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意識回廊  作者: 亜衣川藍
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第13章~ブタの王子さま-【2】-(Z9Λ6ゾーン領域)~

『ごめん、シド……っ!!それに他のみんなも……ぼくのせいでこんなことになって……っ』


<暗黒の門>――いや、最早この上もなくはっきりと<地獄の門>の内側へ自分たちはやって来てしまったのだとわかって以降、ヒデヒコはこの上もない罪悪感に苦しめられていた。


 彼だけではない。パーティのリーダーであるシド・シヴァンも高位僧侶のリナルド・ライナーも特級魔法使いのイゼベル・マリエントも……他に二十名以上いた仲間のほぼ全員が、<地獄>としか呼びようのない場所へ来ていくらもしないうち、少しずつ生きる希望を失っていった。


 彫刻家ロダンの<地獄の門>を模したような巨大門をくぐった時――彼らの身に起きたのは次のようなことだった。まず、扉の内側へ全員が到達すると同時、その黒鉄の門はなんとも言えぬ嫌な軋み音を立てて閉まった。と同時、強い硫黄の匂いが鼻をついた。そしてそのことに気を取られていると、背後で扉のほうが恐ろしい音をさせて閉まり、さらには完全に暗闇の中へ消え去っていたのだ。


 何分、メンバーのほうはレベル999の猛者プレイヤーばかり。ほぼその全員がすぐ照明用に火球の呪文を唱えた。だが、次の瞬間にその場にいた者にわかったのは……地上フィールド、あるいは他のどんなダンジョンでも見かけたことのない、醜悪な怪物に周囲を囲まれているということだった。


『お、おい……っ!!バトルフィールドに突入とかなんとかねえのかよっ』


 しかも、一切なんの間も置かずにモンスターに襲いかかられ、その場にいた全員が混乱した。いや、パニックに陥ったと言っていい。何故といって、一つ眼で巨大な角を持ち、体中毛むくじゃらの怪物や、人間の顔をした大きな鱗を持つうねる蛇、その他目玉が六つある口の裂けた奇怪な化物など……そんな存在が次から次へと襲ってきたからだった。その上、これはただのVRゲーム内におけるバトル(戦闘)などではなかった。相手に襲われると肉が裂け、血が飛び散り――ゲーム内で感じたことのない痛みが発生するとわかったからである。


『ギャアアアアッ!!』


 そうとも知らず、不用意に剣を抜き、<地獄のキュクロプス>、<スネークデーモン>、<悪魔の毒サソリ>、<巨大ムカデナメクジ>……といった気味の悪い生き物に戦いを挑んだ者らはそれぞれ痛い目を見た。つまり、地上フィールドにおいて、あるいはラスボスのいる地下ダンジョンにおいてですら――彼らは痛みを感じたことまではなかったからだ。


 けれど、ここ地獄フィールドにおいては、人間の顔をした青いサソリにハサミの部分で攻撃されると鋭い痛みが発生したのである。上半身にあたる部分がナメクジで、下半身がムカデの気味の悪い化物が口から紫色の粘液を吐きだすと、それは壁を酸によって溶かしていた。頭がコブラの悪魔は鋭い爪によって一度に何人もの仲間を薙ぎ払い、一番手前にいたプレイヤーの頭を、いかなる呪文によってか爆発させていたのである……キュクロプスに至っては棘のついた棍棒によって釘でも打つかのように、三名のプレイヤーを一度で瞬殺していたほどだ。


 とにかく突破口を開くしかないと判断し、この二十七名ものパーティのリーダーであるシド・シヴァンは――自ら先頭に立って戦いはしたが、安全に逃走経路を守ることまでは出来なかったと言える。何故といって彼自身恐怖にかられ、まずは自分も逃げること、それ以外は何も考えられぬ状態にあったからだ。


 この最初の予期せぬ地獄フィールドでの戦闘によって、仲間は十四名にまで減っていた。いや、それでももしただ単に『死んだ』、あるいは『ゲーム世界で死んだ瞬間、プレイヤーの精神/意識はリアルワールドへ戻った』ということなら……おそらく救いはあったことだろう。暗いダンジョン世界を逃げ続け、あたりに怪物の姿がなくなってのち、シドやヒデヒコは点呼を取った。もちろん、仲間を救いに戻りたい気持ちは誰にもあったとはいえ――再びあの怪物どもと相まみえることを思っただけで、身が竦んで動けないという、誰もがそうした精神状態だった。


 そんな中、高位僧侶のリナルド・ライナーと尼僧のマリー・マグダレーナ、このふたりが生き残っていたことは唯一救いとなることだった。このVRゲームをはじめて以降、痛みや痺れや眩暈などを感じたのはこれが初めてだったが、彼らが回復魔法を唱えると血の流れた場所は急速に塞がり、気分のほうも意気軒昂としてきたからだ。


『これ、一体どういうことなんだと思う……?』


 リナルドとマリーは自分たちも含めた十四人のHP(体力)を回復させたことで――互いのMP(マジックポイント/精神力)が激減したことにより、強い不安に駆られていた。確かに、HP/MPなどがすべて一気に回復するアイテムや呪文など、今はまだ十分残されている。だが、もしここ地獄ダンジョンにおいて、新しく宝箱を見つけるなどして補充できなかったとすれば……自分たちはいずれジリ貧になっていくのではないか?


 慌てて走って逃げる過程において、突然通路のトラップが作動し、どことも知れぬ暗闇の穴へ落ちていった仲間もいた。また、いつなんどき、再びどこから悪魔やモンスターに襲われるかもわからぬことから……十四人は自分たちが地獄と繋がったダンジョンのどのあたりに位置するのかさえわからぬまま、不安と恐怖に怯えつつ、まずは岩壁の大きな窪みのところで、半円形となって作戦会議を開くことにしたのだ。


『最初は確かにビビったが、とにかくこれは結論としてはVRゲームなんだってことがわかってほっとしたぜ』


<総合格闘家>と職業のところに表示されている、戦士であり武闘家であり剣闘士でありウォリアーモンクでもあり、さらにはマスター・ウィザードの称号も持つレベル999のアルマリス・マルサリスが言った。筋肉ムキムキの渋い親父が赤鋼の甲冑に身を固めているといった容貌だが、実は彼は女性であるという。


『そうだな』と、盗賊(シーフ)のルウェイン・ガースが頷く。彼は見た目としてはアルマリスの半分くらいの身長で、体重はもっとないようにしか見えない。とはいえ、修道士、魔術師、召喚士、拳闘士……といったように、ある程度さまざまなジョブを経験しレベルも上げているため、並のモンスターが倒せる相手ではなかったろう。『ようするに見た目としちゃあさ、オレがアルマリス、あんたに勝つってことはありえないとしかフツーの人間には思えんだろ?けど、ゲームのシステムに照らしていや、この世界では数字が絶対だ。つまりオレみてえな小男でも、あんたより圧倒的に数字上の力が上なら一発でぶちのめせるようなパンチやキックを繰り出せる。簡単にいえば、オレのこの見た目は細っこい腕や足から繰り出されたもんでもあんたみてえな大女を一発でKOできるってこった。それに、オールキュアとかヒールの最上級呪文なんかもちゃんと効果があって怪我も治る……これはやっぱりゲームに過ぎない。ただ、裏ステージにありがちなことながら、ダンチでモンスターのレベルが突然上がったにすぎないって考えたほうがいいんじゃねえか?』


『で、でも……っ』と、リリアナ・マクシモアが、妖精のピンクの羽根をパタパタさせながら、不安そうに言う。彼女もまた、一般攻撃魔法・守護魔法その他、レベル上げによって魔法使いが得られるものはすべて使えるのみならず、回復呪文も使えれば、戦士系のジョブも選んだことがあるため体力もあり、手にした虹色メイスによる攻撃力は小さいながら相当なものだったと言える。しかもそこには、モンスターを混乱させる効果まで付与されていたのだから。『他の……死んじゃったっていうか、ガルシアやリンネやランドロスや……かなりひどい、ありえない殺され方だったけど、あんなことがもしもう一度起きたら……あたし、絶対ヤダ。っていうか、マジでもうほんと帰りたいっ。そりゃあみんな、「くっそーっ!!気味の悪い魔界のモンスターどもにやられたぜっ」とか言って、今ごろリアル世界のほうで復活してるんだろうけど……』


『いや、やっぱり何か変だぜ、このゲーム』暗闇の中、火球に照らしだされたその顔は、どこか虚ろで暗かった。魔戦士であるセルシオ・ファジオは、いつもは明るく、冗談をよく飛ばすタイプの人間だったのに。『その、なんつーか、おれ……体の傷の痛みやなんかと一緒に色々思いだしたんだ。それ、なんていうか……地上フィールドにいてゲームやってる間はすっかり忘れてたんだけど、ここへ来てから急に色んなことを思い出したっていうか。意味、わかる?たぶんここ、おそらく意識フィールドとしちゃ、よりリアルワールドのそっちに近いんだよ。だから、この地獄の出口とか、真実ほんとうのエンディングとかいうのはきっと――おれたちが現実へ戻る道筋にあるっていう、そうしたことなんじゃないのか?』


 セルシオのこの言葉に、誰もがしーんとした。というのも、彼は仲間の誰かが落ち込んでいるのを見ると、いつでもそれとなく話しかけたり、場を明るく盛り上げるのを得意とするタイプだったからだ。そのセルシオ・ファジオがこんなにも落ち込んだ様子を見せている……そして、それと同時に誰もが彼と似た感覚を覚えてもいたのである。うまく説明することは出来ないにせよ、どちらかといえばそれは直感として。


 ギャンブラーのサージェスも、呪術師のイゼベルも、冒険家のユリウスも、踊り子のリュネットも……他のヒデヒコを含めた残り九名のプレイヤーたちも、この時リーダーである聖騎士シド・シヴァンのほうをじっと見た。とはいえこの時、おそらく仲間の中で一番落ち込んでいたのは勇者ヒデヒコだったに違いない。何故といって、自分が裏の――いや、真実のゲームエンディングのヒントについてみんなに語ったことが原因で、地下ダンジョンに存在する<暗黒の門>をついには探りあてていたのだから。


