第12章~ロージィ・ローゼンバウムの仮説(R2α6ゾーン領域)~
「騎士屋敷ねえ。そんなところがあるだなんて、あたし、全然知らなかったわ」
<薔薇屋敷>のある幻獣の森を出て、野を越え丘を越え、のどかなゲーム世界のフィールドを、ロージィは時にスキップしながら進んでいった。彼女は旅の相棒となったギジュン同様、このVR世界エルガンティアにおける相当な探索通だった。ただ単にラスボスを倒してゲームをクリアするだけなら、レベルを五十前後まで上げた仲間三~四人もいればおそらく事足りるだろう(パーティが三人であった場合、レベルを五十まで上げても職業の組み合わせによっては、あるいは時と場合によっては二番手ボスのルシフェルに全滅させられる可能性はあるにせよ)。だがその後、世界を救った英雄として一番大きな王都エルガルドへ凱旋したり、自分の故郷へ戻ろうとする過程のどこかで――宇宙の異空間とでも呼ぶべき亀裂に吸い込まれ、再びレベル1へ戻されるのみならず、大抵は最初にゲームをスタートした場所へ戻されてしまうのだ。
ゆえに、ラスボスを倒すこと=真のゲームクリアではないらしい……とプレイヤーが気づくのはそう遅いことではない。以前とは違うルート、前回はクリアしなかったイベントに挑戦するなど、その他<真実のエンディング>が現れるためのチェックリストを自分なりに作成し、その要項のすべてを埋めようとする。だが、そんなことを五~六回、あるいは十~二十回も繰り返したとすれば、「もうや~めた!!」となるのが多くのプレイヤーの辿る道ではないだろうか。
ここまでのことについて、ギジュンとローズィの意見は一致している。また、ローズィはギジュンに対し、バトルフィールドにて「よっ!このナルシスト野郎!!」などとからかいつつも、唯一感心していることがある。それはこのゲーム世界において、どうやら自分よりもやりこみ度が高いらしいということと(最低でも彼は、自分と同じく百回以上このゲームをクリアし、レベル1に戻ってやり直しているはずだ)、それでいて今もまだ「どうしても真実のエンディングに到達したい」という熱意を持つことが出来ているということだ。
けれど、そんなローズィをもってして<騎士屋敷>なる場所があるとは知らなかったように(彼女が<薔薇屋敷>に隠れていたように、ある一定のフィールドの出入り口を閉ざせる魔法、あるいは忍術等が存在する)、ローズィにはローズィの、おそらく彼女だけ、あるいは知っていたにせよ数は極めて少なかろうと思われる真実が存在するわけだ。
つまりそれは――VRゲーム『エルガンティア・ストーリーズ』は絶対的にクリアー出来ぬようプログラムされているということだった。理由のほうについてはローズィにもはっきりしたことはわからない。ただ、とにかく彼女はある時……正確にいえば、<空飛ぶ螺旋迷宮図書館>へ出入り出来る裏鍵を手にした時から、真のエンディングへ至るにはどうしたらいいか試みることをやめたのだ。
その後、ローズィは<薔薇屋敷>へ閉じこもり、趣味の薔薇栽培や薬草研究をする傍ら、時折<螺旋迷宮図書館>を訪れては、このVR世界の秘密に迫っていった。何故「時折」だったかといえば、ローズィが魔法によって図書館司書に化けていられるのはほんの短時間のことであり、しょっちゅうそんなことばかりしていたのではAIから何かしらのバグと認識され、存在を「消される」ことになるのではないか……と、危惧したためだった。
ここから先はローズィの立てた仮説なのだが、もしかしたら自分は「覚えてない」というだけで、交通事故によってでも植物状態か何かになったのかもしれない。この場合、覚醒させる手段がないというだけで――いや、違うのだろうか。この状態で意識が戻っても不幸なだけだから、せめても本人の好きだったVRゲーム世界に繋いであげよう……いや、ありえない、とローズィはこの仮説については否定的だ。この場合、ただ病院に入院しているだけでも相当な費用がかかるはずであり、一体誰の得になるというのだろう?ローズィはこの『エルガンティア・ストーリーズ』において、間違いなくNPCではないプレイヤーと数え切れないほど多く会っている。その全員が自分と似たようなワケありということはないだろう……ここから先はさらにローズィの仮説、ということになるが、前に一度ギジュンは「『コーコージュケン』が何かわかるか?」と聞いてきたことがある。ローズィにはローズィの、同じようにずっと不思議に感じていた<鍵>となる言葉があって、その意味するところを思いだしたからこそ螺旋迷宮図書館への扉が開かれたのだ。
けれど、ローズィは『コーコージュケン』という言葉について知っているにも関わらず、ギジュンにそのことを教えなかった。何故か?そのほうが彼のためであると理解していたためである。ローズィの場合、それはトラウマにも近い幼少時にあった出来事を思いだすことだったし、もしかしたらギジュンにとってのそれが、思い出したくもない過去に相当することかもしれないではないか?
