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意識回廊  作者: 亜衣川藍
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第2章~コ・ギジュンの世界【B2β4ゾーン領域】~

『白き狼ウスラフよ!我が攻撃の冷たき剣となり、敵を撃破せよ!!』


 氷と白い雪原の世界が突然現れたかと思うと、マトヴェイたちの周囲では一気に気温が下がった。(来る……!!)そう覚悟しつつ、彼はすかさず防御呪文を唱えた。


『風の妖精シルフィード!!我が盾となり、氷の剣より我らを護りたまえ!』


 氷雪のオオカミが実体化して何頭も襲いかかってくる。シルフたちは逆巻く風の盾となり、剣のようなオオカミの牙からリーダーのマトヴェイ、それに魔女のリーシィ、女戦士のルキアを守ろうとした。彼らは三人パーティだったが、敵のギジュンはただのひとりきり。軽い気持ちでバトルを挑んだのがそもそもの間違いだったのかもしれない。


 風の精霊たちによる盾はマトヴェイたちを守りきれず、それまでに3ターンあったバトルの負傷の蓄積により降伏を余儀なくされた。1ターン目、ギジュンは頭が狂暴な女性で体が六つ脚の不気味な蜘蛛女(アラクネ)を召喚し、魔女のリーシィの動きを白い糸によって完全に封じた。ステータスを見ると、これで3ターンは呪文を唱えられなくなるらしい。ルキアはこの攻撃に対し、「ふざけんなっ!」と叫び、両刃の剣によって襲いかかっていった。ところが、おそらくは互いに隠されているレベルの違いのせいだろう。ギジュンは盾を使って軽くかわしきっていた。マトヴェイはギジュンと同じ召喚士だったが、実をいうとこの時点で勝てる気がまるでしなかったものだ。彼の一番強いと思えるカードはゴーレムだったが、ギジュンは砂塵の神ジンを召喚すると、その巨大な足によってゴーレムを砂漠の下に沈めた。リーシィは魔法を唱えられなければ、敵フィールドに斬り込んでいくこと自体がほとんど自殺行為となる。ゆえに、こうして勝敗のほうは簡単に決してしまったわけだった。


(喧嘩を売った相手が悪かったようだな)――とでも、自分が相手の立場ならニヤリと笑って言ったに違いない。そうマトヴェイは思った。だが、ギジュンは特になんの感慨もないといった様子で、最初に取り決めてあった分の金が自動徴収されるのを待ち、すぐにもその場から立ち去りそうに見えた。


「あんたさ、ちょっと待ってくれよ。こっちから喧嘩売っといてなんだけど、話くらいしようぜ。な、そのくらいいいだろ?」


「……いいだろう」


 ギジュンは一瞬ためらってから頷いた。実は<弱い者いじめ>というくらいレベルが違うとわかっていながら、彼がマトヴェイたちとあえて戦ったことには理由がある(相手のレベルなど、隠れたステータスが見えるにはある一定のスキルが必要となる)。実をいうとギジュンは現在レベルのほうがマックス999である。しかも、現在行っているこのVRゲームを、彼はすでに九十九回もクリアーしていた。


(だが、このゲームに本当の意味でのエンディングはない)ということ、その謎について知りたくて、ギジュンは買う必要のない喧嘩を買ったり、あるいは自分から相手を挑発して情報を得ようとすることが時にあったということである。


 近くの町まで歩いていく間、リーシィはバトル終了後もアラクネの糸に縛られたままであるかのように終始無言のままだった。ルキアのほうも、大剣を背中にさしたままの格好で、面白くなさそうな顔をして後ろからついて来ている。唯一マトヴェイだけがギジュンに対し好意的な態度でしきりと話しかけてきた。


「あんた、すげー強えのな。だけどこのへんって割とゲームスタートしたばっかの奴が多いエリアだし、しかもひとりだろ?本当は強いにしてもさ、いいカモにされるかもとか思わんかった?いや、違うか。逆にあんたのほうにオレらみたいな弱小パーティがカモにされるってことか」


(あれ、どっち?)といったように、マトヴェイが首を捻っていると、後ろからルキアがリーダーの太腿あたりを蹴ってくる。


「ばあか!あたしもリーシィもコイツ……ギジュンってったっけ?こいつのことはやめとけって言ったのにさ。3対1なら絶対勝てるだって?寝言は寝てから言えってんだ」


 濃紺の魔女の衣装に帽子を被ったリーシィは、ルキアの隣でこくこく頷いてばかりいる。彼女は髪の色がピンクで、目の色は金色だった。手に杖を持っているが、それは魔女の初期アイテムのひとつで、呪文を唱えられるようになる以外では攻撃力のほうはないに等しい。