(もしぼくがそんなことを言い出しさえしなかったら、リンネもランドロスもガルシアも、死ななくて……いや、一発ゲームオーバーにならなくて済んだはずなのに……)


『直感としては俺も……セルシオ同様、おかしいとは感じている』と、みなの中央に座してシドが言った。彼は別名<赤髪の銀騎士>と呼ばれるとおり、深紅の炎のように赤い髪、それに銀色に輝く甲冑を身に着けた騎士だった。『だが、それと同時にやっぱりゲームなんだなとも思うわけだ。何故といって、俺たちの攻撃はあの魔物どもに十分通用したし、何体かは倒すことも出来、そのことで経験値が上がりもしたからだ。ただ、感覚としては地上にいた頃より何かこう……妙に現実感があってリアルな感じがする。みんな、覚えてるか?<暗黒の門>が開くと同時に、なんとも嫌な硫黄の匂いがしてきたのを……』


『ああ、あの卵が腐ったみてえな、やな匂いな』と、ルウェイン。それに対して、一メートルも身長のないリリアナが、首を傾げてみせる。『そーお?あたしにとってはそこまで強烈な匂いじゃなかったわよお。変な話、ポテトチップス食べたあとのおならみたいな……』


 ここで、一同の間で久しぶりに笑いが生じた。とはいえ、それは最後には尻すぼみなものとなり、リナルドが「しっ!」と口許に人差し指を立てたことで完全にやんだ。あの気味の悪い化物どもが聞きつけて、こちらへやって来るとも限らなかったからだ。


『ええと、つまりだ』と、シドがリーダーとして話をまとめようとする。『俺もこの<エルガンティア・ストーリーズ>をはじめて相当長いもんで、今じゃもう最初に読んだトリセツ的なもんについては忘れちまってるが……たとえば、宿屋に入って食事をしたとするよな?で、トーストとオムレツやソーセージが出てきたとして、人によって味は異なるってことだった。なんでかっていうと、それはリアルワールドの俺が舌を使って味わってるわけじゃなく、あくまで俺たちの記憶とその再現度に関わってくるって話だからだ。俺には俺の、『トーストってこんな味だよな』とか、『卵焼きはこんな味』とか、あとはそれがソーセージでもステーキでもなんでも、記憶にある『大体こんな味』っていうイメージを再現してるに過ぎないわけだろ?つまり、ネヴィロッドの町に『フロッグジュース』なんていう奇妙な飲物があるけど……』


『そうそう!』と、尼僧のマリーが頷く。彼女はその職業にも関わらず、大のお酒好きだった。『大抵の人はみんな、あの緑色の飲料がメロンソーダだっていうんだけど、あたしにとってはカクテルのグラスホッパー味なのよねえ。酒豪連中の間じゃあ、他にエメラルド・シーとかフレンチ・エメラルドとか、エメラルド・オーシャンとか、人によって味が違うらしいんだけどね』


『そりゃそうだって』と、マリーの飲み友達である、ギャンブラーのサージェスが笑って言う。『緑のカエルなんか流石に誰も食ったことねえだろうからな。となると、『フロッグジュース』のあの真緑の液体からそれぞれが連想する味が再現されるってわけだよ』


『あ、でも、クナイデル王国の王都クシャナトリアの宿屋なんかには、夕食のご馳走としてメニューにカエルがあったりするじゃない?でも大抵の人はカエルなんて食べたことないから、あれも鶏肉の味に似てるって人が多いみたいよ?たぶん、形がちょっと鶏の脚あたりを焼いた感じに見えるからじゃないかって話だけど……』


 巫女くノ一のカエデ・イノウエがそう口にすると、ここでもやはりみんな笑わずにはいられなかった。<エルガンティア・ストーリーズ>に登場する国の主要都市へは誰もが立ち寄ったことがあり、そうした際に宿屋や食堂、レストランなどのメニューに見慣れぬ食事の品があると、つい注文してみたくなってしまうのだ。


 ここで、クシャナトリアのカエルが鶏肉の味だと思った者は九名であり、牛肉に近かったと感じた者は三名、残りの二名が羊の肉に似ていたということがわかった。シドもヒデヒコも、あんなひどいことがあったあとで、仲間のみんなが暫しなごんでいたため、少し時間を置いていたが――再びみなが『自分たちは地獄にいるのだ』との認識に戻ってのち、シドがようやく話の続きを開始する。


『つまりさ、あの硫黄の匂いも原理としては同じことだと思うわけだ。AIっていうのは、<地獄っていうのはイメージとしてこんなものらしい>とインターネットの海を探索してまとめたものを再現しているに過ぎない……地獄のキュクロプスにやられた連中は特に殺され方が残酷すぎてビビったけど、これからはおそらく、戦うばかりじゃなくうまく逃げるってことも戦闘においては大切になってくると思うんだ』


『とはいえ、あんな死に方をした日には、リアルワールドのほうで甦った時でさえ、なんとも寝覚めの悪い思いをすることになるんじゃねえかって気がするがな』


 アルマリス・マルサリスが溜息を着いて言った。彼女は仲間のガルシアやリンネやランドロスのそばにいて、彼らを守れなかったことを悔いていた。だが、やられた仲間たちが攻撃される前に殺れなかったということは、敏捷性において<地獄のキュクロプス>の数値のほうがサイコロの目にプラスして上だったのだろうと、今はそんなふうに判断している。


『み、みんな……』と、ドキドキしながらヒデヒコが切り出す。『さっき、逃げる途中で遭遇した<地獄のバジリスク>を倒した時……アイテムが出てきたんだ。これ、どうやらこの地獄のダンジョンの地図みたいなんだけど……』


 極力静かにしなければと思いつつ、この時やはりみなは「わっ!」と叫び、シドの隣に座るヒデヒコのことを取り囲んだ。『そーゆーことは早く言えよなー』とか、『で、で?結局この地獄ってどーなってんの?』とか、『マップがちゃんとあるってことはさー、やっぱクリア出来ることを意味してんじゃねーかよお』だの、『心配して損したあ。もしかしたらトゥルーエンディングに挑んでる第一組があたしたちって可能性もあるよね?』、『だとしたらマジすごくね?』……といったように、一気に話が盛り上がる。


 ――だが、現実のほうはそんなに甘くなかった。それは地図の外観としてはボッティチェリの描いた『地獄の図』によく似ており、青白く表示されたマップの各階層にひとつずつ触れていくと、それが全九圏から構成されており、すり鉢状になっているため、底へ行くほどフロア自体の面積は狭くなっていくように見える。


『オイラ、ダンテの<神曲>って読んだことねえけど、一番底のところに魔王ルシフェルがいて、そこがコキュートスとかって呼ばれてるらしいってことくらいは知ってるぜ』と、超大道芸人のレジナルド・ロビンスが言った。格好もメイクもピエロそのもので不気味であり、仲間からは<破裂するパルプンテ>と呼ばれている。彼には<軽業師>の職業を最初に選んだ者以外には表示されない、『?????』というスキルコマンドがあり、時々突拍子もないことをやらかすからだ。『確かキリスト教じゃ、神に反逆したルシフェルが墜天使になって、地獄の一番底に封じ込められてるんだろ?たぶんオイラが思うにゃ、ネクロダンテが呼びだしたルシフェルってのは、こいつの影かなんかだってことなんじゃねえの?だからオイラたちにも倒せたけど、こっちが本体ってことなら……いや、奴の手下なんだろう地獄の一番浅い部分にいるあの連中だって相当だった。もしこれから第二階層、第三階層へと下りていくに従って、さらにあのモンスターどもが強くなっていくってことなら……』


『レジー!!あんたにしちゃ珍しく随分マトモなこと言うじゃない』と、アイドルのように可愛い舞姫リュネットが不気味ピエロの背中をばんばん叩く。『まあ、それでもなんとかなるわよ!なんでって、さっきシドが言ってたみたいに、これはあくまでゲームなんだから、仮にどんな無理ゲーであるにせよ、どこかに脱出の道は必ずあるってことだもの。だからまずはその道をみんなで模索しましょうよ』


『そうだな。リュネットの言うとおりだ』と、シドがあとを引き取る。『全員が休める休息ポイントがこの階層のどこかにあればいいが……それまでは交替で寝ずの番でもするしかないな。体力や精神力が全回復して、休んでる間はモンスターが襲ってこない天幕(テント)はおのおの99個くらいは持ってるとはいえ……よく考えてみれば、そういうシステムが通用してること自体、ゲームでしかありえないわけだが、どうする?今後、この地獄のどこかにそうしたセーブポイントでもあればいいが、確実に絶対あるという保証まではない。それまでは用心して倹約することにしたほうがいいのかどうか……』


『そうよねえ』と、リリアナが何度もこくこく頷いて言う。『確かにラスボスのネクロダンテのいる<ファースト&ラストダンジョン>(最初にして最後のダンジョン)って、休息ポイントないもんね。まあ基本的にどこの洞窟でも地下ダンジョンでもそうだけどさあ。でもここの地獄ダンジョンは設定キビシめそうだから、何かそんなふうな特典でもないとマジでヤバくない?』


『ねえ、ヒデヒコ』と、マリーが隣で表示されたマップを見ながら言う。『この地図ってそこまでのことはわかんないの?セーブポイントがどっかにないかとか、一層ごとのもう少し細かい道筋がわかるとか、そういう……』


『いや、残念だけど、マップに表示されるのはぼくたちがこれまで通ってきたことのある道だけだ。一応、トラップがどこに仕掛けられてたかとか、引っかかったものについてはわざわざ記録されてるってことだけ、親切っていや親切かもしれないけど……』


『あ~~~』と、ここでルウェインとレジーがほぼ同時に額やら頭やらを叩いている。『そうだよな。おれたち、あの地獄の魔物どもにビビッてチビッちまうあまり、大慌てで逃走してきちまっただろ?だから、いつもならオレかレジーがやってること……トラップが仕掛けられてねえかどうかだの、超初歩的なことを怠っちまったことで――アロンゾのことを犠牲にしちまったからな』


