VS 魔眼の魔女セレスティア②
「待てよ」
臨戦体制に入り、自ら巣穴を出ようとしたゴブリンの前に立ち塞がる。
「もう好きにしろ。だが順番だ。俺が教えてやったんだから、俺が先だ。お前は順番が来るまでここで寝てろ。やれやれ」
「……フン」
ゴブリンはそれ以上動かなかった。
「お邪魔したな。次は木苺でも差し入れに来てやるぞ。やれやれ」
俺はぴょんと巣穴を抜け出して、セレスの前に出る。彼女は巣穴から少し離れた、開けた場所で欠伸をしながら待っていた。
「ん……用事は終わったかい? 戻ってきたということは、やるんだね。悪いけど手加減は期待しないでおくれ。勝ち目はないよ。飼い主様に遺言があるなら早めに言っておく事だね」
セレスがニヤリと笑う。当然だが負けるとは微塵も思っていない顔だ。
宙に浮いたまま、メイの顔が青くなる。
「セレス……あんた、冗談でも言っていいことと悪い事があるわよ。……冗談よね? ぷに太郎、逃げなさいっ! お願いだから逃げてっ!!」
「はいはい、泣かせるねぇ。飼い主様はこう言ってるけど、ちょうど僕も君に興味があってね。逃がさないよ。君が逃げないように、こっちには人質もいるからね」
俺はじりじりと間合いをとりながら横に動く。
セレスの風魔法で真っ先に気をつけるべきは手だ。熊を殺した時、セレスは手から鎌鼬を出していた。
男の火魔法と同じで手で指向性を持たせるタイプだ。手や指の向きに気をつければ、攻撃が見えなくても避けられる。
「先手は譲ろう。死なないように死ぬ気で掛かってきたまえ」
最初から全力で行くぞ。フォルムチェンジ、石鹸モード!
「おお、色が変わった!?」
体全体がいつもの水色から白濁色に変化する。
メイの洗体で得た、新スキルだ。こうなった俺はいつもの人畜無害ボディから、除菌、消臭効果まで持つ弱酸性の泡立ちスライムに変身するぞ。
シャボンスプラッシュ!
俺は左右に動きながらセレス向かって視界一面のシャボン玉を吹き出した。
「こんなことも出来るのか、多才だね」
余裕ぶっていられるのも今のうちだ、シャボン玉に見惚れて足元がお留守だぞ。
ぬるぬるビーム!
視界を奪った次は、足目掛けて口から洗剤を放出する。射出口を絞れば最大八メートルは飛ばせるぞ!
こいつで地面との摩擦をなくし、転けた瞬間服に潜り込んでくすぐり倒してやる!
「あっ、それはヤダ」
石鹸液が飛び散った瞬間、人差し指を上に振った。旋風が立ち上り洗剤が散る。
それとほぼ同時に、身体に見えない塊がぶつかった。気付いたら俺は茂みの奥まで吹き飛び、地面に叩きつけられていた。
「ぷに太郎ーーーっ!!!」
「大丈夫。このくらいでは死なないさ」
やれやれ。勝てる気がしねぇ。
やはり正面きっては無理だ。
俺はすぐに立ちあがり、石鹸モードを解除した。便利だが自分も滑る分、踏ん張りが効かない。
そして近くの草むらに身を隠す。ただ隠れるだけじゃない。茂みから茂みにピョンピョン飛び移り、撹乱させる。
手はまだある。一つずつ条件を整えろ。
「ほう……でも逃げるだけじゃ勝てないよ」
抜かせ。
こちらの準備は着々と整ってるぞ。
セレスは腰を落とし、迎え撃つ姿勢を取る。カウンター狙いらしい。どこからでも対処出来るよう、開けた場所で待つ。慎重だな、やれやれ。
風で一面巻き上げ、俺を浮かせて叩く事も出来る。しかし、それでは万一外したときに視界が悪くなり、障害物を利用されるリスクがある。
こちらに飛び道具がない以上、迎え撃つ方が確実に先手を取れる。
……と、奴は考えている。
そして恐らく、それは正しい。
相手が人間ならな。
俺は身体を薄くして音を殺し、這うように近くの大木に登った。空中からの強襲は人間にはない発想だろ。やれやれ。
だが、ここからは高低差無しで目算10メートル以上ある。助走をつけても一飛びでは届かない。
なので、こいつだ。
俺は身体に取り込んでいた手のひらサイズの石を取り出した。逃げる時に拾っておいた。
こいつを反対方向の茂みに放って、音でセレスの注意を引く。そして向こうを向いた隙をついて、一気に距離を詰め、倒す。
後はタイミングだ。
放ってから落ちるまでの間、俺と石のどちらも気付かれてはならない。
そう思っていた時、セレスの声がした。
「スライム君。慎重なのは良いが、人質がいる時は相手が気長に待ってくれるとは思わないことだ。これから10数える間に仕掛けてきたまえ。でなければ、メイの足を飛ばす」
……は? 聞き間違いか?
メイの顔がますます青くなった。
「えっ……? セレス……何言ってるのよ? それも嘘よね?」
「いやいや。なんでこうして、魔法でずっと君を捕まえてると思うんだい? 僕は嘘はつかない主義なんだ」
落ち着け、頭を整理しろ。
落ち着け、落ち着け。
作戦を立て直そうとする。
しかしそれも、メイの悲鳴にかき消された。
「ゴブリンを倒したいなら好きにすれば良いじゃない! なんでアンタが私達にそこまでするのよ!?」
「そんなのただの気まぐれさ。理由ねぇ……。『君たちが僕より弱いから』なんてのはどう? 今考えたんだけど。まあそんな事より、カウントダウンだ! 10、9、8……」
マズい、まずいぞ。もう降参するか。
とにかく行かなきゃ。メイ、今行くぞ。
「ぷに太郎ーーーーーーー!!!!」
その時、メイが叫んだ。
俺は顔を上げた。
「こんな奴の言うことなんか気にしなくて良いから、絶対にこいつぶっ飛ばしなさい! こんの、変態バカ女がっ……! 調子に乗んなぁ!」
メイが風に浮かされながらジタバタもがく。そして、ポケットから鎌を取り出した。
「死ねえ!」
セレスに投げつけた。
「ちょっ、まっ……うおっとぉ!」
間一髪、鎌はセレスの顔面を横切る。
「ちょ、ちょっと君ぃ!! 今のはシャレになってないぞぉ!!」
「うっさい死ね! この変態マゾクソ女ァ!」
メイがセレスに掴み掛かる。
……ハッ!?
いけ!!!
俺は助走を付け、木の枝からジャンプした。




