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意識回廊  作者: 亜衣川藍
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第1章~モモちゃんの世界~(A1α2ゾーン領域)

 目が覚めるとモモちゃんは、可愛いピンク色の部屋にいました。窓はすでに開け放してあり、張り出し窓の縁には小鳥さんたちが集まってモモちゃんにしきりと話しかけています。


「モモちゃん、お寝坊さん!早く目を覚まさないと午前中のいいお時間が鳥の翼のように過ぎ去っちゃうんだから」


 それは、青い鳥でした。隣の水色の鳥さんは彼の奥さんです。


「そうそう!もうお屋敷のみなさんはすっかり早起きして、家事に取りかかっておいでですよ。モモちゃん、今日もお手伝いする前にミミさんとリリさんがお掃除をすませてしまうんじゃないかしら?ネズミのネネさんはチーズ作りに取りかかってるし、そろそろピクニックの準備も終わってしまいそう」


「た、たた、たーいへーん!!」


 モモちゃんは小鳥さんたちのお話が耳に入ってくるなり、ぱっとベッドの上に体を起こしていました。もし青い鳥さんと水色の奥さんが「ピピピ、ピィチチっ!!」と何度もしつこく起こしてくれなかったら、危うく今日も完全に寝坊するところだったのです。


 バタン、とモモちゃんが二階の寝室からドアを開けて出てくると、階段の下のほうではお屋敷の住人たちがみんな忙しく働いているところでした。階段ではエプロンをつけたクモさんたちがたくさんある手足に箒を持って掃いていましたし、みんなモモちゃんがやって来るなりサッと左右に分かれて挨拶します。


「モモちゃん、おはようございます。いい朝ですね!」


「でも今日もたぶん、お仕事は窓ふきとお皿ふきくらいしか残ってないんじゃないかしら?」


「ふふふ。ピクニックへ行くにはとってもいい日よりですよ。お留守番ならわたしたちがしておきますから、安心しておでかけくださいますように!」


 モモちゃんはクモさんたちに、「おはよう、みなさん。お仕事ごくろうさまです!」と声をかけると、バタバタと急いで居間を横ぎり、キッチンのほうへ向かいました。埃とちりが舞い上がりましたが、クモさんたちは気にしません。彼らはこれが大好物でしたから!


「いやあ~ん。どうしてみんな起こしてくれなかったの~?」


 キッチンは朝食のいい香りで満ちていました。パンはすでに焼き上がってましたし、オムレツも焼いてあります。さらに、オーブンからはクッキーやマドレーヌなども出されるところでしたから。


「あら、もちろんわたしたち、モモちゃんのこと起こしましたよ」と、うさぎのミミさん。「でも、モモちゃん起きなかったんですの。右へ体をゆすぶっても、左に体をゆすぶっても……だからリリさんと『これはダメですわね』ってお話しして、わたしたちだけで朝ごはん作りをはじめたんですわ」


「そうですとも」と、リスのリリさん。「もうお掃除も終わってしまいました。それに、ピクニックに持っていくおやつ作りもすんでしまいましたしね。モモちゃんのするお仕事はただ、朝ごはんとピクニックのおやつを食べることだけです」


「そ~んな~!!」モモちゃんはすっかりショックを受けて、泣きださんばかりです。でもお腹がすいていたので、木のテーブルの横にある木の椅子にちょこなんと腰かけると、テーブルいっぱいのごちそうに手をのばし、ぱくぱく食べはじめました。「みんな、朝早起きしすぎなのよ。わたしが起きてくるまで待っててって、いつもそう言ってるのに……」


「何をおっしゃいますやら」テーブルの上にあった特大のチーズの横から、ぴょこんとネズミのネネさんが姿を見せて言います。「あたしたちみんな、太陽が昇ってくる頃か大抵はその前から目を覚ましているもんですからね。どうしたってモモちゃん、あなたがあたしたちに合わせて早起きする以外、他はどうしようもありゃしません」