『今からもし引き返したとしたらアイツ、どこか下のほうで引っかかったりしてないかなあ?』


 レジーが心からの後悔をこめてそう言った。彼の犠牲があったればこそ、自分たちはそれぞれ飛翔魔法によって落とし穴を回避することが出来たのだ。しかも、その底の見えぬ虚ろな穴の後ろから恐ろしいデーモンどもが迫ってきたため……アロンゾのことを引き上げる努力さえしないでここまでやって来てしまった。


『そうだな。確認するだけでもしてこよう』


 実をいうとアロンゾはなかなかひねくれた性格の厄介者だった。ゆえに、シドたちは彼に難儀させられることが時々あったものだ。とはいえ、彼の気持ちもわからぬでもない。ラスボスであるネクロダンテはあくまで(仮)のような存在であり、レベルを出来る限り上げ、地上フィールドにおけるイベントの多くを経験しようとも――何故か決してトゥルーエンディングへ至ることだけは決してない。そこで、<暗黒の門>がどうたらいう眉唾ものの情報を聞き、その時たまたま偶然仲間だった連中とついうっかりこんなところまで来てしまったのだ。その間も『それがトゥルーエンディングへ至る鍵だと、何故そう言い切れる?』だのと、彼はずっと懐疑的な態度を取り続け、いかにも気が進まなそうな様子だったからだ。


(あんな奴、もういなくってもいいんじゃない?)と、言いたい者がひとりもいなかったわけではないだろう。けれど、やはり誰も何も言わなかった。それはあんな恐ろしい暗黒穴へ落ちたのはもしかしたら自分かも知れず、もし生きていたら仲間に助けにきて欲しいのは間違いなかったろうことがひとつ。そしてもうひとつ目は、色々と嫌味や当てこすりを言われ続けたというのに、心優しいヒデヒコあたりが、自分ひとりだけでもアロンゾのことを助けに戻ったのは間違いなかったからである。


 だが、あとにして思えば、それが第二の悲劇のはじまりだった。シドやヒデヒコがみんなを待機させ、自分たちだけで様子を見に行ってくると言うと、誰もが不安がった。そこで、ヒデヒコはリーダーのシドに残ってもらうことにしたのだ。もともとアロンゾと仲間だったガルシアやランドロスは死んでしまったし、他に一緒に来てもいいという人間はいなかっただろうが……結局、溜息をついてアルマリスやリナルドやレジー、それにリュネットが立候補してくれたわけだった。


 この時、僧侶であるリナルドに魔除けのバリアを張ってもらいつつ、元来た道を引き返してきてみると――まずはレジーがトラップの種類を判定し、五十メートル以上もの深さのあることがわかった。つまり、下へ落ちたとすればお陀仏である可能性が極めて高い。とはいえ、アロンゾは大賢人の称号を持っており、戦士クラス/魔術師クラス/僧侶クラス/呪術師クラス……などをレベルマックスまで極めてもいたから、HPさえ残っていれば、飛翔魔法によって上まで余裕で登って来れるはずだった。


 だが、その彼の声が暗闇の穴の中からして、「たあすけてくれ~!!」などと殊勝にも素直に求めてきたことからして――あとからしてみれば、『おかしい』と気づいてしかるべきだったのかもしれない。けれど、この時はヒデヒコもリナルドもレジーもリュネットも、流石の彼も心細いあまり弱音を吐いてしまったのだろうくらいにしか感じていなかった。ところが……。


『魔法を使って上まで上がって来れないか?』と聞いても、『無理だ。ここは何か魔法を使えない特殊な空間らしい』とアロンゾが言うのを信じ、レジーが持ってきたロープを垂らし、アロンゾがそれをしっかと腰に巻いたのを三人で引き上げた時のことだった。最後、レジーが「つかまれ」と言ってアロンゾの手を掴み、ぐいっとその体を引き上げてみると……。


『うっ、ウワアアアッ!!』


 アロンゾの頭は血まみれで、怨みがましい血走った眼でこちらをじっと見ていたのである。レジーが感じた手の感触というのも氷のように冷たいもので、その瞬間レジーは震え上がっていた。


『おやおや。どうやら落下した時の衝撃で、体があちこち折れてしまったようだぞ……』


 そう言うなり、アロンゾは白に金の縁取りのある法衣を着た体をひねり、腕の肘や足の膝の曲がったところをボキボキと直していた。それから、折れたのだろう首を真っ直ぐにすると――その五体を爆発させ、悪魔としての本性を現わした。すなわち、原型としてはアロンゾの面影を残していながら、目だけが爛々と赤く輝いており、裂けた口からは醜い牙と大きな舌が覗いたモンスターだった。ところが、首から下は毛むくじゃらの黒い体に蛇のように大きな尾、それに手のほうもライオン以上に鋭い爪を持っている。


『<アロンゾ・デーモン>が現れたって……まるっきり笑えない冗談、やめてくれる!?』


 リュネットがそう叫ぶと同時、白魔術の<浄化>(パリフィケーション)を唱える。だが、相手に与えることの出来たダメージはたったの1だった。途端、リナルドが『下がって!!』と叫び、<光の護符>を発動する。こうした時――つまりは、悪魔属性の者に対する僧侶クラスの人間の攻撃は最大化する――は、他のモンスターと対峙する時より、防御力においてもかなり有利となる。とはいえ、一度の攻撃で4,928もダメージを与えたというのに、相手は腹にぱっくり開いた傷からどくどく黒い血を流しつつも、顔のほうはまるで涼しげだった。


『あいつはもうアロンゾじゃないという判断でいいんだな!?』


 アルマリスがそう叫び、背中から黒い大剣を抜き放つと、アロンゾもどきデーモンの片腕を薙ぎ払う。この時、若干の返り血を浴びたアルマリスは毒に感染してしまったが、『気にするな!毒のほうはあいつをぶっ倒してから消せばいい!!』と彼女は戦士として堂々たる態度だった。


 ここでドスドスと黒い獣の強靭な脚によってデーモンが進み出、尻尾の蛇でレジーの肩あたりを噛んだ。まったく別の生き物であるかのように鋭く速いスピードだった。レジーは肩を押さえて痛みに顔を歪めている。地獄フィールドへ来てから、戦闘において痛みが生じることがあるのはわかっていた。けれど、今回ばかりは――。


『チッ、モロに喰らっちまったぜ……!!』


 みるみるライフポイントが減り、赤く点滅しはじめる。毒に感染したのみならず、どうやら1ターン強制的に休ませられることになるらしい。だが、そんなことより何より、レジーは精神的に大きなダメージを受けていた。無論、この場合MPに変化はない。ただ、蛇に肩をガブリと噛まれた時の恐怖と、攻撃された時に感じた焼けるような激しい痛み――こんなものを抱えながら今後は戦わねばならないのだとしたら、自分の心はどの程度持つかわからないと彼は直感していた。


『ヒデヒコ、気をつけろっ!!攻撃するとほぼ間違いなく毒に感染することになるぞっ』


 ヒデヒコはアルマリスの忠告を有難く背中で聞きつつ、この恐ろしい地獄の化物に挑んでいった。彼は背中に<エターナル・ソード>と呼ばれるロングソードを装備しており、これは別名『亜空間多元刀』、あるいは『多次元刀』と呼ばれる剣だった。すなわち、一度の攻撃で多次元空間を移動することにより――敵の持つ敏捷性(すばやさ)や総合的な能力にも関係するが、一度に二度以上必ず相手を攻撃することが出来る。ヒデヒコの仲間は今まで、彼ひとりで1ターンで七~十回攻撃し、モンスターを文字通り細切れにする姿を何度となく目撃している。


 この時も、ヒデヒコは1ターンで、七回<アロンゾ・デーモン>を攻撃し、腕にも脚にも胴にも首にも――敵が黒い血液を吹き飛ばして倒れるほどのものをお見舞いしていた。血のほうは浴びなかったが、これで本当にトドメを刺せたかどうかについては不安が残る。何故なら今までの戦闘において、地獄の怪物どもは恐ろしいHPを有しており、一気にとどめを刺さないと速いスピードで傷口が塞がり、首が半分落ちかかっていてさえ……まるで何事もなかったように反撃してくることもしばしばだったからだ。


 だが、この時は少し様子がおかしかった。アロンゾはブロンドの短髪で、眉毛も薄く金色だったことから、時々『眉なし男!』とからかわれていたが――デーモンはもう一度頭の顔の部分に、そのアロンゾの恨みがましい表情を張りつかせていた。そして「うっ、ううっ、助けてくれ……!!」と苦し気な呻き声を洩らしはじめたのである。


『引っかかるなっ!!』と、レジーがリュネットから毒の効果を消してもらいつつ叫ぶ。『それがそいつの手なんだよっ!!さっき、穴から引き上げた時だって演技だったろ!?変な同情心なんか起こさず、一気に殺してしまうんだっ。じゃないとまたすぐにこっちを攻撃してくるぞっ!!』


 リュネットは自分のターンをレジーの毒消しに使用してしまったため、自分の番が回ってきたアルマリスが黒い魔剣によりデーモンに完全にトドメを刺した。だが、さらに最後の最後――アロンゾはこんなふうに言い残していた。『勇者ヒデヒコ……おれはおまえのことが大っ嫌いだった』と、顔を歪めさせながら。


『…………………っ!!』


 このアロンゾの言葉は、ヒデヒコに大きな衝撃を与えるものだった。何故といって確かに彼は、生前(と言っていいかどうかわからないが)ヒデヒコにそう語ったことがあるからだ。おそらく、自分が卑屈な性格で<勇者>を名乗るには肝っ玉が小さく、いつでもビクビクしながら人と話していたせいだろう――そういう自分の性格を見ていると『ヘドが出る』と言われたことさえある。


 かと言って、ヒデヒコはそんなアロンゾがキライだったかといえば、不思議なことにそれほどでもなかった。というのも、他の仲間たちの多くも『アロンゾって、あたしなんかニガテ』といったように感じていたらしく、彼は決して人気者というわけではなかったからだ。つまり、パーティ内で誰からも好かれるタイプの人物に『そんな中でおれはテメェのことだけはでえっきれえなんだよっ!』と言われたとすれば、それは確かに痛手だったろう。だが、アロンゾから『キライ』と言われても、『でも、ぼくはアロンゾのこと、そんなにキライじゃないよ?』と言い返せる程度のダメージなわけだった。


