第7話 白き剣影、勇者の面影
イグナスとの戦いを終え、ゼオンは夜の森を後にした。
返り討ちにしたCランク冒険者を〈黒き軍勢〉に組み込みながらも、胸の奥には重い余韻が残っていた。
(……やはり、“自由”を脅かすものは容赦できない。たとえ人間であろうともだ)
そう心に刻みつけた彼は宿にて深い眠りについた。
翌朝。
ゼオンは、宿の一室に差し込む柔らかな光で目を覚ました。
昨夜の疲労はまだ身体に残っていたが、眠りは深く、意識はすっきりと冴えている。
階下へ降りると、食堂は朝から賑わっていた。
冒険者たちが次の依頼を語り合い、商人たちは慌ただしく出立の支度をしている。
厨房から漂ってくる香ばしい匂いが、否応なく腹を刺激した。
「おはようございます。本日の朝食は黒麦パンと野菜スープ、それに卵料理がございますが?」
給仕が笑顔で声をかけてくる。
「卵料理を頼む。スープも添えてくれ」
ほどなくして運ばれてきたのは、こんがりと焼き色を付けた黒麦パンと、湯気を立てる野菜スープ、そして半熟に仕上げられたスクランブルエッグだった。
スープは根菜の甘みがしっかりと出ており、香草が爽やかな後味を添える。
パンは表面が香ばしく、中はもっちりと柔らかい。
そして卵はふわりととろけ、塩気と黄身の濃厚さが口に広がった。
「……やはり、食事は素晴らしい」
ゼオンは小さく笑みを浮かべた。
ほんの一皿で、気持ちが軽くなる。これからの一日へ向かう力を与えてくれる。
食事を終え、腰を上げた彼は冒険者ギルドへと向かった。
⸻
その日のギルドは、いつになくざわついていた。
依頼の掲示板を覗こうとしたゼオンも、広間を満たす熱気に思わず足を止める。
「……なんだ、この騒ぎは」
人垣の視線が一斉に向けられる先。
そこに立っていたのは、一人の女性だった。
銀白の髪が光を受けて揺れ、澄んだ蒼い瞳が場を射抜く。
鎧は装飾を削ぎ落とした実用本位の造りながら、纏う雰囲気は気高さと威圧感を同居させていた。
冒険者たちの誰かがポツリと呟く。
「セリス・アルヴェイン……王国最大クランの副団長がなんでこの街に?」
他の冒険者も口々に呟く。
「アルヴェイン家……!」「Sランクが直々に……」
⸻
ゼオンは、思わずその姿に見入っていた。
(……セリア……?)
胸の奥で、かつての記憶が疼く。
最後に見たのは、勇者と刃を交え、そして自らが倒れたあの瞬間――。
それから二百年という時が流れている。
(あり得ん……彼女は二百年前の人間だ。今ここにいるはずがない)
だが、どうしても目の前の女を見ていると錯覚してしまう。
髪の色も、瞳の輝きも、纏う雰囲気さえも――あの勇者と酷似していた。
ゼオンは小さく息を吐き、己の胸に生じたざわめきを抑え込む。
(……違う。だが直感が告げている。こいつは“あの勇者”に繋がる存在だ、と)
⸻
セリスは受付へ歩み寄り、落ち着いた声で言葉を紡ぐ。
「セリス・アルヴェインです。とある依頼により、しばらくこの街にお世話になります。と言っても主に1人で動くので、私のことはどうかお気になさらず」
その一言で、広間の空気はさらに引き締まる。
誰もが口を噤み、セリスの一挙手一投足に注目していた。
ゼオンは黙ってその光景を見つめていた。
彼女の姿が、ますますセリアの幻影と重なっていく。
(……面白い。二百年を経て、再び勇者の影と交わることになるとはな)
その予感は、胸の奥で微かな高鳴りを伴っていた。
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