 ルキアは緑の髪にエメラルドの瞳をした筋肉マッチョな美女で、剣に大金をはたいたのか、革による軽装備の防具しか身に纏っていなかった。マトヴェイは召喚士というよりは、ギジュン的基準としては盗賊(シーフ)といったイメージだ。ぼさぼさの黒い髪にブルーの瞳、額には何故か赤いハチマキをしている。衣装のほうは忍者を思わせる黒の衣装に濃紺の帯を締めていた。そしてその帯のところに召喚獣を封じ込めた球をいくつか下げている。


「そう言うなよお。ま、負けてなけなしの金なくなったのは悪かったけどさ、このおっさんがこれから稼がせてくれるかもしれないじゃんか!」


「おっさんって……」


 ギジュンはなんとなくガクッときた。確かに、マトヴェイたち三人がいかにも十代か二十代の若者らしいのに対して、自分の今の容貌は三十代に見えても不思議はない。特に自分で努力して鍛えているわけでもないのに、理想的な均整の取れた筋肉質な体型。百八十センチを越える高身長。片方の目を隠した銀髪の短い髪、瞳の色も同じくシルバー……だが、これはギジュン自身が選んだものではない。一度ゲームをクリアーするごと、レベルは再び1へ戻り、あらゆるイベントをやり直さねばならなくなる。けれどそのたびに、ギジュンは自分が選んだのではない容姿をしていた。最初はその度に驚き、また次は一体どんな容貌にされるのだろうとの恐れもあった。何故といって、いつか「人間でない醜いモンスター」として永久にこの世界を彷徨う可能性というのも――ゼロではないのでないかと、彼は気づきはじめていたからだ。


「いや、悪いが俺は君たちの仲間になるつもりはないんだ」ギジュンは妙にきっぱりした口調で言った。ゲームをクリアすることを繰り返す最初の五~六回目くらいまでは……自分が気の惹かれた仲間とパーティを組むこともあった。あるいは「どうしても」と頼みこまれて断り切れなかったことも。けれど、すでに99回目ともなれば――(もう俺は大抵のイベントやバトルにほとほと飽きてうんざりしてるんだ)というのが彼の本音だったのである。「というより、さっきのバトルを受けたのも、実は君たちに聞きたいことがあったらなんだよ。その、さ……君たち、『コーコージュケン』が何か、知ってたりしないかな?」


「コーコージュケン???」


 マトヴェイとルキアとリーシーは、互いに頭を突き合わせると、それぞれ「ぎゃははっ!」とか「あはっ、あはっ、あはははっ!」とか、「わははっ!」と笑いだし、それからギジュンのことを指差して大笑いし、くるりと踵を返して町へと向かっていった。あとはもう彼のことなどすっかり忘れたとでもいうように、振り返ることさえ一度としてなく。

(やっぱり、またこれか……)

『コーコージュケン』、ギジュンにとってそれは何か大切な言葉らしいのだが、彼はそれが何を意味するものなのか、さっぱり思いだせなかった。そこで、出会った様々な人間たち(モンスターや半獣タイプの姿をしている場合もある)に聞いてみたものの、とにかく全員今のように笑いだすか、あるいは何事もなかったかのように去っていったり話をすり替えられるなど……とにかく、それは不吉な呪文の効果をあらゆる存在に及ぼすものらしかった。


 実をいうとギジュンがこうした初期レベルの者がうろつくフィールドへ時々やって来ることには理由がある。このVRゲーム(なのだろうと彼は思っている)にはいくつか冒険を始めるに当たって開始するのを選べる場所があるらしい。とはいえ、ギジュンの場合に限っていえば、「はじまりの村」はいつも同じだった。プリム村という海辺の小さな村で、巨大イカといったモンスターが出現することで漁師たちが困っているという。そこで装備その他を整えて船へ乗り込み、海のモンスターを順に倒してレベル上げ……そんなことがゲームをクリアーして三回も続けば、「あ~もう、次にどうなるかわかってるよ!」、「この村人のおっさんがしゃべることもみんなおんなじだしさ!」といったようになり、ギジュンはやがてゲームをクリアするごと、違うルートはないかと探索するようになったのだ。


