第11章~モモちゃんの世界ー【2】ー(A2α5ゾーン領域)~
モモちゃんはうさぎのミミさん、それにリスのリリさんと一緒にピクニックへ出かけました。三人とも、それぞれ手にバスケット、あるいは革のトランクを持っていました。バスケットの中にはランチ、あるいはおやつにするためのごちそうが入っていたのですし、トランクのほうには敷き物やお皿など、ピクニックのために必要な道具が色々入っています。
モモちゃんの身長は、大体110センチくらいでしたでしょうか。でも、隣に並ぶうさぎのミミさんもリスのリリさんも、大体同じくらいの高さがあります。ミミさんもリリさんも、大体焦げ茶色の毛並みでしたが、ミミさんは耳がぴんと立っている分だけ、モモちゃんやリリさんよりも背が高かったかもしれません。
三人はおうちを出ると、川沿いに道を進んでゆきました。すると、モモちゃんがやって来るのを見て、みんな急いで挨拶しにやってきます。バッタやコオロギさんは思いきりジャンプして「モモちゃん、こにちは!」、「ピクニック、いいね!」と言うと、瞬くまに再び草むらの中へ消えてゆきます。それからまた別のキリギリスの一隊がやって来て、「いい天気だね!」、「最高だね!」、「モモちゃん、元気で何より!」……とそれぞれ言って、彼らもまた道をよぎったもう一方の草原に消えてゆきます。
「モモちゃん、今日も元気よお!!」
モモちゃんはこの日も元気よく、みんなに聞こえるように大きな声で返事しました。
「みんなも元気で何よりでっす!いい天気で最高!!みんなもいい一日をおすごしくださいね~」
こうして道を進んでゆくと、今度はカエルさんがぴょこんと飛んできました。カエルさんは洒落者として知られていて、この日も縞のスーツにネクタイを締め、帽子を被った上、手には何故かステッキを持っていました。彼は革靴をはいた足で巧みにステップを踏むと、モモちゃんに華麗に挨拶します。
「ごきげんうるわしゅう、プリンセス。今日は一体どちらまでピクニックへ行かれるのですかな?」
「ん~っとねーえ……」
(どこまで行くんだっけ?)と思ったモモちゃんは、右隣のリリさんと左隣のミミさんのほうをそれぞれ見ました。すると、チェック柄のワンピースにお帽子をちょこんと頭にのせたミミさんが答えます。
「わたしたちこれから、森の湖の近くまでピクニックしにいくんですの」
「そうそう」
小花模様のエプロンドレスを着たリリさんが、ポケットからくるみを出すと、カリカリ食べながら相槌を打ちます。でもカエルさんが「わしにもひとつ……」と頼んでも、「ダメです!」とリリさんはハッキリ断っていました。カエルさんたちは実に厚かましいと彼女はかねてより思っていたからです。
「ピクニックといえば森の中の湖がいちばんですものね。それではカエルさん、ごきげんよう」
カエルさんに一緒について来られては堪らないと思ったのでしょう。リリさんが失礼のない程度無表情だったように、ミミさんもそんなふうに冷たくあしらっていました。モモちゃんはといえば、「じゃあね、カエルさん!バイバーイ」と挨拶しながら、ミミさんとリリさんがカエルに対してよそよそしいのは何故なのか、まったくわかっていませんでした。
「ねえ、ミミさんもリリさんも、カエルさんにぞんざいだったのはどうして~?」
「ぞんざいですって?」と、呆れたようにリリさん。「むしろわたしたち、あつかましいあの人に礼儀正しいくらいでしたよ。わたしのポケットのくるみが欲しいだなんてまあ!図々しいにもほどがあるわ」
「そうよ、モモちゃん!」とミミさんも何度も頷いて同意します。「カエルの一族には注意しなくっちゃ。あの人たちときたら、あげたらあげた分だけ当たり前みたいにぶんどっていっちゃうのよ。それでまた『くれろ、くれろ』って屋敷の近くまできて夜通し大合唱したりなんかして……常識がないったらないわ」
「ほんとよねえ。だから最初から注意して何もあげないほうがいいのよ!わかった?モモちゃん」
「へえ~………」
