第5章~女呪術師イゼベル・マリエントの災難(E5ε8ゾーン領域)~
イゼベルがこの世界で生まれて初めて結婚したのは、ナジェールという町でのことだった。ナジェールは別名「この世の天国」とも呼ばれることがあるように、とても美しい町だった(もっともそのように呼ばれる名所であれば、この世界中にたくさんあったに違いない)。美しく澄んだ輝きのセルリアンブルーの海に囲まれ、オレンジ色のスレート葺きの屋根の街並みが、丘の上、さらにはそれよりも高い山々の上へと続いていき、町自体とても活気があった。
彼女が丘の中腹にある聖女アルサーチェ教会にて、初めての夫サージェスと結婚したのはある理由あってのことだった。レベルを52まで上げ、大体他のレベルが50前後ある戦士や神官、修道僧らとパーティを組み(イゼベル自身は魔法使いだった)、ラスボスを倒しゲームをクリアすると――すっかり人生がつまらなくなったのだ。宇宙で恒星が死んだ時に開ける青や黄色や赤に彩られた美しい穴へ吸い込まれてのち……彼女はその脳裏で『一体何が欲しい。願え』という何者かの声を聞いた。その時、もしかしたら自分はもっとよく考えるべきだったのかもしれない、とイゼベルは今にしてみれば思う。けれど彼女はその時、『この上もなく美しくなりたい!可愛いアイドル、ううん、絶世の美女になりたいわ』と咄嗟に願ってしまったのだ。
こうしてイゼベルはレベル1へ再び戻ることになったものの――彼女は最初の町で出会うプレイヤーが誰しも、自分に対して向ける目がまるで違うことに驚いた。実際、イゼベル自身鏡で自分の顔を見て驚いていた。体のほうも、胸は巨乳というほど大きくはなかったにせよ、大きさはこのくらいで十分だったし、何より均整の取れた素晴らしい肉体をしていた。唯一、髪の色は黒く、瞳の色も同じような暗紫色だったところはあまり気に入らなかったが(どうせならピンクとかエメラルドグリーンとか、もっと奇抜な色がよかった)、それでも間違いなく<絶世の美女>と言えるほどの容貌を自分が有しているのは間違いなかったのだから。
こうなると、当然イゼベルは行く先々でモテまくった。大したことは何もしなくても、他の筋肉ダルマの格闘家や男の魔法使い(ウィザード)、召喚士などが、勝手に戦って自動的にレベルが上がっていくにも等しく、その点においては徹底的に利用させてもらったものである。とはいえ、うまく猫をかぶって本性を隠すようにしていたイゼベルではあるが(今回彼女は占い師のジョブを選んでいた)、何かとモテて便利だと感じたり、ちやほやされて気分が良かったのも最初のうちだけで、居酒屋ではいつでも嫉妬や喧嘩が絶えなかったりと、次第にだんだん美女という立場が疎ましく、面倒で、飽きるのも早かったかもしれない。
そしてそんな時、前回ともにゲームをクリアした仲間のひとり、サージェスと再会したのだった。お互い、名前は前と同じだったが、容姿のほうはまるで違っていた。サージェスとパーティを組んでいた時、彼は神官であり、髪の色は明るい黄緑、瞳の色はエメラルドグリーンの、細面をした優しそうな男だった。実際、イゼベルはリーダーとして頼りになる戦士のアックスや、無口な修道僧のオローマより、サージェスのことが一番好きだった。もしゲームクリアと同時に再び世界のあちこちへバラバラになると最初からわかっていたなら――次は必ず△□という町で落ち合うことにしようと、彼とは約束しておきたかったほどだ。
そんな彼が今目の前にいる……しかも、前以上に格好いいイケメンとして。再会後、酒場で昔話に花が咲くのと同時、サージェスの話を聞いていてイゼベルは大笑いしてしまった。何故といって、ラスボス退治後、宇宙の時空の穴のようなものが開いてのち――サージェスはサージェスで、自分と同じように『次はすんごいイケメンになって女子にモテまくりたいですっ!!』などと願った結果として、黒髪黒瞳の、鼻筋の通った長身男子としての今のオレがいる……という、そんな話だったからである。