(高校受験に失敗したことがトラウマになってるのか、それとも合格するにはしたけど、それは第二志望で、あの時第一志望の高校へ合格さえしてたら今の自分の人生こんなじゃなかったはずだとか……とにかくたぶん、何かあるのよ。他のNPCやプレイヤーに聞いても、大爆笑されたり、聞こえなかったみたいに無視されるってことだったけど、そういう意味でもこのVR世界は本当にうまく出来てるんだわ)
ローズィは、もしかしたらこの『エルガンティア・ストーリーズ』という世界自体が自分の意識が生みだしたものである可能性もゼロではない……と考えたりもしたが、ギジュンのお陰でその可能性は極めて低いものとなっている。また、その確信をさらに強めるためにも――今回ギジュンとともに旅をし、<騎士屋敷>で騎士軍団のトップになっているという桜の騎士や、竜ヶ谷にいるというブタ野郎とパーティを組むことには重要な意味があるだろうと考えている。
「なあ、さっきローズィが言ってたことなんだけど……」
ギジュンとローズィは互いにずっと黙ったままでもさして気まずくもなんともない。だが、彼は次の町で馬を買おうと考えつつ、ふと気になったことを口にしていた。
「えっと、なんだっけ。いばら姫が眠ってるのを起こすとかいうイベントを親切心から作っておいたとかってやつ……そんなこと、マジでほんとに出来るのか?」
「ええ、まあね」
螺旋迷宮図書館にて、保管されている蔵書の順番など、その法則性をある程度理解し、本に何が書いてあるかも読み解けるようになると――彼女は<ローズィ・ローゼンバウム>という自分のプログラムの保管場所を発見していた。このことにはおそらくある矛盾が含まれるに違いないが、そもそも「本来であれば」ゲーム内ではなく、ゲームの外側にあるべきAIのプログラム世界がそのような形によって出現する場所があるということは……それが「故意に」そのように管理者によって行われているのであれば、そこには間違いなくなんらかの意図があるということである。
「あんたが隠れ里になってるとかいう<騎士屋敷>って場所を知ってたみたいに……あたしにもあたしの、あたしにしか知りえない場所に関係したことなのよ、それは。だから、何故そんなことが出来るかについては、よっぽどの交換条件でもあんたのほうで示してくれない限り、今後とも教えるつもりはないわ。でも、もし運がよければ、事と次第によっては今回の旅のどこかで話さざるをえないようなことになるかもね。ま、もしかしたらのそのまたもしもっていう話ではあるけど」
「なんだよ、それ」と、ギジュンは鼻で笑った。「ま、いいけどさ。だって、プログラムのほんの一部でもいじったり出来るとしたら、このゲームの本当のエンディングがどんなか、そのために何をすればいいかもわかっててよさそうなもんじゃねえかと思ったもんでな。よくわからんが、この場合はローズィ自身が管理できるある一定のフィールドがある……とでも、オレはそう理解しとけばいいってことなのかな」
「あんた、いつでもなんでも理屈で納得しようとするタイプだもんね」ローズィは白絹のケープをかけた肩を竦めて言った。その下には大きなリボンをつけたドレスを着ており、編み上げブーツを履いた姿はロリータ・ファッションそのものだったに違いない。「まあ、あんたがその理屈で納得できるっていうんなら、あたしはあえて否定はしないわよ?それよか、これから向かう<騎士屋敷>にいるのはどんな奴で、ブタ野郎とやらは本当に信頼できる豚なのか、先にそこらへんのことを聞かせておいて欲しいもんだわね」