(ああ、そういえばそんなこともあったっけ)と、モモちゃんはぼんやり思いだしました。毎日不幸なことが何ひとつなく、幸せなばかりでいると――季節や日々といったものは、一か月前の今日も、三か月前の今日も、半年前の今日も、一年前の今日も……そんなに変化はないため、それでさらさら小川の流れのようになんでもすぐ忘れてしまうのかもしれません。もっとも、お天気については晴れてばかりということはなく、雨や嵐の日もあれば、冬には雪が降って寒かったりといった、そうした変化についてはありましたけれども。
「モ、モモちゃん、こ、こにちは……」
片側を小川、もう一方が林になっている茶色い道を、金色がかった黄色いヘビが通りかかってゆきました。ヘビはその前まで草むらの中でうねうね運動していたのですが、モモちゃんがやって来るのに気づき、急いで挨拶しに道へ出てきたのです。
「まあ、ヘビさん!こんっにっちわ~!!」
モモちゃんはヘビさんのことをむんずと掴むと、自分の首に巻きました。ミミさんもリリさんも「うふふ」とか「あらあら」などと口に手をあてて微笑んでいます。
「ヘビさんも一緒にピクニックに行きましょう!でも、湖へとーちゃくするまでには時間がかかりますからね。わたしの首にまきまきされているといいでしょう!!」
「あ、ありがとう……ござ……います……」
ヘビさんはモモちゃんの首にまきまきされたまま、モモちゃんの耳許に小さな声でお礼を言いました。ヘビさんたちはとても内気だったので、普段あんまり大きな声でおしゃべりしません。また、ミミさんのお話では「ジョーシキ」があり、リリさんの言によれば「ツツシミブカイ」種族だということでした。
「ヘビさん、ナッツなんてお食べになります?」
カエルさんにはひとつもあげなかったのに、リリさんはヘビさんに大きなくるみをあげていました。ヘビさんは最初、口に入らないからではなく、「も、もっと小さいのでいいですよ……」と遠慮がちに言っていました。でも、カエルさんと違って、ツツシミブカイ人にはリリさんはもっといいものをあげたいと思うのです。それで、大きなくるみとアーモンドをもうひとつずつあげました。
「い、いつもありがとうです、リリさん……」
「うふふっ」と、ミミさんもバスケットからミルクのビンをちら見せして言いました。「ヘビさん、美味しいミルクもありましてよ。湖へ到着したら、みんなで分けて一緒にのみましょう!」
「わ、わあ~い!う、嬉しいなっと……」
ヘビさんはいつでもテンションが低めでしたが、この時は嬉しそうな振りをしているのではなく、本当に嬉しそうでした。ヘビさんはミルクが大好きで、いつも「この世界で最高の飲み物ですね!」と言って、お皿に入れてあげたのをぺろぺろ一生懸命なめるのでした。
その後も、「♪るんるかる~ん」と鼻歌を歌うモモちゃんのそばを、アゲハ蝶やモンシロチョウなどが通りすぎては「いいおひよりですわね」とか、「ごきげんよう」と挨拶してゆきましたし、カブト虫くんが胸元にとまったかと思うと、「おや、これはヘビさんではありませんか!」と驚いていました。(食べられる!)といったような発想はカブト虫くんにはありません。単に先客がいたことに気づきませんでしたので、失礼だったかなと思ったのです。
「あら、カブト虫くん!」と、モモちゃんは自分の服の胸元にブローチのようにとまったカブト虫くんに言いました。「今日もおいしいハチミツがあるわよーう。何味かはなめるまでのおたのしみ!」
「れんげかな。それともアカシア……この季節ならさくらやりんごもいいなあ。ムヒョムヒョ。想像しただけでよだれが……おっと失礼。このわしとしたことが、つい……」
カブト虫くんが嬉しそうにそう言いましたので、ヘビさんもミルクの味のことを思うとよだれが出そうになりました。すると、そんなふたりの様子を見て、リリさんまでがこんなことを言いだします。
「わたしも、はちみつのカシューナッツ漬けを食べるのが楽しみですわ」
「モモちゃんはジャムやマーマレードのサンドイッチー!!」
「わたしははつか大根のサンドイッチですわ。他にキャベツやにんじんのもありますの」
みんなでわいわいそんな話をするうち、湖のほとりへ到着しました。リリさんは早速とばかり、トランクから敷き物をだし、ミミさんに手伝ってもらってサッと緑の絨毯のような草の上へ敷きます。それから、その日はそよ風でしたけれども、ナッツの入った瓶などで角のところを押さえ、みんなで「わあ~い!」とばかり、そこへ座りました。