「うっそ!!マジ!?わたしもさあ、『何が欲しい。願え』って声を聞いた気がしたから、次は『絶対絶世美女がいい!!』みたいにお願いしたわけよお。でも、マジ受けるわ。まさかサージ、あんたも似たようなこと願ってたなんてね。ぎゃははっ!!」
「いやまー、結局これゲームじゃん?最初の容姿については自分でアバター決めたわけだし、でもついそんなふうに願っちまったってわけ。けど、実際はモテて楽しかったのも最初のうちだけっていうか、そのあとはちょっと虚しくなったりしてな。結局これは仮想現実なわけだし、疑似体験としてじゃなく、リアルワールドでモテる男にならなくてどーすんだってえか……」
お互い、エールやはちみつ酒を飲んだりしながら、羊肉のパイを食べていた時のことだった。サージェスが照れのためか、それとも軽く酔ったのか、微かに頬を染めて言った。
「オレさ、イゼベル……おまえのことがずっと好きだったんだ。それ、たぶんアックスやオローマもそうだったんじゃないかと思う。あのふたりは筋肉バカっていうか、格闘バカっぽいところがあったろ?で、その競いあってる根底のところにはどっか、勝ったほうがイゼベルに相応しいみたいなところがあったと思うんだ。だからオレ、なんとなくにでもおまえに好意持ってるとか、そんなふうに意思表示するのは違うかなって感じるところがあって……」
「サージ……」と、イゼベルも酒に酔ったためではなく、瞳が潤んでいた。「あたしだって、あの三人の中で一番あんたが好きだったんだよ。でもパーティ組んでる間は、なんかカップルになったりもしづらいし、あんただってあたしのこと好きとは限んないと思ってたから……だから、だからあたし……」
「イゼベル……」
――このあとのことは二人の間で多くの言葉を必要としなかった。おそらくドラクエのパロディということなのだろうが、宿屋のフロントのNPCに『昨夜はおたのしみだったようですね』と言われる一夜を過ごすと、三日後には隣町ナジェールにある聖女アルサーチェ教会にて結婚式を挙げた。幸せだった。だが、イゼベルがそうだったように、サージェスもまた、ラスボスをもう一度倒すためにレベル上げするだのいったことには最早興味を持っておらず、かといって大してデリス金貨も持ってない以上……何かのスキルを身に着け、真面目にコツコツ働く必要があったろう。
そこでイゼベルは、神秘的なヴェールを纏い占い師として働くようになり、サージェスといえば、カジノでいかさまをして稼ぐようになったわけである。そもそも彼は今回の最初のジョブとして盗賊を選んでおり、その手のスキル値が高かったせいでもある。イゼベルもまた、サージェスが金を稼げるよう協力した。その美貌によってカードゲームの時に相手の気を逸らしたり、あるいはこっそり相手方の手を読み、夫との間で取り決めたサインをそれとなく送るようにしたのだ。
言うまでもなく、イゼベルとサージェスはひとつの都市や大きな町へ長く留まることはなかった。イゼベルの占いは恐ろしくよく当たったが、占いというものは本質的に『当たるも八卦、当たらぬも八卦』であるからこそ良いという部分がある。あまりに当たるすぎると今度は魔女と見なされ、何かと人の噂に上りやすくもなろうというものである。しかも、その美女が夫であることを隠している男とふたりで組み、何やらカジノで大金を稼いでいるらしいとなれば猶更だった。
こうしてふたりは世界中の、特にカジノがあるような大都市へ旅に旅を重ね、時折は移動中にモンスターを倒して経験値を稼いだりと、そんな愉快で楽しい、気ままな生活を過ごした。けれど、ある時カジノでのいかさまがバレ、サージェスは逮捕・投獄されることになってしまったのである。釈放のためには多額の保釈金が必要であり、イゼベルはこの時、夫の浮気を初めて知った。その時、ふたりはアーデンリント大陸の中央部にある大都市ルストニアにいた。サージェスはそもそも、イゼベルと再会するに至るまで(NPCを含む)色々な女の厄介になっており、ルストニアには一時期愛人関係だったという公爵夫人がいるというのだ。
