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第五話 憑依

「うわぁ〜すごい」

薄暗いブルーアワーの空に、朱塗りの提灯が映えて延々と連なり、

鮮やかな装飾を施した格子窓や古びた長い石の階段を橙色に照らしている。


興奮で完全に語彙が消失している十和子は、九份老街に旅行に来ていた。


現代の雑多な喧騒と怪しげな石像や真紅の垂れ幕が混在するこの街は、三人の新参者を圧倒していた。

看板や灯籠に照らされて行き交う人々の影が蠢き、何やら不思議なものが出てきそうな気配がした。


斎藤チコはぷくぷくしたピンクのスマホを握りしめながら辺りを見まわして目を輝かせており、讃岐オンニはと言うと、バス酔いが覚めずになんとも言えない表情をしている。


空港に着いた瞬間から八角の香りがしていたが、ここはまた違った美味しそうな匂いで充満している。


一行は朝からホテルで小籠包をたらふく食べてきたので、斎藤念願の占い館へと向かうことにした。


十和子はそういう非科学的なものに微塵も興味がなかったが、チコの自分には理解できない情熱が面白かった。


加えてこの頃オンニが珍しく落ち込んでいるので、楽しそうなことは何でもするつもりだった。



小道をいくつも曲がって人気の少ない場所に、目的の店があった。

「算命小館」

赤い字が如何にも怪しげな蛍光灯のついた古びた看板の元、斎藤は臆することなく進んでいく。

一体どこでこんな店を見つけてくるんだろう。

中に入ると、如何にも台湾らしい赤と金の装飾が燦然と輝いていた。

中にはよくわからない仏像らしきものや、翡翠でできた龍や蓮の置物などもあり、掛け軸のようなものも存在していた。


どちらかと言うと骨董品店とか、雑多な校長室といった雰囲気かもしれない。


黒檀の机の後ろでパイプ椅子に座っていたおばさまが、ようこそようこそ、と立って招き入れる。

手につけたたくさんの天然石がジャラジャラと揺れる。

60代くらいだろうか。金縁メガネのチェーンにも翡翠がついている。


十和子は今更になってこれはぼったくられるな、と敷居を跨いでしまった事を後悔した。


斎藤チコの占いは凡庸なものだった。性格は顔に出るだろうし、だいたい誰にでも当てはまるような事を言っているにすぎない。

十和子の結果も、結婚が遅いと言われた以外ほぼ同じようなものだった。


問題はオンニの番だった。


オンニが席に座ると同時に、おばさまは

アイヤー、アイヤー、と何やら溜め息混じりに呟き始め、

席を立ったり座ったりして棚をゴソゴソやっていたが、目的のものがなかったらしい。

どうしたものかと案じる様な顔でオンニに机に置いてあった文字の書いてある和紙の束を手渡すと、こう告げた。


貴女には霊が憑いています。

もしかするともう手遅れかもしれない。


私じゃどうにも出来ないから、このお札を部屋の四方に貼って、悪霊を呼びつけないようにしなさい。

そうでないと貴女のお友達に悪運が降りかかるわよ。

翡翠のネックレスもあるけど、こっちは26000元よ。


…約13万円か。

幾ら何でも、と十和子は笑ってしまった。

明けすいた悪徳商法じゃないか。


オカルト好きなチコも、流石にこれには乗り切れなかったようだ。


言われた当の本人も複雑な顔をして、んー、ありがとうございます。気をつけます。と言って席を立った。


心配そうな顔をして、親切な台湾のおばさまは「これ、割れちゃったやつだけど持ってると良いわよ」と、翡翠のかけらを十和子に渡してくれた。


店を出ると黙っていた斎藤が突然こう言い出した。

「私、除霊資格持ってるって言ったっけ?」


どこかの寺に頼み込んで加持祈祷を無理矢理教わった上、ガクチカのためにそういう資格を一から創造したみたいな事を言っていた気がする。


親友のそう言う訳の分からない部分が、十和子は大好きだった。



「オンニ、ホテルに戻ったら除霊してあげるよ」


ひとしきり遊んですっかり夜になり、一行は美しさの増した九份を後にした。


三人の泊まっているホテルは近代的な街並みの明かりに照らされて、また違った良さがあった。

小綺麗な部屋はそれなりに高かったけれど、三人で分けるとまだマシだった。

あぁ、お腹いっぱいだ。


チコは札を部屋の四隅にペタペタ貼ると、右手の拳を反対の手で受けて言った。

「じゃあ、始めるよ!」

「今から?」

威勢がいいな。丸一日遊んだとは思えない。

「明日じゃダメなの?眠いよー」

オンニも呆れた顔であくびをしている。

「大丈夫十和子は寝ててもいいから」

「じゃあ先お風呂入ってくるね」

「わかった」

えぇ〜と言いつつオンニはおとなしくベッドに胡座をかいて座った。

何をするつもりかわからないけど、どうせお遊びだろう。

だいたいお寺の人も、突然押しかけてきた知らない大学生に正しい祈祷を教えてあげるとも思えない。


チコは何やら唱えながら部屋を行ったり来たりし始める。いつのまにか祈祷の道具みたいな物も持っている。

台湾にそんなもの持ってきてたんだ。この子ほんと生粋の変人だな。



チコがごにょごにょと祈祷する間、その独特なリズムに乗せられて、讃岐オンニは除霊どころか睡魔に襲われて

しまった。


流石になんだか申し訳ないので目を瞬き必死に堪えていたが、5分ほど経つとついに夢に誘われてしまった。


つづく

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