このあたりまでやってくると、小川が注ぎこんでいる湖となり、きらきらとお陽さまの光を湖面が反射しているのが見えて、とても綺麗です。林の向こうは果樹園のようになっていて、ひとつの大きな木には桃やりんごやみかんなど、色々な果実が実っています。今は季節としては春でしたが、モモちゃんの住むこのあたり一帯ではそんなふうでした。一本の木に、りんごやみかんやももやなし、それにバナナやぶどうなど、色々な果実が実っているのです。
なんにしても、果樹園のほうへ行くのはいつもランチを食べてからと決まっておりますので、みんなはまずバスケットの中のものを取りだすと、それを順に食べてゆきました。今日のピクニックのお客さまはヘビさんとカブト虫くんでしたので、ミミさんはヘビさんにミルクをお皿に出してあげ、リリさんはカブト虫くんに木の枝にハチミツをぬったのを出してあげました。
「そしてモモちゃんはサンドイッチなの~!!」
大好物のジャムやマーマレードを頬張ると、モモちゃんもミミさんにミルクをいただきました。リリさんはキャベツやブロッコリーなどの挟まったサラダサンドを食べ、その合間合間にも、ひまわりやアカマツやカラマツの種などをかりかりかじります。いつも面倒見のいいミミさんは、みんなが居心地よく落ち着いてるのを見届けてから、はつか大根のサンドイッチをもぐもぐしました。そこいら中にたんぽぽが黄色い花を咲かせているので、リリさんは時々その葉っぱも取って食べます。たんぽぽはミミさんの大好物のひとつでしたから。
食後のおやつとして、マドレーヌやクッキーを食べると、みんなは果樹園へ向かいました。そこは木の切り株が椅子のようになっていますので、モモちゃんもリリさんもミミさんもそこへ座りました。ヘビさんのことはモモちゃんが運んでゆきましたし、カブト虫くんは切り株の上で「ちょいと食べすぎたようですわい。げっぷ」と言って、そのまま横になっています。
リリさんは大好物のバナナを食べ、ヘビさんにも分けてあげました。モモちゃんもみかんを分けてくれましたし、ミミさんもりんごを分けてくれました。それでヘビさんは「み、みなさん、いつもありがとう。こ、これでたぶん、今後一週間は何も食べなくて大丈夫でしょう」とお礼を言いました。ミミさんもリリさんも「まあ、ヘビさんたら」と、口に手をあて「うふふ」と笑っています。これはヘビさんにとっては本当にそうなのでしたが、いつも三人ともヘビさんが冗談を言っているとばかり思っていたのです。
やがて、たぬきさんやきつねさんや、いのししさんやシカさん、イタチさんやおこじょさんなど……森のお友だちが、順にモモちゃんに挨拶しにやってきました。モモちゃんもミミさんもリリさんも親切に、木の上の果実をもいであげては、みんなにひとつずつ分けてあげます。大体、「今日はオイラはなしとみかんがいいな」と言われれば、そのとおりに一個ずつあげますし、「アタシはりんごとぶどうだわ」と注文されれば、そのとおり欲しいものをあげるのでした。
こうしてみんなで輪になると、美味しいものを食べながら、たのしくおしゃべりして午後のひとときをすごすのです。その輪の中にトラさんやライオンさんやクマさんたちが加わってきても――森のお友だちは誰も逃げたりなんかしません。シカさんはクマさんに「ごきげんよう、クマさん」と挨拶し、クマのほうでも紳士的に「どもども」と気さくに返事をするだけです。ライオンさんも白テンちゃんに挨拶し、「今日もお綺麗ですなあ」とその毛並みを褒めてくれましたし、白テンちゃんも決してお世辞ではなく、「ライオンさんは今日もダンディですわね」と目くばせして言いました。トラさんはおこじょさんと親友でしたので、モモちゃんに挨拶する前にお互いの近況についてなど、色々と熱心に話しこんでいたものです。
そして、みんながみんな、ももやなしやみかん、ぶどうやりんごなど、好きなものをもいでもらってお腹がいっぱいになった頃――突然、木の切り株の並ぶ草はらに大きな影が差しました。それは空色の子竜が横切っていったからで、彼は近くの森へ騒々しく着地すると、ドタドタいう大きな音をさせつつこちらへやって来ました。