 けれど、今死なんとしている今際の際において、最後の最後に言われた言葉がそれだったから――ということもあったが、それと同時にヒデヒコは嫌な予感がしていた。それが自分の杞憂であればいい、そうヒデヒコは願いさえした。だが、やはりそれは当たってしまった。その後、ガルシアやリンネやランドロスといった一度死亡したと思われた仲間が……アロンゾと同じように、体のほうは不気味なサソリやナメクジムカデだというのに、顔だけ怨みがましい表情を張りつかせ、『何故オレを見捨てたぁっ!!』とか、『見殺しにしやがってぇっ!!』などと叫びつつ、襲いかかってきたからだ。


 そのような悲劇が繰り返されたのは、地獄ダンジョンへ到達して七日間もの間続いた。そして、その後一行はダンテの描いた『神曲』の地獄篇でいうところの、おそらくは<地獄前域>と呼ばれる場所へようやくのことで到達していた。ここは、無為に生きて、善も悪もなさなかった亡者たちのいるところで、彼らは天国へ行くことも地獄へ行くことも許されず、蜂や虻に刺されていなければならないという。だが、やはりそこはゲームである。アケロン川で舟に乗り、地獄の第一階層へ渡る前に、シドやヒデヒコたちはその広い階層において、いくつか町があるらしきことを知った。地獄へも天国へも行くことの許されぬ亡者たちは、モンスターの悪魔蜂や地獄虻に始終襲われてはいなかったが、代わりに奴隷として使役されていたのである。それも、地獄に住むダークエルフやリザードマンといった存在に……。


 シドとヒデヒコたちが、暗黒の貧民窟とも呼ぶべきそうした場所で情報収集したところによれば、地獄と呼ばれる場所ではおおまかにいって三つの勢力があるという。ひとつ目が、<常若の国>(ティル・ナ・ノーグ)と呼ばれる美しく神聖な世界にいたエルフが、暗黒神や悪魔や地獄の使い魔といった存在と契約を結んだことによって生まれたとされるダークエルフ。彼らはティル・ナ・ノーグに今も存在するエルフたちとは違い、性格のほうも残忍で、人間を家畜同然に扱い、労働力として酷使するという。


『ダークエルフに目をつけられ、捕縛されたら最後だ』と、ノミだらけだという頭や体をかきつつ、襤褸をまとった男は泣きながら言った。死んだあとにまでノミやらシラミやらウジやらに悩まされねばならぬとは、実に難儀なことである。『ダークエルフに捕まって奴隷にされるくらいだったら、まだしもリザードマンに捕まるほうがよろしかろう。彼らは見た目のほうは不気味だが、意外にもダークエルフほど残酷ではなく、とりあえずそれなりに話も通じる連中だからだ』


『あんたぁっ!!あたいのシラミとってよお!』と、暗い岩窟の片隅でごろごろごろっと転がりつつ、NPCの中年女性が強い痒みを感じさせる、迫真の演技で語りはじめる。『そうそう。リザードマンはダークエルフや不死の軍団のガイコツどもよりはまだしも人間らしいと言えるもの。見た目はなんとも無表情だけど、あの蛇っぽい姿に我慢さえできれば、奴らは冷血動物かもしれないけど、不死のガイコツどもやダークエルフよりは多少なり血が通ってると言えるでしょうからね』


『えっと、ダークエルフやリザードマン、不死のガイコツについてはある程度理解しました。というのも、他のファンタジーRPGでもおなじみの存在ですからね。そうした意味で大体のところわかるという意味ですが……』


 パーティ一行を代表するように、リナルドがそう言った。この暗黒の洞窟の片隅で隠れている人間は何百人いるかもわからないという。彼らが何より恐れているのはダークエルフであり、ダークエルフが奴隷の人員が足りないというので品定めにきたり、あるいはちょっとした暇潰しに拷問遊びをはじめたりすることが――彼らは何より恐ろしいのだという。不死のガイコツ軍団どもも、兵士に欠員が出ると亡者の新鮮なのを新たに仲間とすべく、死神の鎌で首を刈りにくるということだった。だがそれはそう頻繁ということはないし、一撃で恐怖が去るという意味でも、ダークエルフどもに長く奴隷として嬲られ続けるよりはずっといいらしい。リザードマンはリザードマンたちで、地獄のあちこちに点在する闇の湖沼帯を棲み家としており、彼らはダークエルフとも不死のガイコツ軍団ともくみせず、ただ自分たちの独立を守り続けている、この中では比較的害の少ない種族だということだった。


『そこからはわしが話し申そう……』


 背中が曲がり、白い豊かな眉毛とヒゲを蓄えた老人が、杖を支えによろよろと前のほうへ出てくる。(RPGゲームとしてはいかにもな展開といった感じ)と、その場にいた誰もが感じたことだろう。洞窟の隅のほうでは襤褸をまとった亡者たちが暗がりの中で惨めにすすり泣いたり、「母ちゃん、はらへったよう」とか、「体がかいーよう」といったなんとも同情を誘う声がする。けれど、聖騎士シド・シヴァン&勇者ヒデヒコ一行は、(ゲーム、ゲーム……)とか(NPCの演技、演技……)と心の中で唱えつつ、まずは長老の話に耳を傾けることにした。


『おぬしらは、まだちゃんと生きていなさる……が、こんな地獄へやって来たことで、あえて難儀を抱えようとしていなさるわけじゃ。しかして、この老体の亡者に何をお聞きになりたいのかな?わしの知ってることでよければ、なんでも話してしんぜよう』


『では、我々の持つ地図によれば、地獄は第九圏から構成されるということで間違いないだろうか?また、最下層には堕天使ルシフェルがいるという話なのだが……そこまで行って生きて戻ってきたものは?』


『おりませぬ』と、長老は暗い顔つきで首を左右に振り、シドの質問に答えた。『というより、それは確かめようのなきこと。我々は冥府の川アケロンを渡ろうとしても渡れず、いつでも渡し守のカロンから櫂によって「しっしっ!」と、疥癬持ちの犬のように追い払われてばかりおりますでな。とはいえ、これはあくまで噂なのですが、魔王ルシフェルのヘソの緒を登っていくことさえ出来れば……そのヘソの緒は煉獄へと続いておって、さらに煉獄を旅して己の罪を浄化できた者は天国へ行くことが出来るそうな』


『行くことが出来るそうなって、それは絶対確実じゃないってこと?』と、マリー・マグダレーナが不安そうな顔つきで聞く。『やばいわ。わたし、尼僧だってのに、尼僧にあるまじきあんなことやそんなことやこんなことまでしてきてるし、どう考えても天国なんて行けそうにない気がする』


『とりあえずそのことは横においとけよ』と、同じジョブに属するリナルドが笑ってマリーの肩を叩く。『どう考えたって、この地獄と呼ばれる場所を第九圏まで行けるかどうかってことからしてあやしいからな。おじいさん、煉獄やら天国は別として、ここから地上フィールドへはもう一度戻れないんだろうか?最初に僕らがくぐってきた門は背後ですぐ消えてしまったけど、もう一度あれと同じ門が出現する場所が地獄の各圏に存在しているとか、そういうことは?』


『それが、ありませんのじゃ』NPCのキャラクター名として<地獄長老その1>と表示のある仙人のような老人が続ける。彼自身はここから動いたことがないはずであるから、「ありませんのじゃ」という言葉には当然矛盾が含まれる。だが一同はそのあたり、あまり気にしていなかった。『そうしたセーブポイントですとか、ワープポイントのようなものはここ地獄には存在しませんのですじゃ。また、おそらくみなさん試されたかと思いますがの、ダンジョンから一気に外へ出られる呪文といったものも、すべて無効化されてしまいますのじゃ』


『だよな~』と、すでに試したルウェインやレジーが深い溜息を着いて言う。『てことは、アレか?ラテン語で<この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ>ってあの気味の悪い門に刻んであったみてえに、おれたちゃもう悪魔王ルシフェルさんのへその緒とやらから煉獄へ行く以外……抜け道はねえってことなのかよ?』


『まさかのファミコン版<ドルアーガの塔>設定かよ!!』


 うがーっ!!と、レジーが紫のアフロヘアをかきむしっている。まるでNPC亡者のノミやシラミが移った、とでもいうように。


『<ドルアーガの塔>って何?』と、リリアナ・マクシモアが、首を傾げて無邪気に聞く。


『えっとだな、ようするに<ドルアーガの塔>ってゲームじゃ、塔が60階建てで、そのてっぺんに主人公の恋人のカイが悪玉のラスボスに囚われてるって設定なわけだ』と、アルマリスが親切にも教えた。彼女は昔のアーケードゲームの愛好者だったから、他にも<ファザナドゥ>や<ウルティマ>、<ウィザードリィ>といった大昔のゲームの復刻版も好んでやっている。『で、その後リメイクされたのは別として、初代ファミコン版では一気に60階まで順番にいってクリアするしかなかったんだよ。死ぬと塔から落下して一階まで戻されるが、電源を切らない限りはコンティニューできる。つまり、五十九階で主人公ギルのライフがゼロになった場合、一階まで墜落しても五十九階からやり直せる……けど一度電源切っちゃうと、データが保存されてるわけじゃないから、また一階からやり直すしかないってシステムなわけだ』


『へー。よくわかんないけど、なんか面倒くさいのね』


『なんにしても、まずは渡し守カロンとやらに頼んで、冥府の川アケロンを渡るのが最初のミッションってことになるんだろうな』と、シド。『だが、地獄の長老さんたちだって、舟に乗せてもらおうとしてカロンに櫂で追い払われちまうんだろ?俺たちなんか実際のとこまだ死んでもいないわけだから、論外ってことになるよな。この場合、どうやれば次のステージに行けるってことになる?』


『ウェルギリウスさまにお願いするとよろしかろう』


(あんたたちは頼まねえのかよ)という矛盾はともかくとして、実はこの中でただひとり、ダンテの『神曲』を地獄篇・煉獄篇・天国篇と一通り読んだことのあるリナルドが言った。