「そうだな。<騎士屋敷>で騎士団長やってんのは、マティアスって奴で、ブタのほうはヒデヒコって名前だ。ふたりとも、信頼できる人間……いや、人間とブタか。オレがおまえにパーティ組もうって誘いをかけるのと同じくらいの理由で彼らのことも信用してる。ただ、マティアスはちょっと優柔不断なところがあるし、ヒデヒコはちょっと自己肯定感低めっていうか、そんなところがあるかな。ほんと、ヒデヒコくらい強かったら、もっと自信持っていいと思うんだけどさ」
「ふう~ん。もしかしてそのせいでブタの姿で生まれ変わっちゃったってことなのかしら?それでね、無駄な労力費やさないためにも、前もって聞いておきたいんだけど……これが普通のパーティならよ?このままあんたとあたしとそのマティアスって騎士とヒデヒコってブタの四人――まあ、三人と一匹かもしれないけど、それはさておき、とにかくこの四人でラスボスであるネクロダンテ&魔王ルシフェルをぶっ倒してゲームクリアー、これで世界は魔王軍や不死の軍団から救われました、そしてあたしたちはその後めでたくレベル1からやり直しってことになるわけじゃない?でもギジュン、あんたにはあるわけでしょ。あたしやあんたと他の一名と一匹のパーティなら――もしかして今度こそ『何かが違うかもしれない』っていう何かが。その何かがなんなのか、先に聞かせておいてくれないかしら」
ロージィとギジュンのふたりは、両側が林になっている踏み均された茶色い道を並んで歩いているところだった。このあたりは弱小モンスターが多いため、魔法をかけるかその種の呪物、あるいは逆に神聖なアイテムを持っていれば、彼らが姿を現すことはない。
「そうだな……もちろんローズィもわかってると思うけど、オレが知ってるのは絶対確実なことってわけじゃない。というより、逆にむしろヒデヒコから誘われたんだよ。この『エルガンティア・ストーリーズ』には確かに、真実のエンディング、隠された裏の物語があるって。ただ、生半かな強さじゃ無駄死にするだけだから、本当にどんなにつらくて苦しくてもゲームを本気でクリアーしたい人間だけ連れてきて欲しいって……」
「どういうこと?第一ギジュン、あんたが次に誘おうと思ってるマティアスとかいう騎士団長、優柔不断なんでしょ?そんな中途半端な覚悟しかない奴、連れていっても大丈夫なわけ?」
――ローズィはこの時点でとても嫌な予感がした。ローズィ自身、実は次のような仮説を立てている。『エルガンティア・ストーリーズ』のプレイヤーはおそらく、その全員ではないかもしれないにせよ、「自分は好きな時にログアウトしてこちらへやって来ている」と思い込んでいるはずなのだ。その証拠に、ローズィはギジュンにとっての<コーコージュケン>に相当する言葉を思い出して以降、向こうの世界(ようするに仮想現実でない、本当に本物の現実)についての記憶が鮮明になり、都合よく忘れていたことを色々思い出していた。それでも、「何故そうなったのか」、「自分の意識がずっとVR世界に閉じ込められているらしいのは何故か」という原因についてまではついぞわからなかった。
「ま、そーなんだけどさ」と、ギジュンは溜息を着いている。「ただ、オレとローズィ、おまえとふたりだけでもネクロスダンテ&魔王ルシフェルについては余裕でぶっ倒せるわな。けど、そーゆーことじゃなくって、オレとおまえとブタのふたりと一匹じゃ、おそらく心許ないと思うわけだ。あと、ブタのヒデヒコを紹介してくれたのがマティアスだってこともあるし……」
「なるほどね。ようするにギジュン、あんた、やる気まんまんなわけだわね」