「やあ、みんな!こんにちは~!!」
空色の鱗に、頭や背中のギザギザ部分だけが海色のりゅうくんは、大きな声でそんなふうに挨拶しました。前まではりゅうくんがやって来ると、森の仲間はみんなすぐに逃げてしまい、りゅうくんはずっとさみしい思いをしていたのです。でも、モモちゃんが友だちになってくれて、そのあと森のお友だちをみんな紹介してくれました。それからはりゅうくんも仲間になってずっと仲良くしているのです。
「こんちは、りゅうくん!」
「きみは鳥さんたちと同じく羽根があっていいね!」
「こんな素晴らしい春の日に大空を飛び回れるなんて最高だろうなあ!」
みんな、そんなふうにりゅうくんに話しかけました。りゅうくんはしばらく話しかけてくれた森のお友だちとおしゃべりしていましたが、モモちゃんに果実をもいでもらいたかったので、お話をある程度のところで切り上げると、モモちゃんやミミさんやリリさんのいるほうへドタドタしながらやって来ました。
「モ、モモちゃん、これ……」
りゅうくんは、首から下がる鎖のついた小物入れから手紙のようなものを取りだしました。そしてそれをモモちゃんの手に渡します。
「りゅうくん、これなあ~に?」
空色の手紙を受けとると、モモちゃんは首をかしげました。封筒にも、中のカラフルなカードにも、何か文字が書いてあるのはわかるのですが、モモちゃんは竜の国の言葉で書かれた文字はまるで読めません。
「招待状なんだ、ぼくの竜の国への……その、お誕生日会があるんだよ。来月、ぼくの……」
「まあ、おめでとう!」と、ミミさんとリリさんが、ほとんど声をそろえて言います。すると、そのことを聞きつけた他の森のお友だちも、同じように祝福して「おめでとう、りゅうくん!」と言いました。
「よ、よかったらみんなもいっしょに来て。モモちゃんと一緒に……それじゃ、またね!!」
水色のりゅうは、モモちゃんからバナナの皮をむいてもらうとそれを食べ、ミミさんがりんごをくれるとそれも食べ、リリさんがぶどうをくれるとそれもひと房食べて――ドタドタ助走をつけるなりバサッと翼を広げ、あわただしく去ってゆきました。
「りゅうくん、結局なんて言ってったんだい?」
「んんっとね~え……」
モモちゃんは竜語が読めませんでしたが、それでも空色の招待状を開いてみると、そこには地図がのっていました。また、りゅうくんのお誕生日会が来月――つまりは五月の若葉萌ゆる頃に開かれるらしきことも絵文字でわかりました。竜族というのはもしかしたら人間のようにある一日だけでなく、生まれた誕生月の間ずっと祝っているものなのかもしれません。
「じゃあ、来月の五月になったら、いつでも行っていいってことなのかしら?」
シカさんがそう聞くと、「そうとは限らんかもしれんぞ」と、クマさんが腕を組んで首を傾げています。「それに、お誕生日会というからには、プレゼントも用意せんとなあ」
「そうよねえ」と、白テンちゃん。「よく考えたらアタシ、りゅうくんが何をもらったら嬉しいのかとか、なんにも知らないもの」
「んだんだ」と、たぬきどん。「オイラも、りゅうくんのことは好きだども、確かによく考えてみたらば、竜族のお誕生日会ではどんなふうにふるまうのが適当なのかも、よく知らんぞな」
途端、森の空き地はざわざわしだしました。モモちゃんとミミさんとリリさんも、竜くんのくれた素敵な招待状を見つめつつ、困ってしまいました。地図を見ると、海の向こうの大きな島の上にお城が立っています。そして、文字のほうははっきりわからないながら、なんとなく何が書いてあるかはわかるのでした。『ここ、ぼくのいえ』みたいに、矢印とともに書き記してあるのだろう、といったようなことは……。
「モ、モモちゃん……」
すっかりお腹がくちくなって、木株の上でうっかり寝てしまったヘビさんでしたが、竜くんのドタドタいう足の振動で目を覚ましていました。ですから、その後の顛末については理解していたヘビさんでしたが、森のみんながざわざわ色んなことをしゃべっているため、自分の声がモモちゃんたちにさっぱり届きません。
そこでヘビさんは木株から下りると、モモちゃんのいるほうへ這ってゆき、ようやくのことで話しかけることが出来たのです。