 また、最初の頃(つまりゲームをクリアーする1~10回くらいまで)は、『コーコージュケン』という言葉の縛りが強く、「その意味をいつか知ることさえ出来れば、俺はこの世界から抜けでて次のステージへ行けるのではないか」との脅迫的な思いのほうも強かった。ところが、誰に聞いてもその言葉は知らないか、あるいは今のように人がいなくなるかのいずれかだということが繰り返されるうち……その言葉を口にするのにギジュンも慎重になっていった。それでも、今のように人を追っ払いたい時などには便利だったし、「この人間には聞いても何も問題ないのではないか?」と感じた時には、ギジュンは積極的に訊くようにもしていたのである。


(やれやれ。俺だっていつまでも、とてもじゃないがこんなことは続けられないぞ……)


 近隣の地図(マップ)を空中に出現させつつ、ギジュンは溜息を着いて考えこんだ。実をいうと、ゲームをクリアした何十回目だったかに――ラスボス退治後、暗黒と黄金と虹色の時空へ吸い込まれると同時、「修験者を探せ……!」とか、「賢者を探せ……!」という声をギジュンは脳内に聞いた記憶がある。さらに、他の時には「彼らはおまえと同じように、このゲームを何十回となくクリアし、もううんざりしてついには隠遁することを選んだ者たちだ。彼らから話を聞け」と。そして、九十九回目にクリアした前回は、修験者や賢者や隠者と呼ばれる者たちと協力しあえば、もしかしたらギジュン、おまえの望むエンディングを迎えられるやもしれぬぞ」と。


 そうなのである。「もうこんなゲーム、飽き飽きだ」とギジュンはうんざりして疲れているにも関わらず――クリアーするごと、確かに何かしらのヒントは与えられることがあり、それが次のモチベーションに繋がらぬでもなかった。また、修験者や賢者、隠者といったような存在を苦労して三人ほど探しだしてもいたのだから。


(そういう意味ではほんと、実に巧妙に出来たゲームでもあるんだよな……)


 ギジュンはあらためてそう思った。クリアーするごと、そうしたヒントが与えられるだけでなく、一種のご褒美のようなものまで彼は毎回与えられていた。何かひとつだけ特別なアイテムが表示されるとか、そうしたことではない。とにかく、ラスボスを倒した直後とは限らないのだが、ラストイベントが終わった過程の途中のどこかで――暗黒と黄金と虹色の時空の輪がぽっかり開き、そこへ吸い込まれると、一種の畏怖と栄光の頂点が混ぜあわさった感情を経験することが出来るのだ。


 初めてゲームをクリアーした時、ギジュンは自分が死ぬのではないかと感じたほどだった。だがそのうちに(どうやら自分はまだ死なないらしい)とわかり、おそるおそる周囲を見回してみると、そこは宏大な宇宙空間だった。遠く近く、いくつもの銀河がゆきかい、星々が白や青や緑や赤や……とにかく色々な色によって輝いている。とにかく、その時に感じたのは精神的絶頂とも言うべき、素晴らしい感覚だった。最初あるのは(死ぬのではないか)というほどの畏れなのだが、慣れてくると今度はそれがとてつもない快楽を伴った全能感の頂点、一種の絶頂感へと変わっていく。そしてギジュンはその度に思ったものだった。(ああ、このいい気持ちのまま死ねるのなら、それもまた幸せかもしれない)と。


 だが、こののちにあるのは、<神の声>の如き何者かのゲームクリアーのヒントと、突然に暗黒が周囲を覆ったかと思うと、ギジュンは次の瞬間には冷たい海の中へ放り込まれているのである。しかも、この時点ですでに苦労して999まで上げたレベルのほうは1に戻されているのだ。


(そうなんだ。俺は今回、九十九回ゲームをクリアし、レベルのほうもこれ以上は上がらぬマックス999。だから、今度こそ本当に絶対に何かが変わるためにいつもとは違う行動を起こさなきゃいけないんだ……)


 そこでギジュンは、<薔薇屋敷の姫君>に会いに来たのだった。彼女のことをギジュンは修験者とも賢者とも隠者とも思わなかったが、とにかく自分と同じように何十度となくこのゲームのあらゆるイベントをクリアし、今ではうんざりしてNPC(ノンプレイヤーキャラクター)のように暮らしていると知っていた。NPCなどと言っても、彼女自身はなんのイベントごとにも関わってはいない。ただ、それまでに溜めた金を使い、日々静かに暮らしているらしいと知っているというそれだけだ。


