、ぼんやりとしか理解できなかったことがはっきりとわかった。それはまるで、泉の水にぼんやり映った自分の姿を、大陸のニンゲンたちが作った鏡によって見る時のように――疑いようもなく輪郭がはっきりして見えるのにも似た、一種の悟りにも等しい感覚だった。
「唯一、我々の間に戦争があったとすれば、大陸のニンゲンどもが何をとち狂ったのか、彼らの言う<世界の崖ての辺境>へ攻め込んできた時だけだからな。だが、その逆ということだけは決してない……我々が竜を駆って大陸へ出かけていくのは、時々必要な品を宝石などと交換するというその時だけだから」
「わたしもいつか、一緒に連れていってもらえる?」
「ああ、もちろんさ」と、きのうと同じようにパンにチーズを塗ると、それを軽く炙ってから、ザンヴァルドはアリュウラに渡してくれた。「我々ドラゴニュートの土地には、人間どもが目の色を変えて大金をはたく宝石を生みだす岩や、鉄金属を生みだす鉱床などが無限にも等しいほどたくさんある。また、そうした場所には大抵野生の竜が棲みついてもいるが、アリュウラ、エルガドも時々そうした宝石……エルガドが特に好むのは水晶か。そうした場所へ行ってクリスタルを食べたりなめたりしたがるだろう?大陸の人間どもは――ええと、前にやって来たのは海賊とかいう連中だったかな?命知らずにもはるばる長く旅をして、そうしたものを少しでも掠め奪おうというわけだな。まったく、我らドラゴニュート一族に見つかってしまえば、問答無用で皆殺しにされるというのにも関わらずだ」
(おそらく、大陸の人間たちには今後とも理解できないだろう)と、アリュウラはあらためてそう思った。彼らと竜人族とは、外見上はそう違いがあるわけではない。それゆえだろうか。ニンゲンたちはみな「話せばわかる、話せばっ!!」などと、殺される段になると命乞いをはじめるという。対するドラゴニュートの返答というのは、「こちらでは貴様らなどと話す言葉はない」というものだ。ほんの少数のニンゲンでも例外を認め、宝石などを手にして戻るのを見逃したとすれば――いずれ、もっと多くのニンゲンが大船団を組んでやって来るかもしれない。そうした無駄な血の犠牲を生まぬためにも、ニンゲンはひとり残らず処刑せねばならないのだった。それが一見どんなに残酷なことであるように見えたとしても……。
けれど、それでいてアリュウラはこれもまた言葉としては説明することは出来ないながら、大陸のニンゲンたちがどんなふうに暮らしているのか、強い興味を持っていた。何故といって、竜を駆って宝石などと交換した品をザンヴァルドたちは持ち帰ってくるのだが、それらは本当に素晴らしいものばかりだったからだ。やわらかい上質な布や装飾品、ドラゴン・ヴァリーでは栽培できない、あるいはしていない珍しい食べ物やお菓子など……竜のほうは、誰にも決して見つからぬ場所に待機させておき、そこからは徒歩、あるいは途中で馬などに乗り換え、大きな交易都市を目指すという。小さな町や村でだけ商取引していたとすれば、出身地その他についていずれあやしまれかねない。ゆえに、方々から人々がやってくる、ある程度大きな都市のみを選び、なるべく足がつかぬようにして宝石を金に換えるということだった。
――こうして、エルガドを殺すことなくザンヴァルドとアリュウラが戻ってくると、ドラゴン・クランの人々は歓呼の声を持って迎えた。唯一、ルドラだけはこのことで怒り狂っていたが、アリュウラは彼女のことなどもう気にかけなかった。そして、あとになってみれば何故あれほどルドラが竜に対し強い執着を持っていたかについてもよく理解できた。ルドラは最長老の家系に連なる者であったから、それゆえにこそアリュウラ以上に小さな頃からわかっていたのだ。ドラゴン・マスターになれる者となれぬ者とに、将来的にどれほどの身分の差がつくか、ということについて……実際、アリュウラはその後、ルドラのことなど歯牙にもかけぬ、というほど、成人してからはまったく問題にしなくなった。
アリュウラは思春期と呼ばれる頃までは確かに、おどおどしたところのある、人の気持ちをよく考えるがゆえに繊細で優しい少女であったかもしれない。けれど、エルガドと魂を通いあわせた頃から大人びた落ち着きを身に纏いはじめ、異性を強く惹きつけずにはおれぬほど、それからはみるみる美しい女性へと変化していった。アリュウラは二十歳を過ぎても誰とも結婚しなかったが、ドラゴン・マスターと呼ばれる女性は部族の中で唯一そのことが許されていた。ドラゴン・クランの中で、他の誰にも出来ない任務をその身に帯びている、その貴重さゆえに……そのこととは逆に、ルドラは他部族の長老家へ嫁ぎ子も成したが、それと同時に平凡で卑小な存在に成り下がったかのようにさえ見えることが時にあったものである。
今では一年に一度か二度、竜頭会議や竜祭りの時に顔を合わせると、目を逸らすのは決まってルドラのほうだった。元は最長老の孫だったとはいえ、そこを出て他家へ嫁いでしまえば、彼女の身分はドラゴン・マスターであるアリュウラよりも下であったからだ。もちろん、昔の仕返しとばかり、アリュウラのほうで何か意地悪をするようなことは一切ない。ただ、アリュウラはルドラを見かけると、時々彼女が自分から目を逸らすまでじっと見つめることがある。その意味するところを、ルドラがどう解釈しているかはわからない。おそらく、彼女にしても理解不能だったろう。何故といってそれは、天使が人間を見守る時にも似た、上位種の存在が遥か下位の者を見つめるにも等しい、たぎる憐れみと慈愛に満ちた優しい眼差しだったのだから……。
>>続く。