『なるほど。『神曲』の著者であるダンテが、物語の中で地獄を順に案内してもらったという詩人ウェルギリウスか。ところで親切なご老人、僕の記憶に間違いがなければ、確かダンテは地獄を第九圏まで案内してもらい、最後にルシフェルのいる最下層コキュートスから煉獄へと昇っていったはず。この場合、ルシフェルは聖書の黙示録の時代となって神に最後の反抗をするその時まで――地獄の底で昼寝でもしてるしかないってことで、我々のことは見逃してくれるんだろうか?それとも、やはりゲームのラスボスを倒すのと同じく、この堕天使ルシフェルのHPをゼロにしてぶっ倒すって方法を取らないことには、次のステージと思しき煉獄へは到達できないってことなのか?』


『はて、わしにはいまだ生者であられるあなたさまのおっしゃる難しいことはわかりませぬ』と、地獄長老1は、不可思議そうに首を傾げている。『とにかく、すべてはウェルギリウスさまにお聞きなさるのが一番よろしかろう』


『なるほどね』


 リナルドは肩を竦めて地獄長老1との会話を終えた。『もう一度、地獄長老1から話を聞きますか?』と表示の出たところを見ると、彼が提供できる情報は以上といったところなのだろう。


『さて、と。これからどうする?』


『うっぎゃあああっ!!かいいよおっ!!』だの、『たあすけてくれええっ!!』と、発狂せんばかりにごろごろ床を転がり、頭や背中をかき続けるNPCのことは無視し、シドは仲間の全員と輪になると、一旦じっくり会議することにした。この時点ですでに、マリーがシールド魔法をパーティ全員にかけ直さねばならなかったというあたり――地獄フィールドが生半可でないことが一同にはよくわかっていた。というのも、毒のある沼を歩く時などと同じく、どうやら生者というのはじわじわと地味にではあるが、移動するごとにマイナス数ポイントずつダメージを受け、ライフが削られていくシステムのようだったからだ。


『えっと、まずは地獄長老が言ってたみたいに、ウェルギリウスを探して案内を頼むしかないんじゃないか?』


 リナルドがそう答えると、隣にいたマリーが聞く。


『リナルド、あんたもしかしてダンテの<神曲>を読んだことあるとか?』


『ああ、うん。そんなに全編じっくりとかっていうんじゃなくて、あくまで一通り読んだことあって大体こんなよーな話だったなって、頭に入ってるって程度だけどね』


『でも、これ結局ゲームなわけだから』と、巫女くノ一カエデ・イノウエが言う。彼女の姿格好は、藤色のミニスカ忍者スーツというもので、隠密行動が得意という割にはなかなか派手ないでたちだった。『もし仮にあたしたちが全員、ダンテの<神曲>について何も知らなかったとしても……クリアするのに特には困らないってことよね?』


『まあ、おそらくはね。なんにしても、ダンテの<神曲>の地獄篇によれば、ウェルギリウスはホラティウスやホメロスといった名高い詩人たちと辺獄(リンボ)にいたんじゃなかったかな。僕も読んだの昔すぎて細かいところまでよく覚えてないけど……』


『まあこれ、結局ゲームだもんな』と、レジーがようやく開き直って明るく言う。『何かと設定キビシめってことなんだろうけど、システムとしてはちゃんとクリア出来るようにはなってるってことでいいんだよな』


『本当にそうなのかな』と、相変わらず暗い顔をして、セルシオ・ファジオ。彼はアロンゾやリンネやランドロスといった仲間たちがモンスターとして復活し、襲いかかってきた時――「次はおれたちがああなる番なんだ」と、自分の運命を悲観していた。『おれはもうあまりそこらへんについて希望は抱いてない。というより……おれたちはこのゲームのAIに殺される運命にあるんじゃないかって気さえしてきた』


『ゲームに殺されるだってえ?』アルマリスがさもおかしそうに『ガハハ』と笑って言う。『セルシオ、おめえ、ずっと暗え顔してんなと思ったら、ずっとそんなことばっか考えてたってのかい?』


『ありえないことじゃないさ』と、セルシオはどうやら自分の考えを信じきっているらしく、ダークブルーの甲冑の上に纏う黒いマントを払いつつ、話を続けた。『いいか、みんな聞いてくれ。確かにこれからおれの話すことはちょっと突拍子もないことに聞こえるかもしれない。でも、あくまでひとつの仮説として……とりあえず、頭の隅のほうに置いておくことくらいはしたほうがいいんじゃないかと思うんだ』


『それは一体どんなことなんだ?セルシオ、話してくれ』


 シドは話のほうがなかなか進まなかったり、脇に逸れてばかりでまとまらなかったとしても、大抵の場合おのおのがしゃべるままにしておくことが多い。そして、最後にリーダーとして話を大体のところまとめようとするのが常だった。


『つまりさ……みんな、たぶん馬鹿げてると思うだろうけど、このVRゲームは前々からおかしいなとは思ってたんだ。確かに地上フィールドは広大で、AIが適宜新しいシナリオを加えていったりもするから、ラスボスを倒して再び一からやり直しとなっても、やり甲斐のほうはまだ少しくらいは残ってる。でも、流石におれたちみたいに何十回もクリアしてレベル1からやり直してるとなると……今おれたちがこんな地獄なんて場所へとうとうやって来たみたいに、トゥルーエンディングってやつを目指そうとするのは当然の帰結というものだ。けど、おれは気づいたんだ。たぶん、この地獄フィールドで死んだ奴に復活はない。つまりはそういうことなんだよっ!!』


 みんな最初は真面目に、セルシオが何を語るのだろうと身構えていたが――そこまで聞いた途端、それが大きな爆笑へと変わった。唯一、シドとヒデヒコとリナルドだけは笑わなかったが、サージェスやイゼベルや、アルマリスやルウェインやレジナルド、リリアナやマリーにカエデ、リュネットやユリウスは大笑いしていた。


『だあいじょうぶだよお、セルシオくう~ん!!』と、ユリウスが魔戦士らしく肩幅の広いセルシオの肩をぽんぽん叩いて言う。『リンネやランドロスやアロンゾたちは、今ごろリアルワールドのほうで復活して、VRゴーグル……いやまあ、そこそこ金持ちだったらVRマシンか。そんなのから脱出して「くっそう。ここまで来て一発ゲームオーバーかよおっ!!」なんて悔しそうに叫んでるさ。モンスターどもがランドロスたちの顔を張りつかせて襲ってきたのは確かに不気味だったさ。けど、ここは仮にも地獄なんて呼ばれてる場所なんだぜ?そんくらいのホラー感あっても不思議じゃねえって』


『いや、おれはもう騙されないっ!!』セルシオは顔を歪め、今にも泣きださんばかりだった。『みんな、なんでわからないんだ?ここは本当にある意味で本当に地獄なんだよっ。おれは地上フィールドにいる頃からおかしいなと感じることは何度もあった。けど、「そんなはずはない」とか、「気のせいだ」と何度も自分の心を誤魔化してきたんだっ。このゲームの支配者であるAIには間違いなく悪意がある。そしてその悪意の導いた先がこの地獄だってことなんだよっ』


『AIに悪意なんて、そんなことあるわけないじゃない』と、マリーが珍しく尼僧らしくまともなことを口にする。『だって、AIはただのコンピューターだもの。悪意があるとしたら、このVRゲーム<エルガンティア・ストーリーズ>の販売元っていうか、その会社の管理部門の人間ってことなんじゃないの?』


『そうかもしれない』と、両手で顔を覆ったままセルシオは続ける。『とにかく、おれはリンネやランドロスやアロンゾたちがあのまま死亡するか、リアルワールドに意識が戻ってない可能性っていうのはあるんじゃないかと思ってる。こうなるとわかってたら、トゥルーエンディングなんか求めるんじゃなかった……おれたちのことをこれから先待ってるのはようするにそういう出来事だってことなんだっ』


『えっと、なんぼなんでもそれは考えすぎよお、セルシオ』と、リリアナが彼のことが気の毒になってきて、慰めようとした時のことだった。


『ごめん、リリアナ』と、リュネットが口を挟む。『最初はあたしたちも笑っちゃったけど……このゲーム世界において、一種のバグのようなものが結果として生じてしまったからかどうかまではわからないけど――時々、AIから悪意を感じたことがあるっていうのはわたしも同感よ』


『だな』と、サージェスがイゼベルに向かって頷く。実はふたりはゲーム内で結婚し離婚した元夫婦で、その後再びよりが戻ったといったような関係性だった。『その、さ……オレもイゼベルも――ゲームクリア後、ちょっとだらけてた時期っていうのがあったんだ。それで、オレのほうではカジノでギャンブルのほうにハマっちまって、なんとも自堕落な生活を送ってたもんだった。その後、もう一度イゼベルがそんなダメ男のオレの元を訪ねてきてくれて……びっくりしたんだよ。結婚した時は絶世の美女ってやつだったのに、その後もう一度他のプレイヤーふたりとゲームクリアしてみたらば、顔に火傷跡のある太っちょに転生……いや、ゴホグフガフッ!!今のルッキズムの時代にこんな言い方しちゃいけない気がするけど、とにかくイゼベルは前回とは容姿がまるきり違っちまっててな』


『いいわよ、サージ。あんたからは何かといいづらいでしょうから、わたしのほうから説明するわ』と、溜息を着いてイゼベル。ちなみに今彼女は、暗紫色の髪に紫色の瞳をした、妙齢の美女といった容貌をしている。そしてジョブのほうも見た目通りのそれといったところだった。『わたしとサージェスはね、このゲームをはじめた最初に組んだパーティの仲間同士だったの。で、一度ラスボスを倒すと、みんなも知ってのとおり、例の超時空間みたいな宇宙的力場がぱっくり口を開けて――そこに吸い込まれてのち、全員てんでバラバラにされちゃうわけじゃない?だから、わたしこの広い世界の中でもう一度サージェスと出会えるとは思ってなかったわけ。ところがもう一度奇跡的に巡り会えたってことで、『これは運命だーっ!!』なんてことになって、すぐ結婚しちゃったわけなのよ』