そう告白されてみると、イゼベルには心当たりのあることがいくつかあった。「ちょっと用事がある」と出かけて戻らなかったことがあるけれど、盗賊ギルドの集まりだなんだと言い訳され、最初はあまり気にしていなかった。けれど、ルストニア王国のルヴァンダリア公爵夫人といえば……この国おいてはほとんど王様の次の地位にある権力者といってもいい家系だった。確かに、彼女にサージェスの逮捕を知らせれば、保釈金を積む以前になんらかの方策を講じてくれそうではある。だが、夫の過去の愛人に頭を下げるなど、イゼベルはまっぴらご免だった。そしてそのことを牢獄のサージェスに告げると、彼は即座に不機嫌になって激昂していた。昔、神官だった頃のサージェスは優しくて穏やかな人間だったのに、今ではすっかり人を騙すのに慣れたヤクザ者になりつつあったのだ。
「あ?ふざけんなよ、てめえ。ずっと投獄されたまんまだとこちとら幸運値やらなんやら、地味とはいえ少しずつ下がってくんだからな。おまえだって占い師として稼いだ金、こっそりへそくりとして隠してやがるんだろ?だったらその金を使うかなんかして速くオレをここから出せ。じゃなかったら公爵夫人に頭でもなんでも下げて必死に頼めよ。とにかくオレは一秒でも速くここから出て、ルーレットやカードゲームで稼ぎてえんだ」
「前から思ってたけどあんた、ちょっと病気なんじゃない?はっきり言わせてもらえばギャンブル依存症にも近いっていうか……」
「悪いかよ!」サージェスはどこか獣じみた瞳をすると、牢屋の鉄格子を両方の手で乱暴に揺すぶった。こうして会えたのも、看守に多額の金を積んでのことなのに……(こいつはなんにもわかってないっ!!)と、イゼベルは心底そう思った。「とにかく、一番手っ取り早いのはルヴァンスカに頼むことなんだよ。なあ、オレたちがこれからも面白おかしくふたりでやっていくためには……」
「冗談じゃないわっ!!面白おかしくやってんのはサージ、あんたひとりだけでしょ?あたしはね、今みたいな生活、実際のとこ心底うんざりしてるのよっ。ルヴァンスカ・ルヴァンダリアにあんたの保釈のことを頼むとしたら……それはあんたとあたしはもう終わりだってことよ!!それでいいなら、あんたの愛人の公爵夫人さまとやらになんでも頼んであげるわっ」
「わかったよ!じゃ、オレたちはオレがここを出たら離婚するってことだな!?オレだってなあ、離婚したら色々ペナルティあるから面倒くせえと思って、おまえとは離婚まではしなかったっていうそれだけだからなっ。とにかく、ルヴァンスカには保釈のことを頼めよ。そのあとのことはオレがここから出たあとで決める」
「…………………っ!!」
イゼベルは腹が立つあまり、もう言葉もなかった。本当なら、ルヴァンダリア公爵夫人に頭を下げるなんて絶対イヤだし、サージェスのことも懲らしめの意味も込めてこのまま放っておきたいくらいだった。実際、そうしようかとちらと思わなくもなかった。けれど、いくらゲーム内のこととはいえ、結婚関係にあるうちは無理だった。というのも、どこの町や村へ逃げようと、お互いに今どこで何をしているかなどわかるようになっており――それがステータスに婚姻関係にあることが表示される者同士の特権のひとつだったからだ(他に、結婚時に聖女アルサーチェの祝福としてもらえるアイテムや各ステータス値の上昇などがある)。
(やれやれ、ゲーム内のこととはいえ離婚とはね。今にして思えば、あんな高貴な身分の女性が、占い師であるあたしを宮廷に招いたことには理由があったんだわ。お気に入りの愛人が結婚した女がどの程度の女なのか見たかったとか、そんな理由がね……)
とはいえ、イゼベルはその時に何か嫌な思いをさせられたとか、相手から嫉妬の視線を感じたとか、そんなことは一切ない。むしろ『なんて美しい方なのでしょう』と、自分に劣らぬ美貌を持つ公爵夫人から褒めそやされ、やんごとなきお貴族さま方からも賞賛され、決して悪い気はしなかったものである。
(けど、今にしてみればよくわかる。結局あの女はあたしのことを見下してたんだってことがね……)
