第5話 自由を脅かす者
薬草屋での騒動は、結局イグナスが「今日は疲れている」と吐き捨てて引いたことで終息した。
少女は何度も頭を下げて礼を言い、ゼオンは軽く手を振ってその場を去った。
「……やれやれ。面倒な種を拾ったかもしれんな」
独りごちつつ、宿へと足を運ぶ。
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宿の食堂にて
宿の食堂は活気に溢れていた。木の卓を囲む冒険者たちの笑い声、酒の匂い、焼きたての料理の香ばしい香りが空腹を刺激する。
ゼオンの前に運ばれてきたのは、鶏肉の香草焼きだった。
皮はこんがりと焼かれて香ばしく、中は柔らかくジューシーだ。香草の爽やかな香りが脂の旨味を引き立て、噛むたびに肉汁が広がっていく。
さらに、石鍋でぐつぐつと煮えたぎる野菜スープ。根菜の甘みと香草の風味が溶け合い、体の芯から温めてくれる。
パンを浸して口に運べば、芳醇な旨味が舌の上に広がった。
「……なるほど、こうして日を終えるのも悪くないな」
果実酒をひと口含みながら、ゼオンは静かに思う。
魔王だった頃にはなかった「生きる実感」。これこそ、彼が追い求める自由の一部なのだと。
やがて眠気が訪れ、ゼオンは部屋へ戻ると、静かに眠りについた。
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翌日、冒険者ギルドにて
朝のギルドは多くの冒険者で賑わっていた。
ゼオンは受付で依頼を受ける。内容は西の森での薬草採取とゴブリン討伐。昨日に続いての定番依頼だ。
「……またお前か」
低い声が背後から響いた。振り返れば、イグナスが立っていた。
昨日の疲れは抜けているようで、剣の柄を軽く叩きながら挑発的に笑っている。
「新参が調子に乗るなよ。Eランク風情が」
ゼオンは淡々と返す。
「……あいにく、俺はお前に構っている暇はない」
「逃げるのか?」
「自由に稼ぐ。それだけだ」
それ以上取り合わず、ゼオンは依頼票を受け取るとギルドを出た。
イグナスは奥歯を噛みしめ、その背中を睨みつける。
西の森にて
森の奥で薬草を摘み取りながら、ゼオンは配下のゴブリンたちに周囲の警戒を任せていた。
鳥の鳴き声の途絶えた一瞬――背後から気配が迫る。
「……ようやく見つけたぜ」
振り返ればイグナス。
昨日の疲労はすでに抜け落ち、炎を宿した眼差しでゼオンを睨み据えている。
「街じゃ大人しくしてたが、ここなら遠慮はいらねぇ。昨日の借り、きっちり返してやる」
ゼオンは静かに立ち上がる。
「……昨日も言ったはずだ。他人に構っている暇はない、と」
「はっ、減らず口を。新参が俺を無視して自由に稼ぐ? 笑わせるな。Cランクを馬鹿にするってのは、そういうことだ」
「お前の肩書きなんざ、俺には興味がない。ただ――俺の自由を脅かすなら容赦はしない」
互いの視線がぶつかり合う。
イグナスの剣に炎が灯り、熱気が辺りを揺らした。
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ゼオンは短く呟いた。
「……出ろ」
黒い渦が生じ、そこからゴブリンやウルフ、オーク、さらにはハイオークの姿が現れる。
その姿は一見すれば普通の魔物と変わらない。ただ肌の色がくすんでいたり、瞳の輝きが異様なだけだ。
イグナスの目が見開かれる。
「なっ……魔物を呼び出すだと? ……召喚士か?」
「判断は任せる。だが、お前にとっては敵だ。それだけ覚えておけ」
ゼオンの声は冷徹だった。
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イグナスが先に動いた。
炎を纏わせた剣閃が一直線に走り、前に出たゴブリンが両断される。
次の瞬間、風の刃が放たれ、後続のウルフが真っ二つに切り裂かれた。
「……っ、さすがにCランク。雑魚相手なら無駄がないな」
ゼオンは唇を歪めた。
イグナスは勢いに任せた剛腕ではなく、着実に、堅実に間合いを詰めてくる。
ゴブリンを盾にしても一撃で薙ぎ払い、ウルフの俊敏さをも見切って斬り伏せる。
ゼオンは改めて悟った。――一騎打ちでは勝てない、と。
「くく……どうした! 数を並べても、この程度の魔物じゃ俺は止められねぇ!」
炎と風を交互に操りながら、イグナスは前進を止めない。
だが、その冷静な剣筋を受け止めながら、ゼオンの瞳は静かに光を宿していた。
「……ならば試してみるがいい。これが俺の――〈黒き軍勢〉だ」
森の空気が震え、配下たちが一斉に動き出す。
イグナスとゼオンの自由を巡る戦いは、ついに激突した。
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