第三十九話 猫罠
「ハッ!」
目に力を込め、凝縮した魔力を目から放つ多眼族の奥義。
遠矢がビームと称したそれは魔物の守りを貫通し、喉元に大きな穴を空ける。
傍から見れば非常に強力な一撃、に見えたが。
「いつもよりも溜め時間が長いのに凝縮が甘い。見よ、腕が通りそうな穴が空いておる。これでは強い奴には容易に防がれるぞ。せめて指程度まで凝縮せい。……どうした? いつもよりも集中できておらんぞ」
「うるせえ、爺。もう一回だ。いつも通りにやってみせる」
老練な修行僧であるマダラの目で見れば未熟の一言。指摘されたリアンは気に入らない様子で顔を歪めながら次の獲物を探すが。
「一度休憩を挟むぞ。昼飯じゃ。それにコロシアムの様子も見に行きたい」
マダラが待ったをかけた。
やる気に水をかけられる形になったが、マダラの言い分も理解できたためリアンは苛立ちを発散出来ないままダンジョンを出る。
その姿にマダラは溜め息を吐いた。リアンが今一つ集中出来ていない理由を察していた。
自分よりも遥かに弱いと思われる悪魔にあっさりと猫を被っていることを見抜かれたため。
元の世界でリアンは猫を被っていることを見抜かれたことはない。目の良い多眼族に見抜かれていないのだ。内心、自分は演技が上手いと考えていた。
それをあっさりと見抜かれ、動揺している。それはこのまま元の世界に戻ったら猫を被っていたことに気付かれるのではないか、という不安に繋がっている。
リアンにとって未だにマダラ以外の多眼族は潜在的な敵。敵に素の自分を知られるのが恐ろしい。
そんなことを考えているから集中しきれない。これは一度気分を入れ替えるしかないと思い昼飯を提案した。
最終日までに何とかしないとのう、とマダラは悩むのだった。
「誰か見てないか?」
ダンジョンを出てマダラとリアンはお気に入りの店のテラスで昼食を楽しんでいるときに、ふとリアンがそんなことを言った。
ふむ、とマダラは閉じていた目を開き周囲を探るが、その目にはマダラたちを監視しているものはいなかった。
「今話をしていた情報屋もどきではないか? 少しでも参加者の情報を集めようと必死なのだろう」
昼食中にマダラが話していたのは対戦相手である遠矢たちが実質トップである反イケメン同盟について。輝天祭参加者の対戦情報を売買することで多額のポイントを回収している他に、対戦についても手を組めるなら協力する中々に堅固な同盟。
反イケメン同盟の情報の売買を真似しようとしている輩が増えつつあること、そしてそれを利用して何とか遠矢たちの情報を得られないか話をしていた。
「そう、だな。もしかしたら気のせいだったかもな。爺が見つけられないならいないんだろう。いたらそれは透明人間だ。……さすがに透明人間の参加者はいないよな?」
「おらんよ。確認してある。話を戻すぞ。現状対戦情報の売買は反イケメン同盟の一強状態じゃ。それを快く思っておらぬ者は多いじゃろうし、すでに秘密裏に手を組んでいる者もいるかもしれん。儂らはそいつらを見つけ出して接触する必要があるが、安易に接触しては足元を見られる可能性がある。何とか向こうがこちらに協力を申し出てくるような形を作りたいのじゃが」
反イケメン同盟では遠矢の情報は一切売買されていない。しかし向こうはこちらの情報を確実に得ている。この不利な状態を何とか解消したいマダラは色々と考えていたが、頭を使うのが苦手なリアンは思考を放棄し、デザートを楽しんでいれば。
「ナァー」
ほんの小さな鳴き声がリアンの足元から上がる。
何かと思い目を向ければ、そこには猫がリアンの足にすり寄って鳴いていた。
可愛い。抱きたい。
