VS 魔眼の魔女セレスティア③
「ちょっ、離したまえ! 服、服破けるからぁ!」
「うるっせぇ、このポンコツクソアマァ! ぷに太郎に謝れっ!! この野郎っ!」
セレスがメイと揉み合っている間に俺は木からジャンプし、反動でセレスの背後を取った。
そのまま石鹸モードにフォルムチェンジして、セレスの後頭部に飛びつく。
「ひゃあっ! この冷ゃっこい感触……! スライム君か!!」
今更気づいてももう遅い。詰みだ。
俺はそのままセレスの顔面に回り込み、目と鼻と口に洗剤をぶち込む。
「ぎゃあっーっっっ〜〜〜〜!!!」
結局、コレが一番強い。
セレスは目を押さえながら、地面を転がり回っている。
「〜〜〜〜〜〜〜!」
お、おい、大丈夫か?!
痛がり方が尋常じゃないぞ。
失明はしないと思うが、大丈夫だよな?
それはそれとして、起き上がられると厄介なので身体中に洗剤をぶっかける。
「ざまぁ! ざまぁ、ざまぁざまぁーーっ!」
その横でセレスの巻き添えを喰らってぶっ飛んだメイが、すぐさま立ち上がって彼女を罵倒していた。
流石、俺のご主人様は頼もしいぞ。
「うーぅぇっ! っ、ゴホゴホっ! ……くくく、まったくやってくれるよ……。だが、まだ終わってないぞ……ゲホッ……ううぅオエッ!」
うわっ、汚っ。
ゲロ吐いて四つん這いなのに、吠える吠える。
喉奥に洗剤をぶっ込んだので喉も舌も焼けるように痛いはずだが、異世界人はたくましいな、やれやれ。
しょうがない。これでトドメだ。
俺はもうほとんど無抵抗のセレスの首元に巻き付くと、ルーンのナイフの入っているポケットに手を伸ばした。
さあ、全身界面活性剤だらけの今のお前に、「盗み防止電撃」の術式が発動したら果たしてどうなるかな?
メイを脅した罪だ……俺と一緒に地獄に付き合ってもらうぞ……はあっ……やれやれ……
「……ううっ、き、きみ何を? まさか……? それはダメだ……やめろ、もう僕の負けで良いから……ギャンッ!!」
ウギャアアッ!!
……っハァ、ハァ……
勝った。
⭐︎
その後、俺とメイは念入りに気絶したセレスの顔を放水で洗った。
「息してる? 死んでないわよね、これ……」
水で洗い流している間も、セレスはぴくりとも動かなかった。
死んではいないようだったが、白目を剥いて口から泡を吹いている。まあ、この女なら多分平気だろう。
とりあえずこのまま、村まで連れて帰るか。俺一人だと大人はキツいかもしれないが、メイもいるし何とかなるさ。
さて、と。
セレスの件は片付いた。
後はもう一つ、問題が残っている。
俺は気絶したままのセレスに魔除けを放り投げると、振り返ってゴブリンの巣穴を見た。先程から特に変わった様子はない。恐らく、まだあの中で待っているんだろう。律儀な奴だ。
今日は何とかセレスを退かせることが出来た。だがそれでも、明日守れるという保証はどこにも無い。ゴブリンの気が変わらない以上、今後討伐しないための理由が必要だ。
そしてそれができる奴は今、ここに一人しかいない。
「……ぷに太郎?」
まあ、別に心配はしてないけどな。
俺はメイの膝を軽く押してから、付いて来るよう合図をする。
「こっちって、『巣穴』じゃないの? ……そっか。私に来て欲しいんだね」
少しだけメイの足が震えていた。無理もない。先ほど死闘を終えたばかりなのに、今度はゴブリンの巣穴にセレス抜きで行かなければならない。
悪いな、メイ。
毎回怖い思いをさせてしまって。俺はお前の手を握る事くらいしか出来なくて。でも今日はもう、お前が思うような事にはきっとならない。