「ネネさん、今日もおいしいチーズをありがとう!」


 リリさんはお花模様の可愛らしいクッキー缶を開けると、そこからカシューナッツやピーナッツ、くるみの中身だけのを取りだしてネネさんに代金として渡しました。ネネさんは小さな両方の手をすり合わせると、嬉しそうにリリさんから受けとり、エプロンのポケットやその下のドレスにいそいそしまいこんでいます。


「それじゃ、モモちゃんごきげんよう!あたしはこのナッツ類をだんなや子どもたちと分けて食べにゃあなりません。明日のチーズをどうぞお楽しみに」


 ネネさんはそう言うが早いか、透かし彫りの入った木製テーブルの脚をくるくる駆けてゆき、そのままお屋敷の片隅にあるネズミ穴のところへ一目散に駆けてゆきました。モモちゃんは焼きたてパンの上にこの黄金色のチーズをのせると、オムレツと一緒に食べました。なんておいしいんでしょう!そしてこの日もおいしい朝ごはんを食べるうち、早起きできなかったつまらなさのことは忘れ、午後のピクニックの予定について考えはじめていたのです。


 うさぎのミミさんは、「モモちゃん、お豆やお野菜も食べるのです」とか、「オレンジジュースでビタミンCを取りましょう」とか、毎朝飽きもせず大体似たようなことを口にします。リスのリリさんはクッキーやマドレーヌの温度が下がるのを待ち、早速とばかりバスケットにおやつとして詰め込んでいます。そしてそうこうするうちにも時々、エプロンのポケットから例のナッツを取りだしてカリカリせわしなく食べるのでした。


 ミミさんの今朝の朝食は、朝一番にお庭で取れたたんぽぽの葉っぱと黄色い花の部分です。ミミさんもリリさんもモモちゃんと一緒にクッキーやクロワッサンを食べますが、どうやら主食のほうは一応こちらのようでした。


 モモちゃんは食事のあと皿洗いを手伝うと、「いっけなあい!忘れてた」と思いだし、屋敷のほとりの小さな池にまで、顔を洗いにいきました。ミミさんもリリさんも一緒についてきて、手の表面にちょっと水をつけると、顔を洗ったり、フサフサした耳のあたりを簡単に毛づくろいするように何度も撫でるのでした。


「モモちゃん、髪を結ってあげましょう」


「冷たいお水で、あ~さっぱり!」と、モモちゃんが水面に映る自分の頬を二度ほどはたいていると、リリさんがタオルでモモちゃんの顔をふいてくれます。そしてそれがすっかりすむと、ミミさんがエプロンのポケットから櫛やゴム、それにリボンを取り出してそう言いました。


「あら、い~のお~?」


 モモちゃんは毎朝そう言うのでしたが、本当は心のなかではわかっていました。うさぎのミミさんもリスのリリさんもモモちゃんの髪の毛を梳きすかしたり、三つ編みに結ったりするのが大好きなのです。でもモモちゃんは「そこまで言うなら、させてあげてもいいわよーう」なんて、やな言い方は絶対しません。ただふたりが嬉しそうに自分の髪を結ったり、最後にリボンをつけたりするのを、同じように嬉しそうに横目にちょっと見るというそれだけでした。


「モモちゃん、今日は編みこみの少し下のところからシロツメクサを三つ編みのところに巻いてみましたよ」


 仕上げに、同じように真っ白いリボンをつけて、ミミさんが最後にそう言いました。「あら、ありがとう!」とモモちゃんは言って、池の水面に自分の姿を映してみようとしました。水面は鏡のように輝いているのですが、それと同時に顔のほうはやっぱりそこまではっきりわかりません。そこでリリさんが、やっぱりパリポリひまわりの種をかじりつつ、エプロンから小さな手鏡を出して言いました。「モモちゃん、この鏡をごらんなさいな」


「わあ~、すってき~!!」


 モモちゃんはまるで大人の女のひとのように、右や左から鏡に映る自分を見て喜びました。モモちゃんの髪の毛は赤みがかったブロンドで、陽が当たるたび、それが時々金色のようにも銀色のようにも赤銅色のようにも見えていました。時々、ミミさんとリリさんは「今朝はどの花をモモちゃんの頭に巻くか」で喧嘩になることがありますが、モモちゃんはうまくふたりの言い分を聞くようにしています。つまり、そういう時には自分の意見よりも、きのうはリリさんの言い分を聞き入れたから、きょうはミミさんの意見をとおそう……といったように、常に平等であることが大切なのだと、よくわかっていましたから。


