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第三話 其々のかくしごと

黒澤ヒマリは、高校へ向かうバスの中でぼんやりと思索に耽っていた。

そろそろ本気で進路を考えなければいけない。でも、やったことのない職業を今から選べなんて無理難題だと思う。

母に相談しても的を得た回答は返ってこなかった。自分の好きな仕事をすればいいのよ。

父に関しては、最後に話したのがいつか覚えていないくらいだ。正直なところ年齢も、どんな仕事してるのかもよく知らない。


透明なプラスチックの傘の柄が、バスの蛍光灯を映して虹をかけている。気が早いな。


窓ガラスは微小な水滴で曇りガラスみたいで、土砂降りの雨なのに明るい空が青白く輝いて、まるで北極にいるみたいだった。



九十九蓮は、ついに始まってしまった大学生活にてんてこ舞いだった。

デジタル化しているのでタブレットを購入してくださいと言ってきたくせに、新学期の説明資料はことごとく紙だった。

俺は几帳面な方ではないから、何がどこにあるかわからなくなる。マジでやめてほしい。


過去の自分に文句を垂れながら、ガサゴソと書類の山を引っ掻き回していると、讃岐オンニの大声が聞こえてきた。

「あ、もう水なくなるじゃない!ちゃんと買い足しといてよ!っていうか水道水じゃダメ?それ」


何事かと部屋のドアから顔を突き出すと、キッチンで十和子がどデカいボトルに天然水を詰めている。

少し前に流行っていた1時間ごとにメモリのついているやつだ。俺なら一回で飲み干せるんだけどな、と蓮は思った。


十和子は天然水じゃなきゃ体にいい事してる気が半減するでしょ、と言いながら逃げるように自分の部屋から上着を掻っ攫い、パタパタと玄関へ向かう。

「大丈夫買っとく」蓮くんの四白眼気味の大きな吊り目とぶつかって、驚いて視線を逸らすと部屋がごちゃごちゃなのが見えてしまった。

あんなに前髪のヘアオイルまで?気を使える子なのに、意外と片付けは出来ないんだな。


「身だしなみが綺麗な人ってとかく部屋が汚いのよ」と、親戚の口煩いおばさんが言っていた言葉を思い出した。真理じゃないだろうけど。「行ってきます」


エマさんは早朝から飲食店か何かのバイトで留守だ。今日の讃岐オンニはパワフルなバージョンだったが、磨かれた窓に映った彼女の表情が、一瞬ひどく物憂げに見えたような気がした。

二度見したけれど、窓の外の電線に止まったシジュウカラに威嚇されただけだった。



月面の「カニツメ」の先端に有る18地区では、今日も物騒な見回りが継続されていた。

「隊員688、409へ任務交代します。」

「隊員409、着任します。」

敬礼と共にザンッと、バッジのついた軽溶岩製のブーツの音が二人分鳴り響く。


今から一時間半は味方の、いや買収済みの監視員だ。今のうちに機器のテストを次の段階まで進めておきたい。

黒曜石を模したイヤーピースは、博士の若かりし頃の暇つぶしの産物だった。

初老の研究者は、ピルカスグリーンのバイオライトの下、歳に合わず窶れてゴツゴツした指で隠し引き出しを開けると、デバイスを組み立て始めた。


メイヴェンは、大帝にこの研究の真骨頂を悟られぬよう細心の注意を払っていた。

宇宙で最も偉大な統治者と自らを呼称する様な輩が手に入れたら世界の終わりが来てしまう。

概念の具現化。

この研究は希望にも滅亡にもなりうる、そんな力なのだ。

例えば地球人の扁桃体の神経細胞からは、

彼らには観測不能だが高純度のエネルギーが発せられており、

それらの波長が重なり合った場において化学反応が起きると質量のある物体が具現化される。


一方でそれらと近い神経細胞は、我々の脳に特有のパターンで分布しており、

概念などの抽象思考によっても同じ現象、つまり具現化が可能になるのだ。


あくまで私の発明品を介してだが。


弟子のフロミルは、好奇心に満ちた純粋な瞳で、地球人を捕まえたんですか?と話の腰を折ってくるが、そこは重要ではない。


アトランティス計画の頓挫後、倫理規範が厳しくなったので如何もこうもやりづらい。


元共同研究者のアーピスも、廃研究室をわざわざ買い取って何やら玩具の開発に勤しんでいる。


クロサワのビジョンがどうとか言っていたが、精神テレポートが専門のあいつのことだ。

何処か異星の美しい景色でも勝手に拝みに行っているんじゃなかろうか。


だいたいあいつが計画を台無しにした元凶と言えなくもないので、研究者の資格を剥奪されていない事自体が異例なのだ。天才はなんでも得である。


少なくとも、我々はこの政権下でそれなりの自由を享受できている。家族も同じだ。大帝がSF好きで本当に、本当に良かった。


つづく

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