(やれやれ。ロージィに会うのは俺としてもあまり気は進まんのだがな……けど、どうにか口説き落として、他の賢者ふたりも誘いたい。それに彼ら自身、同じような修験者や隠者のような存在を知っているとも言っていた。だからその全員で真実のゲームクリアに向かえたとすれば――初めて何かが変わるかもしれないんだ)


 ギジュンが最初にロージィの薔薇屋敷を訪ねようと決めたことには理由がある。それはとにもかくにも彼女が女性、あるいは女性のキャラクター設定だということだった。金髪碧眼の可憐な――でもレベルのほうは999――見た目の美少女を連れていけば、他のむさくるしい容貌の騎士や勇者もなんらかの形で『そうだなあ。ま、協力してやらないこともないけど?』といった態度に変わるかもしれないではないか。


(ま、俺はとりあえず今のところ、九十九回生まれ変わって、一度として女性キャラクターになったことはないものの……おそらく、そうしたことだってあるんじゃないかと思うんだよな。人狼といった半身半獣の奴らとも一緒にパーティ組んだことだってあることを思えば……)


 ギジュンは、マトヴェイたちの向かったアルマスという町から、南西へと下ってゆき――おそらくは彼らがレベル上げを兼ねて向かおうとしていたに違いない、<幻獣たちの森>にある薔薇屋敷へ向かうことにした。といっても、低いレベルの連中がロージィのかけた幻術を破れることはまずもってなく(レベル1~3程度の幻術士が、レベル999の魔女のそれを突破できるはずもない)、誰もがロージィの住む薔薇の蔦がいくつも絡まる美しい館に気づくことはまずもってない。


「おーい!ロージィ、どうせおまえも暇なんだろ?だったら、わざわざ遠く旅してやってきたレベル999の者同士、話でもしようぜ」


 ギジュンが大声でそう濃くなってきた霧の中に叫ぶと、あたりをいくつもの鬼火が照らすようになった。ゲームのモンスターとしてもお馴染みのウィル・オー・ウィスプというやつだ。


『お嬢さまはすでに、あなたがこの近くにやって来なさった時から、ギジュンさまの存在を探知しておいででしたよ』


 赤い鬼火が、小さな手に持つ灯火を掲げてそう言った。彼女自身がすでに赤い炎にも似た存在なのに、さらにその手に提灯のようなものを持っているというのはなんとも奇妙である。だがまあ、そうしたキャラクターデザインなのだろうとギジュンは理解していた。


『そうそう!「あのナルシスト野郎がまたしつこくうちのまわりをストーカーみたいにうろついてるわ」だってさ!』


「ナルシストのストーカー……」


 青い鬼火にそう言われ、ギジュンは若干自尊心が傷つかぬでもない。確かに、前回彼女に会った時、自分は紫色の長髪キャラで、目も同じようにスミレ色だった。それでこの時には『あんたって、なんだか二流のバンドマンみたいね』などと言われたものだった。


 そして今回も、銀髪で片方の目が隠れた髪型なため――ギジュンは自分ではあまり意識してなかったが、それでもつい髪のかかる右目の側を片手でかき上げる癖があり、そういう仕種がなんとなくナルシストっぽく見えなくもないと、一応自覚はしていたわけである。


「それで、ロージィお嬢さんのほうはお変わりないのかい?」


『ええ、まあ。大体のところはね』青い鬼火が濃い霧の向こうを照らしながら言う。『毎日、薔薇の手入れをしたりして、のんびり暮らしてるよ。最近は新しい品種を開発するのに凝ってて、それ、結構なところいい値で売れるみたいなんだ』


『そうそう!』と、こちらは赤い鬼火。『ただ、あの可愛らしいお姿じゃね、足許見られてぼったくられるかもしれないから、いつも姿変えの術を使って顔のキツそうなおばさんの振りしてんだけどさ』


「ま、大体のところ想像はつくよ」


 ギジュンは軽く肩を竦めると同時、溜息を着いた。そして思う。(どうして自分もロージィのように、この世界で何がしかの生き甲斐でも見つけて生きていけないんだろう)と。(第一、俺の今回の誘いだって彼女には迷惑なだけかもしれないんだ。説得できて、またラスボス倒してゲームをクリアできたところで……ただ単に再びレベル1に戻ってやり直さなきゃならない可能性のほうが高くもあるし……)