「モ、モモちゃ~ん。ぼくの話を聞いておくれ~!!」
ヘビさんが少し大きめの声で緑の葉っぱの中から呼びかけます。すると、「わっ、びっくりした!」と言って、モモちゃんはうっかりぴょんと飛び上がってしまい、あやうくヘビさんのことを踏んでしまうところでした。
「ぼ、ぼぼ、ぼく、竜語がわかるんだ!その招待状、ぼくに見せてみて!!」
そこで、モモちゃんがヘビさんのことを首にまきまきしますと、ヘビさんはミミさんとリリさんが手にしている招待状を近くまで持ってきてもらい、その二枚あるカードをじっと見つめました。
まずは、ミミさんが手にしている一枚目――「ええっとお、『さる五月の緑萌ゆるころ、ぼくのお誕生日会があります。出席者はおとーさんとおかーさんとおにーちゃんとおねーちゃんといもーととおとーとなどです。だから、モモちゃんたちもいっしょに、たのしくぼくの生まれ月をいわってください!森のみんなも、つごうがついたらいっしょに来てね』……とのことです」
次に、リリさんが手に持っている二枚目の地図――「う゛~ん。そうですねえ……モモちゃん、海へは行かれたことがあるでしょうか」と、ヘビさんはちょっと難しそうな空気を滲ませています。
「モモちゃん、海いったことあるよお。もちろん、ミミさんやリリさんと一緒にね!でも海のむこうに島があって、そこに竜くんが住んでるとは、今の今まで知らなかったのーう」
「わたしも行ったことはありません……が、りゅう族とわれわれヘビ族とはとーいとーい親戚にあたりますもので……それで字のほうも読めるというわけなのです。ただ、海まで行ってもボートがなければ島まで辿り着けないでしょうし、泳いでいくのはおそらく無理でしょう」
この時になるとすでに、森の仲間たちみんながモモちゃんやりゅうくんの招待状を読むヘビくんのことを取り囲んでいました。ヘビさんたちは普段、草むらなどに姿が隠れているせいかどうか、あまり目立たぬ種族として知られています。でも、ヘビさんがすらすら竜語で書かれた文字を読むのを見ると、みんなすっかりびっくりしていました。「森一番の賢者だ!」とか、「賢いフクロウさんでも、竜語は読めないんじゃないかしら?」、「これからわからないことはなんでもヘビさんに聞こう!」などなど、拍手して褒め称える動物が何人もいたものです。
「ねえ、クマさん。あなた、泳げないの?」
「海のように深い場所では無理だ。ライオンさんはどうだい?」
「いやあ、オレっちもダメだな。浅い川くれえならモモちゃんをのせて渡っていけるにしても……トラさん、あんたはできるかい?」
「いや、わしも無理じゃ。じゃが、アライグマさんやビーバーさんならもしかしたら……」
でも今この場にアライグマさんもビーバーさんもいませんでした。ビーバーさんはおうちを建てるのに忙しかったのでしょうし、アライグマさんはどこか泉で水浴びでもしてるところかもしれません。
「でも、ビーバーさんやアライグマさんに頼むにしても、結局モモちゃんやミミさんやリリさんのことを乗せてはいけないんじゃなくて?」
「いやいや、シカさん。あんたのご指摘はもっともだが」と、腕組みをしたままクマさん。「ようするに、モモちゃんが海まで到着しましたよってことをりゅうくんのいる島まで伝える連絡係がいればいいっちゅう話でな……わしも海へは行ったことがあるだども、竜の住む島を見たことまではない。つうことはだな、地図で見るかぎりでは泳いでいけそうに見えるだども、実際には結構なとこ距離があるってことよな。りゅうくんたちにはひとっ飛びでも、わしら動物にとっては結構あるっちゅうことをうっかり忘れておったのではないかね」
「う゛~ん……」
そのあとはみんな、ただ黙り込んでしまいました。みんな、モモちゃんと一緒にりゅうくんのお誕生日会について行きたかったのですが、海から向こうへ行くのはとても無理そうです。それに何より、みんなモモちゃんが大好きでしたので、モモちゃんやミミさんやリリさんだけでもせめてりゅうくんのいる島へ行かれないかと、どうにかない知恵をしぼろうと必死でした。
「い、いいのよう、みんな!!」
モモちゃんは森の仲間たちがそろってふさぎ顔をするのを見て、元気よく言いました。