そうした気の進まぬ理由はあったにせよ、結局イゼベルはルヴァンダリア公爵夫人にサージェスの保釈のことで頭を下げに公邸まで足を運ぶことになった。とはいえ、本来ならばただの一介の占い師風情と公爵夫人が会えるはずもない。それとも、浮気に気づいた本妻から、気の狂ったような苦情を受けるのではと用心しているのだろうか?イゼベルは何度となくルヴァンダリア公爵邸へ通い、それで夫の愛人に会えないとなると、今度は彼女がオペレッタを見に歌劇場へ行くらしいという噂をつかみ、最終的にそこで夫人の侍女にようやくのことで手紙を渡すことに成功したのである。
その後、使いの侍女が占いの館へやって来て、『例の件についてはすでに手を打った』旨、言付けてきた。イゼベルはその時、ほっとするのと同時、妙にがっくりきてもいた。離婚したところで、サージェスがルヴァンスカと結婚できるわけでもない。せいぜいが釈放の礼へ出向き、その足許に犬のように身を投げだして手の甲にキスする……あるいはそれ以上のことがあったにせよ、イゼベルはその点についてはもうどうでも良かった。とにかく、特にこれといった目的のない旅に夫に連れまわされることに疲れていた。離婚後は、どこかひとつ所に留まり、そこで暫くの間は落ち着いた生活というのをしたかったのである。
その後、使いの侍女が占いの館へやって来て、『例の件についてはすでに手を打った』旨、言付けてきた。イゼベルはその時、ほっとするのと同時、妙にがっくりきてもいた。離婚したところで、サージェスがルヴァンスカと結婚できるわけでもない。せいぜいが釈放の礼へ出向き、その足許に犬のように身を投げだして手のひらにキスする……あるいはそれ以上のことがあったにせよ、イゼベルはその点についてはもうどうでも良かった。とにかく、特にこれといった目的のない旅に夫に連れまわされることに疲れていた。離婚後は、どこかひとつ所に留まり、そこで暫くの間は落ち着いた生活というのをしたかったのである。
釈放されたサージェスが怒り狂ったり、考えを変えてなかなか離婚に応じなかったとしたらどうしよう――という多少の懸念がなくもなかったが、その点はイゼベルの杞憂で終わった。だが、サージェスはひとつだけ離婚の条件を出してきたのである。昔、彼がこの国へやって来て公爵夫人に取り入り、愛人関係となった時……サージェスは今のように賭博に狂ってもおらず、イゼベルがかつて彼を愛したような純粋さや無垢さがまだ残っていたのだろう。けれど、すっかり汚れきって落ちぶれたサージェスを見て、ルヴァンスカははっきり嫌悪と軽蔑の眼差しを向けてきたのだという。『あの美しい奥さまが気の毒で見ていられなかったから、仕方なく慈悲の手を差し伸べたまでのこと。もう二度目はないと覚悟しておくのね』と、犬のようにすぐ公爵邸からは追い返されたということだった。
「イゼベル、おまえ都市や町を移動する間にテキトーにモンスター倒したりして、占い師としてレベルもそこそこ上がってるだろ!?あのつんととり澄ました女に、この国を出る前に呪いをかけてくれ。そしたら今は権力の座にあるあの女もすっかり落ちぶれて、不幸と悲惨の末路ののち早死にするハメになるさ。なあ、イゼベル!オレたち今まで夫婦として割とうまいことやってきたじゃんかよ。あの女は、平民……いや、平民以下の身分のオレたちを蔑んでやがるんだよ。アッタマにこねえのか!?オレのせいとはいえ、おまえだってあの女のせいで嫌な目にあったりしたんだろ?」
「あのねえ。呪うたって、事はそう簡単じゃないのよ。まず、あたしとあんたは今から離婚する。そしたら、聖女アルサーチェの祝福を失い、ステータスの全値がまず下がるわ。その上、離婚のペナルティによって暫くは不幸に遭いやすくなるのよ。あんたみたいなシーフに襲われてアイテム盗まれるとか、そういうね。べつに、あたしはあの公爵夫人に特に恨みはない。人を呪わば穴ふたつって言葉通り、ゲーム内のこととはいえ、あたしはあんまりそういうことに手を貸したくないのよ」