『ああうん、その話のほうはもうみんな知ってるってば』と、マリーがハエでも追い払うような仕種をして、『はよ次いけ』とばかり、先を促す。もうその過程については聞き飽きているのだ。『んで、そのこととこのゲームシステムを作成してるんだろうAIに悪意があるんじゃないかってことと、どう繋がってくるわけ?』


『だから、わたしもサージも結婚したあと、つい堕落した生活を送っちゃってたってことなのよ。もうこのVRゲームをクリアするっていう目標も一度は達成しちゃったし、これからはふたりでいわゆるスローライフってやつを送っていこうかってことでね。だけど、いくらゲームとはいえ、お金が無償でバラまかれるってわけでもない以上――なんらかの形で稼ぐ必要があるわけよね。そこでわたしはNPCのお貴族さん相手に占いしてお金稼いだりとか、サージェスはサージェスでギャンブルのいかさまで小金稼いだりしてて……ここから先のことはね、わたしたちの間のあくまで憶測よ。さっき、アロンゾやリンネやランドロスたちは、地獄へやって来てから不幸にもゲームオーバーってことになったわけだけど……選んだシナリオの選択次第によっちゃ、同じように死ぬことはありうるってことよ』


『たとえば?』と、ルウェリンが聞く。確かに彼自身も、今まで数々の冒険イベントをこなす過程で――仲間がゲームオーバーとなり、その後どうなったかもわからないということは何度かあった。だがその場合でも、ゲームシステム自体に悪意があるとまで感じたことはない。あくまで常識的な範囲内における、やむなきゲームオーバーといったところだ。


『オレの場合、ある意味自業自得っちゃ自業自得だけど』と、サージェスが自嘲気味に言う。正直、彼には今暗黒窟でシラミやノミにたかられ、その痒みによって床を転がる罪人たちの気持ちが痛いほどわかるのだった。『ある時、ギャンブル関係のトラブルで捕まって、執行吏に牢屋へ入れられたことがあるんだ。で、そのままいくとギロチンにかかって死ぬとこだったんだけど、そんな時にイゼベルがやって来てうまいこと保釈金を都合してくれたんだよ。それがきっかけでヨリ戻したっていうか……』


『えっ!?おまえら、そんなことが理由で復縁したってこと!?』


 イゼベルとサージェスのラブラブっぷりに当てられることの多かったレジーは、理由を知って呆れてしまった。


『まー、わたしたちだってこう見えて色々あったんだってば』と、イゼベルはサージェスと腕を組みながらウィンクする。『んで、その時大体のとこ似たような理由で牢獄にぶち込まれてた連中っていうのがいてね、彼らのうち何人かはNPCじゃなくて本物のプレイヤーだったってことなの。だけど、ゲームクリア後はサージェスみたいに一匹狼のギャンブラーになってて、そこで借金がかさんじゃったわけよね。で、パーティ組んでた昔の仲間にも頼れなかったり、『七十万ギルダーもの金、なんでこっちが肩代わりしなきゃならない!?』ってなことで、結局ほんとにギロチンにかかって死んじゃったのよ。こんな形でのゲームオーバーも存在するんだと知ってびっくりしたわ』


『けど、それだって』と、武芸第一の、真面目なアルマリスが疑問を口にする。彼女はゲームをはじめてからこの方、虱潰しにあらゆる冒険イベントをクリアしてきたという<エルガンティア・ストーリーズ>の猛者といっていいプレイヤーのひとりである。『ゲームのストーリー構成を司ってるAIに悪意があるとまでは言えないぜ。そのあたり、あたしにも少しくらいわかってることがある……ほら、あたしたちのステータスの中には「・勤勉さ」というちょっと頭に疑問符の浮かぶような数値があるよな?あたしが想像するに、これはこの<エルガンティア・ストーリーズ>といかに勤勉に向きあっているかの数値なんだと思ってる』


『たぶん、そのアルマリスの推測は当たってるんじゃないかとわたしも思う』と、イゼベル。『わたしの場合はね、自堕落な生活を送るようになってのち、サージェスとも別れて、もう一回べつの仲間を見つけてパーティを組み、再びゲームをクリアすることにしたわけよ。で、この二回目にラスボスを倒したあと、例の超宇宙空間みたいな場所に吸い込まれて生まれ変わってみると――容姿の質が落ちてたっていうのはなんだけど、顔に火傷の跡はあるし、体のほうは太ってて……ようするに醜いデブ女になっちゃってたわけよ。このこととサージェスに起きたこととか、それまでわたしたちの身に起きた色んなことも加えると……このゲーム、ようするに行動総決算制なんじゃないかってことなの』


『行動総決算制?どういうことだ?』


 シドの赤い真摯な瞳に見つめられ、イゼベルとサージェスは輪の真ん中にいるといっていい彼のほうを向いた。隣にいるヒデヒコやリナルドも頷いて、彼らのほうを注意深く見つめている。


『つまり、ラスボス倒してゲームをクリアすると、それまでどこでどんなふうに行動してここまでやって来たのか……その行動の正しさや間違いを含めたすべてが問われる――ようするに、ゲームを管理してるAIが、AIなりのやり方で審判(ジャッジ)するってことなのよ。逆にいうとゲームをクリアしなけりゃ、そこらへんを問われることはない。ちょっとあこぎなことやって金もうけてようと、NPCを騙して金を巻き上げてようと、人を殺してようと因果応報的にAIが積極的に動いて報復するってことはないんじゃない?ところが、そんなことばっかりしてたとしても、なんかの拍子に『こんなことばっかしてんのにも飽きてきたしなあ。また真面目に冒険イベントと取り組んでゲームクリアすっか』ってことがあったりするわけでしょ?で、ラスボス倒してゲームクリアすると、他のNPCにどんなひどい態度を取ったかとか、色んなことが一瞬にして集計されるってことなんじゃない?わたしとサージェスはね、そうした意味ではラッキーだったのよ。最初の失敗でそうしたカラクリに鋭く気づくことが出来たし、それまでもNPCにそうひどいことをした記憶はなかったけど、AIはちゃんとすべてを見てるってことなんだって、そう思ってその後は行動を修正することが出来たからね』


『えっと、でもあたし……尼僧としてそりゃどうなのって行動様式でも、勤勉さとかその他、そんなに影響してない気がするけどなあ』


『オレもだ』とルウェリン。『なんでって、そもそもオレは盗賊(シーフ)だぜ。人のもん盗むのが商売よ。第一、そうしたシーフ専用のシナリオだってたくさんあるし、時と場合によっちゃボンクラなNPCやお貴族さまなんかを騙さなきゃストーリーが先に進まないってことだってあったぜ。そこらへんについちゃどう考えりゃいいってことなんだ?』


『だからね』と、イゼベルが肩を竦めて続ける。『あくまですべては仮説、「もしかしたらそうかも」程度の、仮定の話にしかすぎないんだってば。でも、この地獄フィールドへやって来てから、わたしたちが想定してたそのAIによる<ジャッジメント・システム>っていうのは、実は結構当たってたんじゃないかって、セルシオのどよ~んとした顔見てつい思っちゃったもんだから』


『僕も、確かにイゼベルやサージェスの仮説は結構当たってるんじゃないかって気がする』と、リナルドが考え深そうな顔で言う。『ほら、僕がグランヴェルト大僧院がゲームスタートだったって話はしただろ?でもその後……他のジョブが僧侶スタートだってプレイヤーに聞いてみたんだけど、どうも僕ほど陰湿な感じじゃなかったんだよな。たとえば、僧院を魔物が襲ってきて、長老たちも防衛しようとしたものの主人公プレイヤーだけが生き残るとか、割とストーリーとしちゃありがちって言っちゃなんだけど、『自分も殺されてゲームオーバーになるんじゃ……』っていう悲愴感までは感じない程度っていうのかな。だけど、僕はまだレベル1から始めたばかりだってのに、『下手したらこのまま誰にも知られることなく自分はこの暗い僧院の地下で孤独死することになるんじゃないか』って思ったくらいだったんだ。ようするに、まわりは全員NPCの僧侶にだけ囲まれてるって状況だから、言い方を変えればAIシステムだけに完全に監視され囲まれてるといえる状態でね。つまり、この場合僕が言いたいのは――可能性として『そういうこともありえる』ってことだよ。セルシオが言いたいようなことは、僕自身もずっと前から感じてたことだ。ここ<地獄で死んだら死んでそのまま>ってことは、可能性としてゼロじゃないかもしれないとは、一応頭の隅に入れておく必要があると思う』


『ようするに、今後はそのくらい慎重に行動しろってことよね』巫女くノ一のカエデが溜息を着いて言う。これも設定としてありがちなことながら、彼女はゲームスタート時<忍者屋敷>にいて、仲間とともに修行を積みレベルを上げていたものの……最終的にそのNPCの忍者仲間全員と敵として戦い、勝ち抜かなければならなくなった。そしてその時も彼女はちらと考えはしたのだ。もちろん、ゲームオーバーとなった途端、一度リアルワールドのほうへ戻ることにはなるだろう。けれど、意識が常に必ず間違いなく戻れると、自分は何故こんなにもVRマシンの安全性について信頼することが出来るのか、といったようには。『わたし、前にこの話したっけ?つまりね、わたしたちは同じVR世界にいて今この瞬間も同じものを見てるって信じてるけど……実際はちょっとずつ違うものを見てる可能性だってあると思うわけ』


『うん、カエデの言いたいことはわかるよ』と、リリアナが虹色の羽根をパタパタさせつつ言う。『ようするに、わたしたちを取り囲むフィールドの360度のすべてを――プレイヤーであるわたしたちが見れるわけじゃないってことよ。もちろん、今わたしの反対側にいるカエデが見てるわたしの背後にあるものを、わたしが見てなくても存在してることはわかってる。それで、それはカエデの右隣にいるリナルドや左隣にいる踊り子のリュネットも同じものを見てると想定されるわけじゃない?でも、現実のリアルワールドとは違って、実は見てる岩の形はちょっと違っても、お互い気づかない可能性はあるわけよね?うーん。うまく説明できないなあ。それはリナルドの見てる岩の形が四角くて、同じ場所にある岩がリュネットには丸く見えてても、特に誰も気にしないし問題にもしないから誰も気づかないみたいなことなんだけど……』