「りゅうくんはまたやって来るかもしれないし、そしたらそのとき、モモちゃんだけでなく、みんなもぜんいん海を渡って島までいくにはどうしたらいいか、聞けばいいのよ!ありがとう、みんな……モモちゃんのために一生懸命いろいろ考えてくれて……」
そのあと、モモちゃんとミミさんとリリさんは、もう一度木の上のくだものを順番にもいであげて、みんなにおみやげとして持たせてあげることにしました。そして、ミミちゃんが湖のほうへ向かい、ちゃぷちゃぷいう声に耳を澄ませて、水さんたちのおしゃべりを面白がっていたときのことです。
「モモちゃ~ん!!」
どこかから自分の名前を呼ぶ声がして、モモちゃんは驚きました。でも、一体どこから呼んでいるのかがさっぱりわかりません。それは隣にいたミミさんもリリさんも同じだったようで、三人は不思議そうにお互い、顔を見合わせていました。
「モモちゃ~ん!!」
今度は声がしたあとにポチャリ、と小石が落ちるのに似た音がして、三人はその声が水の中からしたらしきことがわかったのです。それは、湖面を思いきりジャンプしたヒメマスさんの声でした。
「あら、ヒメマスさん!どうなさったの?」
ミミさんが湖岸に近づき、湖面からぬっと顔をだすヒメマスさんにそう話しかけました。ヒメマスは一匹だけでなく、そこら中にいっぱいいました。そして、そのみんなが競うようにしてモモちゃんに話しかけたがったので――少しの間会話のほうが水中で渋滞してしまったようです。
『もごもご……あたしがモモちゃんに言うの!』、『ううん、ここはわたくしにまかせんしゃい!』、『ごぼごぼ、いいや、ここはオレに言わせてもらうぜ!』、『ずるいぞ!ぼくだってモモちゃんに話しかけたいっ』、『いやいや、ここはオイラの出番だい!!』………といったようなやりとりが、水の中で続いたあと、最後に代表として選ばれたらしい一匹が、ヒメマス一同の言葉を代弁することになったのでした。
「モモちゃん、話は聞いたぞよ!りゅうくんのいる島へは、これからワシらのほうで使いをだして、島から迎えをだしてくれるようお話ししてしんぜよう」
「ヒメマスさん、ご親切にドモドモでっす!!」
モモちゃんはまず最初に、そんなふうに心から感謝の意を表しました。すると代表の長老ヒメマスでない他のヒメマスが、「ひゃっほう!!」と叫んだかと思うと、湖面から飛びだして一回転し、それからまた水の中へもぐってゆきます。他の何匹かも湖から顔だけだすと、「お礼なんていいのよーう」とか、「いつもくれるパン屑のお礼さ」といったように、一生懸命アクロバット飛行していました。
「でも、ここから海までは遠いわ」と、ジョーシキを重んじるミミさんが、心配そうに首をかしげて言います。「いくらヒメマスさんたちでも、ここの湖から海までいくのは大変なんじゃなくて?」
「そうそう。ここの湖から遠い海までは続いていないんじゃないかと思うし……」
リリさんがナッツをかりかり食べながら言います。それと同時に、ヒメマスさんたちのために残しておいたパン屑を、いつものようにバスケットから出しては魚さんたちにくばりました。途端、「モモちゃんもやるー!!」と、モモちゃんもバスケットからパンの残りをだして、みんなに平等に届くよう、思いきり遠くのほうまで投げました。
「いえいえ、ご心配は無用でしてな、ミミさん」と、ヒメマス長老が口をパクパクさせて言います。「わしらヒメマスはここ湖を棲み家としとりますが、わしらの近い親戚にベニザケという連中がおりまして、やつらは小さい頃はここらにいて、やがて海へと出てゆきますのじゃ。彼らに頼めばおそらく、竜の島の岸辺まで辿り着いて、モモちゃんが招待状だけ渡されても困るう、言うておったということを伝えてくれるじゃろう……という、まあ、こうした案配なわけでして」
「あらまあ、そうでしたの」
ミミさんはすっかり合点がいくと、まるで競争するようにパン屑を投げているモモちゃんとリリさんのところまで行って、バスケットからパン屑を取りだしました。ヒメマス長老が喉につまらせない程度、大きくちぎったのをお礼にあげ、あらためて「ありがとうございます、長老。よろしくお願いします」と頼んだのでした。