「そうかよ!じゃ、このまま離婚しないで、今後は別れてやってくか?オレはカジノでディーラーやれる資格も取ったし、この世界で一番どでかい賭博場があるって言われるヴライエンローエン公国までいって、さらに一稼ぎしたいと考えてるんだが……」
「あんたも今回のことに懲りて、ほどほどにしておきなさいよ」
(やれやれ。全然懲りてない)と思い、イゼベルは首を振った。彼女にしても、風光明媚なことで有名なヴライエンローエン公国へ行ってみたい気持ちは以前はあった。けれど、サージェスとは今が別れ時だとすでに悟っていたのである。
本当に離婚の申請をするという時、サージェスは「イゼベル、イゼベル……!オレたち、今までほんとに楽しかったよな」などと、感傷の涙を流していたが、イゼベルのほうは冷めたものだった。むしろ、今後は夫から金のことで一切迷惑をかけられずに済むと思っただけで、心底ほっとしていたほどだ。
――こうして、イゼベルとサージェスはお互い、別々の道をゆくことになった。サージェスはヴライエンローエン公国を目指し、イゼベルはルストニア王国の隣国、マイエスリンデン王国の田舎町で、暫く静かに暮らすことに決めていたのである。とはいえ、ステータスにある<魅力>の数値が異様に高いため、何かちょっとしたことを契機に人間関係のトラブルに巻き込まれるかもしれず、イゼベルはその点についてはよくよく注意していた。なるべく女性だけが登録できるコミュニティに参加してみたり、町中に用がある時にはなるべく目立たない地味な格好をしてみたりと……けれど、そんな静かで平穏な生活にもすっかり飽きがくると、彼女は再び親しくなった人々に誘われるがまま、旅をすることになった。
ただこの時、イゼベルにはひとつだけ気になることがないでもなかった。というのも、隣国ルストニア王国にて、ルヴァンダリア公爵が失脚し、夫人ともども斬首刑を王から言い渡されたということだったからである。夫のサージェスとともに、二度目の人生においても長く旅をしてここまでやって来たイゼベルだったが、本当に斬首刑の行われる現場を目撃したことまではない。(まあ、あのルヴァンスカという女はそもそも、公爵のルーマイヤ・ルヴァンダリアともどもNPCなんだしね……)そう思い、気の毒に感じると同時、半ば物見遊山的気持ちからルストニア王国の王都へと再び向かった。
斬首刑が行われる広場のほうは、人で溢れ返っていた。これが平民であれば絞首刑であったろうが、身分の高い人々は平民のように苦痛に喘ぐ姿を見せることなく、斬首刑によって一息に葬られるべきである……といった理由で区別されているらしい。だが、イゼベルにしてみればどちらの死にもそう違いがあるとは思えなかった。首乗せ台の脇に立って大きな斧に身をもたせる、屈強な肉体の首斬り役人が目に入ると、ますますその感が強まったほどだ。
(たぶん、これを契機に何かの新しいシナリオが展開されるとか、そういうことなのかしら……)
あるいは、ルストニア王宮内にあったであろうなんらかのイベントを誰かがクリアしたことによってこの事態がもたらされたのかも知れず――その場合、ルーマイヤ・ルヴァンダリア公爵は善良そうに見えて実は政治の影で絶対権力を得るべく動いていたであるとか、何かそんな事実でもあったということなのかどうか。
(まあ、あたしにはもうまったくなんの関係もないことだけどね………)
けれどこの時、イゼベルはあることを思いだしてハッとした。公爵夫妻の間には結婚後五年しても子がなく、何が原因か占って欲しいとルヴァンスカに言われ、イゼベルがタロットカードによって占った時、<皇帝>と<法王>、それに<戦車>のカードが出たのち、<吊るされた男>のカードが出ていたのである。それから、<女教皇>の逆位置……カードの並びにまるでいい意味を感じ取れなかったイゼベルだったが、ルヴァンスカにはいいように解釈して「いずれ生まれるお子さまは男のお世継ぎでありましょう。その子はお父上の公爵さまと同じく、王さまや法王さまの御愛顧を得られ、力強く出世されてゆくことでしょう」などと。
(こんなところへなど、来なければ良かった……!!)