『ようするに、わたしたちは共同幻想のただ中にいるってことでしょ?』と、舞姫リュネット。『わたし、この<エルガンティア・ストーリーズ>のゲームはじめてから、明らかに風景のどっかが見切れてるとか、NPCの体のどっかが途切れてるっていうような、明らかなバグみたいなものを見かけたことはないわ。えっとね、うちのおばあちゃんが緑内障だったんだけど、気づいた時には結構悪くなってたの。お医者さんの話じゃ、右の目が見えてない部分を左目が『大体こんな感じ』と予測して補うから、それでその部分がもう一方の目が見えてないってことになかなか気づかない理由だ、みたいなことだったんだけど……』


『リリアナやリュネットの言いたいことは大体わかる』と、リナルドがリーダーであるシドとアイコンタクトを取り、話をまとめようとする。彼らとヒデヒコの三人は、言ってみれば言葉があまり必要のないツーカーの仲だった。『セルシオ、セルシオがさっき言ってた、ここ地獄フィールドで死んだ場合復活はないっていうのは……アルマリスの言ってた<ドルアーガの塔>でコンティニューできるって意味なのか、それとも電源を切った状態のどちらに相当すると考えてるってことなんだ?』


(この点についてははっきりさせず、曖昧なままにしておいたほうがいいかもしれない)とリナルドは思っていた。けれど、実際にここ地獄フィールドへやって来てみると……彼はグランヴェルト大僧院での時のように、直感的に嫌な予感しかしなかったのである。


『どちらかといえば、ゲームの電源を切ったあと、画面が真っ暗になるのと同じく、おれたちの意識もそうなって二度と戻らないんじゃないかって気がしてる。もちろん、これはおれの悲観的な直感によることであって、実際にはアロンゾもリンネもランドロスも、「くっそー!また地上に戻ってきてやり直しかよっ!!」なんてことになってればいいと思うよ。だが、おれにはあまりそうは思えないってことなんだ』


『セルシオ、どうしてそう思うんだ?』


 シドが不思議そうに聞く。セルシオは自分たちと合流する前までは、違うパーティのリーダーをしており、明るく誰からも好かれるタイプの、仲間をまとめる力のある人物だとわかっている。その彼が地獄フィールドへやって来てから突然、元は楽観的な性格のすべてを失ったかのように、口数の少ない暗い人間になっていたからだ。


『おれは……今まで都合よく色んなことを忘れてたんだよ。いや、さっきからずっと、この<エルガンティア・ストーリーズ>をはじめる前、自分は一体どこにいたかとか、一生懸命思いだそうとはしてる。けど、記憶の肝心なところがどうしても曖昧なんだ。おれは……元の現実世界のおれはこんな人間じゃない。元の暗い無口なおれのことなんか誰も知らないんだからと思って、ゲーム世界じゃ陽キャラってやつを演じて、いつしかそれが板についちまったってだけなんだ。そのことからだけでもわかる……おれはたぶん、<元の世界には戻っていない>。リアルワールドのほうのおれは負け犬のしょうもない奴で、そんな自分が嫌で現実逃避のためにVRゲームの世界へ逃げ込んだんだ。そうとも……おれは今までも時々、実はこの<エルガンティア・ストーリーズ>っていうのは、自分自身の拡張意識世界に過ぎないんじゃないかと思うことはあった。次々気の合う仲間が出来て、なんか困難な出来事が起きても、結局ゲームだから大抵はなんとか解決も出来て……もちろん、おれ自身性格的に慎重だったからってことはあったろう。何分、現実世界で惨めな負け犬ってだけじゃなく、ゲーム世界でまでそんなことになったら、自分があんまり可哀想すぎてやりきれないからな。だから、人間関係的なことでも気を配ったし、本当は心の中が不安や恐怖でいっぱいでも――平気な振りして頑張り通すことが出来たんだっ!!でも、ほんとの現実世界のおれはそうじゃないっ。いつも人の顔色ばかり窺って、ビクビクしてSNSであてこすりの悪口言われただけでも落ち込んで……本当のおれは、そんな小心者なんだっ!!』


 セルシオのこの突然の告白に一同はみな驚いた。まわりではいまだに『かゆいよお~っ!!』、『たあすけて~っ!!』、『この痒み地獄からボクを救ってえ~っ!!』というNPCたちの呻きや叫びが続いている。だが、「これはゲーム世界のことであって、彼らはプログラムされたとおり演技しているに過ぎない」と、一行は無視を決め込んでいた。


『そ、そんなのっ、みんな一緒だよっ!!』と、ヒデヒコが最初に言った。『ぼ、ぼくなんか小心者の代表みたいなものだもの。セルシオは明らかにそんなぼくなんかとは違う。ぼくはリアルワールドの自分を引きずって、こっちの世界でもこんな感じだけど、セルシオは違うよ。だってさ、ゲーム世界のアバターで最初は現実世界とはまったく別の人間を演じようとしても……結局、ダメなんだ。元の自分のなんかしらが滲みでてきちゃってさ。だからぼくは<エルガンティア・ストーリーズ>では、すごく用心してなるべくひとりで行動するようにしてた。でも、今はこんなふうにみんなが仲間になってくれて本当に嬉しい。その点、セルシオは今のセルシオがほんとの自分っていうことなんじゃないかな。もしそうじゃなかったら、絶対もっと早くに色々ボロが出てるよ。だからそんな、落ち込まなくて大丈夫だってば……負け犬ってことでは、それより下のぼくがいるって思えばいいよ。こんな言葉で、セルシオの慰めになるかどうかはわからないけど……』


 セルシオはヒデヒコの言葉がある前から、すでに惨めさに打ちのめされて泣きだしていたが、今ではさらに追い打ちをかけたように号泣している。他のみんなもしんみりしていたが、もらい泣きしてしまったマリーが、臙脂色の僧服の袖で、目尻の涙をぬぐって言う。


『やっだもう、ふたりとも~!!そんなこと、誰にだってあるに決まってるじゃないのよ。第一それで言ったらわたしなんてどうなるわけ?リアルワールドを離れてゲーム世界にやって来てさえ、酒も煙草もやめられないわ、男運は悪いわ……あ、男運についてはそう大したことないわね。ゲーム世界でまでそんなに複雑な恋愛経験しようと思ってなかったせいかもしれないけど。でも、誰にだって大なり小なりセルシオやヒデヒコの言ってるようなところはあるに決まってるじゃない。みんなだって少しくらい見栄張ってそんなところは見せないようにして、ゲーム世界はゲーム世界のこととして楽しんでるってだけなんだから』


『前から思ってたけど、マリーってどっかちょっとおばさんくさいよね』と、リリアナが笑って言う。『でも、これだって悪い意味じゃないもの。ていうか、マリーとあたしの仲だからそんなふうにも言えるってことだし……そもそもVRゲームでほんとのリアルワールドの自分がどんなかなんて話すこと自体、めっちゃ野暮なことなんだからね、ほんとはっ!!』


『そうだよ』と、踊り子のリュネット。『わたしだって、ほんとの現実のほうではこんなおっぱい大きいぼんきゅっぼーんなスタイルなんかじゃ全然ないもん。だけど、ほんとのわたしはAカップの貧乳だの、今話したってどん引きされるだけじゃんよっ!!セルシオとヒデヒコが自分のイタイ告白しだしたから言っちゃうけどさあ。マリーの言うとおり、みんなある部分そんなもんなんだって。だから、セルシオもそんな落ち込まないでよお。わたしもみんなもそんなセルシオが好きだよ?うん、なんだったら今の告白で前よりずっと大好きになったくらいだもん』


『ああ、俺もそんなセルシオが好きだ』


 シドがそう言うと、ルウェインもレジーも『オレもだ』、『オイラも』と続けて頷いている。イゼベルとサージェスもセルシオのところまで行くと、彼の肩に手をかけ『ほら、みんなもあんたのことが大好きだってさ』、『だから元気出しなよ』……と、優しく励ます。けれど、この中でただひとりリナルドだけは少し距離を置いて冷静だった。実は心の中でセルシオのことを嫌っていたというわけではない。むしろみんなと同じく彼のことが好きだった。そうではなく――自分の頭の中の脳、その意識のどこかに、鋤が大地に溝を作るように何かが引っかき傷を残したのだ。そしてそれが<なんなのか>と考えるためには、相当の集中力が必要だった。


(僕がこのゲームをはじめる前、どこにいたか……?)


 何分、これまで何十回となく、地上フィールドではラスボスを倒しているゲームである。おそらく、何百回となくログインしたりログアウトしたりといったことを繰り返しているのは間違いないだろう。けれど、リナルドは今突然にして、記憶が鮮明になりはじめていた。何かがぼんやりしていてはっきりしない……この感覚は、地上フィールドにいる頃にも何度となく経験したことだった気がする。けれど、いつでも何か記憶に強い輪郭を持つものが浮かび上がろうとするたび――何か(それどころではない)と感じる出来事が持ち上がるなどして、意識を逸らされてしまう。そして、今までずっとそんな感じの連続だった気がするのに、ここ地獄フィールドにおいては……。


(いや、よそう。今はまだこんなことを口にしてみんなを混乱させても仕方がない。セルシオには、あとで個人的に話をしてみたほうがいいだろうな。一体リアルワールドにおける何を思いだしたから、そんなに絶望することになったのかと……)


 そして、実際リナルドがそう感じていたように、セルシオを囲んでみんなが温かい心の交流を持っていた時――暗黒の貧民窟にドカドカッという馬の蹄の音が鳴り響き、何者か敵の気配を匂わす存在が闖入してきたのだった。


 彼らは闇の中でも目が利くのかどうか、こちらの魔法の燈火の効果範囲内に入ってくる前から、何か鞭がしなるような音を響かせ、闇の惨めな亡者どもを打ち据えていた。「ヒィィッ!!」とか、「お許しくだせえ、閣下ァッ!!」だのいう、なんとも怯えきった声が洞窟内にこだまする。