 だが、という望みを、ギジュンはどうしても捨てきれない。何分自分にしてもロージィにしても、ある程度レベルを上げたのちは、ラスボスを倒すのに必要最低限必要なイベントを順にこなしていくというよりも――すでにそうした過程に飽きているため、ゲームクリアには直接関係のない裏イベントを探しだすことのほうに血道を上げ、現在へ至る……といったところなのだ。こうした裏イベントはクリア困難な場合がほとんどとはいえ、代わりに特殊なアイテムを得られるといった楽しみが存在する。


(ロージィはそのせいで、いわゆるこのゲーム世界における『隠れ魔導書』というやつを何冊も持ってるらしいからな。なんにせよ、敵には回したくない女だ……)


「あら。ギジュン。あんた、なんだか自分がモテると勘違いしてるビジュアル系バンドのギタリストかなんかみたいね」


「放っとけよ!」霧が突如として晴れ、草原にはピクニックをする小学生くらいの女の子がいた。チェックの敷物の上に座り、バスケットの中のサンドイッチをもぐもぐ食べている。「この容姿のほうは前回同様、俺が選んだものじゃないからな。GM(ゲームマスター)ともいえるコンピュータのほうで勝手に決めるか何かしてるんだろ」


「ふう~ん。でもあたし、ラスボス倒したあと現れる、あの宇宙のワームホールみたいのに吸い込まれて落ちてく瞬間……そのあたりについては結構色々念じてお願いしてるのよ。『可愛い女の子がいいです』とか、『美少女アイドル風にお願いします』とか、そんなふうにね」


「で、今それかよ」


 ギジュンはロージィの隣に座ると、バスケットの中に勝手に手を突っ込み、鹿肉のハンバーガーをもぐもぐ食べた。彼はなんの肉かまではわからなかったが、(うまい!)と思ったのは確かである。


「うるさいわねえ!次はロリコンっぽい感じでお願いします……とは言わなかったはずなんだけど、なんか『不思議の国のアリス』風になっちゃったわけ。ま、べつにこのまま成長しなくても、ここの世界じゃどってこともないものね。あ、でも時々カップルになって教会で結婚式挙げたりとか、そういう人たちはいるみたいよ。ギジュン、あんたも誰か見つけてそんな形で落ち着けば、『このVRゲームを真実の意味でクリアするためには』云々、今後は考えなくなっていいんじゃない?」


「馬鹿いえ」と、ギジュンは水筒からそのままレモネードをごくごく飲んで言った。「ゲームの中で結婚なんかしてどうする。あのな、これはあくまで仮の話だぞ?実は俺がとんでもないロリコンで、ロージィと結婚できなきゃ死ぬというくらい入れあげたとするな?いや、これは流石にたとえが悪いか。とにかく、パーティ組んで戦ってるうちに特殊な連帯感が生まれ、それを恋だと錯覚したとする。で、相手のほうでもそう思うか、俺のことを憎からず思っていたとする……だが、すべてはここを出ていってからの話だ。少なくとも俺のほうではそうとしか思えない」


「ギジュン!あんたなんで水筒に口つけたのよ!?きったないわねえ。もうそんなばっちいの、コップに注いで飲めないじゃないの」


 ロージィは怒って立ち上がり、ギジュンの尻の下からチェックの敷き物を無理やり引き抜いた。彼らの関係性というのは概ねこうしたものなので、おそらく今後とも恋愛感情が発生することはないであろう。


 とにかくギジュンはぷんぷん怒ったままのロージィの後ろについて、彼女の<薔薇屋敷>のほうへ向かった。ウィル・オー・ウィスプは赤いのも青いのもすでに姿を消している。薔薇屋敷の後ろはどこまでも澄んだ夏の青空で、いばら姫の城のようにその庭も屋敷を囲む塀も何もかも――白や黄やピンク、あるいは赤や深紅、紫や青などの薔薇がそこいら中に絡まっている。


「ギジュン、どうせあんたまた、『自分もあたしもレベル999同士、他にもいる似たような連中を集めて真のゲームクリアー目指そうぜ』とかって誘いにきたんでしょ?」


「ああ、まあな」


 三人の天使がラッパを吹く噴水のところまでやって来ると、ロージィはくるりと振り返ってそう言った。<薔薇屋敷>は屋敷と呼んではいるものの、実際には石造りの城だった。以前ここで紫の長髪キャラだったギジュンに誘われた時……彼女は口ではきっぱり断り、ほとんど強引に彼のことを追い返していたものだ。けれど、実際には迷っており、ギジュンが立ち去ってからは寂しい思いとともに後悔していた。そして、彼がもしもう一度ここへやって来たとしたら――自分ももう一度ゲームクリアを目指してもいいと思ったのだ。たとえそれがまたしても無意味なものとして終わり、単にレベル1へ戻るだけのことであったとしても。