イゼベルは激しく後悔したが、それとももしかしたら運命の力が自分の占いが間違いなく的中したと知るためにここへ導いたのかも知れなかった。最初に斬首されたのはルーマイヤで、美食家でやや太り気味の彼は、大人しく屠られる太った家畜ようにすっかり何かを諦めきっている様子だった。そして、次にルヴァンスカが自分は無実であることを証明するような真っ白なドレスによって姿を現すと、周囲の民衆の間ではすすり泣きがさらに高まっていた。
「お可哀想に……」
「なんでも、王妃さまの嫉妬だそうだよ」
「北のアルトヴァッハ王国へは、法王さまが宗教絡みのことで怒り心頭に発して、王さまをけしかけたってことだものねえ。それで負けたからって、決して公爵さまの責任ばかりとは……」
イゼベルが伝え聞いた噂話をまとめると、大体のところ次のようなことらしい。ルストニア王国には、光のメシア教の総本山があるのだが、その頂点に立っているのが法王である。ところが北の四王国はそれぞれ、自分たちの国に伝わる古来からの神々を信仰している……歴代の法王は以前より、そうした<言い伝えによる古き神々>を自分たちの信仰する神よりも遥かに劣るものとして扱ってきた。言ってみれば、このあたりのデリケートな問題にあまり触れずに穏便にやり過ごす時、北方四国との関係は交易その他、大体のところうまくいったらしい。ところが、宗教の話を持ち出すと互いの関係は緊張感に満ちたものとなり、やがてそれが戦争へ発展することもしばしば――といったようなことをアーデンリント大陸の国々はしばしば繰り返してきたといってよい。
この点、ルヴァンダリア公爵家は概ねハト派であり、ルヴァンダリア公爵家と王室の関係が密接に結びついている時、タカ派の法王が在任中、うまく政治の舵取りをして戦争は回避される傾向にあった。だが、同じように光のメシア教を信じるマイエスリンデン王国の王女をルストニア王が娶ったまでは良かったのだが、このリモーネ王妃が王の従姉妹であるルヴァンスカにあらぬ嫉妬の感情を向けてきたということもあり、王妃と法王側が密接に結びついたことにより……ルーマイヤ・ルヴァンダリア公爵は戦争の指揮を取ることになったものの、戦争に敗れたことで失脚を余儀なくされたということであった。
(やれやれ。歴史のどっかでいかにもありそうな話だわね。まあ、ゲームのシナリオのほうは基本的にAIが創りだして、それに人間が修正を加えるといった形らしいから、無理もないのかもしれないけど……)
この時、イゼベルは少しくらいは口も聞いたことのある知り合いの女性が死ぬところを直視するに忍びず、広場から去るべく踵を返そうとした。けれど、ルヴァンスカが後ろ手に縄をかけられた格好で、最後に跪こうかという一瞬――釘で刺すような強い力によって彼女が自分のほうを、もっと言うなら自分だけを見たことに気づいた。その瞬間、まるで時間が止まったかのようだった。そしてその呪われたほんの一瞬に、『死ね、滅びよ……!!』という、どす黒い女の声を間違いなくイゼベルは脳裏に聴いたのだ。
