第十.五話 陰陽師 後編
呆気に取られていると、草鞋の足音が聞こえて、平安時代のコスプレイヤーみたいな人が駆けてくる。
身体が動くようになっている。よかった。
若い陰陽師は和紙の札をサッと投げると何やら呟き、手でパンパンと形を作りつつ、叫んだ。
「急急如律令!」
いったんもめんはかわそうとしたが、尻尾の先が当たってジワリと染みが広がる。札は燃えて塵になった。
恨めしそうにこちらを振り返り、逃げようとする。
陰陽師はぶつぶつと何やら唱えながらささっと五芒星を地面に描き、掌印を結んだ。
すると、天井に着いた風船のように、結界に制止されて逃げられなくなっている。
五芒星は青紫に光っている、というか、自分の知らなかった第六感が、エネルギーを認識して光っていると言っている、みたいな気分だ。
妖怪は、力を吸い取られるようにするすると落ちてくると、ぱさりと地面にのさばって、ただの木綿になった。
やば。
陰陽師が汗を拭いた瞬間、背後から闇が立ち昇ってきて、その身体をぐわっと呑み込んだ。
え
その瞬間、
「平素から、誠にお世話になっております――‼︎‼︎」
スーツに白装束を重ねた陰陽師が屋根から飛び降りてきた。
大蛇はたじろいで、シューッと牙を剥いて威嚇する。
「日頃より格別のご高配を賜り、厚く御礼申し上げまするッ!」
陰陽師は眼鏡を掛け直しながら札を放り投げた。
「まずは略儀ながら書中をもちまして御礼申し上げますッ!」
澱んだ蛇のような体躯が少し薄くなった気がして、激しくうねり始める。
美形の陰陽師は、お弾きを絶妙なコントロールで均等に投げると、五芒星の方陣が出来上がった。
陰陽師は札を投げつけながらまた叫んだ。
「甚だ恐縮では!ございますが!――ご査収のほど!お願い!申し上げますッ!」
大蛇は少し悶えると、さっきの陰陽師を吐き出した。
またもやエネルギーが吸い取られるようにして、呆気なく黒霧の妖怪は霧散した。
青い光が二つ空へ飛んでいく。
「千羽先輩……助かりました!!ありがとうございます……」
それが仕事だからな。
「おれ、死ぬとこでした……」
「初めのうちはよくある事だよ。これから学んでいけば良い。」
「先輩……」
訓練生は半泣きだ。
やれやれ。俺の若かった頃を思い出すよ。
あれは初任務でいきなり中級レベルの妖怪に出くわした時だった。そいつは一つ目の鬼みたいな格好で、古典にあるような術が何も効かなかった。
俺は焦って泣きそうになりながら物理攻撃してた。
そこに師匠が舞い降りてきて、しわくちゃの頭に似合わずそれはそれは優美だった。
「よく見ていろ、千羽――」
師匠は目にも止まらぬ速さで五芒星を地面に印すとパン、と手を合わせた。
「わしらは五芒星など書かずとも――思い描くことで量子場の波を作れる。 なぜ、やるのか。 」
「意味は、――ない‼︎ 」
師匠は猛烈な速さでさまざまな掌印を結んでいく。
「掌印など組まずとも、式神を召喚できる。 なぜ組むのか。意味は――――ない‼︎‼︎ 」
シュルシュルと煙が立ち昇って、白竜の形をした式神が脇に控える。
「何故この衣装を纏うのか。――意味は…ない‼︎‼︎‼︎︎ 」
「ゆけ。」
竜巻のような風と共に、白竜が鬼に喰らいつく。
見たことのない激しい紫色の五芒星が光った気がした。光というより、存在を知らなかった受容体が、そこにエネルギーがあると叫んでいるような気分で。
「陰陽師って本当にいるんですね。」
高校生に話しかけられて、千羽は現実に戻される。
「あぁ。現場で働く我々は少数派だけど、ニュース番組とか、多分君の一番好きな漫画の編集チームにもいるよ。むしろそっちの方が主な仕事だからね。」
妖怪には2種類ある。
地球上の人々が作り出す概念に対する怨念のエネルギーが結晶化した妖怪。
宇宙人がなんらかの技術で投射してくる共通概念の妖怪。
これらの対策が数千年続く陰陽師の生業だった。 月と地球であるものに対する共通概念ができた時、その性質を持ったものをこちらで再現できてしまうらしい。
彼らはいつの時代もラベリングに異議を唱え続けて来た。単なる論理的妥当性だけでなく、言葉に宿った概念は妖怪の発生源となりうるからである。
言霊の管理、と言ったらわかりやすいだろう。
術を発動させる急急如律令などは、古代から使われたことで悪霊を祓うという共通認識ができているため、効くことはきく。
だが根本的な対策として、ある言葉においてチート能力になりうる概念を、世界中の共通認識としないよう目を光らせているのだった。
例えば「鉛筆」は「書くもの」なんてのは何の役にも立たない。
しかし、或る事件によって「充電器」は「特によく爆発しうるもの」と人々が考えることで、月面人が充電器の妖怪を、爆発しうる存在として武器化する恐れがある。
近年ではインターネットの普及だけでなく物流のグローバル化から、世界中で流行が同期するようになり、ポップカルチャーにおける文脈の管理や、概念を霧散すべく口語新語の開発に躍起になっていた。
陰陽師にとって、時代により形を変えて蠢く言語そのものが、戦わねばならぬ相手だった。
じゃあ、君にはこれを忘れてもらわなきゃいけないね。
そういうと、パッと特製の薬品を振って催眠にかける。 甲賀忍術だ。
木綿を拾い上げながら、ふと思った。
滝沢、何してるかな。EBEROに入ってからというもの、彼との交流は途絶えてしまった。
自分のように怪異対策機構に所属する者だけでなく、一見関わりのないEBEROに所属する者もいて、概念から物に投射して妖怪になっている、肉体になっている個体や、無理やり進化させられてできた人種の研究と対策をしている。
元気だと良いな。
どうせ、また上司に楯突いてるんだろうな。
つづく




