第十八話 準備万端
遠矢はコロシアムのステージでの作業を終え、コロシアムを出ると偶然りりあと再開した。
「トーヤ、見て来たよ。途中で分かれて片方を追いかけたらダンジョンに潜ったから諦めたんだけど」
「お疲れさん。ダンジョンに潜ったのなら仕方がないな。ディックから相手の面白い話も聞けたし、準備も終えた。自エリアでそっちの話を聞かせてくれ」
コロシアムから商業エリアに向かう途中、遠矢とりりあは無意識の内に今朝遭遇したリザに怯え、辺りを警戒しながら歩いているとりりあはある店の前で声を上げた。
「ここって保存食も売ってるんだってね。年単位での保存が可能で、味も保証されてるって。その分高いんだけどね」
「保存食を? ここは、輝天祭参加者の店か。だとしたら愚かしい程のミスなのか、それとも優勝する気がないかのどちらかだな」
「ええぇ? 保存食程度でそこまで言います?」
「言うぞ。数多の世界の英雄が集まっているんだ。保存食の技術が甘い世界もあるだろう。それはその世界出身者にとって弱点だ。それをポイントで補えてしまう。誰と当たるのか分からない以上、相手の弱点は残すべきだ。ただ味が良いのは素晴らしい。相手のポイントを奪うチャンスになるからな。その保存食に限らず、相手に不利を押し付けつつ、自分は有利になるように立ち回らないとな」
ほえー、と遠矢の発言に感心して間抜けな顔を晒すりりあに、遠矢はただ、と付け加える。
「そんなのは俺たちのような弱い奴が考えることだ。英雄様なら何の問題もなく覆せるんだろうな」
「あー、そうかも。保存食がない? じゃあ短期決戦だ、って突っ込んできそうですね」
やだやだ、と想像の英雄に毒づきながら遠矢とりりあは商業エリアを抜けて自エリアに戻った。
自エリアに戻ればホームへの隠し扉を開いて、地下へと潜る。その行動はさながら肉食動物に怯えて巣穴に戻る小動物のようだった。
「で、何を見たのか聞きたいが、その前にフタクチから何を貰ったんだ?」
ホームに戻ってすぐにりりあは持っていた豪華な箱をすぐにベッドに隠す。それを見てしまうとどうしても気になるのが人の性。
「ああ、あれは符で、って魔法も知らないんじゃ分からないか。符術って便利な技術があってね。攻撃に強化、弱体化と何でも出来る技術が。ただ適性があるし、難しい技術らしいよ。りりあの世界では使われてないから詳しくは知らないけど、符術師の作った符はその符の名前を叫べば符が発動するんだよ。貰ったのは、攻撃用の爆雷符と強化用の韋駄天符、それと分身符の三種類だね。この箱を開けて符の名前を言えば発動するから、うかつに開けちゃだめだよ」
符術。遠矢はお札のようなものを思い浮かつつ、フタクチの武器の一部を貰えたのだと理解した。それはつまりフタクチは符術師である証。
化け物のような戦闘能力のアラミタマに、後ろには何でも出来るフタクチの形。隙がなく、遠矢は戦うことがないことを割と本気で祈る。
「分かった。玉手箱みたいなものだろう。絶対に開けない。じゃあ改めて、獣人とエルフについてだ」
りりあは胸を張って遠矢に盗み見て、聞いたことを話す。何せ英雄相手に気取られずに最後まで出来たのだ。自慢したくもなる。
調子よく話しているので遠矢も遮ることなく、考え事をしながら聞き終えた。
「どうだ、凄いでしょう!」
「そうだな、凄いと思う。ところでりりあの世界に無味無臭で即効性のある誰にも気づかれないような毒はあるか? ないならこちらで探すが。……それさえあれば残る問題は一つだけになる」
「毒? まあ、その辺りは悪魔ですからね。他の世界に比べても充実してるよ。獣人は鼻が良いし、エルフは魔力察知に優れているからね。その辺りに気付かれないとなると、プチュラの花蜜かな。加熱することで臭いが消え、元々ある毒が濃縮され即効性になるやつ。魔力も一切ないし、何より簡単に作れるから安価。……トーヤ、ポイント頂戴」
「……今日外に出る前にファイトマネーの十分の一。十万ポイントをくれてやったよな?」
さすがに全部独占するとうるさいと思い、外に出る前に遠矢は十万ポイントをりりあにくれてやっている。そのポイントで何やら買っているのを見てはいたが。
「あ、あはは。ほら、ね? グミとか買ったけどさ、ペットとかも欲しいじゃん?」
ペット、その言葉を聞いた直後に遠矢は辺りを見回す。
地下の狭い空間。机と椅子、残りはベッドのみの最低限の空間。そこにペットが加われば遠矢が気づかないはずがない。
しかし見回してもりりあのペットの姿は見えない。小悪魔りりあのペットだ、遠矢は警戒を厳にして見回し、気付いた。ベッドの下。
りりあのベッドの下を覗き込めば、そこには遠矢を見つめる光る瞳。
「悪魔猫なんです! 悪い子じゃないんです。ね、ほら。おいで!」
りりあは庇うようにベッドの下から猫を抱き寄せ、遠矢に見せる。
ふっさふさの真っ黒な毛並みに光る瞳。その程度なら遠矢も見たことのある猫で済んだのだが、問題は頭に生えた捻じれた角。
遠矢の知る猫ではなかった。
「ニャー」
悪魔猫はりりあの腕からするりと抜けて遠矢の足元にすり寄る。
その姿は大変可愛らしいもので、多くの者を魅了する力があった。
だが。
「人を食うなど危ない習性などがなければ良い。餌はお前がやれよ」
遠矢には通じない。
誰もが手を伸ばしたくなる魅力。それが通じないのは遠矢が猫を嫌いだからや、犬が好きなどではない。
もっと単純で捻くれた理由。
「猫を見るとあの運営の猫を思い出す」
ふてぶてしい態度で自らをミーと呼ぶ、対戦形式発表の場に現れる猫。あれを思い出すため、悪魔猫の魅力が届かない。
「むむむ。やりますね、トーヤ。まさか悪魔猫の誘惑を無視するとは」
「……この猫なんかあるのか?」
「あるよ。悪魔猫は自分に興味ない相手に媚びを売って、相手を魅了して撫でようとしたり抱こうとしたりするとスッと逃げる。悪魔的なまでに嫌な猫で、悪魔の中で凄い人気があるの」
りりあの説明を聞いて遠矢は足元にすり寄る悪魔猫に視線を向ければ、猫は気づかれたかとばかりに一瞬で遠矢への興味が冷めたようにベッドの下へと戻っていった。
「えへへ。この性格。本当に見ていてかわいいですよねえ……ぐえ」
「んー、どれどれ? 毒は三百ポイントか。安いな。後で渡すから購入しておくように。それとりりあ、輝天祭と関係ないことで貴重なポイントを使うんだ。第二回戦、身体を張って頑張ってくれるよな?」
猫に夢中で遠矢に首を掴まれたりりあは頭を何度も縦に振ってしまう。
りりあすぐに気付くことになる。身体を張って頑張ることの辛さを。