「うんにゃ、うんにゃ。お礼などいいですとも……モモちゃんは我らが世界の女王。彼女あってこその我らというわけでして……わしらは当然のことをしておるという、ただそれだけのことですて」
「それでも長老さん、どうもありがとさんです!!」
モモちゃんもそう言って、湖面に向かって頭を下げました。もっとも、モモちゃんは自分のことをこの世界の女王などと思ったことは一度もありませんでした。また、ヒメマスさんたちの親戚のベニザケさんがりゅうくんの住む島まで伝言してくれるらしきことはわかっても、それ以上の難しいことはよく考えていませんでした。
「いえいえ、モモちゃん。お礼などいいのです。ベニザケたちには間違いなく我々のほうでそのように伝えておきますので、モモちゃんが竜ヶ島のある海まで行った時には……りゅうくんか、あるいは彼の一族のどなたかでも、モモちゃんたちを迎えにきてくださることでしょう」
――といった話運びにより、来月の五月にはモモちゃんは、森のみんなと一緒にりゅうくんのお誕生日会へ出席することになりました。その日、モモちゃんとミミさんとリリさんはヒメマスさんたちにお礼とお別れを言うと、湖に沈みゆく太陽さんにもお別れをして、おうちへ帰りました。とても楽しい一日でしたし、りゅうくんのお誕生日会へ行くことを思ってみただけでも、その日のやってくるのがとても楽しみでした。
モモちゃんはその日の夜、眠る準備をしてからベッドにもぐりこむと、目をこすりつつ、右隣と左隣のベッドでそれぞれ休む、ミミさんとリリさんにこんなふうに聞きました。
「毎日、とってもたのしいね!明日もしあさってもその次の日もずーっとずーっと、こんな日がつづいてゆくのね!モモちゃんとってもしあわせ……ミミさんもリリさんも、モモちゃんと同じ気持ちかしら?」
「同じ気持ちですとも」と、ミミさん。ミミさんは夜眠る前にブラシで毛づくろいすると、にんじん柄のパジャマに着替えています。「それに、わたしたちはみんな、モモちゃんがいるだけで素晴らしくたのしいのですよ。そういえば今日はヘビさんが大活躍した日でしたね。彼らにはこれらかも敬意をはらって親切にしなくては……」
「ふふふっ」と、リリさんもミミさんに相槌をうっています。「ヘビ族は昔からいい一族ですものね。何より控え目だし、お腹がすいているような時でも『ここへ来る前に十分食べてきましたから』なんていう遠慮深いところも彼らがいい種族である証拠だわ。竜族の遠い親戚とは知らなかったけれど、親戚ならなおさら、来月あるりゅうくんのお誕生日会へは一緒にきてもらわないとね。ねえ、そうでしょ、モモちゃん?」
リリさんはお休み前にハーブ酒を一口飲むと、フリルのついたナイトキャップをかぶっていました。パジャマのほうも同じように襟や裾にフリルのついたもので、胸元にはピンク色のリボンがついています。リリさんは就寝前の毛づくろいを丁寧にしていましたが、モモちゃんからなんの返事もないのに気づくと、そちらのほうを振り返りました。
「あらあら、モモちゃんったら!もう寝ちゃったのね。おやすみなさいの挨拶もまだだったのに……」
「仕方ないわよ、リリさん。わたしたちもはやく休みましょう」
ふたりもまたそれぞれ丸太で出来たベッドへ入り込むと、最後にミミさんがランプの火を消しました。あたりはある意味真っ暗闇でしたが、別の意味では真っ暗ではありません。窓からは薄い緑色の月からの光が差していましたし――ペパーミントムーンとモモちゃんたちは呼んでいます――今、窓から見えるのはペパーミントムーンでも、次には薄紫色のラヴェンダームーンが、さらにその次にはローズピンクムーンが……といったように、朝になるまで、モモちゃんがいつ目を覚まして窓を見ても月が見えるよう、そこには必ずなんらかの天体の輝きがあるのです。そして、モモちゃんが見ているか聴いているかは関係なく、月も星も神秘的にきらきら瞬いて、大気を微かに震わせ、よく耳を澄ませると聴こえる、美しい歌をいつでも歌っているのでした。それはこの世界の女王であるモモちゃんが、それと同時に小さな子供でもあるモモちゃんが、ぐっすり眠れるようにと奏でられる、とても繊細で優しい子守歌だったのです。
>>続く。




