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絶対に負けられないぞ。やれやれ。

 気付けば、いつの間にか雨が降っていた。今の惨めな気分にはピッタリだった。


 男の態度に不審な点は無かった。でもそれじゃあ、こいつの態度はどうなんだ。いや、それでもこいつが悪い可能性も――


 俺が迷っている間にも、ゴブリンは再び立ち上がる。足は酷くガクついているのに、目だけはまだ死んでいない。覚悟を決めたようにフーッと息を吐く。


「……ザアッ! ゴイッ!!」


 その言葉を聞いた瞬間、俺は無意識のうちに身を翻していた。理屈ではない。自分の本能が「ヤバい」と告げている。


 ただ真実が分からないまま、とんでもない間違いをした、という確信だけがあった。


 あの男は仲間を二人殺されたと言った。ゴブリンは男が父親と母親を殺したと言った。俺には分からない。


 だがメイは今、あの男と二人きりだ。


「メイ、頼む……!」


 俺はただ、メイの無事だけを祈って全力で来た道を戻った。


     *


 そうしてがむしゃらに辺りを見回しながら引き返し、どのくらいの時間が経っただろうか。遠くで男の声がした。


 俺はその声に向かって地面を蹴る。木の根を飛び越え、茂みを抜ける。


 男がいた。何かを必死になって叫んでいる。嫌な予感がした。枝が邪魔で視線の先が見えない。早く。もっと早く。


 いた。


 メイだ。倒れている。顔が腫れている。鼻血まで出ている。頭が真っ白になった。


 男はまた何か喚いて、メイの方に一歩踏み出した。もういい。それ以上喋るな。それ以上近づくな。


 俺は茂みから飛び出して、男の顔に張り付いた。考えた事では無かった。ただ思考だけはやけにクリアだった。目と鼻と口。そして今度は首も締める。一秒でも早く意識を落とす事だけに専念する。


 メイを見た。一瞬、笑ったような気がした。だが、そのまま直ぐに気を失った。


 ああ……


 ごめんよ。俺のせいだ。俺が間違ったばかりに、メイをこんな目に遭わせてしまった。


 「〜〜〜っ!!!」


 黙れ。


 男の足元にはメイの鎌が落ちていた。コイツを殺す理由はそれで十分だった。


 もしかしたら、この男にも何か事情があったのかも知れない。俺はゴブリンに唆されただけで、メイをやったのもコイツじゃ無いのかも知れない。だが、それならそれで仕方ない。


 その時は俺が間違っていた。謝るよ。だからもう諦めろ。大人しく、俺に殺されろ。


 そう思った時、ふいに抵抗が止まった。男がガチンと歯を食いしばる。そのまま静かに口を閉じた。


 その瞬間、ぶちりと身体が切れた気がした。喉の奥で男の気道を弄っていた所だ。口の中に入れていた触手が、切り離された。


 男はその場から動かず、冷静だった。そして気付けば自分の顔に向かって、顔でも洗うかのように静かに手のひらをかざしている。


 なぜだか嫌な予感がした。


 そこからほんの僅か。数秒だった。チリチリと熱の気配を感じたのとほぼ同時に、これまで感じたことのない焼けるような鋭い痛みが走る。


「ぎゃああああっっ!!!」


 気が付けば俺は男からずり落ち、地べたをのたうち回っていた。全身消し飛んだかと思うほど、強烈な痛み。転げ回るが焼け爛れて地面の感覚がない。意識を失ってもおかしくなかったが、幸か不幸か激痛がそれを許さなかった。


「ううぅっ……!」


 この世界に来てスライムになって、何となく無敵になった気がしていた。少なくとも痛覚はないと思っていた。アホだった。分かっていたのに。人は死ぬ時は簡単に死ぬのだ。死ぬ。殺される。


 あれは確かに炎だった。何だあれは? 手品? いや、魔法なのか? いや落ち着け俺。立て直せ、このままだとメイまで死ぬぞ!


「クソがぁーっ! 熱いだろうがーっ!!!」


 男が身動きの取れない俺を蹴り飛ばした。


 跳ねて地面に転がる。ビチャビチャと身体が千切れる。弱っている為か、繋ぎ止められない。


「自分の魔法でも熱いものは熱いんだよぉっ! このクソスライムが! さっきまでは良いやつだと思ってたのにぃっ!」


 男はダンダンと地団駄を踏む。耳が焼け爛れて、髪が焦げて炭のようになっている。だが、俺が覆っていたせいで大部分は無傷。


 どうやらこいつの方が相当強いみたいだ。やれやれ。


「何でこんなことするんだよぉっ……俺、お前には何もしてないだろ? メイちゃんといい、お前といい、怖いよ!」


 ああ、そういう奴か。後であいつに謝らないとな。


「ダンマリかよクソが。まあ後でちゃんと治してもらうからな。でも忘れるなよ。家に帰ったらお前の目の前で、メイちゃんも滅茶苦茶にしてやる。その後はお前に治させて、またそれを繰り返してやるよ。最高だろ? まあ、お前にそれが分かるかは知らんけど」

 

 クソはお前だ。


 腑が煮え繰り返るとはこの事だ。だが、こいつが酔ってるおかげで頭も冷えた。散った身体も集まった。雨が降ったのは僥倖だった。


 どうせ俺に出来ることは他にない。メイが村まで逃げ切れれば俺の勝ち。更に相打ちでも、俺の勝ちだ。これは楽勝だな。


 ゴブリンの根性を分けてもらうぞ。やれやれ。

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