第二十八話 雑魚VS淫魔
対戦前はいつも緊張する。
本当に気付かれていないのか、気付いた上で泳がされているだけではないのか。このままでは負けるのではないか。
怖い。対戦が近づくにつれ怖さが増す。
しかし負けるわけにはいかない。逃げるわけにはいかない。いつまでもあいつらにでかい顔をさせておくわけにはいかない。
隣でぐっすりと何の憂いもなく眠るペアを見て頼りになるのは自分だけと叱咤する。
今日は第三回戦三日目。今日もまた、負けられない戦いが始まる。
「意外に静かな始まりだな」
第三回戦、決闘。
遠矢の目の前には大きな木製の扉があった。
その扉を開ければ引き返すこと叶わず決闘場へと出る。
この待機所と言える場所にいられるのは五分程度。その間に遠矢は道具の持ち込み方の確認、最初から持ち込んだ物や出した物の収納が出来ないこと、また最大の懸念点の確認を終える。
目障りに飛び回るハエを叩き潰し、遠矢は全ての準備を終えて気持ちを整える。
「えぇ……。本当にあの作戦をやるんですか?」
ただ気持ちを切り替えられない者もいた。淫魔を嫌うはずのりりあだ。
「今更なんだ。今までだって大概のことはやってきただろう。それにこれ以外に勝つ方法があるのか?」
「いや、まあ、そうなんですけど。でも絶対に凄惨な光景になるよね」
「それが目的だからな」
惨たらしく殺すと遠矢はリッテに宣言した。宣言した以上、しなければならない。
意思を変えられそうにないと分かるとりりあは仕方がないと溜め息を吐き、先が重そうな杖を持つ。
「初めて見るが、それがりりあの武器か? ……ああ、それで魔法の力を増幅させるとか!」
「え? 違いますよ。これで思いっきり殴るんです。先が重くて硬いから思いっ切り振れば痛いですよ」
杖の先には宝石のようなものが埋め込まれ、それで殴れば痛いで済まない程度の怪我を負わせられるだろう。一般人が相手であれば。
そもそも接近戦を繰り広げた時点で遠矢たちの身体能力では敗北は必須。それが分かっていないのか、元気に杖を振るりりあを見て、遠矢は残念な生き物を見る目を向ける。
そんなことをしている間に待機所にいられる時間が過ぎ、木製の扉が開き遠矢とりりあは闘技場に強制的に飛ばされる。
飛ばされた闘技場は円形で周囲に障害物となるものはなく、当然出入り口もない閉ざされた場所。
そして向かいには輝く鎧と分厚いローブの聖騎士バル・リッテと魔女ヴィ・パラビアがいた。
「随分と遅かったじゃ――」
「やあ! バル・リッテ。今回は良い対戦をしよう!」
待ちかねたとばかりにリッテが何かを言おうとするも、遠矢はそれを遮り無防備に笑顔でリッテたちの下へ歩み寄る。
差し出される手を見れば握手を求めているようにしか見えない。
これ以上にない怪しい握手。遠矢を知っていれば、いや知らずとも相手が無防備に近寄り手を差し出している状況。リッテが持つ剣で遠矢を斬った方が安全。
しかしリッテはそれが出来ない。聖騎士だから。敵に対して剣を向けられても、手を差し伸べてくる相手に剣を向けることは出来ない。
明らかな罠。それでもリッテはその手を握るしかなかった。
「ああ! 良い戦いを――」
「道具召喚。入れ物以外全て」
手を握られた瞬間、遠矢は即座に道具の中身だけを召喚した。
そして現れたのは、蜘蛛やサソリ、蜂などの毒性の昆虫。それも悪魔世界の毒虫たち。そしてその虫たちは、魔力に反応して獲物に襲い掛かる。
頭上から降り注ぐ毒虫に遠矢は目を瞑り石のように固まって、毒虫が全てリッテに向かうのを待つ。
「はっ! う、うわ! 何だこれは! ああ、ぎゃあああ!」
どの虫の一般的なサイズであり、リッテの鎧に取りつくとそのまま鎧内部に侵入し、リッテに噛みつく。パラビアはすぐに助けようと魔法を放とうと手のひらに炎を集めるも、魔法を放てばリッテまで巻き沿いに食うと気付いて手を出せない。
逃げようとするリッテの手を遠矢は必死に握って逃がさないようにするも、十秒にも満たない時間であっさりと振り解かれてしまう。
しかしその間に虫たちの大半はリッテの鎧に侵入。そのまま毒虫の毒でリッテを倒せるかと思いきや。
「クソが! 『死毒』そして『解放』」
リッテは地面を転がりながら叫ぶと自らの周りに紫色の身体に悪そうな霧を作り、取り付いた虫と着ていた鎧がぼとぼとと地面に落ちる。
猛毒の霧を発生させる魔法と鎧を即座に脱ぐ魔法だ。
猛毒の霧はすぐに晴れ、姿を現したのはホットパンツのみで肌を露出させた淫魔らしい姿のバル・リッテ。
リッテは忌々しそうに死んだ毒虫を踏みつけ、毒虫を召喚した後に距離を取ってこちらを眺めていた遠矢を睨みつける。
「良くも、こんな汚い真似をしてくれたなあ!」
「汚いのはお互い様だろう? 力が強いと言いつつ咄嗟に俺の手を振り解けなかったり、淫魔とは違うと言いつつ得意な魔法は毒だったりと、騙しているではないか。そっちは綺麗なふりをしていた分マシなのかもしれないが」
毒の所為で変色した身体の一部を抑えながらリッテは焦って手放した剣を拾う。
「……いつから気付いたんだ。他の対戦でも淫魔らしさは出していないはずだが」
「最初からだ。敵の言葉など信用するはずがない。淫魔ではないかと疑っていたし、言葉通り突然変異の異常種なのかもとも疑った。だが、お前たちの対戦相手が必ず仲間割れをしていたらただの淫魔の可能性が濃厚だと思うだろう。そっちのヴィ・パラビアも突然変異の異常種ではなくただの淫魔だろう」
「……ばれたかぁ。やるねぇ」
そう気だるそうに言うとパラビアは分厚いローブを脱ぎ去り、ブラとパンツだけの淫魔らしく誘惑に長けた姿を見せる。
「俺のペアもあんな大人の美人だったら……」
「トーヤ!」
後ろから怒鳴られて肩をすくめる遠矢。それを見て、リッテは笑う。
その姿がおかしい、ではなく時間稼ぎに成功したため。
噛まれて毒の入った場所に魔力を集中させて毒の進行を阻止。毒の効果はなくならないが、一時的な対処としては十分。
まだ僅かに痺れる手足に鞭を打ち、遠矢目がけて走り剣を振り上げる。
振り下ろされた剣は、肉を切った。




