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第九話 大帝

「アーピス、こいつらに説明してやれ。」

男は、皺の増えた額をさすりながら眼窩に落ち窪んだ冷淡な灰青の瞳をぞんざいに臣下に向け、

気に食わないと言った様子で組んだ足先を動かしている。

重厚な瑠璃色の二重襟付きコートの上から袖の長い祭衣を羽織り、チラチラと瞬く薄衣の様なものを頭から纏って、

純白の水芭蕉の様な形の物に腰を据えて居る。

 

彼の座る流線型の玉座は、硬質な石と有機的な素材が混じり合い、あしらわれた紋様は

この玉座が、衛星を端から端まで統べる強大な権威である事を、(有る事無い事引用しつつ)うだうだと記し連ねていた。

 大帝は宗教家だった。

宇宙の真理に抗う革命家としての宗教。

宇宙の絶対法則である均質化、拡散の果ての永遠の静寂、その耐えがたい無の中で、散らばろうとするエネルギーに逆らって吹き溜まりにできた我々生命体。

 

我々が我々である限り、個を、自我を保つためにpHを上げ、膜を作り、相手を批判するのである。


それは我々が宇宙に溶け破滅しないための唯一の方法であり、それこそが我々が我々たる所以である……


議題は精神投射による人類の支配計画だった。


物への精神投射は彼等にとって親しみのある、いわばラジオ程度の技術だった。


テンゼム議員は、ロマンスグレーの顎鬚を弄りながら神妙な面持ちで聞いていた。


精神投射。私にもある程度の知識はある。

概念を具現化するために、デバイスを介して月面人の共通認識と地球人の共通認識が必要である。


先帝の短期留学の際、月にも地球にもある竹に目をつけたのはそのためだった。スクスク育つという性質がまた丁度よかった。


昔はよく送り込んだスパイに傘の妖怪や琵琶の妖怪、バーバヤーガなどありとあらゆる伝承を調べさせて怪談会を開いたものだ。


怪談会はただのお話会ではない。

聴衆の間で共通認識を作り、選ばれし者の精神体を投射して地球上に妖怪を具現化するための儀式だった。

 

それはそれは絢爛な大会場で執り行われ、怪談の後に行われるオークションでは妖怪の権利を買うのだ。

いわば貴族の遊戯。

 

テンゼム議員も、若かりし頃惑星の人々にちょっかいを出して楽しんでいた1人だった。

懐かしいよなあ、プリムヴェル議員。

陰陽師どもから逃げ回るのも楽しかったよなぁ。

一緒に村を練り歩いたよなぁ。

 

私が議席から蹴落としてしまったがな。

しかし今度は人間そのものに精神を投射するらしい。

 

「…皆様ご存知の様に、月から地球への精神投射には、それぞれの星での概念に対する共通認識が同じでなければなりません。その共通認識という繋がりの代わりに、今回はテレパスと、同胞のエネルギーを持つ人間とを介して伝導させる。」


無機質な白銀の議場にどよめきがこだまする。

テレパス。月面で4000年に1人生まれるか産まれないかの希少な存在。しかも太古の昔の失敗を機にこの星では禁忌に近い扱いとなっている。

幼子の脳をいじる不穏な研究がなされていると噂は聞いていたが、まさか本当だったのか?


「したがって地球上の者たちとの連携が計画の要であり、限られた資源のもと、無闇に投射、通信することに比べて、彼等にある程度の自律性を授ける、それが妥当であると言えるでしょう。」


「また、第二の計画である古代技術の分析、暗号解読においても現在必要な古代文明人の遺伝子資料をEBEROから奪還目前でありまして、これからの進展が期待されると言えるでしょう。以上であります。」


アーピスは顔の前に垂れてくる前髪を掻き上げていけすかない笑顔を作り、小さく手を合わせて挨拶した。

議員たちの動揺がこだまする中、堂々とした足取りで席に戻っていく。


彼は黒澤に任せるというが、事は差し迫っており、悠長に遺伝子解析と本当に使えるかもわからん遺物の研究に資金など出せない。


 だいたい遺伝子データのみで本当に古代機器を使用できるのかもわからん。

 