イゼベルはこの日この時、この瞬間以来……何故か人生のすべてにおいてケチがつくようになった。次から次へと不幸が起きるため、彼女は誰とパーティを組んでも「悪いが、外れてくれ」と、最後には頼まれることになったし、道には迷いやすく、馬車に乗れば故障し、夜になれば盗賊に襲われるか必ず幽霊に遭遇した。しかも、なお悪いことにはそうした不幸な運命はまるで誰かが監視していて、ギリギリどうにか耐えられるだけの重みの分、イゼベルのことをキリキリさせたりモヤモヤさせたりイライラするように出来ているように思えることだった。
結局、イゼベルはそうした中で次から次へと彼女なりに苦難と戦い、どのような事態へ陥ろうとも勝利するためには徹底的にレベルを上げるしかないのだと考え――最終的にレベルを999まで上げるということになったのである。こうしてあらゆる不幸を跳ね返すことが出来るようになったイゼベルではあったが、せっかくレベルをマックスまで上げたにも関わらず……このケチのついた人生の精算をはかりたくなり、再びレベル1へ戻るとわかっていて、ラスボス討伐戦へ挑むということにしたのだ。
その頃には流石に、道に迷うこともなければ、道路標識に細工がされていることもなく、何かのバグが発生したように同じ場所の風景が繰り返されるでもなく、盗賊の難に遭っても返り討ちにし、ゴーストといったアンデッド系のモンスターが現われようとも簡単に撃退し、海の冒険にて船が沈もうとも生き残り――他にどんな災難に見舞われようとも、ゲームであるがゆえにとにかく数値を爆上げしてすべての困難にイゼベルは打ち勝っていった。
けれど、なんらかのステータス異常があるわけでもないのに、何やらNPCに呪われてすっかりケチのついたような人生をやり直したくなったのだ。そこで、イゼベルがマリーという名の女戦士と、リリアナという名の女魔導士と三人でラスボス戦に挑んだ時(もう男どもにくだらぬ理由で煩わされるのはご免だった)……ネクロダンテを倒し、次に彼が助けを求めたルシフェルを撃退すると、再びまたあの時空の美しい割れ目が現れた。ゲームをクリアしたことに対するご褒美なのかなんなのか、イゼベルは再び脳内に快楽の絶頂ともいうべき幸福物質が満ちるのを感じ――最後に、それは死への予感、快楽も極まると最後には恐怖となるのかと思われるほどの戦慄の一瞬、今度は次のような声がした。『自分と同じような境遇の仲間を追い求めよ……!!』と。
その後、イゼベルは自分が死に、百万年ほども宇宙の星屑の中で眠っていたかと感じるほどの経験ののち、ハッと目を覚ましていた。それは紛うことなき、前の二度と同じ<はじまりの町イドニス>でのことで、彼女はこの時深い絶望を再び味わうことになった。まず、ベッドから体を起こした時、やたら体が重かった。すると、驚いたことには首から下の体がやたら太っていることがわかったのだ。
イゼベルの胸の動悸と嫌な予感はその後も続いた。髪の色が赤毛だというのは、肩にかかる豊かな髪の毛でわかった。だが、顔は?これだけ体が太っているということは、顔だってふっくらしているということではないのか?
宿屋の壁にかかる小さな鏡に自分の姿を映すと、イゼベルはショックのあまり、その鏡を空手チョップで割りたくなった。呪いのほうを精算し、新しく生き直すことが出来ると信じていたのに……その鏡には太っているだけでなく、顔の片側にひどい火傷を負い、肌がケロイド状になっている少女の姿が映っていたからだ。
>>続く。