「……うん、信じるよ。あなたが手を引くところなら、私はどこだって怖くない。ぷに太郎が命懸けで頑張った事だもん。今度は私に手伝わせて」
ありがとう。大好きだ相棒。
俺たちはお互いの存在を確かめるようにギュッと指を絡ませあった。メイの肌の温もりが、俺の無機質な身体に熱を吹き込んでくれる。メイの声が、いつだって俺に後一歩を踏み出す力をくれる。
そうして手を握り合ったまま、ゴブリンの巣穴の方へゆっくりと進んでいった。
⭐︎
「おーい、俺だー! 終わったぞー! 今から入るからなー」
入り口で大声で呼びかける。相変わらず返事がない。まあ、別に期待しちゃいないが。
メイの手を引きながら、彼女を守るように前に立つ。無論、万一、何かが飛んできてもきちんと守れるようにだ。
「お、おじゃましま〜す……」
メイは遠慮がちに挨拶をしてから、おずおずと中に入る。心配するな。ここの家主は多分、礼儀作法にはこだわらない。
「………ギィ!」
「ひっ!」
メイの姿を見たゴブリンが驚く。同時にメイが小さな悲鳴をあげた。
「待て待て待て待て! この子は敵じゃない! お前の味方だ!」
「ミカタ?」
「そうだ。覚えてないか? あいつを殺した時、俺の横にいたろ? お前はそんなつもりないと思うが、お前が助けてくれた子だ。俺とこの子はさっきまで化け物みたいな奴と戦ってたんだぞ、やれやれ」
「……ソレデ?」
「お前にこれ、やるよ」
俺は身体の中に埋め込んでいたルーンナイフを吐き出してゴブリンの足元に放った。
「…………」
「やるよ。経緯は知らないが、お前にとっては因縁のナイフだろ。あとそれ、ルーンってのが刻まれてる珍しい武器らしい。あった方が良いだろ」
「…………」
「その代わり、お前が殺したあいつら三人の場所と、その手に持ってるソレを、この子に渡して欲しい。ソレとあいつらの遺品で、この子がお前を他の人間に襲わせないよう村の連中を説得してくれる」
お互いの間に、しばしの沈黙が落ちた。メイは黙ってことの成り行きを見守っている。
やがてゴブリンが石斧を片手に握りながら、ゆっくりとメイに近づいて来る。
「うううっ……」
メイの指が、いっそう強く俺を握る。当たり前だ。武器を手に持った野生の魔物がじっと見ながらこちらに近づいて来るのだ。しかも、自分の縄張りで。ついさっきまで生き物だった何かの肉は足元に転がっているし、その匂いも洞穴にこびりついている。
だが、メイは逃げなかった。
「……ギ」
ゴブリンはメイの目の前まで来ると、手に持った石斧を胸元に差し出した。メイは一度ビクッと震えたが、その後すぐ、ゆっくりと石斧に手を伸ばした。
「くれるの? 私に? あ、ありがとう……」
「……」
それからゴブリンは何も言わずに、洞穴の外に向かって歩き出した。俺がそれを見て少し手を引くと、メイも石斧を握りながら歩き出す。
男達の死体は洞穴のすぐ傍の茂みに打ち捨てられていた。想像したよりもグロテスクではなかった。肉は動物や魔物に食い散らかされて、もうほとんど骨だけになっている。
俺は遺留品から嵩張らない腕輪や指輪などをいくつか見繕って身体にしまった。後は少し気持ち悪いが、男達の頭蓋骨と、ボロボロになった服の切れ端だろうか。特にこの、赤黒く染まったいくつも穴があるシャツには見覚えがある。セレスの魔眼ならこれで十分証拠になるだろう。一応、身分証らしきものも探したが見つからなかった。
一通りの遺品と証拠品を取り出してメイの前に並べると、メイはそれを全て採取用の大きめの風呂敷で包んで、ゴブリンに礼を言った。
その様子をゴブリンはただ、黙って見ていた。