「お前がここから地球上全体に恒久的に精神投射できるデバイスを開発するのではなかったのか?それが地球上のしがない一スパイに頼りおって。」ぶつぶつと大帝が呟く。

 

あのアステカ惨殺を引き起こしたテレパスじじいを見つけてくれた方がよっぽど役に立つ。


アーピスはシルバーブルーのスーツの皺を直して脚を組み直す。

またイカレじじいが何か言っている。その案はダメだと自分で認めて棄却したではないか。

どんなに飾り立てた椅子に座ろうが、おつむは我々研究者に遠く及ばないのだ。


大帝の言葉はアーピスには無効だった。


初期の案は投射に必要なエネルギーが対象によって変わることがネックであった。

限られた資源であるから、どのくらい消費するかは事前に計画に組み込めず、立ち行かなくなる恐れがある。

黒澤と同じような権力者の妻を乗っ取り操るのが効率的だが、独身者が増えて来たのも問題だった。

 

アーピスや黒澤夫妻の計画は、大帝にとってあくまで目的の為の妥協点であって、礼賛しているわけではなかった。彼は同期的世界平和なるものを、むしろ危険視していた。

 

宇宙の法則に逆らうことを種の存在意義であり美徳、とする彼にとって、地球人といえど全ての個が同期によって一塊と化すことは、あまりにそら恐ろしいことでもあった。

 

下級の祭衣を纏った老齢の議員がヨボヨボの手で台を叩いた。

「全ての元凶はEBEROではないか。彼等のせいでこれだけ計画が遅延して居る。まずEBEROを襲撃すべきではなかろうか。犠牲になった多くの同胞たちの仇を取ろうとは思わぬか。」

ぱらぱらと同調する声が上がる。

 

ペイズリー議員は小さく鼻を鳴らした。

単純明快な結論に飛びつく愚か者どもめ。

大帝の政権になってから、政権を路頭に迷わせかねない、思慮不足な過激派の勢力が頭をもたげていた。


「いいえ、あそこは関連組織怪異対策機構を含めると人数装備とてこちらより上手。ご心配なさらず。我々の優秀なエージェントを送り込んでおります。彼等に機会をお与えになって。」虹色に輝く肌の議員が言った。

 

肌にぴったりした輝く薄膜を纏い、その上から有機的で柔らかなアシンメトリーの白い立体ドレスを着用して居る。懐古主義というやつだろう。

 

確か彼女の部署は言語の定義の統率をしている筈だ。

地球上での言葉の捉え方を把握するため、また管理するために、彼らは世界中の辞書の編纂に陰で関わっていた。


詳しく説明すると、概念投射に必要な共通認識は地球上の集団においても同じでなければならないうえ、多種多様な捉え方がある場合放散してうまく投射ができない。

 

そのため死そのものや生命そのものは数多の死生観に溶けてしまい具現化できないのだ。長寿の定義など人によりけりなものは集塊すらしない。

永遠の命ならおそらく可能であるが、投射が中断不能になる可能性を恐れて誰もやっていない。

 

人々がよく使う、認識の強い単語で有るほど投射後の具現化の強度が上がるのだ。

 

フロメル自身、さまざまな概念を試してみたが、条件に合致するものは少なく、具現化しても物理的に密度が非常に薄い存在であったりと意外と選定が難しいのだ。

 

「彼等は人生を賭けて今この瞬間も最善を尽くしています。それよりもテレパスの移植は進んだのですか?」

セルカ議員はツンと顎を上げて矛先を研究者に戻した。

 

「テレパスの研究は繊細なものでね、議員さん。やろうと思えば一夜にして出来上がる辞書とは話が違うのさ。しかし研究は佳境に入っている。辛抱してくれたまえ。」

アーピスはこの期に及んでヘラヘラとしている。

 

気に食わん。


「しかと頼んだぞ。それが無ければ計画が無に期す。でなければ我々が廃帝の基地に乗り込んで幼子を誘拐する任務が発生するんだからな。」

 鷲のような目をしたマイヴ議員は、厳つい指輪を嵌めた手で勲章のついた手袋を弄りながら、地鳴りのような声で警告した。


つづく

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