ローズィはこのナルシストっぽく見える召喚士が、何故しつこくもう一度自分のことを誘いにきたのかを深く理解し、再び肩を竦めた。『エルガンティア・ストーリーズ』のシナリオを書いているGMはようするにAIだ。ゆえにプレイヤー各人ごとに無数の物語がある――とかいうのが、一応ゲームの売り文句なはずだった。けれど、ローズィはある時、養父から虐待された記憶を取り戻したことで、自分が「ログアウトしたつもりになっているだけで、実はそうではない」という事実に気づいた。これはもちろん、プレイヤーの全員がトラウマきっかけで思いだすとは限らないだろう。だが、ローズィはもう二度と本物のリアルワールドへなど帰りたくなかった。それが彼女が<薔薇屋敷>でNPCのモンスターに囲まれて暮らし、このVRゲームの真実に迫るため、もう一度ゲームクリアしようなどと考えなくなった一番の理由だった。
「ねえ、ギジュン。あんた……ヒデヒコとかいうブタ野郎が、見た目の意味じゃなくて実は本物のブタ野郎で、あんたやあたしに本当につらくて苦しい現実をつきつけてくるかもしれない――とは考えないわけ?こんなことなら真のゲームクリアについてなんて知りたくなかったっていうことになったとしたら……」
「だからさ、オレ、前にもおまえに言ったじゃん」と、ギジュンもまた再び溜息を着いている。「もうこのゲーム、ほとんどやり尽くしちまってほとほと飽き飽きしてんだよ。だけどやっぱ、思ってたとおりまだ裏イベントがあって真実のエンディングってやつがあるって聞いたら……久方ぶりにみるみるやる気になったぜ。とはいえ、他のゲームでもよくあるパターンってやつだけど、裏の世界じゃ段違いに難易度高いとか、よくある話だろ?だから、ひとりでも多くおまえやオレくらいのレベルの仲間をかき集めたいって思ったわけさ」
「…………………」
(『ほとほと飽き飽きしたっていうんなら、<エルガンティア・ストーリーズ>からはログアウトして、何か別のVRゲームでもやったらどう?』)とは、ローズィには言えない。『コーコージュケン』という言葉について聞くと、他のプレイヤーが何故か大爆笑して散っていく――といったように、そんなところまでこのゲームはよく出来ているのだ。だが、それでいくとどういうことになるだろう?マティアスという<騎士屋敷>に住む騎士団長も、もしかして自分と同じようにこの世界のカラクリに気づいていればこそ、現実世界のほうへは戻りたくないということなのだろうか?
(とりあえず、今まではなかった展開が開けてきてることは確かだわ。第一、普通にゲームやってれば、最低一度はラスボス倒してクリアーしてるプレイヤー人口の数だって相当増えているはず……これがそのあたりのこととも関係しているかどうかはわからないけど、とにかくマティアスって騎士とヒデヒコっていうブタにはよく話を聞いてみよう。それで、彼らが『どうにかして現実世界へ戻りたいと思ってるんだ』的なことをもし語りだしたら――あたしは帰りたくない、元の世界へ戻りたくなんかない、そのくらいだったら死んじゃいたいくらいだわって、そう話せばいいんじゃない?ううん、そこまでのことは話さなくてもいいのよ。『あたしは残るけど、あんたたちは帰りたいんなら帰ればいいじゃない?』とでも言えばいいんじゃないかしら……)
ローズィはそんなふうに迷いつつも、隣を歩く灰色のダブレットに同色のズボン、その上に青のローブを纏い、黒のブーツを履いたナルシスト召喚士のことを見上げ――ギジュンのこのゲームに対する並々ならぬやる気について、あらためて思い返していた。何故といって、自分もまた<エルガンティア・ストーリーズ>の裏に隠された真実に気づく前までは彼と同じように考え、何かに取り憑かれたように「絶対に本当のエンディングまで行きついてみせる」とこだわり続けていたのだから……。
>>続く。