そう思うもリアンの目の前にはマダラ。マダラの目のあるところで猫を可愛がるのは恥ずかしく、興味がない振りをして猫を追い払おうとするも。
「ニャー」
追い払おうとする足を遊びと思ったのか、猫が余計にじゃれついてきた。
嬉しさ半分、気付かれたら恥ずかしい半分。餌でも与えれば帰るだろうとリアンはデザートの一部を食べるふりをして猫の前に落とす。
落ちてきた餌に猫はすぐに興味を惹かれ、鼻を近づけて安全を確認して……。
「そうじゃ、確か商人の英雄が大きな店を出していた。あそこなら何か手がかりがあるやもしれん。……何じゃ? そんなに睨んで、儂が何かしたか?」
「別に……」
猫がマダラの声に驚いて逃げてしまった。そして足元には猫のために落としたデザートの欠片。
猫はどこかと探せば、テラスの隅でリアンが落としたデザートを名残惜しそうに見ていた。しかし人気店なため人が多く、近くを人が通っただけで猫は驚きテラスから降りてどこかへ行ってしまう。
足元には僅かな猫の温かみと、落としたデザート。そしてどこからか聞こえる猫の悲しそうな鳴き声。
「ちょっと席を外す。すぐに戻る」
「トイレか? 分かった」
デリカシーの欠片もないマダラの言葉を無視して、リアンは席を立つと同時に器用に落としたデザートの欠片を回収して店を出る。
そして猫を探すためにリアンは目に力を入れる。
リアンの単眼は神の瞳。他の多眼族では見えないものすら見えてしまう。
風や熱。音すら視覚で捉えることが出来るため、猫がどこを歩きどこで鳴いているのかも容易に追跡が出来る。
猫はすぐに見つかった。店のすぐ隣の隅。そこで小さな体を丸めていた。
「………………ほーら、お食べ」
周りに誰も自分を注目している者がいないことを確認して、リアンは持っていたデザートの欠片を差し出す。
手に乗せたままなのに猫はそのまま食べに来て、つい嬉しくなったリアンは空いた手で猫を撫でる。
「美味いか? 可愛いな、お前は」
そんな幸せの絶頂は一瞬で絶望の底に変わる。
「昭和の女ヤンキーかお前は」
突然の声に驚いたリアンが顔を上げれば、そこにいたのは四回戦の対戦相手である遠矢とりりあ。
遠矢もりりあも今のリアンの様子を見ており。
「ぎゃああああ!」
「うお! 何じゃ!」
驚きの余りリアンは叫び、その叫び声にマダラが釣られてやってきた。
リアンは目の前の恥ずかしい光景を見られたことに混乱し、マダラも突然の事態に状況を把握しきれず困惑していた。
しかし悪戯と嫌がらせのプロは違う。
「いやー、リアンさん。そしてマダラさん。迷子だったうちの猫を見つけて頂きありがとうございます。ほら、りりあもお礼を言わないと」
「ほんとっ、ありがとね! ん? 悪魔猫、何? こっちのお姉ちゃんはデザートの欠片をくれたの? テーブルの下に落としたのをわざわざ持ってきてくれたの? そうなんですか? ありがとうございます!」
ここぞとばかりに傷口に塩を塗り込んでいく。
リアンが混乱から復活する寸前まで、遠矢たちはマダラに何があったのかを懇切丁寧に説明して、最後には猫を抱えて逃げて行った。
何とか復活したリアンは顔を真っ赤にしており。
「あー、猫は可愛いから仕方あるまい。……ええっと、相手の盤外戦術じゃ。これに乗っては相手の思うツボで」
「うるせえ! 絶対に、絶対にあの二人を殺してやるからな!」
恥をかかされ怒りに燃えるリアン。ダンジョンに居た頃に比べればその集中力は段違い。しかし視野が確実に狭くなっており、マダラはこれで大丈夫だろうかと不安になる。
第四回戦最終日まであと五日。
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