「やあ、モモちゃん!」


「モモちゃん、こにちわ!」


「ごきげんよう、モモちゃん!」


 ぶう~んという音とともに、ミツバチたちが何匹かやって来て、ミミちゃんの髪のシロツメクサにとまって挨拶してゆきます。ハチたちはそれがどの種類のものでも、少しもこわいことはありません。モモちゃんは彼女たちがとても働き者で、毎日おいしいハチミツを届けてくれることもよく知っています。だから、みんなと仲よしなのです。


「ハチさんたち、こんにちわ!いつも美味しい蜜をありがとう」


 いつものことですが、ハチさんたちはみんな、モモちゃんの返事を聞くか聞かずかといったところで、すぐにまた飛び去っていってしまいます。みんなせっかちさんなので、蜜あつめする最高の時間をのがしたくないのでしょう。


「さあ、わたしたちもそろそろピクニックへ出かけましょう」


 ミミさんに促されて、クローバーの野の中を、モモちゃんはリリさんと一緒に立ち上がり、お屋敷のほうへ戻ることにしました。「きょうという日」、モモちゃんやミミさんやリリさんの住むおうちは、優しいクリーム色をして、三角屋根のほうはだいだい色でした。ドアのほうは緑色で、窓枠のほうは茶色い木で出来ています。


 でも、明日はまたどうかわかりません。なぜって、毎朝モモちゃんが目覚めるごと、物のかたちは変わっていることが多いからです。そしてモモちゃん自身はそのことを不思議ともなんとも思っていませんでした。明日目が覚めて、壁が水色でドアが金色で、窓は銀色、屋根のほうは濃いブルーでも――モモちゃんにとってはなんら不思議なことではありません。ただ、「お屋敷さんはきょうはそんな気分だったのね!」と、そう思うだけなのです。


 同じように、モモちゃんの世界では太陽は北からも南からも東からも西からも昇りました。何故でしょう?モモちゃんの理解としてはこうです。「太陽さんはきょう、西から昇りたい気分だったのね!」とか、「南に沈みたい気分だったのね!」とか、そんなふうに思っていました。そして夜になるとお月さまやお星さまが輝く世界となるわけですが、太陽がひとつなのと違って、お月さまもまた「その日の気分によって」、夜空に三つ同時に現れることもあれば、時によっては五つも六つも七つも浮かんでいることがあったものです。月に関してはモモちゃんは次のように考えていました。お月さまには子どもが何人もいて、その子どもたちは時々ぐずって夜になってもお空へ昇りたがらないことがあるのです。それで結局お月さまのお母さんは、「そんな子は好きなようにしなさい!」と叱ると、一番大きな存在としてお空に姿を現します。それから、色々な大きさのお母さんよりも小さなお月さまたちが、「ママ、まってえ~!」とそのあとを追ってゆくのです……夜空で輝く間、その月たちはラヴェンダー色だったり、薄い黄緑だったり、海のように青かったり、色々な色や形をしています。それから次に星々が姿を現すのです。


 ダイヤモンドのように輝く星々!こうして夜空にみんなが揃うと、みんながお歌をうたいはじめるのです。しゃんしゃん、きらきら、しゃんしゃん、きらきら……鈴の音や瞬きの音に混ざって、時々トライアングルに似た澄んだ音も聴こえるようです。モモちゃんは毎日こうした、夜空のオーケストラの音色に包まれて眠りにつきます。モモちゃんは幸せでした。いつでもどんな時も、大抵大体幸せでした……モモちゃんの世界では、すべての生きとし生けるものがモモちゃんの幸せのために働き、そうしてモモちゃんが不幸になることがないように、完全に守ってくれていたからです。それが、モモちゃんがいつでもどんな時もほとんど毎日幸せなことの理由であり、その秘密の源となることだったのです。




 >>続く。






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