『おい、おまえら。この中から奴隷にするのにちょうどいい奴らを見繕って、我があるじザブディエルさまの屋敷で仕えさせるのだ。何分、家畜のようにくさくてノミやらシラミやらにたかられている不潔な連中ばかりだからな。屋敷に入れる前に必ず石鹸でごしごし洗わせ、徹底的に洗浄するようにさせるのだぞ』


『だだ、ダ、ダークエルフだっ!!』という、この場合何やら芝居がかっているように感じられるNPCの声を聞き、それでも一同はやはり驚いた。というのも、地上フィールドにおいてダークエルフという種族と出会ったことはないし、エルフが住む次元を異にするというティル・ナ・ノーグから降臨してくるイベントというのも――全体のシナリオを占めるパーセンテージとしてはそう多くないからだ。


『ねえ、もしかしてこの地獄って』と、リリアナが小声になって言う。『ラスボス倒してゲームクリアした経験者が多くなったから、ゲームを管理してる会社のほうでAIに付け加えさせた結構大がかりな新規イベントってことなんじゃない?なんかそんな気がしてきたな、あたし……』


 虹色の鱗粉を羽根から微かに飛び散らしつつ、リリアナが自分の推測を口にした時のことだった。黒馬に乗ったダークエルフのひとりが進み出ると、蛇皮で出来た気味の悪い鞭がビュッと飛んで来――リリアナのくびれた腰のあたりを捉え、自分の側へ引き寄せたのだ。


『おい、エリトファ。ちょっとこっち来いよ。我らの元仲間の末裔とおぼしき、変わり種がおるようだぞ』


『ふふん。こいつは僥倖。我らが主のオクテナムさまもさぞやお喜びになられることだろう。夕食の肴として食卓に出すもよし、いたぶって拷問して楽しむもよしといったところだ。よし、まずはこいつと、おい、そこのおまえ!!』


 双子のようにそっくりな片割れのもうひとりが、近くにいた恐怖に顔を歪めた女に対し、腰から抜いた剣を向けて言う。


『それから、おまえとおまえだ!!』


 のちにヨドルファと名前のわかるダークエルフが、比較的年齢の若い男ふたりを選び、『我々について来い!!』と命令する。彼らはそのようにプログラムされているからというよりも、本当に絶望しきっているように項垂れて、下馬したダークエルフが縄で縛るがままにされている。


『おい、待てよ!!リリアナはオレたちの仲間だ。勝手に連れていったりするんじゃねえっ!!』


 ユリウスがそう叫ぶと同時、腰から剣を抜く。だが、ダークエルフたちは他の貧民窟の亡者に対するのと同じく、軽蔑しきった眼差しを向けただけで――そのまま立ち去ってしまったのである。


『あ、お……おいっ!!戦わねえのかよ、おめえら』


 そう叫んだのはルウェインだった。というより、バトルモードに突入するものとばかり思っていたのに、ダークエルフたちがあっさり立ち去ってしまったため、一同は拍子抜けしていた。彼らを追っていこうにも、今のこの状況では難しいものがある。何分、全員で移動しないことには、この地獄の魔フィールドでは地味ながら一歩あるくごとダメージを受けてしまうのだから。


『大丈夫かな、リリアナ……』


 マリーやカエデ、イゼベルらが心配そうにつぶやく。けれど、ユリウスは意気軒昂そのものだった。


『なっ、これでわかったろ、セルシオ。これ、やっぱそーゆーゲームなんだってば。今、攫われていったのはリリアナだったけど、たぶん他のパーティがやって来た場合はその中の誰かが誘拐されて、その後助けに向かうっていう冒険イベントなんだよ。そうと決まったら、早速リリアナを助けに……えっと、なんてったっけ。ザブディエルだかオクテナムとかいう連中の屋敷へリリアナを助けに向かわなきゃ』


『う、うん。そうだな』と、セルシオはようやくのことで涙をぬぐっていた。ダークエルフによるリリアナ誘拐は彼のせいではないが、何故か彼は自分のせいでリリアナが誘拐されたのではないかと錯覚していた。『みんな、なんかごめん。いつまでもうじうじして……とにかく今はリリアナ救出が最優先だ。えっと、地獄長老ったっけ?ダークエルフの住んでる場所っていうのは、一体どこにあるのかな?』


 自分たちの仲間が三人奴隷として選ばれたことで、悲嘆に暮れて泣き叫ぶ亡者たちの中から、もう一度両目を覆うほどの白い眉毛、それに腰ほどまでも長いヒゲのある地獄長老がよろよろと前に進みでる。


『ううっ。またしても我らの仲間が……生者のみなさま方、ダークエルフどもの住む場所は、地獄の第一階層と第二階層に存在しておりますが、ここ地獄前域におきましては、アケロン川のこちら側と向こう側とのニか所にございまする。こちら側で大きな顔してえばっとりますのが、ザブディエルを長とするキシュ家。先ほどやって参ったオクテナムはキシュ家に血の連なる者で、四大眷属に属するひとりでございます。また、あのように可憐な妖精さまを攫っていったのは、エリトファとヨドルファめでございます。ふたりはオクテナムの従士といったところでして、身分のほうはとりわけ高くはありませぬ』


『なるほどな』


(今からでも急いで追っていけば、リリアナを助けられるのではないか?)と迷いつつ、シドが聞く。


『つまり、話から察するに、ダークエルフの社会においても、人間でのそれと同じように……身分格差が存在しているということだよな?』


『さようでございます』と、地獄長老1。『ダークエルフたちは、大きくいって四つの大きな眷属……まあ、我ら人間社会でいえば、大貴族の四つの眷属が存在するといったようなところでしてな、ひとつ目がアケロン川のこちら側のキシュ家、向こう側のミノス家、それから地獄の第二圏に大きな城砦を持つディアマト家、それから最後がもっとも古い家系に属するアルマディエス家……このダークエルフの四大貴族ともいえる四家は非常に仲が悪いため、行き来のほうはあまりないとのもっぱらの噂ですわい。ダークエルフはその性質が残忍にして残酷でして、さらにはプライドが高く、ちょっとした下剋上といったようなことはよくあることでございまして……』


『それはなくとなくわかる気がする』と、ヒデヒコが言った。彼もリリアナのことが心配だったが、それでも地上フィールドであるのと同じタイプの誘拐イベントだということなら……おそらく彼女は大丈夫だろうと推測する。『ダークエルフといっても、ゲームの設定ごとに違いっていうのはあるものだからね。そのあたりは小説や漫画などでも色々バリエーションがあるものだし……たとえば、暗黒神に定期的に人間を生贄として捧げ、その生贄の捧げ方っていうのが、邪神に人間の究極の痛みと恐怖を捧げるといったような恐ろしいものもあれば、ダークエルフという割に、普通のエルフより性格がちょっとひねただけといったような、設定によっては人間に対して友好的な場合もあるし……でも、さっきやってきたダークエルフは人間を家畜同然の奴隷としか見なさないといったタイプの、残忍なほうの設定なんだろうね』


『やれやれ』とレジナルドが肩を竦めて言う。『次はウェルギリウスとやらに会って、順に地獄巡りの観光ツアーといったように考えてたのにな。ゲームのパターン的なことでいや、おそらくリリアナ救出によって新たにわかることなんかが色々あって、地獄の第二圏に到達するまでにもこりゃ相当かかるってことなんじゃねえの?』


『だな』と、サージェスも疲れたように溜息を着いている。地獄入りしてからというもの、まったくろくなことがない。<この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ>とはよく言ったものだ。『第一、ここの地獄モンスターはHPも高くてしぶとい奴らばっかだったろ?これがダークエルフときた日にゃ一体どうなるんだ?あいつらのほうでも集団で魔法を使ってもくれば、設定的に魔法の効きづらい体質だなんだ、色々あってそう簡単に倒せるとも思えねえぞ』


『リリアナには悪いが』と、シドはリーダーとしてそう苦渋の決断を下した。というのも、十分な準備なしでダークエルフの巣くっているだろう砦までいって戦うとすれば、それは全滅を意味するとわかっていたからである。『まずはここで少し休んで、リリアナ救出へは向かったほうがいい。地獄長老、そのダークエルフのキシュ家の屋敷っていうのは、一体どのあたりに……』


『あっ!!』と、ヒデヒコがマップを見ながら短く叫ぶ。『さっきまでなかった、新しい情報が書き込まれてるよ。アケロン川と、川を境にしてこちら側と向こう側にダークエルフ郷とかっていう表示が出てる。方角的にはこちらへ向かえばいいってことなんじゃないかな』


『なるほど~!!』と、ルウェリン。マリーやカエデやリュネットなど、他の仲間たちもヒデヒコを取り囲むように地図をじっと見つめる。『たぶん、誘拐イベントが起きて、地獄長老から説明聞くっていうのが、マップに新たな情報の書きこまれる条件だったんだろうな』


 ――こののち、HP/MPなどを回復させつつ、一同は今後の旅の方針について再び話しあった。全員、体力を全回復させるための魔法については唱えられるが、それでも悪魔や幽霊、アンデッドに耐性の強いマリーとリナルドが危ない場合は何をおいてもふたりを守らねばならぬ、ということで一致する。そこで、先頭に立つのはこれまで通りリーダーのシドと勇者のヒデヒコ、それに超戦士のアルマリスだが、しんがり側はセルシオとユリウスが守るということに決まる。とにかく、ここ地獄フィールドが地上フィールドでは見られぬほどの特殊な場所だということについて、あらためて互いに確認しあった。つまり、ダークエルフ以外にも、今後運悪く出会ったモンスター次第によっては……アロンゾやリンネやランドロスといった仲間たちと同じように<一発ゲームオーバー>ということもありうるということだ。また、そう覚悟した上の行動が求められることと、その際何があろうとも『うらみっこなし』という約束を、最初にとり交わしておいた。


 だが、この時彼らはまだ誰も知らなかった。自分たちの痛みや弱味を次々と暴かれ、こんな文字通り本当に<地獄>としか呼びようのない場所へやって来たことを、自分たちが心底後悔することになるなどとは……。




 >>続く。






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