「一緒に、行ってもいいわよ。あたしも毎日、薔薇の品種改良したり、この世界のハーブといった植物の分類にも飽き飽きしてきたしね。んで、次はどうするの?あんた、あたし以外にも修験者だか隠者だったかなんだか、心当たりがあるってことだったけど……」


「ああ、まあな」と、ギジュンは驚きとともにもう一度言った。ロージィを説得するのは今回も困難だろうと覚悟していたのに、あっさり承諾してもらえて驚いたのだ。「もうふたりくらい、心当たりがあるんだ。ひとりは<騎士屋敷>にいて、普段はほとんどそこで隠居生活を送ってるに等しい白騎士と……」


「白騎士ですって!?」


 ロージィの頬が突然、パッと薔薇色に輝くのを見て、ギジュンは驚いた。途端、周囲の薔薇の城のイメージとも相まって、彼の中には唇に赤い薔薇をくわえた騎士の姿が連想的に浮かぶ。もしかしたら彼女の異性の好みは、そうしたものなのかもしれない。


「ああ。桜の白騎士とかって呼ばれてる奴だ。普段、騎士軍団のほうは騎士団長がまとめてるらしいんだがな……何かあって本当にやばくなったら最後のラスボス的に登場するために存在してるってことらしい。残りもうひとりが……まあ、こんな言い方しちゃなんだが、ただのブタだ」


「ただのブタですってえ!?」


 ロージィは今度は素っ頓狂な声を上げている。


「ああ……俺もあまりよくは知らないんだがな。彼もまたこのゲームを何十回となくクリアし、俺と同じく『真のゲームクリア』を目指す勇士を探しているらしい。だがまあ、実際にはただのブタと侮られ、なかなか仲間集めが進まないってことだった。白騎士の奴は白騎士の奴で、騎士屋敷にいるのがそこそこ快適ってことで、今の立場に甘んじてるようなところがあるんだな。だから俺がいくら誘っても『うん』とは言わず、いつ行っても『もう少し考えさせてくれ』としか答えないんだ」


「へえ~……なんだか面白そうね!あたしも今の生活に飽きてきたところだし、早速その桜の白騎士だかブタ野郎のところへ向かいましょうよ。ここの場所は空間魔法を使って鎖しておけばいいだけのことだもの」


「あ、ああ。そっか……」


 とんとん拍子に話が進み、ギジュンとしては少々面食らった。そしてロージィが人差し指で口許を押さえ、何かの呪文を唱えると――噴水の水は止まり、あたり一面を覆っていた花も草も枯れ始めた。と、同時に呪われたようないばら城の完成と相成り、流石にギジュンも少しばかり不安に駆られる。


「旦那!我々もお供しますぜ」


 青いウィル・オー・ウィスプがぱっと現れたかと思うと、周囲三メートルくらいを明るく照らしだす。後ろを振り返ると、赤い鬼火を手のひらの上にのせたロージィの姿がある。


「ねえ、あたしの留守中は地下に眠るいばら姫の目を覚まさせるためのイベントまで用意しちゃった!あたしって親切?」


「すげえな、おまえ。そんなことまで出来んのか?」


「まあね!同じレベル999でも、あたしは魔導書に焦点を絞ってあちこちで集めまくってきたからね。今じゃこのゲーム世界のプログラムの一部に干渉することまで出来るのよ」


「へえ……にも関わらずおまえ、このゲームを本当にクリアする方法についてまではわかんないんだよな?」


 ロージィはこの時、明らかにムッとした顔をしていた。


「そりゃそうでしょ!あたしはGM(ゲームマスター)でもなければ、このゲーム世界の管理者ってわけでもないんだから」


「……………………」


 ギジュンはこの時何か釈然としないものを感じたが、そのうまく言葉で表現できない疑問については、一度通り過ぎ去らせることにした。何分、ここ薔薇屋敷から騎士屋敷までは距離として遠く、ふたりきりで長く旅を続けなければなるまい。そう考えた場合、ロージィにそのあたりのことをもっと突っ込んで聞く機会であればいくらでもあるに違いないと思ったせいである。




 >>続く。






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