異世界生活は大変らしい。
朝の柔らかな陽の光が窓から差し込み、俺はうっすらと意識を起こした。
やはりここは夢ではなく現実のようだな、やれやれ。
隣を見ると、少し口が半開きになった金髪の少女が寝ていた。安心しきっているのか、気持ちよさそうな顔でスゥスゥと小さな寝息を立てている。
昨夜、抱き枕として体を貸した甲斐があるというものだ。何よりだぞやれやれ。
「えへへ……ぷに太郎……」
まったく、どんな夢を見ているのやら。起きている時とは大違いだぞやれやれ。
レロッ。
「んっ」
俺は彼女の口元から垂れた涎を拭ってやった。
――レベルアップしました。
またか。
昨日の夜は暑かったからか、夜通しメイの体を冷ましながら寝汗を吸い続けたことにより、俺のレベルは12まで上がっていた。
メイの体液は俺にとっては食事のようなものらしい。やれやれ、生きていくためとはいえ難儀なものだな。俺が人間だったらともすれば変態だぞやれやれ。
いけない。胸元がまた汗ばんできているぞ。まったく、仕方ないなやれやれ。
ピトッ。
「ひぁっ♡ むにゃ……ぷに太郎……大好き……」
やれやれ。俺は別にお前のことなんてこれっぽっちも好きじゃないんだが。やれやれ。
だがまあ、もう少しだけこのままにしておいてやるか。起きた時に隣に俺がいないと寂しいだろうからな。やれやれ。
俺は身体の半分をメイに預けたまま、もう片方を薄く伸ばすと、身体の下のシーツと呼ぶのは憚られるような薄いボロ切れと、その下に敷き詰められた藁に意識を向けた。
レベルアップしたことにより索敵機能が強化されたようだ。埃に混じったダニやノミなど、メイの身体に害をなすものが手に取るようにわかる。俺はそいつらを見つけ次第、次々と捕食していった。
そうして30分もする頃には、衣服やシーツだけでなく、その下の藁に住み着いた細菌や微生物なんかも全て俺の腹の中に収まっていた。
コイツは俺の獲物だ。お前たちが勝手に手を出すのは許さないぞ。ふん、まるで死神だな。敗北を知りたいぞやれやれ。
そうして一仕事終えた時、ようやくメイが目を覚ました。眠たげに目をこすりながら起き上がると、ぶかぶかの寝巻きがずれ落ちて、片方の肩が少しはだけていた。
俺はその肩を少しだけ見つめる。
「ん……あれ、起きてたのぷに太郎。おはよー」
おはよう。良い朝だな。
「……おー、なんかやけに身体が軽いわね。久しぶりにぐっすり寝れたかも。もしかして、アンタのおかげ?」
彼女はイタズラっぽく笑うと、指先で俺の身体をツンツン、とつつく。
「なーんて、うっそー♡ ザコモンスターだし、そんなわけないか。まあでも、抱き心地だけは認めてあげる♡」
ふん。お前もまあ、悪くなかったぞやれやれ。
*
そうして俺がこの異世界に来てからの、最初の朝が始まった。
といっても、やったこととしては彼女の首筋に巻き付いて、ひたすら観察をするくらいのものだったが。
ここでの暮らしは想像よりもずっと地味で、また過酷だった。
まず水汲み。当然、水道など通っているはずもない。
メイの家には小さな桶と大きな桶が一つずつあった。数百メートル先の井戸に並んで小さい桶に水を入れ、家に戻って大きい桶に移し替えては、また並び直して小さい桶に水を汲む。その繰り返し。
何往復もして、ようやくある程度の水が溜まった時には、もう汗だくだった。
メイはその水に口をつけて少し飲んだ後、桶で掬って俺の身体にもパシャリとかけた。
俺がプルプルと震えると、メイは少し目を細めて、いつもより少しだけ優しげに俺を見た。
「ふふっ。何、気持ちいいの? ざーこ♡」
そうして残った水で顔を洗い、身体を拭く。
本当は洗ってやっても良かったが、俺はこいつが積み上げた暮らしを壊したくはなかった。チート能力で現地人の生活を破壊するのは俺のエゴでしかないからな。
だが、本当に辛くなったら言えよ。やれやれ。
俺はしばらくテーブルの上で、残った水を火にかけて雑草を茹でる、メイの小さな背中を見つめていた。
「ほら、ご飯出来たわよ。スライムって普段なに食べてるのか分かんないから、とりあえず私と一緒ね」
今日の食事は皿に盛られた雑草。
そして麻の布袋から取り出したカチカチのパン。メイはそれを少し千切って、俺の目の前に置いた。
やれやれ。俺的にはお前の体液のほうが有用なので、全部お前に食べて欲しいんだけどな。
だが、メイは俺が食べるのを待っているかのようにじっと見つめてその場を動かない。
やれやれ、そんなに見つめられると食べづらいんだがな。仕方ない。ありがたくいただくとするか。
パクっ ムシャムシャ
厳密には歯がないので、身体の中でゆっくりと溶かすぞ。
メイはその様子を興味深そうに眺めていたが、やがて俺がパンと雑草を溶かし終えると満足したように笑った。
「へー、スライムってそうやって食べるんだ♡ やっぱきもーい♡」
ふん、自分から与えておいて随分な言い草だ。だが味はともかく、誰かと食べる食事は悪くないぞ、やれやれ。
そうして俺たちは一つの皿に盛られた茹で雑草を、分け合いながら二人で食べた。




